心と体

検査ウィーク

2月1日(木)

今週は月曜日に人間ドック、水曜日に、自宅から車で1時間以上かかる総合病院で検査、木曜日は都内のクリニックで検査だった。

月曜日の人間ドックは、こんなに身体がボロボロなのに、細かい問題がいくつかあるがまあ大丈夫でしょうという結論が出た。僕がふだんから言う、「人間ドック=節穴論」は今年も証明された。

水曜日の病院では、おもに薬の副作用についての検査である。血液検査の結果、身体の一部の機能が低下していることがわかり、その機能を戻すことを促す薬が処方された。その機能が低下すると、激しい倦怠感や無気力、記憶力の低下、足取りが重くなり動作が緩慢になるといった症状が出るというのだが、ここ最近の僕はまさにそれらの症状に悩まされているから、原因はやはり薬の副作用によるものだということがわかった。さっそく薬を服用し始めたが、昨日の今日ではなかなか解消されない。

そして木曜日の検査が一番憂鬱だった。3カ月に1回の検査の結果、「また新たな問題が出ましたね」と言われると、そのたびに2泊3日の「ひとり合宿」を余儀なくされる。入院それ自体もたいへんだが、なるべく仕事に迷惑をかけないように入院の日程を調整することもまた憂鬱な作業である。「そろそろこの治療法はあなたの身体にとって限界ですよ」とも主治医に言われており、やがて手の打ちようのないフェーズに移行するのだろうと思うと、これもまた憂鬱である。

朝一で都内のクリニックに行き、30分ほどの検査を受ける。そのあとが、主治医の先生による診察である。

検査が終わって診察室の前で待機していると、僕の名前が呼ばれた。主治医の先生は険しい表情をしている。

(今回も「ひとり合宿」決定か…。それよりなにより、この治療法が限界に来ているのだろうか…)

と不安になり診察室に入ると、

「鬼瓦さん、薬を変えましたか?」

「ええ」

「なるほど。今回は新しい問題が生じなかったんですよ」

「ほんとですか?」

僕はビックリした。この4,5年ほど、3カ月に1回の検査では必ず「新しい問題」が生じ、そのたびに2泊3日の「ひとり合宿」をしていたのだ。つまり年に4回くり返していた。そんじょそこらの治療法とは異なるので、その費用もバカ高いのだ。

「『ひとり合宿』の必要はありません。次回はまた2か月半後に検査しましょう」

「やはり薬を変えたことがよかったんでしょうか」

「そうかもしれません。私も知らない新しい薬なので、後で調べてみます。また2か月半後に検査に来ていただいて、その時も同様の結果になったら、薬のおかげだと言うべきでしょうね」

「ひとり合宿」を免れたというだけで、晴れて自由の身になった気持ちになる。だがまだ油断はできない。執行猶予みたいなものだ。

足取り軽く帰りたかったのだが、薬の副作用のせいで、心とは裏腹に肉体的な足取りはひどく重かった。

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人間ドックでした

1月29日(月)

人間ドックの問診票に

「コロナワクチンは最終的にいつ接種しましたか?」

みたいな質問があって、

「覚えてねえよ」

と思ったのだが、よく考えてみると、このブログに書いたなあと思って過去の記事を検索することで正確な接種年月日がわかった。このブログは日記代わりに書いているから、意外と役に立つこともある。

…というわけで、人間ドックの受診日もこのブログに書いておこうと思ったと、ただそれだけである。

昨年も同じ病院で受けたが、結果は昨年とほぼ変わらない。大きく目立ったような心配事はない、とのことだった。しかし実際に僕の身体には深刻な心配事があるわけで、人間ドックだけですべて身体の異変は見つけられないのだ、ということが毎度のことながらよ~くわかった。

そんなことを差し引いても、当然ながら受診しておくに越したことはないので、胃カメラを含めた定期的な検診をおすすめする。

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この体調、なんとかならんものか

1月6日(土)

年末に配信されたYouTubeのダースレイダー公式チャンネルで、ダースレイダーさんの一人喋りを聴いていたら、「最近、体調がよくなくってねえ。朝起きるとすでに疲れているんですよ」と言っていて、まさにいまの自分と同じだと思った。ダースさんも大病を経験され、いまもその途中にいる人なので、言ってみれば僕と同じ境遇である。その気持ちわかるよ~と叫びたいくらいだった。

たびたび書いているように、薬の副作用が辛い。朝起きると、すでに何もしたくないほど疲れている。今日は都内で会合があるのだが、5時間の長丁場なので、とても体力が持たないと思い、出席しますと言っちゃったけど、絶対に欠席しようと心に決めた。

