心と体

体調不良で休んだ日の午後

1月18日(月)

本当は、出張のため新幹線で北へ向かう予定だったのだが、緊急事態宣言が発出されたので、出張は取りやめになった。

その代わりに、職場で作業がある日だったのだが、今日は体調不良を理由に、その作業も休ませてもらうことにした。

実際、体調がすこぶる悪い。週末も、娘とお散歩に出かけた以外は、ほぼ寝て過ごした。

というか、ここ5年くらい、「今日は快調!」と思える日なんて訪れていない。

先週の「アシタノカレッジ 金曜日」は、ゲストが作家の三浦しをんさんだったのだが、

「(物書きの)プロに必要なことは、締切を守ることと、体調管理につとめること、でも私はどちらもできていない」

と言っていて、自分もまったくそのとおりだなあと思ったのだった。

以下、パーソナリティーの武田砂鉄さんと、三浦しをんさんのやりとり。

武田「依頼を何でも引き受けるのはよくない、とも書いておられますね。僕なんかわりと、どんな依頼でも、はいはいって受けちゃうんですけど、あんまり受けすぎない方がいいですか?」

三浦「お体を大切になさってください」

武田「これを断ると別の人がやると考えてしまうと、自分がやってしまいたいという欲があるんですけど、あまりよろしくないですよね…」

三浦「うん、そうですね。私もそういうふうに思ってました。でもそれをすると、身体を壊しますね」

武田「そうですよね…」

三浦「いつか身体を壊すんで、ほんと気をつけてください」

何気ない会話だが、どちらの考え方にも、激しく同意する。若い頃は砂鉄さんの考え方だったが、いまは三浦さんの考え方に近い。それでもやっぱりホイホイと依頼を受けてしまう自分がいる。

いろいろな依頼をホイホイ受けているうちに、僕のようなキャパシティーの少ない人間は、たちまちに身体を壊してしまうのである。

今年度になって、例年以上に不要不急なイベントや会合には(もちろんオンラインも含めて)顔を出さないことにしているのだが(なぜなら疲れてしまうから)、もともと、どうしてもはずせないオンラインの会議や会合が多すぎて、それだけで疲れてしまうのだ。ましてや息抜きにオンライン飲み会をしましょう、というのは、矛盾もいいところである。

昨日の午後、たまたま「ザ・ノンフィクション」という番組を見ていたら、「シフォンケーキを売るふたり ~リヤカーを引く夫と妻の10年~」というタイトルの放送をやっていた。

IT企業に勤める夫が、会社の人間関係に悩んだあげく、うつ病になり、会社を辞めた。夫はあるきっかけから、シフォンケーキを売って生きていこう、と決意し、夫婦でシフォンケーキ屋を始める。しかし、いつまた鬱が発症するかわからない。なるべく人と会わないように、リヤカーを引いて、神出鬼没にシフォンケーキを売り歩くことを思いつく。

インタビューを受けている、その夫を見ている限りでは、ごくふつうの人に見えるし、とくにうつ病であるとは感じないのだが、不特定多数の人に会うということに、過度なストレスを感じてしまうらしい。

ある日その夫は、お店のある青梅から、池袋の販売イベント会場までリヤカーを引いていくということを決意するのだが、たくさんの人がいる都会に向かうことへのプレッシャーに押しつぶされそうになり、何度もトイレに駆け込むのである。それでも、最終的にその目的を達成した。

うつ病という病を抱えながら、僕などよりも、はるかに力強く生きている。

僕はとりあえず、組織の中で、なんとか耐えながら仕事をしているが、周りからはふつうに見えても、僕の心は病んでいないのだろうか?僕は自分自身が、わからなくなってしまった。

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ストレスチェック

まあこれは、「あるある」なのかもしれないが。

職場で年に1度行われる「ストレスチェック」。これ自体がストレスである。

忙しいので無視していたら、リマインドのメールが来て、「まだの方は○月○日までに必ず済ませてください」という、これまたストレスがたまるプレッシャーを仕掛けてくる。

くっそ忙しいのに、パソコンに向かって、該当のホームページにログインしなければならない。まずこれがストレスである。「団体ID」とパスワードを入力した後、今度は個人のIDとパスワードを入力しなければならないのだ。一手間ならぬ、四手間もかかるのだ。

で、ようやくチェック項目に応えようと思ったら、全部で57問もある。57問ですよ!

