旅行・地域

出張あれこれ

11月29日(火)

昨晩遅く、出張から戻った。

少し前、仕事関係でつきあいのある人からのメールに、「その日は職場の用務で京都に出張なのです」とかなんとか返信したら、

「京都に出張ですか、いまだと秋が感じられていい季節ですね。僕も何週後かに、「同業者祭り」が京都を会場にして久しぶりに対面で行われることになり、いまから楽しみです。きっと(京都在住の)○○さんが美味しいお店を紹介してくれることでしょう」

と返信が来て、いささか複雑な気持ちになった。

1年に1度行われる「同業者祭り」というのは、言ってみれば同窓会みたいなもので、毎年会場が違う県になったりするので、参加するほうは楽しくて気楽である。つまらなかったら会場を出て観光してもよいし、夜には懇親会がある。このご時世で懇親会が無理な場合は、仲良したちで美味しいお店に行って、地元の美味しいものを食べながらああでもないこうでもないと楽しいおしゃべりをする。もちろん孤独のグルメもまたよい。

僕はもう長いこと「同業者祭り」には参加していないが、本業の仕事の出張が多くなり、それ以外にあえて「同業者祭り」のために出張することがめんどうになったのである。

今年、京都へは何度通ったかわからないが、平日に日帰りとか1泊とか、ほとんどとんぼ返りで、しかも用務先の建物の中に籠もって一日中作業をする、みたいな感じだから、満喫などできないし、食事も往復の新幹線の中で弁当を食べるとか、とても美味しい店に行くなどという余裕はない。しかしなぜか、京都に行く、というと、うらやましがられるのである。

実際、用務先まで行くのに路線バスを使ったりすると、あまりの混雑ぶりに閉口したりする。いかに混まない路線を使って移動するか、ということが、最大の課題になる。なぜなら、用務先での作業の体力を温存しなければならないからである。

用務先では、肉体的にも疲れるが、精神的にも気を遣って疲れる。とくにこちらからアポを取ってお会いする場合は、手土産を持っていくのは常識だが、それに加えて先方の規約にしたがった対応をとらなければならない。あるところでは、建物の入り口のところで身分証を提示して、中に入ってさらに受付担当のところで身分証を預け、それと引き換えにバッジをもらう。つまり身分証が人質となり、その作業部屋の中に軟禁されるのである。用務が終わると、バッジを返すのと引き換えに、身分証を返してもらう。身分証を人質のように預けるというのは、あまり気持ちのよいものではないが、郷に入っては郷に従え、である。とにかく先方に失礼のないように用務を行うことに最大限の注意を払うのである。

「同業者祭り」は、そんなことにはならない。大勢の人たちに、久しぶりの挨拶をして、仲のいい人の近くに座って、ちょっとした知的興奮を味わい、終わってからは仲のいい人たちといっしょに美味しい食事とともに談笑する。ま、僕はとくに仲のいい同業者がいないこともあり、同業者祭りに出たところでとくになんの感慨もないので、むしろ初めてお目にかかる人に気を遣いながら用務を行う方が、性に合っているのかも知れない。

せっかくだから、京都にいる古い友人と会ってみようかなという気もするが、こっちはたいていは平日に来ているし、この世代になると忙しくてそれどころではないというのがお互いさまだから、「まあなんとかやっているのだろう。こっちもこっちでなんとかやっている」と思うことにして、とんぼ返りする。ま、出張とは本来、そういうものなのだろう。

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からすまおいけ

11月27日(日)

地下鉄に乗り、「烏丸御池」という駅を通り過ぎる。

若いころ、というほどでもないのだが、むかしはけっこう烏丸御池の近くに宿をとることがあり、そこから三条通を三条京阪の駅のあたりまで歩くのがなかなか楽しかった。

あるとき僕は、地下鉄の「からすまおいけ、からすまおいけです」という自動アナウンスを聞いて、長年僕が思い込んでいた「からすまおいけ」のイントネーションとまったく違うことに、驚いた。長らく僕は、「からすまおいけ」のイントネーションが間違っていたのである。

大阪府の池田市の「いけだ」を、「わさび」と同じイントネーションで言うのだ、というのを知ったときくらいの、ショックである。

これが、どう間違っていて、どれが正しいのか、文章で言い表すのは難しいな、どうしたら伝わるだろう、と地下鉄に乗りながらずっと考えていた。そこで、はたと気づいた。

僕は長らく、「からすまおいけ」を「きたがわけいこ(北川景子)」と同じイントネーションで言っていた。しかし、正解は違う。

「みやざきあおい(宮崎あおい)」と同じイントネーションで言うのが正しい。

これはすごい発見だ!と思ったのだが、わかってくれる人はいるだろうか。

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傾聴の旅

11月22日(火)