しかし時間が経つにつれてその決断が揺らいでいく。でもなー、自分も正式に参加しているプロジェクトだし、出席しないと責任を果たせないような気がしてきた。もし疲れたら途中で帰ればいいや、というつもりで、やっぱり行くことにした。

しかし困ったのは都内への移動である。むかしなら難なく移動できたのだが、いまは歩くのが当社比で3分の1くらいのスピードまで落ちている。もう完全にお爺さんの歩き方なのだ。他人様よりも一足早く老化を体験しているような心持ちである。

しかも渋谷駅のみならず、いまは新宿駅も迷宮になっていることを知る。中央線から山手線への乗り換えにエラい苦労したけれども、もっと簡単な乗り換え方法があるのだろうか。

都内の会合では、「○時になったら早退しよう」ということばかり考えていたが、結局最後まで居続けた。あんまり弱音ばかり吐いていると自分を甘やかすことにつながると思ったのである。もっとも、とっくに甘やかしてはいるのだが。

そういえばダースレイダーさんは体調が最悪でも年始の「ヒルカラナンデス」で2時間喋り続けている。それを思ったらもう少しがんばらないとなあと思うのだが、それでもやるべきことに優先順位をつけていかなければ身体が持たない。手始めにこのブログの更新頻度を減らそうかと考えている。

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通院納め

12月27日(水)

先日、久しぶりに電話で話した知り合いから、

「ブログ読みましたけど、薬の副作用って、そんなにツラいんですか?」

「ええ、ツラいんです」

「ほんとうですか?大げさに書いているんじゃないでしょうね」

「ほんとうです」

と心配されたが、その知り合いの方が、一度に2つくらい大変なことを抱えているので、他人の心配をしている場合ではないのではないかとこちらが心配になった。

さて、その副作用だが、薬を半分に減らしたおかげか、以前よりはだいぶ皮膚の痛みが緩和された。それでもまだ痛いことは痛いのだが。

ただ、全身筋肉痛のような症状はなんとなく続いていて、動くのが億劫であることには変わりない。

本日はまた、車で1時間半ほどかかる総合病院で血液検査である。前回、筋肉の炎症の値が通常の30倍くらいに膨れ上がっていて、重い物を持ったことが原因か、前の薬の副作用が出たせいか、判断がつかないということで、もう一度血液検査をしたのである。

また信じられないような数値が出てきたらどうしよう。「あなた、即入院です」みたいなことを言われたら年末年始を病院で過ごすことになる。そうなったらイヤだなあ、と、病院で診察を待っている間はずっと憂鬱だった。診察になかなか呼ばれないのも、何らかの異常な数値が出て、対応を考えているんじゃないだろうかと、気が気ではない。

待合室で、まるで刑の執行を待っているような気持ちで座っていると、やがて僕の診察番号が電光掲示板に表示され、いよいよ診察室の中に入る。

「こんにちは、お待たせしました」

「こんにちは」

「どうですか、最近調子は」

「薬を減らしていただいたおかげで、手足の皮膚の痛みは、少し緩和されました。痛いことは痛いですけれど」

「そうですか。ところで、前回異常な数値が出た筋肉の炎症ですけどね」

「ええ」

「……今回の数値は戻っていました。前の薬の副作用を心配していたんですが、どうやらそうではないようです」

「そうですか」

なんと、筋肉の炎症の数値は元に戻っていたのだ。僕は安心をしたが、いまだに全身筋肉痛のような身体の痛みを感じるのは、副作用ではないということなのか?逆に恐いんですけど。

「ではいつものお薬を出しておきます」

「ありがとうございました」

「お大事に」

結局、今回は特筆すべき検査結果ではない、という結論になり、今年最後の病院通いも今日で最後になった。

疑い出したらキリがないが、ひとまず、これで年は越せる。

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激痛都内往復

12月9日(土)

薬を休んでも、副作用の激痛はおさまらない。

それでも、昨日の金曜日は普通に業務をこなし、今日は都内で会合である。

電車とバスを乗り継いで1時間半ほどかかる場所に行くことになるので、ほんとうはオンライン参加にしてもらいたかったのだが、ホスト側の人間なのでそういうわけにもいかない。

一歩一歩足を踏み出すだけで激痛が走るので、歩くスピードも断然遅くなる。「世界のうちでおまえほど歩みののろい者はない」というのは、僕のことである。

元気な人なら1時間半弱で着くような場所を、2時間ほどかけて到着する。

ホスト側の人間なのでほんとうは会合終了後に懇親会にも出なければならなかったのだが、とてもそんな元気はないので、急遽キャンセルした。

それでも気持ちが晴れないのは、同じルートで帰宅しなければいけないからである。また2時間ほどかけて、激痛に耐えながら自宅に戻るのか…。あたりまえにできていたことが、こんなに辛いなんて、たぶんほかの人にはわからないだろうな。