一つ一つに対して、「非常に」「多少」「まあまあ」「まったく」みたいな4択があって、この微妙な選択肢から、自分に合うものをいちいち選ばなければならないこともまた、ストレスである。

こちとら最近、仕事が多すぎて肉体的にも精神的にも疲労困憊しているから、考えるのが面倒になって、選択肢の中でどうしても極端なものを選んでしまう。

「上司や同僚に気軽に相談できますか」という質問に対して「まったくない」と答えるとか。

「非常に憂鬱である」「ひどく疲れている」「何もやる気が起きない」とか、どんどん答えていったら、診断結果が、

「ストレスが高くて、産業医に診てもらうレベル」「軽い鬱症状」

と出た。そりゃあそうだ。かなり極端に答えたんだもの。

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食べることと出すこと

先日のTBSラジオ「荻上チキSession22」の「Main Session」のコーナーで、2回にわたって取り上げられた「特集「話題の新刊『食べることと出すこと』当たり前のことが出来なくなって気付いたこととは?~潰瘍性大腸炎闘病記」の内容が、むちゃくちゃおもしろかった。番組の公式ホームページやラジオクラウドで、音声配信を聴くことができる。

以下、Session22の公式サイトから引用。

「今回のテーマは「潰瘍性大腸炎」。辞任した安倍前総理大臣も患っている病気として、注目を集めました。潰瘍性大腸炎は、大腸の粘膜が炎症を起こして、潰瘍ができる難病指定されている病気。しかしながら、その症状には、同じ患者同士でも分かり合えないことがあるくらいの差があるといいます。そうした中で、難病として指定されている潰瘍性大腸炎の一例だけを知ることで偏見が広がることも懸念されています。そこで、潰瘍性大腸炎とはどのような病気なのか?潰瘍性大腸炎との闘病生活を描いた新刊『食べることと出すこと』の著者である頭木弘樹さんに「食べる」、そして「出す」という、当たり前のことが出来なくなってしまうという病気とどう付き合ってきたのか、そこから気付いたことなどを伺いたいと思います。」

教養と思索に裏打ちされた頭木弘樹さんの闘病体験談は、じつに興味深いものだった。

この放送を聞く前は、「潰瘍性大腸炎」は自分とは無縁の病気だから、その闘病生活の話を聞いても、自分とは関係がないだろうと思っていたのだが、さにあらず。少なくとも僕には、そのお話に共感することばかりだった。

たとえばこんな話。

20代のころに潰瘍性大腸炎を発症した頭木さんは、症状が深刻になり、入院して1か月の絶食を強いられることになる。1か月の間、水1滴も口に入れることができない状況が続いた。

絶食期間が終わり、最初にヨーグルトを口にしたとき、「舌の上で大爆発が起きたような感覚になった」という。1か月の絶食で、舌は「味」を欲していたのだろう。1か月ぶりに食べ物を口にしたことで、「美味しい」を越えた「味の爆発」を感じたというのである。

そして次はいよいよ「おかゆ」である。

最初のヨーグルトであれだけの衝撃を受けたのだから、おかゆを食べたらさぞかし感激するだろうと思って食べてみたら、これがすこぶる不味い。それからというもの、しばらくは何を食べても不味く感じるのである。

なぜ、そう感じたのか?これが健康なときだったらそうは感じなかったのだろうが、絶食という体験を経て舌があまりに敏感になり、いままで感じなかった味の「負の部分」が強調されてしまったのではないだろうか。

潰瘍性大腸炎の患者にとってつらいことの一つは「食べること」である(もちろん、個人差がある)。食べることが苦痛になってしまったり、食べることに制限を強いられてしまったりした場合、どのようなことが起こるか?

まず、会食ができなくなる。「今度食事でもどうですか?」と誘われても、それが苦痛なので、断らざるを得ない。

するとどうなるかというと、そこで人間関係が遮断されることになったりする場合がある。

「共食」とは人間関係構築の手段でもあるわけである。それができないとなると、自分は人間関係から排除されてしまうことになるのだ。しかし無理に共食すると、今度は自分が苦痛を感じてしまう。「食事を伴わない人間関係の構築」が、できないものだろうか?

