心と体

俺の中の新規感染者数

7月2日(木)

本日、都内では、新型コロナウィルスの新規感染者数が100名を超えた。5月2日以来、2か月ぶりの100名超えである。

そんなことよりも僕が気になっているのは、「俺の中の新規感染者数」である。

「やはり一進一退、といった感じですね。…ざっとみたところ、一桁くらいですかね」

「やっぱりありましたか」自分でも自覚していたので、覚悟はしていた。

「前回もそうでしたが、当日になってもう一回調べてみると増えている可能性もあります」

「前回は二桁でしたね。そうすると今回も二桁くらいいくでしょうか」

「そうかもしれません」

「俺の中の第二波」は、かなりしつこい。どうやら根絶することはなかなか難しいようだ。とすれば「ウィズコロナ」よろしく、共存していくしかないのだろう。

闘うのではなく、共存していくのである。

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眠れない日々

なかなか眠れない日々が続く。

ようやく眠りについたと思ったら、今度は夢を見る。どちらかというと、あまり愉快ではない夢である。悪夢というべきか。

起きてしばらくすると忘れてしまうのだが、悪い夢だったという記憶だけは残っている。

最近、ラジオ番組をいろいろ聴いていると、パーソナリティーがフリートークで自分が見た夢の話をする、というパターンがよくあるような気がする。気のせいだろうか。外出自粛でとくに喋る話題がないからかもしれないが、そうではなく、行動がかなり制約されているなかで、僕と同じように心が不安定になったりストレスがたまったりして、実際に夢を見る頻度がふだんよりも多いことを意味しているとは考えられないだろうか。専門家でないので、よくわからない。

僕以外の人たちはどうなんだろう。こんな状況の中でも、夢を見ずにぐっすりと眠れているのだろうか。

コロナ禍が起きる前によく見ていた夢は、「前の職場に、僕の仕事部屋がまだ残っている」という夢だった。

もちろんいまは、職場が変わったので、前の職場に自分の仕事部屋が残っているはずはない。それどころか、実際には職場が変わって以降、前の職場を訪ねることは何度かあったものの、自分の仕事部屋があったフロアーには近づきもしなかった。

しかし夢の中ではなぜか、まだ僕の仕事部屋があけ渡されておらず、僕は時々、その仕事部屋を訪れては、早くあけ渡さなくてはと、少しずつ荷物を整理するのである。その間、誰かと会うというわけでもない。

僕は車で、前の職場があった町を走ったり、ときには「前の前の職場」があった町まで運転したりするのだが、それらの町は、僕が知っている町の姿とは微妙に、というかかなり異なっている。だが夢の中では、その町が、自分がかつて住んでいた町だとはっきりと認識しているのだ。

…なんか書いていて頭がグラングランしてきた。夢の話はナンダカヨクワカラナイ。

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親知らずを抜きました

、、3月21日(土)

この1年近く、近所の歯科医院にずっと通っている。

以前に歯科医院に行ったのが、まだ「前の職場」にいた時代で、2013年なので、実に7年ぶりである。

詰め物が取れたことがきっかけで通うことにしたのだが、この際、歯を全部治療してもらおうということになった。

心配なのは、歯科医院での待ち時間である。

7年前に通っていた歯科医院では、予約をしても何時間も待たされ、挙げ句の果てに歯科医の床屋談義を延々と聞かされるという、最悪の体験をしたのだった。

これが、歯医者に対する僕のイメージを、完全に決定づけてしまった。つまり「最悪」というイメージである。歯医者ってのは、どこもそんな感じなんだろうか?