明日は身体を労ろう。

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副作用が牙をむく

12月6日(水)

3週間前から薬を新しく変えたが、先週の後半あたりから副作用の症状が頭角を現し、今週に入って、いよいよたえられないほどの苦痛に悩まされた。

具体的には、手のひらと足の裏の皮膚にひどい炎症を起こし、歩いたり、ものを持ったりするたびに激痛が走るのである。それと同時に、体全体にも痛みが走る。

こうなると人間はどうなるかというと、すべてにおいて気力が削がれるのである。月曜日には軽微な作業が予定されていたが、その軽微な作業すらもできそうにないので休んだ。前日の火曜日は、午前と午後にオンラインの会議があったが、いつもよりも集中力は途切れがちだった。

このままこの薬を飲み続ければ、ずっとこの副作用が続き、日常生活ができなくなってしまう。今日は病院の定期検診の日だったので、ほんとうは通うのも億劫だったが、車で1時間半ほどかかる総合病院まで行って、自らの副作用のひどさを訴えた。

僕は副作用の苦しさを伝え、今週いっぱいは薬の服用を休むことを許してもらい、薬の量も1回20㎎に減らしてもらうことにした。

もともとこの薬は1回の服用量が60㎎が標準で、それでも副作用がキツいだろうからと1回40㎎に減らして処方してもらっていた。それでも死ぬほど副作用がキツかったということは、標準の60㎎だったらどうなっていたことだろう。日常生活がまったく営めずひたすら寝たきりになったかもしれない。仕事をしながら病気をやり過ごすためには、薬に対する臨機応変な対応が必要である。

もう一つ気になったことがあった。血液検査の結果を見て主治医が言った。

「最近、筋トレとかされました?」

「いえ、してませんけど」

「じゃあ、何か重いものを持ったりしましたか?」

「少し心当たりはあります」職場で本が入った段ボールを持って移動させたのが先月末だった。

「そうですか。実は筋肉の炎症の値が異常に高いのです」

血液検査の結果を見ると、たしかに、上限値の10倍以上の数値が出ていた。

「重いものを持ったということであれば、それが数値となってあらわれているのでしょうね」

「ちょっと待ってください。たしかに重いものは持ち上げましたが、まさかそれほどの数値になるとは…。もし仮にそれが原因でない場合は、どういうことが考えられるのですか?」

「薬の副作用です」

またここでも副作用か…。そういえば、体全体が痛いと感じていたのは、筋肉が炎症を起こしていたからなのだろうと、勝手に推測した。

あとで薬剤師さんに聞くと、いま服用している薬では、そのような副作用はあまり確認できないが、その前に使っていた点滴薬の場合は、そのようなケースがあるので、ひょっとしたら前に使っていた点滴薬の副作用が今ごろあらわれたのかもしれない、ということだった。まさに副作用の亡霊である。副作用って、どこにどう出るかがわからないので、言ってみれば運次第なのだ。

それにしても、血液検査ってすごい。自分は健康だと思っても、血液検査は定期的にしておく必要があるぞ。次の検査は3週間後である。その間に筋肉の炎症の数値が下がっていれば、薬の副作用ではないということになるが、はたしてどうなることやら。

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気分は飛行機移動

11月13日(月)

「ひとり合宿」1日目。

前回から新しい治療が加わった。「高気圧酸素治療」というものである。

密閉されたカプセルの中に入り、高気圧の酸素を1時間半程度浴びせるという治療である。

これには、いくつかの注意点がある。

高気圧の酸素は発火しやすいので、化繊系の服は着てはいけない。ただ、最近はほとんどが化繊系の服なので、病院から支給される化繊のない病衣と、なんと大人用の紙オムツが支給されるのである。パンツには化学繊維が含まれているから、パンツはダメなのである。

大人用の紙オムツをはくというのは、なんとなく屈辱的に感じるが、それと同時に「原点回帰」を連想させる。

もう一つの注意点は、耳抜きである。

カプセルの中では、はじめに徐々に気圧が上がり、最後に徐々に気圧が下がる。つまり気圧の変化が激しいのだ。飛行機に乗ったときとか、新幹線がトンネルに入ったときのように、耳がつんとなるのである。最初、担当医から、