実は僕も同じような体験がある。

3年前に大病を患ったとき、薬の副作用で、食事の何もかもが不味く感じるという期間が3~4か月以上続いた。これは本当につらかった。試しに自分がいちばん好きなものを食べてみるのだが、それもまた不味い。

病気がだいぶ落ち着いたころ、親しい友人から、「元気を出してもらうために、うなぎをごちそうしてやる」というありがたい誘いをもらった。ただ、僕はまだそのとき、自分の味覚を完全に取り戻したわけではなかったと記憶する。

日程が決まり、友人はお店も予約してくれた。「○月×日の□時に、都内の△△まで来てくれ」と連絡が来た。

しかし、その日が近づくにつれて、体調がすぐれなくなっていく。実はそのとき、僕はもう一つ、薬の副作用を抱えていた。身体の皮膚の各所が炎症を起こし、とくに足の裏の炎症がひどくて、歩くと激痛がはしるようになったのだ。

とてもではないが、指定された都内のお店に行くことができない。それに加えて、味覚にも自信がない。

結局僕は、直前になって、その「うなぎの誘い」をお断りすることにした。

相手からしたら、なんだよ、せっかくうなぎのうまい店を予約してやったのに、と思ったに違いない。僕自身も、断ってしまったことにしばらくは後ろめたさを感じていた。

その後、別の友人から食事の誘いを受けたときも、やはり直前になって、お断りの連絡をしたことがあった。

なぜ、食事の誘いを断ることに後ろめたさを感じてしまうのだろう、と僕はずっと悩んでいたのだが、この社会では、一緒に食事をするということが人間関係の構築と深く関わっているからであるとする頭木さんのお話を聴いて、溜飲が下がった思いがしたのである。

いまは薬の量が減ったこともあり、味覚に問題はなくなったのだが、それでもまだ、会食への抵抗は強い。でもいまは、以前ほどには断ることに対して後ろめたさを感じることはなくなった。

コロナ禍になって、会食なしのコミュニケーションが増えてきたことは喜ばしい、このまま、食事を挟まないコミュニケーションの形態が続いてくれるとよいと思っている、という頭木さんの指摘には、大きくうなずいてしまった。

多くの人が「あたりまえ」と思っていることが、ある人にとっては苦痛で仕方がない、というのは、なにも潰瘍性大腸炎の患者さんだけではない。ほかのいろいろな病気にも通じることである。いや、病気でなくとも、そのように感じる場面はあるはずだ。

そこに対する想像力があるだけで、世の中はずいぶんと変わるのではないかと思うのだが、どうだろう。

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まったくやる気が出ない

この2週間ほど、まったくやる気が出ない。

やらなければいけない仕事は山ほどあるのに、それがまったく手につかない。

というか、コロナ禍による自粛生活が始まって以降、まったくやる気が起きないのである。それに加えてこの夏は、尋常じゃない暑さである。みんなよく仕事をやっているなあ。

困ったなあ、と思い、「まったくやる気が出ない」というワードで検索したら、一番上に来た記事のなかに、その原因の一つとしてこんなことが書かれていた。

「決断することが多過ぎると脳が疲弊する」

なるほど、いまの俺はこれだな。

今年度から、職場に行けば、決断をしなければならないことがあまりにも多くなった。今日だって、午後だけで打ち合わせが3つもあり、いずれも決断をしなければならない局面に追い込まれた。

しかし決断というのは、うまくいかない場合が多く、取り繕ったり謝罪をしたり、なんてことがじつに多い。

こんなことが多いので、決めたことが今後また失敗に終わるのではないかと思うと、そのことばかりが気になって、決断をすること自体が面倒になってしまい、どうしても先送りしたくなってしまう。

さて、この記事を読み進めてみると、

「大きな決断をいくつもしなければならない状況にいると、やる気が急速に失せていきます。米紙ニューヨークタイムズの記事で、John Tiernyさんはその問題について以下のように言っています。

いつもは普通の人が、同僚や家族に急に怒ったり、洋服に散財したり、ジャンクフードを買って食べたり、ディーラーの勧めるままに新車に錆び止めをしたりするのは、決断疲れのせいです。どんなに正気を保とうとがんばっても、決断を変えることはできません。肉体的に疲れているのとは違い、自分が疲れているということに気付かないうちに、精神的なエネルギーが低下しているのです。1日中、選択をすればするほど、脳はどんどん選択することが難しくなり、結局楽な道を探そうとするのです。

