心と体

イキる老人

11月6日(木)

先週の火曜日から立ち座り運動を始めたことはすでに書いた。

具体的なやり方は、まずテーブルの上に両手を置き、「せーの」の合図で、メトロノームの刻む音に合わせて、4秒で椅子から立ち上がり、6秒かけて椅子に座る、これを10回繰り返す。

あまりにたいへんな体操なので、定員は4人と限定されている。そのうちの1人は、今日退院されたので、今日は3人での体操である。

僕の目の前に座った男性の老人は、ちょっと苦手なタイプであるので、話しかけられないように、絶対に目を合わさないことにしている。

その男性老人が今日、

「俺なんかねぇ、テーブルに手をつかなくったって、立ち座りができるぜ」

と、テーブルに両手をつくことなく、立ち座り体操を始めた。こんな立ち座り体操なんか簡単さ、と言わんばかりに。

テーブルに両手をついて「よっこらしょ」と立ち上がらないと、とてもキツいのであるが、その老人は手を使わずに立ち座りをなんなくこなしている。

僕はあることに気がついた。

立ったと思ったら、すぐに座ってしまうのである。

この体操のキモは、6秒かけて座ることにある。ゆっくり座ることが実はいちばんキツいのである。

すぐ座ってしまったら、そりゃあテーブルに両手をつかなくても楽に立ち座りができるわなあ。

ツラい3セットが終わってリハビリスタッフさんに、

「やはり今日も疲れましたか?」

と聞かれたので、

「ええ、とくに6秒かけて座るというのがツラいですねえ」

と、目の前にいる老人にわざと聞こえるように言った。

そうしたらリハビリスタッフさんも何か察したらしく、対面に座っている老人に、

「○○さん、座るのが早すぎますよ」

と嗜めていた。

僕がこの老人が苦手なのは、こうしたイキりが随所に感じられるからである。

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記憶のリセット

11月4日(火)

先週の火曜日から僕にとって新しいリハビリが導入された。

どういうリハビリかというと、椅子から立ちあがったり座ったりする体操である。

なんだ、簡単なことじゃないか、と思われるかも知れないが、さにあらず、これは一種のスクワットである。

メトロノームが刻む一定のリズムに合わせて、4秒で椅子から立ち上がり、6秒で椅子に座る。

この動作を、休むことなく10回繰り返す。そしてそれを3セットほど行うのである。

このリハビリに参加できるのは最大4人までで、当然、立ち座りができる人のみが対象である。僕は担当のリハビリスタッフから「やってみませんか?」と誘われ、半ば強制的に参加させられてしまったのである。

しかしこの体操は、思いのほかキツい。やってみたらわかる。

1セット(10回)終わった時点で、すでに疲れる。間に1分半の休憩時間がはさまれるのだが、焼け石に水である。2セット目、3セット目になると、椅子から立ち上がることができないほどキツさが増す。

僕は3セットでグロッキーになる。疲労の表情が誰の目から見ても明らかなほどである。

ところが、である。

僕よりはるか高齢(70代後半~80代)の方は、いとも易々と4セット目まで行い、しかも涼しい顔をしている。

僕はそれが不思議で仕方なかった。

もちろん、僕が著しく体力がないことがいちばんの原因なのだろうが、だとしても、ほかのご高齢の3人も、体力があるようには見えない。

何故なんだろうとずっと考えていて、ある仮説が浮かんだ。

たとえば僕の場合、1セット目が終わると、「また同じことをするのかよ!」と、気持ちが負けてしまい、その直前の記憶が次の運動も辛いものだと予想してしまう。

しかし高齢の方々は、1セットごとに記憶がリセットされて、2セット目、3セット目、4セット目まで、新鮮な気持ちでのぞむことができるのではないだろうか。

たとえば、お年寄りが何回も同じ話をくり返すでしょう?食事が終わったばかりなのに「お腹が空いた」と言ったりするでしょう?

これらはいずれも記憶がリセットされることが原因なのではないかと思うのだ。

もっとも僕は心理学には疎いのでこの仮説が正しいのかどうかわからない。

でもそうでないと説明がつかない。疲労の記憶がリセットされるからこそ、毎回新鮮な気持ちで立ち座り運動にのぞめるのだ。

これははたしてよいことなのだろうか。僕はどんなに辛くても記憶をリセットしたくない。

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俺は何と闘っているのか?