2日間の出張は、スケジュールをギッチギチに詰めていたわけではないのだけれど、倦怠感がひどく、しかも薬の副作用なのか、両足の裏側が炎症を起こし、歩くとかなり痛い。とくに砂利道を歩くと、ツボを刺激されるような痛さである。思いのほか体力と気力を奪われた。

今回まわったのは、2日間で3カ所だが、応対していただいた方は、いずれも初対面だったが、みなさんとてもいい方ばかりだった。というより、いま準備しているイベントのために協力のお願いの挨拶にうかがうと、いい人ばかりなのである。

ひとつだけ例をあげると、昨日は国宝のお寺を管理しているご住職にご挨拶にうかがった。仲介していただいた方からは、その住職はいい方なのだけれど多少クセのある方なので、丁寧に事を進めていった方がよいというアドバイスを受けた。実際にお会いすると、たしかにクセがあると言えなくもないが、こちらが誠実にこのたびの訪問の趣旨を説明すると、とてもよい対応をしていただき、1時間半ほど雑談することになった。

国宝といっても、規模としてはそれほど大きくないお寺で、そのご住職ひとりが管理されていると知った。なので、自分はこのお寺を預かってからは、泊まりがけの旅に出たことがない、どこに行くのも日帰りである、なぜなら、自分がいない間にお寺にもしものことがあったらたいへんだから。家族や警察や消防には、「今日は1日外出しますので、何かありましたらすぐに連絡下さい」と前もって伝えるのだという。つまりふだんは、よほどのことがない限り、お寺の庫裏にいらっしゃってお寺を守っている、というわけである。

そんな話、めったに聞けるものではない。住職と差し向かいでお話を聞くことで、初めて聞けることである。

僕はひょっとして、初対面の人とお話をすることが、苦にならないのかも知れない。というか、たぶんいろいろな人のお話を聞くことが好きなのだ。こうして、いろいろなところをめぐって、いろいろなお仕事をされている方にお話を聞くのが、性に合っているのかも知れない。

ただ、こうした裏話はなかなか文章にできないので、舞台裏を語るトークライブなどできたら面白いかな、とも思う。ま、需要がないからやらないけど。

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無事に終わったのか?無事じゃなく終わったのか?

9月29日(木)

3日間の出張が、なんとか無事に終わった。なんとか日付が変わらないうちに帰宅できそうだ。

3日目がいちばんキツかった。

午前中の用務は、昭和初期につくられた素敵な建物の中での作業である。

駐車場にレンタカーを停め、重い機材を運び出す。

その建物の門に入ろうとして、嘆息した。

門から入口まで、不揃いな形の大きな石が飛び石のように続いていて、そのうえを歩いて建物に入らなければならない。しかも、建物の玄関に入るためには、さらに数段の階段をのぼらなければならない。これが地味にキツい。

ここには何度か訪れているが、重い荷物を持って訪ねるような場所ではないことに、初めて気づいた。ま、バリアフリーなんて概念がなかった頃の建物だし、ヘタに改装すると内装の雰囲気がぶち壊しになるから、仕方のないことではある。

殺人的な重さの大きなスーツケースや、ゴルフバッグのようなソフトケースを、凸凹した大きな飛び石の上を歩きながら運び、さらにダメ押しの階段を数段のぼった。もうこの時点でゼイゼイである。この場合、スーツケースのキャスターはまったく役に立たないので、それを持って運ばなければいけないのである。

お約束していた者です、作業をするためにまいりました、と受付に告げると、今回対応してくれる方がいらして、作業部屋はどうぞこちらです、と指した方向に、2階にのぼる階段があった。

(2階かぁ…)

由緒ある建物なので、当然、エレベーターなんてものはない。しかもむかしの階段なので、かなり急である。

重い荷物を持って、えっちらおっちらと登りはじめたところで、あることに気づいた。

この建物、一般的な建物よりも、天井が高い。

2階、と見せかけて、実は3階分の高さがあるのである。

まじかー、と心の中で叫びながら、重い荷物を運び、ようやく目的の作業部屋に到着した。

作業は2時間ほどで終わり、また、同じ階段を重い荷物を抱えながら降りる。

どうもありがとうございました、と建物を出て、凸凹した飛び石の上を足下に注意しながら歩き、レンタカーに重い荷物を載せて、1件目の用務を終了した。

このあと、用務が2件ほどあり、これもまた体力勝負の作業だった。事態がキツい方へキツい方へと向かっていく、Mr.ビーンのコメディのようだ。

今日はあまりに疲れたので、この先については書く気力もないが、無事にすべての用務が終了したことだけは明記しておく。いや、無事だったのか?