これは何も仕事の大きな決断に限ったことではありません。小さな決断をたくさんしなければならない時も、ゆっくりと徐々に同じように疲れていきます。大きさに関係なく、日々自分がしなければならない決断の数を管理できない場合は、繰り返し快楽や衝動に走ることになるでしょう。」

とある。ますますいまの僕にぴったりの症状である。やる気が出ない原因は、決断することが多すぎて、脳が疲弊していたのである。決断疲れで、つい楽な道を探そうとしてしまうのだ。

では、やる気を取り戻すにはどうしたらいいのか?この文章の下に、

「やる気を取り戻す方法」

という項目があった。これだよこれ!さっそく読み進めてみよう。

「やる気を回復させるには、「やる気をなくす原因を断ち切ること」と「やる気を取り戻す最初の一歩」を組み合わせます。社会的に拒絶された場合は、落ち込んで何もしたくなくなりますが、問題と向き合わなければなりません。おそらく、相手が拒絶したくなるようなことを何かやっているのでしょう。もしくは、嫌な人たちと付き合っているだけかもしれません。あなたを拒絶した人と話して、原因を突き止めましょう。自分に原因があるならそれを正す方法を探し、相手に原因があるなら何とか対処してみましょう。問題が解決できなかった場合は、常に社会的に拒絶されているのは健康に良くないので、環境を変えることも考えた方がいいかもしれません。

やる気が出ない理由が、自分の身体的な欲求を満たしていないだけなら、問題を解決するのは簡単です。前述の通り、毎日自分の記録を付ければ、簡単に原因を突き止めることができます。身体的な欲求を満たしていないせいだと分かったら、最初にそれを解決すればいいだけです。

決断ばかりしているせいだとしたら、すべての選択を管理するのは難しいです。この問題を解決するには、タスクではなく決断リストを作りましょう。そうすれば、いつどんな決断に迫られる必要があるか、わかるようになります。その決断をいくつか分けて、1日にたくさんの決断をしなくてもいいようにしましょう。思いがけない決断に迫られたら、できるだけそれを避けます。スーパーやコンビニで何を買おうか考える、というような小さなことでも、決断のうちに入っていることをお忘れなく。

結局、自分が本当にやりたいことが何なのかを見つけることです。部屋をきれいに片付けたいのかもしれないし、ゲームを作るというようなもっとワクワクすることかもしれません。自分の時間を5分作り、どんなことでもいいので、自分がやりたいことをほんの少しでも実現しましょう。次の日には、さらにもう少しだけ前に進めましょう。毎回ほんの少しずつでも何かを実行していけば、おのずと道がひらけます。どんなに小さなことでも、毎日少しずつ実現し始めると、前進させるのがどんどん楽になります。つまり、少しでも始めることが大事なのです。

この方法が、少しでもお役に立てることを願います。やる気をなくしていた原因に勝てれば、すぐにやる気は戻ってきます。

なるほど、じつに明快な答えである。

ただ、「決断リストを作る」こと自体が、憂鬱な行為だなあ。

「自分の時間を5分作り、自分のやりたいことをほんの少しでも実現しましょう」というのは、よくわかる。僕にとってそれは、このブログを書くことである。

ただ、こういう無駄な文章を書くことが、やる気を出すことにつながっているのかどうかは、いまだにわからない。

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俺の中の新規感染者数

7月2日(木)

本日、都内では、新型コロナウィルスの新規感染者数が100名を超えた。5月2日以来、2か月ぶりの100名超えである。

そんなことよりも僕が気になっているのは、「俺の中の新規感染者数」である。

「やはり一進一退、といった感じですね。…ざっとみたところ、一桁くらいですかね」

「やっぱりありましたか」自分でも自覚していたので、覚悟はしていた。

「前回もそうでしたが、当日になってもう一回調べてみると増えている可能性もあります」

「前回は二桁でしたね。そうすると今回も二桁くらいいくでしょうか」

「そうかもしれません」

「俺の中の第二波」は、かなりしつこい。どうやら根絶することはなかなか難しいようだ。とすれば「ウィズコロナ」よろしく、共存していくしかないのだろう。

闘うのではなく、共存していくのである。

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眠れない日々

なかなか眠れない日々が続く。

ようやく眠りについたと思ったら、今度は夢を見る。どちらかというと、あまり愉快ではない夢である。悪夢というべきか。

起きてしばらくすると忘れてしまうのだが、悪い夢だったという記憶だけは残っている。

最近、ラジオ番組をいろいろ聴いていると、パーソナリティーがフリートークで自分が見た夢の話をする、というパターンがよくあるような気がする。気のせいだろうか。外出自粛でとくに喋る話題がないからかもしれないが、そうではなく、行動がかなり制約されているなかで、僕と同じように心が不安定になったりストレスがたまったりして、実際に夢を見る頻度がふだんよりも多いことを意味しているとは考えられないだろうか。専門家でないので、よくわからない。