11月1日(土)

尾籠な話で恐縮だが、ここ数日、下痢に悩まされている。

もともと便秘体質で、環境が変わるとなおさらその傾向が強くなるのだが、そのために下剤を処方してもらった。

しかしその薬が効きすぎる時があり、今度は下痢に悩まされる。そこで今度は整腸剤を処方してもらう。その繰り返しである。

このたびはいよいよ下痢がひどくなり、以前に処方してもらった整腸剤を出してもらおうと、僕はナースコールを押した。

僕はこの病院の看護スタッフをまったく信用していないので、ナースコールをめったに押さないようにしているのだか、背に腹は代えられない。

夕方に押したのだが、医療行為のできない看護補助者がやって来て、「看護師に伝えておきます」と言ったきり、待てど暮らせど看護師は来ない。まあいつものことだ。

数時間後、夜になってようやく看護師がやって来た。しかも僕が大嫌いな、あの男性看護師である。

「整腸剤ね。連休明けの火曜日にならないと出せないんですよ。ハハッ。それまで我慢してくださいね。ハハッ」

と、笑いながら説明した。

僕はそれを聞いて殺意を覚えた。こっちはお腹が痛くて、事態は急を要するのだ。

医師が3連休なので医師の許可がないと薬は出せないということらしい。休日勤務の医師すらいないということなのか?目の前に下痢で苦しんでいる患者がいるのに、それを救おうとはしない。

俺はこの病院で何と闘っているのか?

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同姓同名

10月30日(木)

書くことがないのでほんとうにどうでもいい話を一つ。

あることがきっかけで、各病室の前の名前を確認することが癖になってしまった。ひょっとしたら、知っている人がいるんじゃねえか、という気がしたからである。

ある病室で、心当たりのある名前を見つけた。

高校時代の1学年上の先輩の名前である。

別に部活の先輩というわけではない。在学中はおろか、いまに至るまでお話をしたことがない先輩である。

なぜ僕がその名前を知っているかというと、その先輩は後に世界的なミュージシャンとして成功するからである。その先輩のことは、このブログのどこかに書いたはずだが、ヒマな人は探してみてほしい。ま、探したところでたいしたことは書いていないのだが。

しかしそのお名前のお方が、病室から出てくる姿を一度も見たことがなく、ますます僕をミステリアスな気持ちにさせた。早く会いたいと、僕はその先輩の幻影にすっかり取り憑かれてしまった。

しかし今週、意外なことが起こった。

今週の火曜日から、4人一組で行うリハビリをすることになった。このリハビリは申込制になっていて、毎日、固定メンバーが同じ体操をするというものである。今週になって、リハビリがハードになったのは、新しくこの体操をはじめたことによる。体操と言ってもとてもキツいのだ。

で、各人は、ラジオ体操の時にもらうようなカードをもらい、そこに体操した回数だけリハビリスタッフのハンコをもらう。

その各人のカードを見るとはなしに見ると、なんとそこに、高校の1学年先輩の名前が書いてあるではないか!

とうとう僕は、その名前の方と対面できたのである!

しかし、その方は、僕よりはるかに年上の女性で、はっきり言うとおばあちゃん、だったのだ。

結論を言ってしまえば、同姓同名の別人だった、ということになる。

しかしそれで、僕は胸のつかえがとれた。

ああ、僕は病室の名前を見て以来、何度その幻影に取り憑かれたことであろう。僕は福永武彦の小説「廃市」の「なんと僕は長い間、見たこともない郁代さんの幻影に憑かれていた」という一節を思い出した。

同時に僕は、山田洋次監督の映画『男はつらいよ 寅次郎ハイビスカスの花』のある場面を思い出した。わかる人がわかればよろしい。

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それぞれのこだわり

10月22日(水)

作業療法士さんからこんな話を聞いた。

リハビリ室には、日常の生活に戻るために簡単なキッチンが用意されている。

まあそんなに複雑なキッチンではないので、そんなたいそうなものは作れない。素材は病院の方で用意してくれるという。

しかし患者さんの中には、プロの料理人さんもいて、リハビリが終わって退院したら仕事に戻りたいというケースが多い。

そうすると、妙なこだわりが発揮される。

リハビリ室に置いてある包丁では、とても自分の料理が作れない。自分のお店からマイ包丁を持ってきてもよいか?というのである。そうでないと料理は作れないと言い出す始末。

いやいやいや、病院に包丁を持ち込むなんてダメでしょう。何らかの法律に引っかかる可能性もあるのだ。

と説得をして、やっと納得してもらったそうである。

料理っていったって、短時間でたいしたものを作るわけではないし、そもそも患者がそれを口にしてはいけないルールになっている。できた料理は、療法士さんが「美味しくいただきました」で終わりである。

