心と体

激痛一週間

10月7日(金)

今週も、よくぞ、よくぞ「アシタノカレッジ金曜日」のアフタートークまでたどり着きました!

今週はほんとうにヤバかった!

月曜日あたりから、背中の右の方の肋骨あたりがなんとなく痛み出した。

火曜日の夕方と、水曜日の終日は、よりによって肉体労働だったので、足を踏ん張ったり、前かがみになろうとすると、痛みが走る。

木曜日に、その痛みは最高潮に達した。ベッドから起き上がろうとすると、激痛が走るのである。歩くのさえ億劫になる。しかもこの日は、朝イチで都内の病院で検査がある。検査の結果、またもやひとり合宿が決まってしまった。なんとなく予想はできていても、やはりひとり合宿が決まるのは落ち込む。俺は一生、こんな生活が続くのか…。

それよりも、いまは背中側の右の肋骨のあたりの激痛の方が心配である。僕は3つの可能性を考えた。

1つめは、痛風の発作が起きたという仮説である。尿酸値が高い僕は、何度も痛風の発作を経験しているが、その痛みと近いのである。しかし、背中側の右の肋骨のあたりに、尿酸の結晶が固まるなんてことがあるのだろうか?

2つめは、肋骨が骨折した可能性である。以前も、肋骨が知らない間に折れていたことがあり、そのときの痛みによく似ている。

3つめは、…考えられ得る最悪の仮説である。この仮説が正しければ、もう僕はおしまいである。折しも、都内の病院での朝イチの検査でひとり合宿が決まったばかりである。最悪の可能性を考えないわけにはいかなかった。

とにかく、激痛の原因を知りたい、と思い、家の近所まで戻り、整形外科を探すことにした。以前、肋骨が折れたときに行った整形外科の先生は、「アレ医者」だったので、もう2度と行きたくない。別の整形外科を探すと、最寄りの駅のすぐ近くに整形外科があるのを見つけた。

「どうしました?」

「数日前から、背中側の右の肋骨のあたりが痛みまして…」僕は、どういうときに激痛を感じるかを、具体的に話した。

「そうですか…原因に心当たりはありますか?たとえば、どこかにぶつかったとか…」

「いいえ、心当たりがありません」

その先生は、先ほど受付で僕が書いた、問診票を見つめた。そこには、僕の病歴が書いてある。そこを見て、一瞬たじろいだ。というか、初診のお医者さんのなかで、僕の病歴を見てたじろがない人はいない。それほど僕の病歴は一筋縄ではいかないのだ。

「ちょっとレントゲンを撮ってみましょう」

こっちもそれを期待していたんだ、と思いつつ、レントゲン室でレントゲンを撮ってもらう。しばらくしてまた診察室に呼ばれた。

レントゲンの写真を見せてもらう。

「肋骨は折れていないようですねぇ」

「そうですか」

「重篤な病気の可能性も考えましたけれど、レントゲン写真を見る限りでは、それもないようです」

「そうですか」僕は安堵した。先生もやはり重篤な病気の可能性を考えたんだな。

「考えられる可能性としては、筋肉の付着部の損傷です。最近、重い物を持ったりしませんでしたか?」

思い出した!先週の出張で、重い機材を右肩に担いで、バリヤフリーの概念のまったくない建物の2階まで運んだのだ。そればかりではなく、出張中は何度も重い機材を右肩に担いで歩いた。

「思いあたるフシがあります」

「そうですか。ではその可能性が高いでしょう。その痛み、2~3週間は続くと思いますから、その間はできるだけ安静にしてください。重い荷物もなるべく持たないように」

「はぁ」

「湿布薬を処方します。飲み薬までは必要ないでしょう」

ほんとに大丈夫か?と思ったが、こちらから反論できる感じではなかった。

結局、昨日は家に帰ってから、痛くて何もできず、ただ横になるしかなかった。

あまりに痛いので、市販の鎮痛剤を飲んだら、翌朝、痛みがかなり引いていた。

今日の午前中は職場で打合せで、午後は肉体労働である。痛みがだいぶ引いたおかげで、なんとか今日の予定をこなすことができた。

それでも、午後の肉体労働の際に、床にベタッと座っている状態から立ち上がろうとして足を踏ん張ると、肋骨のあたりに激痛が走る。何度かくり返していくうちに、右足を軸にして立ち上がろうとすると激痛が走るが、左足を軸にして立ち上がれば、それほど痛くない、ということに気づいた。