だが、いま通っている歯科医院は決してそんなことはなかった。僕の歯医者に対するイメージは、がらっと変わったのである。

以前通っていたところは個人医院で、歯医者さんが1人だけだったが、いま通っているところは、医者の先生が何人もいる。1人の先生にずっと診てもらうのが理想なのだろうが、シフトの関係で、なかなか同じ先生にあたるということはない。なので、治療日によって先生が替わるなんてことがざらである。向こうは名前を名乗らないし、しかも全員マスクもしているので、なんという先生に診察してもらっているのかが、わからない。

予約した時間は、きっちり守られる。なぜなら、1人あたりの診療時間が、30分と決められているからである。つまり、30分でできる診療がおこなわれるのであり、それを越える場合は、次回の診察にまわされる。まるで「流れ作業」だ。

こうして、ちょっとずつちょっとずつ診察しているので、僕の場合も、すでに1年近く通っていることになるのだ。

これって、ずいぶん儲かるよねえ。1人あたりの診察時間を30分と決めて、何度も通わせるのだから。もっとも僕の場合、たんに治療箇所が多いからだけかも知れない。

それと、ビックリしたのは、全然痛くないのである。

むかしは、歯医者の麻酔があまりにも痛くて、それがトラウマになっていたりしたのだが、いまは、本番の麻酔注射が痛くないように、その前に表面麻酔というのをしている。麻酔注射のための麻酔なのだろう。

僕は以前に通っていた歯医者と、まるで異なるシステムになっていることに、とても驚いた。というか、これがふつうなのか?よくわからない。

さて、僕の歯の治療もいよいよ大詰めである(歯医者だけに)。親知らずを抜くという初体験の大イベントである!

いままで親知らずをほうっておいたのだが、前回の治療のとき、「親知らずを抜いた方がいいですねえ」と言われ、覚悟を決めたのだった。

親知らずを抜いたことがないのでわからないのだが、なんとなくいままでいろんな人の話を聞いたところでは、とても痛い、という噂である。これは困った。僕は痛いのが苦手である。前日の晩から、そのことが気になってよく寝られなかった。

(どんなに歯の治療が進歩しても、親知らずを抜くことだけは痛みが変わらないのではないだろうか…)

と、重い足取りで歯科医院に向かった。

午前10時。診察予定の時間だが、名前が呼ばれない。10分たっても15分たっても呼ばれない。

(おかしいな。いつもはこんなことはないのに)

そのことがよけいに、僕を不安にさせた。

10時17分に名前が呼ばれ、診療台に向かう。

(今日は時間がかかるのだろうか。親知らずを抜くという大事業だから、1時間以上はかかるのかな…)

と不安に思いながら、診療台に座る。

担当の先生は、いままでに診てもらったことのない、初対面の先生である。

(おいおい、今日に限って、初対面の先生かよ!)

このことがさらに僕を不安にさせた。

「これから親知らずを抜きます」

「よろしくお願いします」

「体調は万全ですか?」

「た、体調???あ、はい…。大丈夫だと…思います」

(親知らずを抜くには、体調が万全でないとダメなのかよ!)

僕の不安は頂点に達した。

…しかし、僕の悪い予想は、裏切られた。

いつものように、表面麻酔からの麻酔注射。ここまでは通常どおり。それから親知らずを抜く時間じたいは、1分もかからなかったであろう。

「はい、抜きました」

(えええぇぇぇっ!!!こんだけ???)

「血が出ていますので、15分間は、ガーゼを噛んでいて下さい」

「はい」

「食事は麻酔が切れる2時間後ぐらいからなら大丈夫です」

「はい」

「炎症を抑える薬と、痛み止めを処方しますから、炎症を抑える薬は毎食後に、痛み止めは、痛いときに適宜飲んで下さい」

「わかりました」

麻酔が切れたあと、どんだけ痛いんだろう?と、これまた不安だったが、思ったほどの痛みではなかった。

次回は、もう一つ残っている親知らずを抜くことになっている。今回よりも、少し厄介なのだそうだ。

少し厄介、ということは、今回よりも痛いのだろうか。

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薬がない

世界では 新型コロナウィルスに感染する人が 増えている

今朝来た 新聞の 一面に 書いていた

だけども 問題は 僕のノロウィルス 薬がない

行かなくちゃ 病院に行かなくちゃ 薬をもらいに行かなくちゃ 寒空の中

冷たい風が 今日は心に滲みる ノロのこと以外は 考えられなくなる それは いいことだろう?