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小椋佳談議

9月27日(火)

旅の空。

今朝から、いよいよ作業開始である。今回は、技師と二人旅である。

朝7時20分にホテルのロビーに集合。そこからレンタカーを借りて用務先に移動する。なにしろ機材が多いのだ。

8時半に今日の一つめの用務先に到着する。由緒正しいところなので緊張したが、対応してくれた方が気さくな方で安堵した。10時前に終了。

そこからこんどは、同じ市内にある別の用務先に向かう。午前11時に到着し、お昼休みまでの1時間、機材をセッティングし、午後から作業を始めた。床に座ったり立ったりと、なにかと足腰を使う作業が多く、地味な作業ながら思いのほか体力を消耗する。それでも効率よく作業が進み、3時半過ぎに終了した。

外に出ると大粒の雨が降っている。急いでレンタカーに乗り込み、今晩の宿泊地に向かう。今晩の宿泊地は、カーナビによれば70キロほど離れたところで、うまくいけば1時間半くらいで到着する、とカーナビは計算していた。

しかし、大雨と渋滞で、思うようには進まない。しかも二人ともこの地域の土地勘がないので、乗らなくてもいい高速に乗ってしまったり、降りたほうがいいところで降りなかったりと、意外と時間がかかった。

運転は技師さんにしてもらった。技師さんはまだ若い方で、たぶん僕よりも20歳以上年下だろう。なにしろ実質初めていっしょに仕事をするので、詳しいことはよくわからない。

それでも運転しながら四方山話をしていると、彼がTBSラジオリスナーであることがわかった。というより、最初に僕が、TBSラジオのヘビーリスナーであることを告白したんだけれども。

どんな番組を聴いているのか聞いてみると、「アトロク」とか「ニチテン」だという。その話題でひとしきり盛り上がった。

続いて音楽の話になる。ふとしたきっかけで、「小椋佳」の話題になった。

「巨椋って、おぐらって読むんですね。「木偏に京」って、むくって読むんじゃなかったでしたっけ?」

「一般的にはそうですね。でも日本ではクラと読むこともあるんですよ」

「そうなんですか」

「小椋佳っていう歌手がいるでしょう?」

「オグラケイってだれですか?」

なんと!小椋佳を知らないらしい。車中の雑談では、音楽にけっこう詳しい人のように思ったのだが…。

「『シクラメンのかほり』って歌、知ってますか?」

「ええ、知ってます。布施明の」

「あの歌を作ったのが小椋佳です」

…といっても、どうやらピンときていない様子。

「じゃあ、『愛燦々』は?」

「それも知ってます。美空ひばりの」

「『愛燦々』を作ったのも、小椋佳です」

「そうですか…」

やはりあまりピンときていない。井上陽水の「白い一日」という歌を作詞した人だ、とも言ってみたが、ますますピンとこない様子。

僕は、小椋佳が銀行員をしながらシンガーソングライターを続けていたことや、定年後は大学に編入して哲学を学んだ、という小椋佳ストーリーを解説したのだが、どれほど伝わったかは、わからない。

小椋佳を知っている世代と知らない世代が、どのあたりで分かれるのか、これは興味深い問題である。

しかしこれは世代間の差に原因を求めるべきなのか、彼個人がたんに知らないだけなのか、やや疑問が残る。なぜなら彼は「三山ひろし」を知らなかったから。

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これは何運なのか?

9月26日(月)

夕方、新幹線に乗り、西へ向かう。明日の早朝から3日間、かなりハードなスケジュールでの作業が待っている。体調がもつか、心配である。

新幹線で少しでも休もうと、3列シートの窓側の席をとった。

出発直前に新幹線に乗り込むと、僕が座る列の通路側にすでに人が座っていた。その人は、サラリーマン風の格好をした人で、太っている僕よりもかなり太っている。

(またかよ…)

僕は何度かそういう経験がある。新幹線に乗ると、必ずといっていいほど、隣に体格のいいおじさんが座っていて、座席がとたんに窮屈に思えるのだ。いつもながら、座席運がない。

まあ仕方がない。今回は3列シートの真ん中の座席空いているので、それだけでもラッキーである。

出発してからほどなくして、その通路側の座席のおじさんは、真ん中の座席に、自分が脱いだジャケットを置いた。

いつもわからないんだけど、3列シートの真ん中の席が空いている場合、それは誰のものなの?窓側?それとも通路側?