同様に、前かがみになって物を取ろうとするとき、右手で取ろうとすると肋骨が痛いが、左手で取ればそれほど痛くない。

僕はそのコツをつかみ、左足を軸足にして立ち上がるようにした。

なるほど、肋骨が痛む場合は、痛い部位と反対の足を軸足にすれば、立ったり座ったりするときにさほど痛くないのだな。…というか、あまり役に立つ機会のない、どうでもいい知識である。

‥鎮痛剤の効き目が切れてきたのか、また痛みがひどくなってきた。

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ふとした病

8月29日(月)

まだ身体は本調子とはいえないのだが、今日から活動再開である。

難しいのは、この2週間ばかり、セルフ監禁だの、秘境探検などをしてきたことについて、職場や仕事の関係者にどの程度まで言っていいのか、ということである。

いちおう、職場では、個人情報保護の観点から、名前は明かさないことになっている。あらぬ誹謗中傷を受けないようにするためだという。

一方で、タレントなどは平気で公表しているが、その違いは何なのだろう。

また、仮に職場では名前を明かさないとはいっても、実際、職場の担当係には正直に連絡しているのだから、実際には職場にある程度広まっている可能性もある。

実際に仕事上、迷惑をかけてしまう人が多かったりするので、この「空白の2週間」について、どのように説明してよいのか困ってしまう。

ひとつ考えたのは、

「エキノコックスという病気に罹りまして、この2週間ほど療養していました」

という理由なのだが、万が一、本気でとらえられてしまうと、それはそれでやっかいだな、と思う。

じゃあ、明らかに冗談だとわかる「うどんこ病」とか「かっぱん病」とかにしようかとも考えたが、おそらく、そういう問題ではないだろうと思い直す。

立川談志がよく使った「ふとした病」にしようかと思ったが、すでに何年も前にサザンオールスターズの桑田佳祐が、病気から復帰して紅白歌合戦に出演したときに、「ふとした病に罹りまして…」と、明らかに立川談志へのオマージュととれる挨拶をしていたので、このパターンも使えない。というか、そもそも「ふとした病」が立川談志のジョークだということは、おそらくだれも気づかないだろう。事情を何も知らない人からしたら、「ふとした病」って何だ?と、よけいにさまざまな憶測を呼びさますことになりかねない。

結局、どうしても事情を説明する必要がある人に対しては、

「流行病(はやりやまい)に罹りまして…」

と説明したのだが、これだけですでに丸わかりである。

そんなことで気に病むので、はやりやまいには罹らない方がよい。

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病歴話芸

7月30日(土)

午後から2本のオンライン会合がある。そのため、午前中のうちに近所のかかりつけのクリニックに行って、常用する薬を処方してもらわなければいけない。

それにもうひとつ、「ひとり合宿」中に、ある懸念が生じて、その懸念を払拭するために別の新しい薬を服用したほうがいいのではないか、と指摘されたこともあり、できるだけ早くクリニックに行きたいと思ったのである。

それは、僕も以前から薄々感じていたことで、ここ最近の体調不良は、それが原因なのではないかと思っていたところだった。

しかし、不安なのは、かかりつけのクリニックの医者の先生が、どうも「アレ医者」な感じの人なので、相談して大丈夫なのか、自信がなかった。

しかし背に腹は代えられない。とにかくかかりつけのクリニックに行くことにした。

まだ朝9時半過ぎだというのに、日差しがものすごく強くて、歩いていると溶けてしまいそうな暑さである。

そうしたらあーた、クリニックが臨時休診日ではないか!えええぇぇぇっ!!