僕以外の人たちはどうなんだろう。こんな状況の中でも、夢を見ずにぐっすりと眠れているのだろうか。

コロナ禍が起きる前によく見ていた夢は、「前の職場に、僕の仕事部屋がまだ残っている」という夢だった。

もちろんいまは、職場が変わったので、前の職場に自分の仕事部屋が残っているはずはない。それどころか、実際には職場が変わって以降、前の職場を訪ねることは何度かあったものの、自分の仕事部屋があったフロアーには近づきもしなかった。

しかし夢の中ではなぜか、まだ僕の仕事部屋があけ渡されておらず、僕は時々、その仕事部屋を訪れては、早くあけ渡さなくてはと、少しずつ荷物を整理するのである。その間、誰かと会うというわけでもない。

僕は車で、前の職場があった町を走ったり、ときには「前の前の職場」があった町まで運転したりするのだが、それらの町は、僕が知っている町の姿とは微妙に、というかかなり異なっている。だが夢の中では、その町が、自分がかつて住んでいた町だとはっきりと認識しているのだ。

…なんか書いていて頭がグラングランしてきた。夢の話はナンダカヨクワカラナイ。

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親知らずを抜きました

、、3月21日(土)

この1年近く、近所の歯科医院にずっと通っている。

以前に歯科医院に行ったのが、まだ「前の職場」にいた時代で、2013年なので、実に7年ぶりである。

詰め物が取れたことがきっかけで通うことにしたのだが、この際、歯を全部治療してもらおうということになった。

心配なのは、歯科医院での待ち時間である。

7年前に通っていた歯科医院では、予約をしても何時間も待たされ、挙げ句の果てに歯科医の床屋談義を延々と聞かされるという、最悪の体験をしたのだった。

これが、歯医者に対する僕のイメージを、完全に決定づけてしまった。つまり「最悪」というイメージである。歯医者ってのは、どこもそんな感じなんだろうか?

だが、いま通っている歯科医院は決してそんなことはなかった。僕の歯医者に対するイメージは、がらっと変わったのである。

以前通っていたところは個人医院で、歯医者さんが1人だけだったが、いま通っているところは、医者の先生が何人もいる。1人の先生にずっと診てもらうのが理想なのだろうが、シフトの関係で、なかなか同じ先生にあたるということはない。なので、治療日によって先生が替わるなんてことがざらである。向こうは名前を名乗らないし、しかも全員マスクもしているので、なんという先生に診察してもらっているのかが、わからない。

予約した時間は、きっちり守られる。なぜなら、1人あたりの診療時間が、30分と決められているからである。つまり、30分でできる診療がおこなわれるのであり、それを越える場合は、次回の診察にまわされる。まるで「流れ作業」だ。

こうして、ちょっとずつちょっとずつ診察しているので、僕の場合も、すでに1年近く通っていることになるのだ。

これって、ずいぶん儲かるよねえ。1人あたりの診察時間を30分と決めて、何度も通わせるのだから。もっとも僕の場合、たんに治療箇所が多いからだけかも知れない。

それと、ビックリしたのは、全然痛くないのである。

むかしは、歯医者の麻酔があまりにも痛くて、それがトラウマになっていたりしたのだが、いまは、本番の麻酔注射が痛くないように、その前に表面麻酔というのをしている。麻酔注射のための麻酔なのだろう。

僕は以前に通っていた歯医者と、まるで異なるシステムになっていることに、とても驚いた。というか、これがふつうなのか?よくわからない。

さて、僕の歯の治療もいよいよ大詰めである(歯医者だけに)。親知らずを抜くという初体験の大イベントである!