行かなくちゃ 病院に行かなくちゃ 薬をもらいに行かなくちゃ 寒空の中を

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人間ドック初体験

1月30日(木)

なんとビックリすることに、この年齢になって、人間ドック初体験である!

いままでは職場で年に1度行われる定期健康診断を受診していたのだが、これが憂鬱ったらありゃしない。しかも、深刻な病気については、まったく見抜けないものであることがわかった。

ということで、今年度は、外部の病院で人間ドックを受診することにしたのである。

しかし、やるべきことというのは、職場の健康診断とさほど変わらない。

事前に2回ほど、採便をしなければならないことは、職場の健康診断でも同じである。

採便について、いつも頭を悩ませていることについては、以前に書いたことがある。今回も、当日までに2回の採便がうまくできるかが心配で、職場に採便キットを持っていって、いつでも採取できるような臨戦態勢をとった。

採尿については、自宅で当日の朝の一番尿をとるということで、これについては問題なかった。

ということで、採便、採尿の準備は完璧である。

あとは当日、指示された通りに検査を受ければいいだけである。

検査メニューもこれまた、職場とほぼ同じだった。視力とか聴力とか心電図とか。これだったら職場の健康診断がタダなのだから、わざわざ人間ドックに行く必要もないのかな、と思ったのだが、大きな違いは、「周りに知り合いがいない」ということである。職場の健康診断だと、まわりに知り合いばっかりがいるので、自分の健康状態に関する個人情報がダダ漏れな感じがするのだが、知り合いがいないと、気楽に受診することができる。

もう一点、大きな違いは、今回初めて体験した、胃カメラである。

胃カメラこそは、人間ドックのいちばん最後にして最大のイベントである。事前の申請段階では、鼻からカメラを入れるのを望んだのだが、同じ病院で人間ドックを受診したことのある妻が、「口からカメラを入れても全然痛くない。口から入れるカメラのほうが高解像度だし」とアドバイスをもらって、当日になって、口からカメラを入れるタイプに変更した。

実際、麻酔や鎮痛剤などのおかげで、あっという間に終わった感じだった。

で、結果のほうは…。

ま、ブログでこの話題をとりあげたことからもわかるように、「何も異常なし」という結論だった。

「食道も胃も十二指腸も、きれいですねえ」と。

ひとまず安心したのだが、それにしても不思議である。

2年前、生きるか死ぬかの大病を患い、いまも闘病中なのに、そんなことはまったく関係ねえ!とばかりに、人間ドックの結果は「問題なし」と出たのである。

…ということは、人間ドックでも見つからない重篤な病、というのが、この世にはいくつも存在するのだ。

過信は禁物、である。

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寝たのはどっちだ!

1月14日(火)

ごくたまに、母と同室で寝ることがある。昨日が、その日だった。

そういうときは、たいてい、母が先に眠りにつく。するとほどなくして母の鼾がはじまり、

(しまった、マウントをとられた!)

という思いにとらわれる。

で、僕がそのあとに眠りにつくことになるのだが、母の鼾に加え、ふだん寝ているベッドとは違い、枕が変わっていることもあり、全然眠れない。昨日はそれに加えて、次の日のことが気がかりで、そのことばかりが頭の中をグルグル回って、まんじりともしないのである。

それに対して母は、鼾をかいてぐっすりと眠っている。

結局、僕は一睡もできずに朝を迎えた。

朝5時頃、母が目覚めた。

「昨晩は一睡もできなかったよ」

というと、

「何言ってんの!!あんた、すごい鼾をかいてたわよ!!」

と母が答えた。

「鼾がうるさかったのは、そっちだろ!」

というと、

「あんた、本気で言ってんの?部屋が揺れるくらいの鼾をかいてたんだから。おかげで眠れなかったのは私のほうよ」

と反論する。

どういうこっちゃ???