本来は、先週に診察に行く予定だったのだが、忙しくて行けなかったので、1週間後の土曜日でいいや、と高をくくっていたところ、まさかの休診日だったのである。

どうしよう。薬を切らしてしまうと、この暑さである、尿酸値が上がって痛風の発作が起きてしまう恐れがある。

家族に聞いたところ、近くにあるもうひとつの診療所がいいのではないかと紹介された。う~む。近いとは行っても、この暑さで、別のクリニックまで歩くのはめんどうくさい。しかし、来週も忙しいので、かかりつけのクリニックに次に行く機会は、来週の土曜日になってしまう。とてもそこまでは待てない。考えたあげく、別の診療所まで歩くことにした。

しかし、その診療所の場所が、よくわからない。Googleマップで見ても、それほど距離は遠くないのだが、わかりにくい場所にあるのである。汗だくになりながら歩きまわり、道をたずねながら探したところ、ようやく見つかった。ふつうの住宅街の中にあり、ふつうの家を改装したようなこぢんまりした診療所である。

(大丈夫かなあ)ますます不安になった。

ドアを開けると、ふつうの家の玄関みたいなスペースのところに受付と待合室があり、数人の患者が所狭しと丸椅子に座って診察を待っている。

「予約してないんですけどいいですか?発熱はしておりません」吹き出した汗を拭いながら僕は言った。

「どうぞ。どうしましたか?」受付の女性がたずねた。

僕は、かかりつけのクリニックが休診日なので、代わりに薬を処方してほしい、それと、もうひとつ新たに懸念される病気の可能性があるので、それについても診てほしい、と伝えた。

「常用のお薬を代わりに処方することはできますが、新しく別の薬を処方できるかは、(かかりつけのクリニックが判断するのがスジなので)ちょっとどうなるか…」

「ああ、そうですか…」

僕は、常用の薬よりも、もうひとつの薬のほうの処方を期待していただけに、ちょっと落胆した。

しばらく待ったあと、診察室に呼ばれた。若い先生である。

「どうしましたか?」

僕は、これまでの僕の、複雑な病歴を、順を追って簡潔に伝えた。考えてみれば、僕は自分の複雑な病歴を伝えるのが、我ながら実に的確である。複雑な病歴を語るのに澱みがない。「病歴話芸」というべきか。ダース・レイダーさん流にいえば「Ill Communication(イル コミュニケーション)」である。「病歴漫談」で全国を回れるかもしれない。

僕の複雑な病歴を聞いた先生は、瞬時に理解したようだった。

「ちょっと心音を聴きます」

と、僕の胸に聴診器をあてた。これもまた新鮮である。かかりつけのクリニックの「アレ医者」は、いまだかつて僕の胸に聴診器をあてたことがない。これ一つとってみても、目の前にいる先生のほうが信頼できる。

「心臓の音は異常がないですね」

「そうですか」ひとまず安心した。

「わかりました。薬は2週間分出します。もうひとつの新しい薬のほうも、とりあえず最少の量で2週間分出して様子を見ましょう。その間に、かかりつけのクリニックの先生のところに行ってご相談ください」

「わかりました」

じつに適切な対応だった。おかげで懸案だった新しい薬も処方してくれることになった。

これで2週間服用して、あるていどの効果が出れば、その結果をもってかかりつけのクリニックの「アレ医者」に提示でき、同じ薬を引き続き処方してくれることになるだろう。そこまで見越した、先生の対応だった。

というか、かかりつけのクリニックを変更したい。

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○○の神様

4月28日(木)

午前中は、自宅から車で1時間半弱かかる総合病院に行く。昨日までの「ひとり合宿」の結果を報告するのだ。別の病院で治療を担当した主治医のS先生による手紙と画像データが入った封筒を、もう一人の主治医である総合病院のK先生に渡さなければならない。

たんに報告だけなので、診察時間じたいはわずか1~2分。そのために1時間以上かけて病院に行き、長い間待たされるのである。

こっちだって「ひとり合宿」が終わったばかりで疲れているのに、そのためだけに行くのはとても面倒くさい。だったら、主治医同士がメールのやりとりですませろよ、と思うのだが、そうもいかないらしい。

診察の前に手紙と画像データを受付に渡し、しばらくの間待合室で待つ。やがて僕の名が呼ばれて診察室に入ると、すでにK先生は、治療の画像データとその結果を伝えるお手紙を読み終えたところだった。