いままで親知らずをほうっておいたのだが、前回の治療のとき、「親知らずを抜いた方がいいですねえ」と言われ、覚悟を決めたのだった。

親知らずを抜いたことがないのでわからないのだが、なんとなくいままでいろんな人の話を聞いたところでは、とても痛い、という噂である。これは困った。僕は痛いのが苦手である。前日の晩から、そのことが気になってよく寝られなかった。

(どんなに歯の治療が進歩しても、親知らずを抜くことだけは痛みが変わらないのではないだろうか…)

と、重い足取りで歯科医院に向かった。

午前10時。診察予定の時間だが、名前が呼ばれない。10分たっても15分たっても呼ばれない。

(おかしいな。いつもはこんなことはないのに)

そのことがよけいに、僕を不安にさせた。

10時17分に名前が呼ばれ、診療台に向かう。

(今日は時間がかかるのだろうか。親知らずを抜くという大事業だから、1時間以上はかかるのかな…)

と不安に思いながら、診療台に座る。

担当の先生は、いままでに診てもらったことのない、初対面の先生である。

(おいおい、今日に限って、初対面の先生かよ!)

このことがさらに僕を不安にさせた。

「これから親知らずを抜きます」

「よろしくお願いします」

「体調は万全ですか?」

「た、体調???あ、はい…。大丈夫だと…思います」

(親知らずを抜くには、体調が万全でないとダメなのかよ!)

僕の不安は頂点に達した。

…しかし、僕の悪い予想は、裏切られた。

いつものように、表面麻酔からの麻酔注射。ここまでは通常どおり。それから親知らずを抜く時間じたいは、1分もかからなかったであろう。

「はい、抜きました」

(えええぇぇぇっ!!!こんだけ???)

「血が出ていますので、15分間は、ガーゼを噛んでいて下さい」

「はい」

「食事は麻酔が切れる2時間後ぐらいからなら大丈夫です」

「はい」

「炎症を抑える薬と、痛み止めを処方しますから、炎症を抑える薬は毎食後に、痛み止めは、痛いときに適宜飲んで下さい」

「わかりました」

麻酔が切れたあと、どんだけ痛いんだろう?と、これまた不安だったが、思ったほどの痛みではなかった。

次回は、もう一つ残っている親知らずを抜くことになっている。今回よりも、少し厄介なのだそうだ。

少し厄介、ということは、今回よりも痛いのだろうか。

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薬がない

世界では 新型コロナウィルスに感染する人が 増えている

今朝来た 新聞の 一面に 書いていた

だけども 問題は 僕のノロウィルス 薬がない

行かなくちゃ 病院に行かなくちゃ 薬をもらいに行かなくちゃ 寒空の中

冷たい風が 今日は心に滲みる ノロのこと以外は 考えられなくなる それは いいことだろう?

行かなくちゃ 病院に行かなくちゃ 薬をもらいに行かなくちゃ 寒空の中を

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人間ドック初体験

1月30日(木)

なんとビックリすることに、この年齢になって、人間ドック初体験である!

いままでは職場で年に1度行われる定期健康診断を受診していたのだが、これが憂鬱ったらありゃしない。しかも、深刻な病気については、まったく見抜けないものであることがわかった。

ということで、今年度は、外部の病院で人間ドックを受診することにしたのである。

しかし、やるべきことというのは、職場の健康診断とさほど変わらない。

事前に2回ほど、採便をしなければならないことは、職場の健康診断でも同じである。

採便について、いつも頭を悩ませていることについては、以前に書いたことがある。今回も、当日までに2回の採便がうまくできるかが心配で、職場に採便キットを持っていって、いつでも採取できるような臨戦態勢をとった。

採尿については、自宅で当日の朝の一番尿をとるということで、これについては問題なかった。

ということで、採便、採尿の準備は完璧である。

あとは当日、指示された通りに検査を受ければいいだけである。

検査メニューもこれまた、職場とほぼ同じだった。視力とか聴力とか心電図とか。これだったら職場の健康診断がタダなのだから、わざわざ人間ドックに行く必要もないのかな、と思ったのだが、大きな違いは、「周りに知り合いがいない」ということである。職場の健康診断だと、まわりに知り合いばっかりがいるので、自分の健康状態に関する個人情報がダダ漏れな感じがするのだが、知り合いがいないと、気楽に受診することができる。

もう一点、大きな違いは、今回初めて体験した、胃カメラである。

胃カメラこそは、人間ドックのいちばん最後にして最大のイベントである。事前の申請段階では、鼻からカメラを入れるのを望んだのだが、同じ病院で人間ドックを受診したことのある妻が、「口からカメラを入れても全然痛くない。口から入れるカメラのほうが高解像度だし」とアドバイスをもらって、当日になって、口からカメラを入れるタイプに変更した。