それでも、料理人はこだわるのだなあと、すっかり感心してしまった。

「僕が担当した患者さんには、こういう例もありましたよ」と、別の作業療法士さん。

家族で定食屋さんを経営している、その夫が病気になり、リハビリが必要になってしまった。

その人は調味料にやたらこだわる人で、自分のお店から調味料を持ってきてもらったのだという。

ご夫婦でやっている定食屋さんなので、奥さんは当然、お店で使っている調味料についてはよくわかっている。

持ってきてもらった調味料を見ると、スーパーマーケットでは見たことがないような調味料だったという。プロ仕様の調味料だ。

どうせ1回しか料理リハビリをやるチャンスないのだからちゃちゃっと作っちゃえばいいじゃんと思うのだが、プロというのは、どんな場面でもおろそかにせず、こだわるものなのだとそれらのエピソードを聞いて思ったものである。

と、そこまで聞いて、自分に置き換えて考えてみた。

ノートパソコンで文字入力をする、というリハビリがある。最初は病院の備品のノートパソコンを使ってみたのだが、どうもしっくりこない。日本語の入力システムが、僕のふだん使っているものと違うため、誤変換がやたら多くなったりするのである。

そこで、ふだん使っているノートパソコンを家から持ってきてもらい、その後はもっぱら自分のノートパソコンをリハビリで使わせてもらうことにした。

どうせ文字入力するなら、できるだけ滑らかに行いたい。

これもまた、こだわりだろうか。

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私はお茶が飲みたい

10月10日(金)

各階には「食堂」というスペースがあり、「自立」できない患者(介助が必要な患者)は、自分の病室ではなく、その食堂で毎食の食事をとることになっている。食事の時間以外にも食堂で時間を過ごす患者も多い。食堂にはいろいろな種類のお茶や水が飲み放題の「給茶機」があり、紙コップを所定の位置に置けば容易にお茶や水を飲むことができる。

僕もしばしばお茶やお水を飲むためにその給茶機を利用しているのだが、そこでこんな光景に出くわした。

食堂で過ごしていた、一人の高齢のおばあさんが、突然立ち上がって、給茶機のほうの歩いて行こうとした。給茶機のある場所は、目と鼻の先である。

すると、病院のスタッフが慌ててそのおばあさんのところに駆け寄った。

「どうしたの?」患者は、立ち上がることすら許されていない。

「…お茶が飲みたい」おばあさんはお茶を飲み干してしまい、お茶をもう1杯ほしくなったらしい。

「テーブルの上を見てごらん、紙コップに入ったお水ならあるわよ」

「これは私のじゃない」

「何言ってるの?このお水は私が○○さんのためにもってきた水よ。これを飲めばいいでしょ?」

「でもお茶が飲みたい…」

「もうすぐお昼ご飯が来るからね。座って待っていてちょうだい」

お昼ご飯の時間まではまだ30分近くある。

病院のスタッフは再三にわたって「座って待っていなさい」「我慢しなさい」とたしなめるが、おばあさんは納得しない。

かくして、何度か押し問答が続いた。

僕は、イヤなものを見てしまったなあという思いにとらわれた。

すぐそこにある給茶機でお茶を入れればそれで解決するではないか。本人が難しければ、病院スタッフが代わりにお茶を入れてあげておばあさんのところに持っていけばすむ話である。時間にして20秒もかからない。

しかし病院スタッフは頑なにお茶を飲ませようとはしない。自分が持ってきてやった水を飲めという。

ここではお茶も自由に飲ませてくれないのか、と絶望的になった。

「お茶くらい飲ませてあげなさいよ」とよっぽど声をかけようと思ったが、そうすると、今度は病院スタッフのイライラが僕のほうに向かい、最悪の場合、僕が攻撃されて罰を与えられることになりかねないので、何も言わずに食堂を出た。

最終的に、おばあさんがお茶のおかわりができたのかどうかわからない。たぶん病院のスタッフと患者の力関係から考えて、できなかっただろう。

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先が見えたり見えなかったり

10月9日(木)

言語聴覚療法が、ようやくノルマのチェックテストを終えた。とくに問題がなかったので、これからは毎日ではなく、週1回くらいのペースで行うらしい。

以前にあったテストで「常識テスト」というものがあった。教科書に載っているような知識を試す問題が口頭で出されて、それを何も見ずに口頭で答えるというものである。

だいたいは簡単な問題だったのだが、どうしても答えられない問題があった。

「『不思議の国のアリス』の作者は誰ですか?」

不意に言われたので作者の名前が出てこない。というかそもそも作者に注目していなかった。映画は観たことはあるのだが。

「クレオパトラとはどんな人物ですか?」

「エカチェリーナ2世とはどんな人物ですか?」

どんな人物って言われても…。

この2問にもとっさには答えられなかった。考えてみればいずれも常識に属するクイズである。もちろん、読者(ダマラー)のみなさんだったら誰でもすぐに答えられるだろうが、僕は恥ずかしながら答えられなかった。どうも世界史に弱いらしい。それとも加齢による物忘れなのか?