僕が診察室に入るなり、

「今回もがんばりましたね」

とK先生は言った。なにしろ僕は、この5年ほどで13回も、S先生の病院で「ひとり合宿」をしているのである。

「以前にちょっと心配していた部位、落ち着いているようで安心しました」

「S先生からもそう言われました」

「一時はどうなるかと思ったけれど、ほんとうによかった。やっぱり鬼瓦さん、あなたには神様がついているんですね」

僕は、それまで抑えてきた感情がこみ上げてきて、不覚にも涙が止まらなくなってしまった。

そう、俺、がんばってるんだよ。これまで、すげえがんばってきたんだよ。そして幸いなことにまだ生かされているんだよ。

ただ実のところ、僕ががんばったところで、どうにかなるわけでもない。おそらくそのほとんどは、運に委ねられているのだ。ぼくはただ、言われるがままにその身をS先生に委ねているだけである。過去2回ほど、もうこれでおしまいだな、と絶望した瞬間があったが、それでも何とか乗り越えてきた。たぶんがんばったのは、僕ではなく、治療にあたったS先生のほうである。

僕は無神論者だが、この5年あまり、僕の体調をずっと見続けてきた総合病院の主治医、おそらくこれまでも何千、何万もの患者を診てきたK先生が、医療の力だけではなくあなたには神様がついているのだと言ったことは、たとえ口から出まかせの言葉だったのかもしれないとしても、僕にとっては救いの言葉に聞こえたのである。

僕はがんばっているわけではない。支えられて生きているのだ。

いやそもそも、どんな人も生きているだけで十分にがんばっているのだ。僕はそのことに、大病を患って初めて気づいたのである。

運が尽きるまで、何度でも立ち上がろう。

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副反応にご用心

2月22日(火)

前回の記事を書いたあと、眠りについたら、どんどん寒気がして、寝られなくなってしまった。

朝起きて熱を測ったら38.5度。ひええ~、これがうわさに聞く副反応か~。

とにかくだるくて何もやる気が起きない。注射を打った左肩の痛みは相変わらずである。

常用している薬に加え、以前にもらっていたカロナールを飲んだ。

下痢がとまらないのは、副反応のせいなのか、副作用のせいなのか、もはやわからない。

翌日の月曜日。

体温を測ったら37.5度。たった1度しか下がっていない。

そして火曜日。

ようやく熱が下がったが、まだ頭はフラフラする。

それよりも、首の後ろあたりが、寝違えたみたいに痛い。あまりに痛くて、首を曲げたり伸ばしたりすることができない。これも副反応なのか?それともたんに寝違えただけなのか?

熱が下がったので、出勤することにしたのだが、首の痛みはどうする?

以前、ぎっくり腰っぽくなったときに実家の母からもらった湿布薬がまだ残っていた。お医者さんから処方されたものなので、とても効くのだといわれた。

ウソだろ~と半信半疑で貼って一晩寝たら、腰の痛みがウソみたいに消えた。

それ以来僕は、その湿布薬の信奉者である。

今回も首の後ろにその湿布薬を貼って、職場に向かった。で、夜に帰る頃には、ほとんど痛みが消えていた。

その湿布薬の効果、恐るべし、である。

出勤の途中、文化放送「大竹まこと ゴールデンラジオ」を聴いていたら、大竹さんは日曜日に3回目のワクチン接種を行ったそうで、それもP→P→Mという、僕と同じパターンだった。

それでも、「全然副反応がない」という。「年寄りは免疫が低いから副反応がないんだ」と言っていたが、ほんとうだろうか?

今日、仕事仲間とZoomで打ち合わせしていたとき、3回目のワクチン接種の副反応が酷い、という話をしたら、「うちの兄もそうでした。副反応が酷かったそうです」という。多分、その人の兄は、僕と同じくらいの年齢なのだろう。

ということは、僕くらいの年齢の人は、とくに副反応が酷いということなのだろうか?

ま、結局は個人差なのだろうけれど、ワクチンを打つたびにあんなに酷い副反応だったらヤだな。もはや何と闘っているのかわからない。海賊にお金を巻き上げられないために、高額のお金を払って用心棒を雇うようなものだ。

明日は僕が主催の日韓合同イベント。まだ少し頭がクラクラするが、なんとか乗り越えよう。

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ワクチン接種・3回目

2月19日(土)

ワクチン接種・1回目

ワクチン接種・2回目

今日は3回目のワクチン接種の日である。

前の2回は、近所のかかりつけのクリニックで、P社のワクチンを接種して、ほとんど副反応がなかったのだが、今回、ワクチン接種券が届いてすぐに予約をしようとすると、すでにかかりつけのクリニックの方は定員に達してしまったようで、予約ができなかった。もう1カ所、市内にある大規模接種会場に少し空きがあったので、そちらに申し込むことにした。