実際、麻酔や鎮痛剤などのおかげで、あっという間に終わった感じだった。

で、結果のほうは…。

ま、ブログでこの話題をとりあげたことからもわかるように、「何も異常なし」という結論だった。

「食道も胃も十二指腸も、きれいですねえ」と。

ひとまず安心したのだが、それにしても不思議である。

2年前、生きるか死ぬかの大病を患い、いまも闘病中なのに、そんなことはまったく関係ねえ!とばかりに、人間ドックの結果は「問題なし」と出たのである。

…ということは、人間ドックでも見つからない重篤な病、というのが、この世にはいくつも存在するのだ。

過信は禁物、である。

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寝たのはどっちだ!

1月14日(火)

ごくたまに、母と同室で寝ることがある。昨日が、その日だった。

そういうときは、たいてい、母が先に眠りにつく。するとほどなくして母の鼾がはじまり、

(しまった、マウントをとられた!)

という思いにとらわれる。

で、僕がそのあとに眠りにつくことになるのだが、母の鼾に加え、ふだん寝ているベッドとは違い、枕が変わっていることもあり、全然眠れない。昨日はそれに加えて、次の日のことが気がかりで、そのことばかりが頭の中をグルグル回って、まんじりともしないのである。

それに対して母は、鼾をかいてぐっすりと眠っている。

結局、僕は一睡もできずに朝を迎えた。

朝5時頃、母が目覚めた。

「昨晩は一睡もできなかったよ」

というと、

「何言ってんの!!あんた、すごい鼾をかいてたわよ!!」

と母が答えた。

「鼾がうるさかったのは、そっちだろ!」

というと、

「あんた、本気で言ってんの?部屋が揺れるくらいの鼾をかいてたんだから。おかげで眠れなかったのは私のほうよ」

と反論する。

どういうこっちゃ???

母が嘘をついているとは思えない。

よくよく聞いてみると、少なくとも深夜0時から3時まで、僕は大鼾をかいて寝続けていたというのである。

「いや、俺は一睡もできなかったぞ」

「じゃあ聞くけど、あんた、私がトイレに起きたことは覚えてる?」

「…いや」

「ほら、覚えてないってことは、そのときには寝ていたということよ」

うーん。そういわれるとそうなのだが、だがたしかに僕の意識のなかでは、母の鼾のせいで僕は一睡もできなかったのである。

…実は同じようなことが、過去に何回かあった。

いまでも鮮烈に覚えているのが、30年前、僕が大学生だった頃のことである。

あるとき僕は、あることがきっかけで知り合ったおじさん二人と、旅行に行くことになった。たしか一人が60代、もう一人が40代のおじさんだったと思う。

で、旅行先のホテルで、40代のおじさんとツイン部屋に泊まることになった。

ところがその40代のおじさんの鼾がうるさくて、僕はそのとき一睡もできなかったのである。

朝になり、そのおじさんが起きるなり、僕に言った。

「鬼瓦君の鼾がうるさくて、全然眠れなかったよ」

ええええええぇぇぇぇぇっ!!!

眠れなかったのはこっちの方だよ!

…と言いたかったのだが、年上の人なので、反論できなかった。

このときの記憶とまったく同じことが、昨晩もくり広げられたのである。

30年前の当時、僕はそのおじさんが嘘をついていると思い込んでいたのだが、その後似たような体験が何度かあり、あのとき、僕が大鼾をかいて寝ていたというそのおじさんの証言は、本当だったのではないかという気がしてきた。

いったいこれは、どういうこっちゃ???

ここで思い出すのが、「ジャングル・リベンジ」である。

ここから先は、わかる人だけがわかればよろしい。

マレーシアのジャングルのブンブン小屋で、「俺はこんな場所では一睡もできねえ」と嘆いていた藤やんが、誰よりも先にグーグーと寝てしまい、大泉さんはじめみんなに呆れられたというシーンがある。

僕はその場面を見て、腹を抱えて笑ったのだが、あの場面こそが、僕にとっての真実なのではないだろうか???

「藤やんは俺だ!俺もこの通りだったんだ!」

という「七人の侍」の菊千代ばりの台詞が頭の中をよぎったのであった。

これも、わかる人だけがわかればよろしい。

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