今日は最後のチェックテスト。いくつか課題が出たのだが、その中にこんな課題があった。

①今までで一番面白かった休暇はどんな休暇でしたか?

②今までで一番印象に残った思い出はなんですか?

これを口頭でコンパクトにまとめなさいという課題である。考える時間はまったくない。

「①今までで一番面白かった休暇は、16年前の2009年に韓国へ1年間留学したことです。語学学校に通って韓国語を習ったりして、充実した休暇を過ごしました」

ほんとうは休暇ではなく研修で行ったのだが、別に正確さを求められているわけではない。

「②今までで一番印象に残った思い出は、2023年の春に僕が責任者として行った職場のイベントです。企画を発案し、そのために全国から貴重なものをお借りするために交渉したり、実際に借りに行ったりと、自分が満足ゆくまで準備をしました。会期中は友人や知り合いがたくさん見に来てくれて、自分にとっては生前葬になりました」

聞いている言語聴覚士さんは、なんのこっちゃわからなかっただろうが、そんなことどうでもよかった。

とにもかくにも、かくして言語聴覚療法は一段落した。これからは右の手足のリハビリが中心になるだろう。

その、足のほうの理学療法は、なかなか先が見えない。

以前にくらべれば格段に足が動くようになり、杖を使って少しずつ距離を伸ばして歩けるようにはなったのだが、相変わらず歩き方は不安定で、僕の実感では、リハビリが頭打ち状態になっている。

リハビリの頭打ちは誰にでもあることですと理学療法士さんは言うのだが、僕の理想は、杖なしで、この足で歩きたいという1点に尽きる。

しかし本当にその理想が実現するだろうか。先の見えないリハビリに、少しだけ落ち込む毎日である。

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総回診

10月6日(月)

「財前教授の、総回診です」

という声が聞こえてきそうな、総回診の時間がやって来た。

主治医のほかに、看護師が数名、リハビリスタッフが1名が、大名行列のように病院の廊下を練り歩く。

直前に看護師が病室にやって来る。

「もうすぐ先生の総回診がありますからそのままお待ちください」

つまり、総回診が終わるまでは勝手に出歩くなと釘を刺してくる。

そのまま待っていると、やがて総回診がやってくる。

総回診な儀式的なものである。看護師やリハビリスタッフから、私の現状に関して主治医がその場で報告を受けて、ふんふんと聞いて、

「引き続きがんばってください」

と声をかけられて終わりである。

儀式的なものであるにもかかわらず、総回診はすべてに優先される。前回は、リハビリの時間に総回診が当たってしまい、リハビリを中断してまでして総回診を優先していた。

医師を頂点としたヒエラルキーがいまだに厳然と存在していることに驚かされる。一事が万事というか、神は細部に宿るというか、全体的に窮屈に感じられる理由は、こういうことにもあらわれているのだろう。

ちなみに転院前に入院していた地方の病院は、総回診などなかった。その代わり、主治医の先生がひとりで毎日、ご自身の外来診察の時間を避けて、病室やリハビリ室にフラッと訪ねてきて、

「顔を見に来ました。今日はこちらからは何も言うことはないんですが、何か困ったことはありますか?」

と声をかけてくれ、こちらが何か質問をするとクドいくらいに質問に答えてくれた。そのほうが気兼ねなく話すことができて、主治医の先生に対する信頼度が増した。よい意味で牧歌的な病院だった。その病院の名誉院長が僕でも知っている有名な人で、自由な感じの人だったので、その影響によるのかもしれない、と思ったりもした。

病院による個性の違い、といってしまえばそれまでの話である。

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異端の療法士

10月5日(日)

いよいよ書くことがなくなってきた。明日からしばらく休むかもしれない。

作業療法士のSさんは、若い療法士さんたちの中にあって、ちょっと年上に見え、非常に落ち着いた雰囲気のある人である。しかも必ず敬語で話す。

たまに担当に入っていただくのだが、言葉の端々に知性を感じる。最初の印象は、何でもよく知ってるなあ、と驚いた。僕がいろいろな場所に出張に行ったことがあると言うと、その場所についての知識をさりげなく披露する。もちろん、不自由な右手をもみほぐしてもらいながらの会話である。