ただし、大規模接種会場の方は、P社ではなく、M社のワクチンと聞き、少し躊躇した。P社よりM社のワクチンの方が、副反応が強いと、巷間噂されていたからである。

実際、M社のワクチンを接種した人の話を聞くと、「もうあんな副反応は二度と経験したくない」という人や、「パートナーは3回めのワクチンがP社だったのでけろりとしていましたが、自分はM社だったので、熱が上がり、吐き気が止まらず、仕事になりませんでした」という人がいて、いよいよこれは恐ろしいなと思ってしまったのである。

しかし背に腹は代えられないと思い、予約をすることにした。妻は、3日前の水曜日にすでに同じ大規模接種会場でM社のワクチンを接種したが、今のところ、さしたる副反応はみられない。

しかしそこは個人差があるので、だからといって自分は大丈夫だとも確信できない。もし土曜日に接種したあと、日曜日に副反応のためにのたうちまわっているとしたら、週明けに絶対に出さなければならないいくつかの書類はどうすればいいのだろう?これは、接種前に何が何でも仕上げておく必要があるな、と思い、昨日の金曜日は夜中の3時までかけて、やっと一つの書類を仕上げた。あと、週明けにいくつか提出すべき書類が残っているのだが、あとはこまごまとしたものなので、もうそれはのたうちまわりながらでも仕上げなければ仕方がない。というか、どうしていつも俺は、めんどうな書類作成を先送りばかりするのだろう?

で、いよいよ3回目のワクチン接種当日の今日。

遅れちゃいけないと思って早めに出たら、予約の時間の1時間前に会場に着いちゃった。どこかで1時間時間を潰そうと思ったが、近くにそんな場所はないし、だいいちそういうところは感染のリスクもある。

ダメ元でそのまま会場に入り、「1時間早く着いちゃったんですけど」と言うと、「かまいませんよ」というので、そのまま中に入っていった。

もうワクチン接種も3回目となると、大規模接種会場のスタッフさんの動きも手慣れたものである。おそらく多数のアルバイトを雇っているのだと思うが、動線がはっきりとわかるように床面にはこれでもかというほどの矢印が貼ってある。同じ建物の中にP社とM社の両方のワクチン接種会場があるので、間違えないようにしつこいほど「どちらのワクチンですか?」と聞いてくる。

「M社です」

と答えると、「では階段かエレベーターで地下二階に降りて下さい」とうながされた。

地下二階に降りると、そこはいつもは体育館として使われている大きなスペースである。これでもかと床面に貼ってある矢印の方向に進むと、予診票の有無を確認する人、ワクチン接種券の名前と身分証明書の名前を照合してチェックする人など、いくつかの関門がある。なるほど、まるでこれは選挙会場のようだ。

本人との同定が確認されると、会場の突き当たりまで行き、医師による問診、そしてメインイベントのワクチン接種と続く。

前の2回は夏だったので半袖だったが、今回は冬なのでかなり着込んでいる。ワクチン接種をするテントみたいなところに入ると、ジャンバー、セーター、そしてYシャツを脱ぎ、Tシャツ1枚になって左肩を出した。

「チクッとしますよ」

と言われたが、いつ打ったのかわからないほど注射は痛くなかった。

ワクチン注射のテントを出ると、椅子が並んでおり、そこで15分間、座って待つことになる。大きめのモニターがあり、そこに、それぞれの人の番号が示され、それぞれの番号の下に「あと何分」という表示が出る。自分の番号が、赤字から青字に変わったら、接種から15分経過したことを意味するので、会場を出てよい、ということになる。これもまた、何というか、免許更新センターみたいなやり方だ。

なるほど、大人数を流れ作業でさばくためのノウハウは、選挙とか免許更新とかで培われているんだな。

接種後、帰宅すると爆睡してしまった。11時間以上経過しているが、いまのところ熱や吐き気などはない。ただ、注射をした方の左腕がなかなかの痛さである。

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ワクチンは接種、カフェインは摂取

9月30日(木)

昨晩は、まんじりともしなかった。

いや、正確に言うと、昨晩は夜9時過ぎくらいにいったん眠ったのだが、夜11時半くらいに目が覚めてしまった。サアそこからが眠れない。

どうしようか。無音だと余計な心配事ばかり頭の中を駆けめぐってしまうので、とりあえず、僕がよく立ち寄る、難しい政治談義をしている動画サイトをiPadで流しながら眠りにつくことにしたが、それでもなかなか寝付かれない。

深夜3時を過ぎてもまんじりともしないのだ。焦れば焦るほど、眠れなくなる。そのうち、空が明らんできて、鳥の鳴き声が聞こえてくるんじゃなかろうか、と、それを考えると、いよいよ眠れなくなる。

どうしてこんなに眠れないのか?