通路側にしてみたら、「おまえ、窓側の席に座っているんだから、真ん中の席くらい俺に使わせろよ」ということなのだろうか?

あるいは、先手必勝なのかも知れない。

しかしその太ったおじさんは、基本的にきわめて紳士的な態度でおられたので、とくに何事もなく、目的地の駅に着いた。その太ったおじさんも、同じ駅で降りた。

今日泊まるホテルは、駅のすぐ近くにあるホテルなのだが、初めて泊まるホテルなので、場所がよくわからない。この駅の南側には、大きなホテルが林立していて、しかもあたりが暗くなってきたこともあり、よけいに行き方が難しい。

(なんていう名前のホテルだったかな?)

覚えにくい名前のホテルだった。駅の南側を歩いていると、アレじゃないか?というホテルを見つけた。

うっすらと記憶している名前をたよりにそのホテルに入ったら、たしかにそこが自分の泊まるホテルだったので、安堵した。

ホテルのフロントで受付をすませ、自分の部屋に向かおうとすると、何となく気配を感じた。

気配をした方を見ると、なんと、さっきまで新幹線で隣の席だった、あの太ったおじさんがいるではないか!

向こうも少し驚いたようで、明らかに「二度見」していた。

しかしここで「さっきはどうも」なんて挨拶するのはどう考えてもおかしいから、何も言わずに自分の客室に向かったが、こういうのって、何運って言うの?

新幹線で隣に座った見知らぬ他人が、日本屈指の観光地といわれる、ホテルの多い町で、同じホテルに宿泊するという確率は、どれくらいだろう?

こんなことで、運を使いはたしてしまって、よいのだろうか?

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首が回らねえ

9月12日(月)

昨日の会合は、朝9時半から夕方5時近くまでの長丁場で、疲れたけれど大変充実した会合だった。

久しぶりの再会もあり、新しい出会いもあった。僕は一度にたくさんの人に会うと「人あたり」してしまうのだが、昨日はそんなことはなかった。

会合が終わってから、ひょっとして打ち上げとかあるのかな?と思っていたが、さすがにこのご時世なので、なんとなく流れ解散になった。

僕はホテルに戻ってから、むしょうにお腹がすいたので、「孤独のグルメ」を気取ってそばを食べに行った。

食べ終わって、ちょうどホテルの部屋に戻ったタイミングで、電話が鳴った。会合に参加した、同い年の友人である。

せっかく久しぶりに来てくれたのに何もおもてなしできなくてごめん、いえいえ、こういうご時世だから仕方ないね、ほんとうはビールでも飲みながらじっくり話したいと思っていたんだがな、などとひどく残念がっていたが、いつしか電話の内容は、彼のここ最近のさまざまな出来事の話題になった。

あいかわらず波瀾万丈の日常生活を送っているなあと、ジェットコースターのような彼の話術とも相まって、繰り出す話題のひとつひとつが可笑しくてたまらなかった。しかし彼は、僕と同じ、深刻な悩みを抱えていた。

それは、いろいろなところに首を突っ込んで、首が回らなくなる、ということである。

僕と彼は、必ずしも性格が似ているわけではないのだが、なぜか馬が合う。それは、「いろいろなことに首を突っ込んでしまい、首が回らなくなる」という点で共通しているからだとわかった。つまり、性格は似てないが、性分はそっくりなのである。

自分で蒔いた種、といえばそれまでなのだが、いまの僕も、いろいろと首を突っ込みすぎて、首が回らない。今日もさっそくあちらこちらから催促のメールが矢のように飛んできた。締め切りがとっくに過ぎている仕事を、すべて「今月中には必ず仕上げます」と返信してしまったが、はたしてそんなこと、ほんとうに可能なのだろうか?僕はそのことを考えただけで、パニックになる。

しかし、同い年の友人が同じ境地にあると考えると、なぜか少し安心する。諸方面の仕事の関係者にごしゃがれる前に、仕事を片付けなければと、新たに決意したのだった。

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まだ生きている

9月10日(土)