「耳抜きはできますか?」

と聞かれ、

「はあ。鼻をつまんだ状態で、鼻から思いっきり息を出す、みたいなことですよね」

と答えたら、

「とんでもない。そんなことをしたら鼓膜が破裂します。唾を呑んだりして耳抜きをするのです」

「はあ、できると思います」

「念のため、あめ玉を舐めていただきます」

大人用の紙オムツをしてあめ玉を舐める、となると、いよいよこれは原点回帰である。

背に腹はかえられないから、なんとかなるだろうと、前回の治療の時に初めて体験したが、思いのほか耳がつんとなり、かなり不快な思いをした。あめ玉を連続して4つ舐めたが、どの程度の効果があったのかはわからない。ただたんに、あめ玉であやされているだけのようにも思える。そうなるといよいよ原点回帰である(しつこい)。

今回の「ひとり合宿」は3日間。つまり1時間半の苦行を3セット行うことになり、メインの治療ではないにもかかわらず、こっちの方が憂鬱である。

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診療代は75円

8月24日(木)

今日は、自宅から車で1時間ほどかかる総合病院で診察である。

診察、といっても、今日予約している科は、3か月に1度ていど、担当の先生に元気な姿を見せに行く、というだけの、いわば儀式である。

より具体的に言うと、別の病院で治療した結果を、この病院の先生に報告に行く、というだけの儀式。僕がまだ元気であるという姿を先生に見せて先生に安心してもらうために行くのである。

しかし高速道路を使って1時間かけてそれだけ、というのも何となく癪である。この日は、もう一つ、同じ病院で皮膚科の診察も初診で受けることにした。以前から足の皮膚が荒れていて、というより尋常じゃない荒れ方をしていて、ことによるとこれは薬の副作用ではないか、と思ったので、皮膚科に診てもらうことにしたのである

今日はは病院に書類を提出する必要もあり、朝早く自宅を出るつもりが、もたもたしていて、しかも道路も混んでいたので、予約の診療時間よりも30分ほど遅く病院に到着してしまった。書類の提出をすませ、ようやく先生の診察を受けることになった。

「お元気でしたか?」

「ええ、まあ。ちょっと夏風邪は引いてしまいましたけど」

「先日の治療も無事に終わったのですね」

「ええ」

「それはよかった。がんばりましたね」

「はい」

「次はまた3か月後に、顔を見せに来てください」

「わかりました」

これで診察は終了した。まあ、いつもとまったく変わらぬ儀式である。

次に、皮膚科へ向かう。同じ病院内とはいえ、初めての科にかかるというのは、ドキドキする。

初診扱いになるので、予約の人優先で診察がおこなわれ、それが終わってからということになる。そうとう待たされるだろうと覚悟した。

それでも、お昼にまたがらない時間に自分の受付番号が呼ばれた。最近は、「○○さ~ん」と名前を呼ばれることはなくなり、すべて受付番号で呼ばれることになっているのだ。だから自分の受付番号を覚えておかなければならない。

自分の番号が呼ばれたので診察室に入ると、ベテランとおぼしき女性の先生だった。

「○○といいます。よろしく」

「よろしくおねがいします」

「さっそく足を見せてください」

僕は靴下を脱いで足を見せると、

「慢性湿疹ですね」

と即答した。

「薬の副作用とかではないのですか?」

と聞くと、

「いえ、違います。副作用は関係ありません。塗り薬を処方するので患部に塗ってください。あと、今後はここではなく、ご自宅の近くの皮膚科で診察してもらってください。そのための紹介状も書きます」

「わかりました」僕としても、願ってもないことである。

こうして2つの科の診療が終わったのだが、驚いたのはここからである。

会計を済ませようと自動精算機に診察カードを入れると、2つの科の診療代の合計が、

「75円」

だったのである。75円ですぞ!内訳を見ると、最初の科が8円、皮膚科が67円である。

高速道路を使って1時間以上をかけて病院に行って、診療代が75円というのは、じつに割に合わない。そればかりではなく、病院の駐車料金の200円よりも安いのである。

割に合わないといえば割に合わないともいえるのだが、日頃、限度額適用認定証をスナック感覚で使っている僕にとっては、じつにありがたい。

国民皆保険制度のありがたさを噛みしめて、午後から職場に向かった。

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晴れて「ひとり合宿」

8月2日(水)

「ひとり合宿」は、2週間の延期を経て、無事に実現した。

この2週間は散々だった。2週間前、僕はひどい夏風邪を発症し、週を越えても熱は下がらず、咳が止まらなかった。ようやく熱が下がってきたかなと思ったころ、今度は妻がひどい咳とひどい頭痛に悩まされた。元気なのは5歳の娘だけである。