さまざまな心配事があって眠れないのか?しかし心配事が多いのは今に始まったことではない。

あれこれ思いめぐらすうちに、ある仮説に行き着いた。今日の昼間は、喫茶店でコーヒーを4杯も飲んだからではないか?

昨日は都内の病院で定期検査を受けたことは前回書いたが、定期検査前の時間調整に喫茶店に入ってアイスコーヒーを飲む。

定期検査が終わった後も、検査が終わった開放感から喫茶店でアイスコーヒーを飲む。

移動中にスマホに転送された職場からのメールを見ると、すぐに返事を書かなければならない案件がある。だが少々込み入った内容だから、スマホを使って返信するのはちょっと難しく、ノートパソコンを使って返信を書いた方がよい、ということで、フリーWi-Fiが利用できる喫茶店を探して、アイスコーヒーを飲みながら、メールへの返信を書く。

…みたいなことをやっていたら、気がついたら1日で4杯のアイスコーヒーを飲んでいたのである。

僕は最近、家や職場でほとんどコーヒーを飲まなくなくなり、言ってみればカフェインに対する耐性がすっかり弱くなってしまったのである。つまりふだん摂取しないカフェインを、久しぶりに摂取したから、夜眠れなくなったのではないだろうか。

そういえば、思いあたるフシがある。

僕は都内の病院で「ひとり合宿」をすると、必ずと言っていいほど眠れなくなるのだ。それは枕が変わったから、とか、緊張しているから、と思っていたが、ひょっとすると、コーヒーのせいかもしれない。

ひとり合宿の前は、時間調整のために近くの喫茶店に入ってアイスコーヒーを飲むのが習慣化している。それが眠れない原因なのではないだろうか。今度のひとり合宿の時には、事前にアイスコーヒーを飲むのをやめてみようか。

それとも、いまから毎日、アイスコーヒーをガンガン飲んで、カフェインに対する耐性をつけておこうか。そうすれば、多少のコーヒーを飲んでも、眠れなくなることはないのではないだろうか。いや、そんなことをすると、むしろもっと眠れなくなってしまうのではないだろうか?

…とここまで書いてきて、このどーでもいい文章が、どこまで科学的根拠にもとづいているのか、わからなくなってきた。こういうことで気に病むこと自体が、眠れない原因である。

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ワクチン接種・2回目

ワクチン接種・1回目

8月4日(水)

2回目のワクチン接種の日。

前回と同じ、かかりつけのクリニックに行き、午前9時過ぎにワクチンを打ってもらう。チクッとはしたが、痛い!という感じではなかった。

それから15分、その場に待機して、家に帰った。

「2回目の方が副反応がキツいよ」といろいろな人に言われた。先日、出張の際に乗ったタクシーの運転手さんからも言われた。

午後1時からは、外部のオンライン会議である。1年に1回のこの会議、昨年度は書面審議だったし、その前の年度は体調が悪くて欠席したので、画面上とはいえ顔を合わせるのがじつに久しぶりである。

前日に接続テストをしたのだが、先方の機関の方が、Zoomをほとんど使ったことがないみたいで、それが初々しかった。きっと1年半ほど前の僕も、そんな感じだったのだろう。

そのおかげからか、今日の本番の会議では、じつにうまくいった。オンラインで参加されている委員のみなさんのほうが、Zoomを使い慣れているようだった。

副反応に怯えているのだが、いまこの時点、すなわち1日目の夜になっても、とくに変わった様子はない。

いまもっぱら気になっているのは、前回も書いた、米国在住の日本人ジャーナリストから依頼された、77年前に日本人が書き残した手帳の持ち主のことである。

どうやらその人物の行動履歴が復元できそうだ、ということを書いたが、その過程で、ある一人の同世代の方の名前が浮かび、その方に聞いたら、何らかの手がかりが得られるのではないか、ということに気づいた。