「ひょっとして『乗り鉄』ですか?」

「ええまあ。最近は仕事が忙しくて乗っていませんけれど」

なるほど、乗り鉄が高じて、その土地に興味を持つ、ということなんだな。

僕は乗り鉄ではないが、仕事柄、各地に出張に行ってローカル線に乗る機会が多かったので、なんとか会話が成立したのだった。

乗り鉄だけではなく、読書家でもあるようだった。ここからは今日の出来事。

「私事ですが、先日、神戸で研究会がありまして行ってきたんですよ」

さあ話が振られた。この話から、話題をどう持っていっていいか?

僕も神戸には何度となく出張に行ったことがあるので、神戸のネタを広げるべきか?それとも研究会を深掘りするべきか?

迷った挙げ句、

「研究会は神戸のどの辺りで行われたのですか?」

というきわめて平凡な質問をしてしまった。

そこから、その療法士さんのひとり語りが始まる。

「実はその研究会というのは、精神医学に関する研究会でして、その方面で著名な先生が引退するとかで、最終講演をされたので、それを聴きに行きました」

リハビリの研究会ではなく、精神医学の研究会に参加したという話に、僕はたちまち惹かれた。

「その先生によると、介護には『支える』だけでなく、ときに『寄り添う』ことも必要だ、と。なるほどと思いました。リハビリもまったくその通りです」

今のご自分の仕事にも引きつけて共感したのだろう。私には、ありきたりのリハビリに限界を感じていて、自分なりのリハビリのやり方を模索しているように聞こえた。そうやって自分の仕事を相対化して、自覚的に変えていこうとしているように思えた。

「講演の中で、鷲田清一先生の本にも言及されておりました」

「鷲田清一さん、て、朝日新聞の『折々のことば』の方ですか?」

「そうです」

まさかリハビリで、哲学者の鷲田清一さんの話題が出るとは思わなかった。ほかの若い療法士さんにはまったく通じない名前である。

「その精神医学の先生はなんというお名前ですか?」

つい踏み込んで聞いてしまった。

「柏木哲夫という先生です。本を何冊も書かれています」

僕もつい調子に乗って口を挟んでしまった。

「いま僕もちょうど介護の本を読んでいるところです。やはり同じ趣旨のことを述べておりました」

「どなたの本です?」

「六車由実さんという方です」

「あとでチェックしてみます」

なるべく本を他人に薦めないように心がけていたのだが、今回ばかりは仕方がない。

次はいつ担当してくれるかはわからない。

しかし今回の会話で確信を持った。彼は異端の療法士であると。

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実験台

10月2日(木)

毎日、平日休日に関係なく、リハビリが1日4回、合計3時間ほどあるので、体が完全に疲労している。

疲労の原因は、リハビリに一所懸命取り組まなければならない理由があるからである。

「今度、病院内の研究会やそとの学会で研究発表をすることになったのですが、鬼瓦さんのリハビリの実践例について紹介してもいいですか?」

僕の主担当の理学療法士さんが言った。

「それは全然かまわないですよ」

「さすが、話が早い」

「でも僕のリハビリの実践例なんて役に立つんですか?」

「きっと面白い研究になりますよ」

その理学療法士さんは、どちらかというと研究肌で、いろいろ仮説を立ててそれを検証するのが楽しいらしい。理学療法士としてのありきたりの技術を極めるより、リハビリの方法そのものの開発をすることが好きなようだ。

で、僕がその実験台にされた。僕の症例が適度に興味深かったこともあるのかもしれない。

さあ、そこからが地獄の特訓である。

彼は、自分の仮説を証明するために、独自の訓練方法を編み出す。それに僕がつきあわされるのである。

僕のリハビリの様子は、その都度映像に収められる。発表は映像を使って行うためであろう。

僕は、彼が考えたプログラムにしたがってひたすら地味な特訓をする。しかもちゃんと結果を出さなければならない。そうでないと彼の発表に泥を塗ってしまいかねない。

「こういう方法を試してみましたが、結論的には効果がありませんでした」ではあまりにも申し訳ない。

だから必死で言われたとおりの方法をこなし、その結果、効果があるということを証明しなければならないのだ。

そのため、1日の平均を超える負荷がかかり、疲労するのである。

いまのところ、少しずつ効果が上がっているようにも思える。

「もし、この方法がうまくいかなかったらどうするんでしょう?」

「その時は別の仮説を立てて一からやり直しです」

どうか、この方法がうまくいきますように。

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