母が嘘をついているとは思えない。

よくよく聞いてみると、少なくとも深夜0時から3時まで、僕は大鼾をかいて寝続けていたというのである。

「いや、俺は一睡もできなかったぞ」

「じゃあ聞くけど、あんた、私がトイレに起きたことは覚えてる?」

「…いや」

「ほら、覚えてないってことは、そのときには寝ていたということよ」

うーん。そういわれるとそうなのだが、だがたしかに僕の意識のなかでは、母の鼾のせいで僕は一睡もできなかったのである。

…実は同じようなことが、過去に何回かあった。

いまでも鮮烈に覚えているのが、30年前、僕が大学生だった頃のことである。

あるとき僕は、あることがきっかけで知り合ったおじさん二人と、旅行に行くことになった。たしか一人が60代、もう一人が40代のおじさんだったと思う。

で、旅行先のホテルで、40代のおじさんとツイン部屋に泊まることになった。

ところがその40代のおじさんの鼾がうるさくて、僕はそのとき一睡もできなかったのである。

朝になり、そのおじさんが起きるなり、僕に言った。

「鬼瓦君の鼾がうるさくて、全然眠れなかったよ」

ええええええぇぇぇぇぇっ!!!

眠れなかったのはこっちの方だよ!

…と言いたかったのだが、年上の人なので、反論できなかった。

このときの記憶とまったく同じことが、昨晩もくり広げられたのである。

30年前の当時、僕はそのおじさんが嘘をついていると思い込んでいたのだが、その後似たような体験が何度かあり、あのとき、僕が大鼾をかいて寝ていたというそのおじさんの証言は、本当だったのではないかという気がしてきた。

いったいこれは、どういうこっちゃ???

ここで思い出すのが、「ジャングル・リベンジ」である。

ここから先は、わかる人だけがわかればよろしい。

マレーシアのジャングルのブンブン小屋で、「俺はこんな場所では一睡もできねえ」と嘆いていた藤やんが、誰よりも先にグーグーと寝てしまい、大泉さんはじめみんなに呆れられたというシーンがある。

僕はその場面を見て、腹を抱えて笑ったのだが、あの場面こそが、僕にとっての真実なのではないだろうか???

「藤やんは俺だ!俺もこの通りだったんだ!」

という「七人の侍」の菊千代ばりの台詞が頭の中をよぎったのであった。

これも、わかる人だけがわかればよろしい。

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ソファーで寝ると、なぜ気持ちいいのか

通勤時間が異様に長いので、電車の中ではもっぱらラジオクラウドを聴いている。

最近のお気に入りは、文化放送の「大竹まこと ゴールデンラジオ」である。

水曜日にレギュラー出演している芸人のいとうあさこが、番組のオープニングで、こんなことを言っていた。

一人暮らしをしている部屋で、毎日、テレビを見ながらお酒をぐでんぐでんになるまで飲んでいると、つい、ソファーで寝てしまう。ソファーで寝るのがあまりにも気持ちよくて、別の部屋のベッドで寝る気が起きない。しかし、ソファーで寝ていると、からだが曲がったままで寝ていたりするので、本当はあまり身体によくない。だからいまは、ベッドで寝るためのトレーニングをしている。