調べてみると、その方は、戦後に新聞記者をしていた方で、手帳の持ち主と同じような体験を77年ほど前にしていたらしい。ただ、経歴から考えるに、その方と手帳の持ち主とは直接の面識はないようだ。だが同じような体験をほぼ同じ時期にしているので、手帳に書かれている符牒のような言葉の数々について、何かしらの解説をしてくれるのではないか、と期待したのである。

しかもその方は、どうやら撲の住む市に住んでおられるようだということまでわかった。

そのことを、その方が勤めておられた新聞社の、知り合いの現役記者の方に伝えると、さっそくOB名簿みたいなものを調べてくれて、住所や電話番号が特定できた。

住所を聞いてみて、Googleマップで計算してみたら、僕の自宅から歩いて20分ほどのところに住んでおられるではないか!

知り合いの現役記者が、登録されている電話番号にさっそく電話をかけてくれたのだが、「現在使われておりません」と返ってきた。

不安な気持ちを抱えながら、これは実際にたずねた方がいいのかな、と思っていると、しばらくして、新聞にその方の訃報の記事が載っていたことを、米国在住の日本人ジャーナリストの方が見つけてくれた。2020年3月20日の新聞だった。享年92歳。ほんの1年半ほど前のことである。

もっと早くに、この手帳の存在を知っていたら、いろいろなことが聞けただろうに、と、残念でならない。痛恨の極み、とはこのことである。これでまた、手がかりが遠のいてしまった。

…と、ここまで読んでもらえればわかるように、この手帳は戦争体験に関する内容を含んでいる。こうして戦争体験が風化されていくのだろうか。聞きたいと思っても、聞く術がだんだん失われていくことを、僕はいまさらながら実感したのである。

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ワクチン接種・1回目

7月8日(木)

新型コロナウィルスの1回目のワクチンを接種してから7時間くらい経つが、いまのところさしたる副反応はない。もっとも、摂取してから2~3日たって副反応が見られるケースがあるというデータもあるので、これからなのかも知れない。

朝9時に近所のかかりつけのクリニックに行くと、すでにワクチン接種が始まっていた。ほとんどが高齢者の方で、しかも2回目の接種、という方が多いようだった。僕は9時20分の接種を予約していたが、僕の前には10名くらい人が順番を待っていたと思う。

僕は受付に本人確認のための保険証と、診察券とクーポン券と問診票を出し、待合室で待っていると、ほぼ予定の時間通りの9時20分過ぎに呼ばれた。

問診票を見て、接種して問題ないことを確認すると、

「ちょっとチクッとしますよ」

と言われ、左の二の腕に筋肉注射された。

これが全然痛くなかった。

以前、同じ先生にインフルエンザワクチンを注射してもらったことがあるが、そのときも痛みを感じなかった。ひょっとしたらこの先生、予防接種が上手な先生なのかも知れない。

この後、15分間、待機しなければならない。

同じ待合室で待機したのだが、ヒマにあかせて壁に貼られているいろいろな貼り紙を見ると、

「○○市からの要請により、ワクチン接種の予約を当面の間停止します」

みたいな貼り紙があった。テレビで「ワクチンが不足している」というニュースをやっていたが、本当だったんだな。

たしか4月の後半だったか、首相が会見で「高齢者のワクチン接種を7月末までに終わらせる」と言っちゃったもんだから、総務省が慌てて、各自治体に電話をかけまくって、

「なんとか7月末までに希望する高齢者に対するワクチンの接種を終わらせてほしい」

と、半ば恫喝に近い要請をしている、というニュースがあった。自治体はなんとか苦労して、ワクチン注射の打ち手の確保をしたり、集団接種会場を作ったりと、あの手この手で努力してきたのだが、政府はこの期に及んで、ワクチン不足を告白している。振りまわされる自治体は、たまったものではないだろう。

「綸言汗の如し」という。「出た汗が再び体内に戻り入ることがないように、君主の言は一度発せられたら取り消し難いこと」を意味する。首相は別に君主ではないのだが、それでも首相の言葉は重い。だからこそ、首相の口から出た言葉とつじつまを合わせるために、官僚たちは奔走し、結果的に、さらに現場の職員にそのしわ寄せがいく。