妻は朝に起き上がれないほどの頭痛で苦しみ、それが夕方6時になるとピタッと治まる。それが数日間続くのである。「まるで奇病のようだ」と言っていた。

処方された薬もあまり効かない。最後の手段として、ふだんから肩凝りのひどい妻だから、それが頭痛に影響しているのだろうと仮説を立て、ピップエレキバンを首元に貼った。そして念のため、昼夜つけっぱなしの冷房も、設定温度を2度ほど上げた。

すると、その翌朝、つまり今日のことだが、朝起きると嘘のように頭痛が消えていたのである。はたしてピップエレキバンが効いたのか、冷房の設定温度を2度上げたことが功を奏したのか。

いまも、発熱や咳などの症状が出ると、診療所は身構える。「感染症外来」の時間に来てくださいと言われる。当然と言えば当然なのだが、コロナ禍の前のように、ちょっと風邪をひいたからといって、スナック感覚で診療所にはもはや行けなくなった。つまり健康でないと通院もできないし、入院もできないのである。「文珍師匠の小噺」がまさか現実になるとはねえ、というのが、この間の感想である。

というわけで僕は、なんとか夏風邪が回復したので、晴れて「ひとり合宿」が2週間遅れで実施されることになった。まったく、一難去ってまた一難である。

「はじめまして」と、新人らしき看護師さんが日勤の担当だった。「18回目なんですってね。ほかの看護師はみんなすっかりおなじみだと言ってました」

「そうですか。僕も、地元に帰ってきた心持ちです」

「ところで、血管が…」

「それも聞きましたか。僕は血管が出ないことでこの病院では有名なのです。みなさん、注射針をさすときは身構えるんですよ」

「ええ、聞きました。でも血管を探して注射針をさすのは夜勤の看護師なので、私はその苦労をせずにすみそうです」

「それはよかった」

さて、その夜勤の看護師さんは、前回と同じ看護師さんで、苦労しながらも、血管を見つけ出して注射針をさしたのであった。

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ひどい夏風邪が続く

7月27日(木)

今回の夏風邪は、ちょっと甘く見ていた。先週のうちに回復するかと思ったら、まったく治る気配がない。

朝に体温をはかると、37.5℃を超える日々が今日まで続いている。咳も止まらない。

昨日(26日)は、月に一度の定期治療で、自宅から車で1時間かかる総合病院に行くことになっていた。

さすがにこの状態では病院には行けない。そもそも、病院の入り口では検温をしていて、37.5℃以上の人は病院に入れないことになっているのである。

朝、病院に電話をして、かくかくしかじかと症状を伝えると、

「わかりました」

といって、いったん電話は終わったのだが、ほどなくして先方から折り返しの電話が来た。

「とりあえず、採血と採尿の検査はしますので、病院に来てください」

「今からですか?」

「ええ」

「でも、熱が高いと病院に入れないんじゃ…」

「お車ですよね」

「ええ」

「では、病院の駐車場に着いたらお電話ください」

「わかりました」

ということで、急遽、病院に行くことになった。

けっこうな発熱の状態で、首都高速に乗って1時間かけて病院に行く、というのは、なかなか難易度が高い。

なんとか無事に到着した。駐車場から電話をかけると、

「それでは、病院に入っていただいて、通常の通り、採血と採尿を行ってください」

「はい」

「そのあと、結果が出るまでは病院の待合室で待機せずに、駐車場の車の中に戻ってください。ほかの患者さんに感染の危険性がありますから」

「はあ」

言われるがままに採血と採尿を行い、終わると再び駐車場に停めておいた車の中で、結果が出るまでの約1時間、漫然と待った。1時間後、

「検査結果が出ましたので、診察に来てください」

「わかりました」

車から出て病院の入り口に向かう。入り口の検温画面では、真っ赤な字で「37.8」と表示されたが、おかまいなく中に入った。

さっそく先生の診察室に行くと、先生は、血液検査の結果表を見ながら、

「炎症値が高いですね。風邪によるものと思われます」

「はあ」

「炎症値が高いと治療はムリなので、今回の治療は中止して、後日に延期しましょう」

「わかりました」

…というか、こんな身体の状態で、定期の治療を行うことがムリであることは、ド素人の僕だってわかる。

そのあと、薬局に行ったりして、結局、まる一日病院通いに費やされることになった。

高熱を出している人間が、片道1時間かかる病院まで首都高速を使って運転し、採血と採尿だけおこなって、とくに治療することなく帰ってくる…。

俺は元気なのか?

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