…あたかも、飼い猫がトイレの場所で用を足せるように躾けるかのような感じで、自分自身をベッドで寝るように躾けているような言い方だったので、思わず笑ってしまった。

そこから、「どうしてソファーで寝ると気持ちいいんでしょうかね」という話題になり、出演者の一人、文化放送のアナウンサーの太田英明氏が、

「最近は、寝入りばなにベッドの背を上げ、熟睡するとフラット状態になるように自動的に動くベッドが開発されたそうです」

という情報を提供した。

なんでも、「寝るときにベッドの背を上げるとリラックスしやすくなり、フラット状態になると熟睡するために必要な自然な寝返りが打てるようになる」からだそうだ。

なるほど。それでわかった。

ソファーで寝るときは、たいてい、肘掛けに頭を乗せたり、さらにクッションを置いた上に頭を乗せて横になることが多い。つまり、頭の位置が高くなるのである。

寝入りばなには、この体勢がちょうどよいのだ。

ところが、この状態をずっと続けていると、熟睡ができなくなる。熟睡をするためには、寝返りを打ちやすいフラットな状態がよいのである。

「ソファーで寝るのは気持ちよいが、熟睡はできない」という理由は、このようなメカニズムによるものであろう。

あるいは、「うっかりソファーで寝てしまったが、熟睡ができないので、しっかり寝ようと思って別の部屋のベッドに移動して横になったが、そのとたん、眠れなくなってしまった」という現象も、これで説明できると思う。…って、これは俺だけか?

さらに、思いあたるのは、うちの娘である。

1歳半を過ぎたが、いまだに、抱っこをして歩きまわらないと、眠りにつかない。いきなり布団の上に横たわらせても、まったく寝つけないのだ。

これもまた、寝入りばなは頭が高い位置にないと眠りに入りにくい、という法則によるものではないだろうか。

…ま、どうでもいいといえばどうでもいい話なのだが、これは大発見なのか、それともよく知られたことなのか、よくわからなかったので、とりあえず書きとどめておく。

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熱戦を制す

10月3日(木)

巷ではラグビーワールドカップやらバレーボールやら世界陸上やらで熱戦がくりひろげられているが、僕も負けてはいられない。

7月末に続く2回戦である。

7月末の1回戦は、前半2時間、後半2時間(ハーフタイム1時間)の長期戦となり、26対23で辛くも勝利した。

その2か月後にあたる今日の2回戦は、前半1時間40分、後半1時間半(ハーフタイム40分)で、やはり長期戦となったが、23対0で完勝した。前半戦では、準備していたBGMが聴けないというアクシデントと想定外の暑さで、精神的に翻弄されたものの、後半戦ではBGMの回復と気温が下がったことで、尻上がりに復調した。ただし一部判定に持ち込まれたものもあり、年末に再試合の可能性も残されている。

ラグビーワールドカップに影響されたか?はたまた、ドラマ「盤上の向日葵」に感化されたか?

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原因判明

2月12日(火)

背中がまだ痛い。というか、どんどん痛くなっている。

日曜日に行った廃病院の診察が信頼できなかったので、今日は休みを取って、別の整形外科に行くことにした。

その病院の先生は、ちょっとノリのいい感じの先生で、松山千春みたいなタメ口をきいてくる。ま、悪い人ではなさそうなのだが。

「どうしたの?」

「1週間ほど前から背中が痛くなりまして…」

「レントゲン、撮ったんでしょ?」

「ええ、日曜日に別の病院で撮ったんですけど…」

「どうだった?」

「背骨が歪んでいるのが原因ではないかと言われました」

「背骨が歪んでるくらいじゃあそんなに痛くはならないぜ。ま、考えられるのは筋肉痛だな」

「筋肉痛?」

「痛くなって、どれくらい?」

「1週間ほどです」

「そんなんじゃ、まだまだどんなもんかわかんないぜ。2週間くらい様子を見なきゃね」

「そういうものですか」

「そうだよ。だって、レントゲンでは異常なかったんだろ?」

「はあ、でも、背骨しか見なかったんですよ」

「胸のレントゲンは?」

「見なかったです」

「そうなのかい?じゃあ胸のレントゲンを撮る意味はあるね。診察室を出て、右のところにレントゲン室があるから、そっちに移動して」

「はい」

言われるがままに、レントゲン室に行くと、まるで瞬間移動したかのように、同じ先生がいた。

(あんたが撮影もするんかい!)

「じゃ、ボタンのある服を脱いで」

「はい」

「ここに立って」

「はい」

パチリ!

「あ、わかったぞ!」

「どうしたんです」

「肋骨が折れてんじゃん!」

「ろ、ろ、肋骨!!??」

「すぐにわかったよ。これじゃあ痛いわけだよ」

(あんた、さっき筋肉痛じゃねえかって言ったよね!)