「私や妻がこの事件に関係していたら総理大臣も国会議員も辞める」と大見得を切った首相がいた。やはりこのときも首相の言葉につじつまを合わせるために官僚たちが奔走し、結果的にそれが現場の職員への圧力となり、悲劇的な事件が起こったことを、忘れてはならない。

次に、もう一つの貼り紙に目をやると、

「都合により以下の日は休診にします」

とあり、「7月29日(木)~7月31日(土)」の3日間が、なぜか休診になっていた。

(ちょうどオリンピックの期間中だな…)

と思いながら見ていたら、ある憶測が浮かんだ。

(ひょっとして、この3日間は、ここの先生がオリンピックの医療ボランティアに参加するのではないだろうか…?)

まさかねえ。そんなことはないだろう。

でも最近は、何でもかんでも「コロナ」か「東京五輪」に結びつけて考えたくなってしまう。

いかんいかん、と自分に言い聞かせていたら、15分の待機時間が過ぎた。

2回目の接種は、8月初旬の予定である。

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なんとかファースト

すこぶる体調が悪い上に、来週は1回目のワクチン摂取も控えているので、今月は病院にお世話になる日が多くなると予想されるのだが、月の半ばに重要な会議が一つ入っており、そこだけははずせない。

それよりも何よりも、今月は東京オリンピックが開催される予定になっている。オリンピックが始まってしまうと、首都圏では交通規制をはじめ、日常生活にさまざまな制約がかかる。なかでも切実なのは、持病を持っていたり長期間にわたって治療をしている人たちが、しわ寄せをくらうことになることである。

開会式に合わせた4連休は当然休診日になるし、それ以外の平日も、病院への移動もままならない。さらにひどいところになると、オリンピック中は通常の治療行為ができないところもあると聞いた。

深刻な病気を抱えている人にとっては、まさに命に関わる問題である。

僕は実際に病気になってから、とくにそのことが気になって仕方がない。というか、深刻な持病を抱えている人ならば誰もがそう思うのではないだろうか。

都知事が過労で入院したという。それも、数日ではなく、1週間以上である。

それだけの期間入院していれば、病院の現状についてわかりそうなものである。もっとも特別待遇だからわからないのかもしれないが、それでも、五輪の開催によって病院がかなり無理を強いられていることくらい、実感できるのではないだろうか。

そうしたことを経験しても、五輪を開催するという考えに変わりないというのは、僕にはどうもわからない。

そうかと思えば、前首相がどこかの雑誌の対談の場で、「反日的な立場の人が五輪に反対している」と述べ、五輪開催を積極的に支持していた。というよりも、東京に五輪を招致した張本人の一人である。

だが彼はたしか、難病指定を受けている病気が理由で、退陣したはずである。その病気を経験した方の本を読んだことがあるが、人によってはきわめて深刻な事態を招くような病気で、そうした病気を抱えている人が、このコロナ禍で自信をもって五輪開催を主張できるという意味がまったく理解できない。この点において僕は、「仮病退陣説」を支持している。

コロナ禍の中でおこなわれる五輪のせいで、通常おこなわれるべき治療が滞ってしまうことに対して、治療を受けている人ならば誰もが不安に思うはずなのである。

もちろん、都知事や前首相が、そういった浮世の喧噪をよそに、特別待遇の病院で、いつ何時も、何不自由なく治療に専念できる特権を持っていることは十分に承知している。

病気で大変なのは、病気自体もさることながら、通院することそのものもまた、大きな負担である。自分の足で病院に行き、順番を待って検査を受け、検査結果がわかる数日後までやきもきし、数日後にまた病院に行って、長い間待たされたあげく検査結果を聞く。ことと次第によっては、治療を続けたり、入院したりする。その日程調整もまた大変である。そんなことを一つ一つ考えるだけでも、相当なストレスになるのである。

それに加えて、東京五輪の開催期間は通院や入院が制限される、なんてことになれば、さらに精神的なストレスはたまるのだ。

それだけでも、コロナ禍における東京五輪の開催は、反対するに十分な理由となるのだ。しかし政治家たちは、病気になっても、そこまでの想像力ははたらかない。「バブル」によって本当に守られているのは、アスリートでも五輪関係者でも、ましてや市民でもなく、ほかならぬ政治家なのではないだろうか。

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