旅の空。

少し時間があったので、美術館まで足を運ぶ。「県美展」をやっていた。県美展とは、「広く県民から美術作品を公募し、優れた作品を展示することにより,創作活動を奨励するとともに,鑑賞の機会を提供し,芸術文化の向上に資する美術の祭典」である。

とくに知り合いが出品しているというわけでもなかったのだが、ここを訪れたのも一期一会、と思い、県美展を見てみることにした。こういう展覧会に足を踏み入れたことがなく、美術の素養のない僕のイメージとしては、県民の人たちが趣味で美術制作をしたものを展示する機会なのかな、と想像していたのだが、そうではなかった。

絵画や彫刻や工芸など、さまざまな美術作品が展示されているが、やはり目を引くのは絵画である。出陳作品の多さもさることながら、どの絵画も、目を奪われるほどのすばらしさである。どれも渾身の力で描いていることがひしひしと感じられた。

作品の下には、その絵画のタイトルと、名前が書いてある。さらに、その中のいくつかには、「○○賞」とか、「賞候補」といった札が貼ってある。つまり、どの絵画が賞を取って、あるいは賞の候補となったのか、あるいは惜しくもそこに届かなかったのか、などがわかるようになっている。

しかし僕が見たところ、どの作品が賞にふさわしいか、というのは、甲乙つけがたい。この作品がなぜ賞を取り、あの作品がなぜ賞が取れなかったのか、紙一重の問題ではないかとも僕には思われたが、きっと見る人が見れば、賞にふさわしい作品と惜しくもそうでない作品には、それなりの違いがあることがわかるのかもしれない。

僕が印象に残ったのは、老人男性を描いた絵画、おそらく自画像であろうか。その老人の部屋には、横尾忠則の肖像画と、ゴッホの「アルルの跳ね橋」の絵が飾ってある。ゴッホの「アルルの跳ね橋」は、黒澤明監督の映画『夢』に登場していたので、すぐにわかった。その老人が気に入っている絵画だろうか。

この絵画のタイトルを見ると、「まだ生きている 描いている」とあった(正確ではないかも知れない)。僕はその絵画に描かれている老人男性の境地を思い、まだそこまでの境地に達していない自分とを、重ね合わさずにはいられなかった。

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やっぱり無事じゃなく終わりました

9月4日(日)

成功裡に終わった昨日のイベントから一夜明けた今日は、まる一日巡検の予定である。

イベントが終わったあと、巡検のリーダーが言った。

「明日の巡検なんですけど」

「はい」

「台風の影響で天気がどうなるかはわかりませんけど、もし天気が大丈夫だったら、午前中に登山したいと思います」

「登山、ですか」

僕は、できれば登山をしたくない。大病を患ったあとの体力の低下に加え、コロナ禍の運動不足で登山に対する自信がすっかり失われているのだ。

「登山…って、どのくらい歩くのですか?」

「山の中腹まではタクシーで行って、そこからなだらかな自然歩道を30分ほど歩きます。で、山頂から反対側に降りるまでが30分なので、全部で1時間くらい歩くでしょう。多少のアップダウンはあるみたいですが、大丈夫だと思いますよ」

「あの…僕、そうとう歩くのが遅いので、その2倍くらいかかると思いますよ。足手まといになりかねません」

「大丈夫ですよ。休みながら行きましょう」

僕は、翌日が大雨になることをひたすら祈った。

さて、今朝起きて、ホテルの窓の外を見ると、晴れ間がのぞいている。

(ああ…やはり登山をするのだな)

貸し切りのタクシーに、巡検の参加者3人が乗り、目的の山の中腹にある駐車場でおりる。

「さあ、ここからいよいよ歩きます」

最初は、木陰の涼しさだとか吹く風の気持ちよさを感じて、これならハイキング気分で大丈夫だろうと思っていたが、だんだんと道が険しくなり、さらに足場も悪くなった。そもそも僕は、ガッチガチの扁平足なので長く歩くことにむいていないのだ。そのうえ、昨日のイベント用に革靴を履いてきちゃったものだから、それもあってさらに足が痛くなる。