レントゲン写真を見ると、たしかに肋骨が折れているのがわかる。

「どうしたらいいんでしょう…固定したりとかはしないんですか?」

「ほっとくしかないね。肋骨だからね」

…ということで、またまた、痛み止めの薬を処方してもらったのであった。

原因は、肋骨の骨折だと言うことが判明した。

しかしわからないことがまだある。

なぜ、肋骨が折れたのか?という問題である。

外的な衝撃がなければ、肋骨は折れないのだが、その記憶がないのである。

思い当たるとすれば、10カ月の娘が、寝ている私のお腹の上に飛び乗ってきたことくらいか…。

どんだけ骨が弱いんだ?

肋骨骨折だとわかってからというもの、歩くと、体の中の肋骨のあたりが、

ぺこんぺこんぺこんぺこん

と音がしているのがわかる。おそらく、折れた肋骨がぷらんぷらんしているのだろう。

生まれてこのかた、骨折などしたことがないのに、何だかわからないことが原因で、肋骨が折れるというのだから、人生とは、本当にわからないものである。

それにしても、である。

日曜日に行った病院は、レントゲンを撮ったのにもかかわらず、肋骨の骨折に気づかなかったのである。

どんだけ藪医者なんだ?

ただ、結果的に痛み止めを処方されるという結論は同じなので、誤診だかなんだかよくわからない。

まあそんなことはともかく。

読者諸賢の中には、僕のことをよく知っている人もいると思うが、ご承知のように、まあありとあらゆる病気や痛みを経験している。

満身創痍といってもいい。

僕の体は、すでにいろいろなものが欠けており、、もはやポンコツである。

それでも、こうやって生きている。

何度でも立ち上がるぞ。

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依然原因不明

2月10日(日)

昨日深夜、無事に韓国から戻ってきた。

相変わらず、背中が刺すように痛い。かがんだり、起き上がったりするときに、激痛が走るのである。

日曜日にも診療をしている市内の整形外科の病院を見つけて、今日の午前中に行くことにした。

初めて行く病院なので、どんな病院かわからない。ネットの情報だと、総合病院のようである。

病院に到着して、建物を見て、ちょっと腰が引けた。

さながら廃病院の趣である。

中に入ると、待合室には、患者がほとんどいない。日曜日に開いている病院はめずらしいにもかかわらず、である。

建物の中の感じは、お化け屋敷によくあるような幽霊病院の雰囲気といったらよいか。

とにかく、時代がふた昔以上前に戻ったような感じがするのである。

(今日こそはレントゲンを撮ってもらうぞ!)

先週行ったかかりつけの病院は、整形外科ではないので、レントゲンを撮ってもらえなかったのである。

診察が始まり、

「では、レントゲンを撮ってきてください」

と言われ、レントゲン室に行った。

ここでもまた、何十年前の装置だよ!といった雰囲気のレントゲン装置である。

(本当にこれでちゃんと撮れてるのか?)

と不安になりながら、レントゲン撮影が終わり、再び診察室に戻った。

レントゲン写真を見せられるが、写り方が何となくボンヤリしているように思えて、よくわからない。

「背骨が歪んでますね。それが原因かも知れません」

あのねえ。僕の背骨が歪んでいることは、前から知っているの。ずっと前からそうなの!

「あるいは、内臓の疾患の可能性もなきにしもあらずですので、いまいちどちゃんと見てもらった方がいいでしょう」

…ん?では、今日は何のために俺はここに来たんだ?ちゃんと見てもらうためじゃなかったのか?

あの、ボンヤリしたレントゲン写真は、何だったんだろう?

結局、原因がよくわからないまま、例によって痛み止めと湿布薬を処方された。

休み明けにまた別の病院に行くしかないかなあ。

もしこの件について今後ブログに書かなくなったら、試合終了だと思ってください。

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