極度の運動不足なので息も上がり、周りを見る余裕もなくなった。

僕以外の2人は、僕とほぼ同い年でありながら、じつに健脚である。僕はだんだん、自分がダメ人間のように思えてきた。

しかし僕は、もともとが満身創痍なのだ。この満身創痍ぶりをいくら伝えようとしても、たぶんだれにも理解されないだろう。

考えてみれば、頂上に登るのだから、いくらなだらかといっても、ある程度山道を登るわけだ、というか、ぜんぜんなだらかではなかった。

やっとの思いで山頂に着き、そこから反対側の斜面を降りていって、そこで待ち構えていた貸し切りのタクシーに乗った。タクシーの中は、天国のような涼しさだった。

時間を見ると、お昼の12時になっている。9時半頃に登りはじめたから、2時間半も登山をしていたことになる。しかも革靴で。

当然汗かきの僕は、全身ずぶ濡れのような状態になった。

「昼食のあとは、街なかを見てまわるだけですから問題ないです」

と言われたが、貸し切りのタクシーに乗ったかと思ったら降り、のくり返しで、しかも午後になると気温が上がり直射日光を受けるので、木陰を歩く山道よりもある意味キツい。

「ここからちょっと歩くだけですから」

と言われたが、その「ちょっと」も、塵も積もれば山となる、で、日差しの強い中を、かなり歩くことになった。

考えてみたら、座って休んだのが、昼食のために入ったうどん屋さんのときと、貸し切りのタクシーに乗っているときだけである。

キツそうに歩いていると、ほかの人たちに「かわいそうな目」で見られるし、つくづく、自分がイヤになった。

ということで、やっぱり無事じゃなく終わりましたが、台風の影響もなく、予定通り夜の飛行機に乗って無事に帰ってきました。

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無事に終わりました

9月3日(土)

朝、泊まっているホテルから会場に向かう。午後からお客さんを入れるイベントがあり、僕がそこで50分ほど基調講演することになっている。

他にも何人かが発表を行い、最後に全員が登壇して、パネルディスカッションを行う。

コロナ禍では、2020年以降、講演会はオンラインでしかしてこなかったが、こうして実際に聴衆を前にして話をするのは、ほんとうに久しぶりである。

とくに、僕が基調講演をして、ほかの人も喋って、最後に全員が登壇する、という形式のイベントは、2017年10月以来である。

無事じゃなく終わりました

この種のイベントは、いつも不安である。

それは、僕の体調がもつかという問題と、僕みたいな人間が基調講演などというエラそうなことをしてよいのかという根本的な疑問にいつも苛まれているからである。

いつもそれで、前日は自己嫌悪に陥り、寝付きが悪くなる。

その上、天気は不安定である。台風の影響なのか、前線の影響なのか、雨が降ったりやんだりしている。

さて今朝、窓から空を見上げると、雲は厚いが、どうやら雨は降っていないらしい。

〔これは天気がもちそうかな?〕

しかし、ホテルを出て、電車に乗って会場に向かう途中で、大雨が降り出した。ヒクほどの大雨である。

目的地の駅を降りたときには、大雨はさらに強まっていた。駅から会場までは、歩いて5,6分のところなのだが、その時間を歩くだけでもずぶ濡れである。

こんな大雨の日に、わざわざ会場に足を運ぶお客さんなんぞいるのだろうか?僕はますます不安になってきた。なにしろ、事前申込制ではないので、当日、どのくらいの人が来るのかが読めないのだ。

しかし幸いにして、午前中に控え室で打合せをしている間に、先ほどまでの大雨がやんだ。

イベントの始まる10分前に会場に入ると、僕が想像していたよりも、お客さんが入っている。あとで聞いたところでは、100名ほどのお客さんが聴きに来たそうだ。

さあ、いよいよイベントの開始である。

驚いたのは、僕を含めて、他の方々全員が、与えられた時間を時間を正確に守ったことである。通常は、話しているうちに、自分の持ち時間をオーバーしてしまうことがよくあるのだが、というか、僕はいつも持ち時間をオーバーしてしまう傾向にあるのだが、このイベントでは、登壇した全員が、持ち時間を正確に守って喋ったのだ。こんなpunctualなイベントは、僕自身も経験したことがなかった。

そしてイベントは、きっちりと予定の時間に終わった。イベント全体の中身も、いま流行の言葉で言えば、いい感じで「グルーヴ」していた。

準備段階から、いろいろと気を揉んでいたと思われるイベントの主催者は、終わった後に、

「久しぶりに楽しく仕事ができました」

と安堵の表情を浮かべていた。主催者に喜んでもらうのが、いちばんうれしい。

というわけで、今回は無事に終わりました。めでたしめでたし。

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