旅行・地域

オーバーツーリズムにもほどがある

5月29日(水)

昨晩は、新幹線で2時間半かかる駅で降り、そこから地下鉄に乗りかえて、夜9時過ぎに目的の宿泊先に着いた。

今日は朝から山の上のお寺で用務がある。

つい最近、宿泊している場所から山の上のお寺まで路線バスが開通したというので、それを利用することにした。

すでに先行して現地している同僚から、

「路線バスは、平日でも混雑していますので注意してください」

とメールが来た。その同僚はその用務先には何度となく通っているので、そのへんの事情に詳しい。

「わかりました。早め早めの行動をとります」

といって、朝、少し早めにホテルを出てバスの停留所に行くと、すでに長蛇の列である。

(舐めてたなあ、まさかこんなに乗客がいるとは)

そのお寺は交通が不便な場所にあるので、そんなに観光客が来ることもないだろうと高をくくっていたのだが、バス停に並んでいる人たちのほとんどは、どうやら外国人観光客である。

(これがオーバーツーリズムというやつか…)

やがてバスが来たのだが、当然僕は座ることができない。あっという間にバスは乗客で溢れかえった。

40分ほど文字通りバスに揺られ、目的地のバス停に到着した。バス停には同僚が迎えに来ていた。

「やあ、アドバイスをもらったのに、ちょっと舐めてました」

「すごい人数の観光客でしょう」

「ええ、それも外国人観光客ばかり。どうしてこんなに人気なんですか?」

そこは、春は桜、秋は紅葉で有名だし、それ以外の季節にもさまざまな花が楽しめるところなので、観光に十分なところであることはわかる。それにしても、外国人観光客は、言ってみればこんなマイナーな場所にどうして我も我もと訪れるのだろう?

「SNSで海外のインフルエンサーが紹介したら、バズったみたいですよ」

なるほど。そういうことか。

もちろんそれには、お寺側の努力もあったはずである。ご挨拶した副住職は僕よりも若く、なかなかやり手のようだった。いろいろなことを仕掛けたおかげで、観光客はV字回復どころか、そのまま右肩上がりで増えていったのだろう。

無事に用務が終わり、帰りはタクシーで山を下りたのだが、路線バスとは打って変わってじつに快適である。

とはいえ、午後になると薬の副作用で足が痛み始め、痛みをこらえながら移動しなければならなくなった。最後の方は、足を一歩一歩前に出すことじたいが億劫となり、倦怠感も手伝って、極端に歩みがのろくなった。本当になんとかならんものか。

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気安く頼まれる人

5月18日(土)

いつもは車で出勤するのだが、今日は電車で出勤した。雨が降っていてコンディションは最悪である。

午前中に職場で会議をして、会議が終わるとすぐに別の打合せをし、短い昼食休憩をはさんで2つの打合せをし、終わり次第職場を出て東京駅に向かい、夕方の新幹線で西に向かい、2時間半以上かかって宿泊先に到着した。明日は朝から初めての場所で用務である。用務は明日1日のみで、終わったら新幹線で帰宅し、明日は午前から都内で用務である。

むかしはよくこういうアクロバティックな出張をしたが、病気をしたり年齢を重ねたりすると、すっかりその体力がなくなり、移動するだけで疲れてしまう。

しかも今日だけで5つくらい、新しい仕事を頼まれた。職場のボス、先輩の同僚、出版社から2つ、見知らぬところから問い合わせ1件。いずれも面倒なものばかりである。

僕に頼めばなんとかなると思っているのだろうが、それは買いかぶりすぎである。それにヒマだと思われているのかもしれないが、こう見えて地味に忙しいのだ。

そういえばこの出張も、気安く頼まれたんだった。

 

 

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気分はピン芸人

5月25日(土)

新幹線で北に向かう。

僕の師匠にあたる方が講演会をするというので、日帰りで聴きに行くことにしたのである。というよりも、その講演会は僕が何かとお世話になっている方が企画したもので、ある日「ぜひ講演会においでください」というメールが来たので、日ごろの恩返しのつもりで行くことにしたのである。

幸いにも天気がよかった。

会場に早めに着くと、たちどころに何人もの知り合いに会う。

以前一緒に仕事をした若い担当職員の方が、

「ご無沙汰しております」

とやってきた。さらに若い職員を連れている。

「この4月からうちの職場に来た新人職員です」

名刺を交換しようとすると、

「あのぅ…実は昨年まで学生をしておりまして、昨年8月の研修に参加した者です」

「あ、あのときの!?」

「ええ。その節は大変お世話になりました」

「あのときは炎天下の中を歩きましたよねえ」

「ええ、暑かったです」

「ここに就職されたんですか」

「ええ」

なんと世間は狭いことか。

そんな会話をしていたら、この講演会を企画した方がいらして、

「お昼はすませましたか?」

「いえ、これからです」

「では昼食後に講師控室にいらしてください。教育長と部長もいらっしゃいますので」

「でも、僕は講師ではありませんよ」

「日ごろからお世話になっておりますのでぜひ」

なぜか僕は講師でもないのに講師控室に通された。もちろんそこには師匠もいて、もっぱら僕は師匠の話を黙って聞く役割だった。

しばらくの間、手持ち無沙汰で講師控室にいると、

「リハーサルをしますので、ホールにお越しください」

と、スタッフが呼びに来た。別にコンサートではないのだからリハーサルというのもおかしな話だが、パワーポイントの動作確認とか、レーザーポインターの使い方とか、マイクの調子を確認するための準備をするらしい。

「鬼瓦先生もご一緒にどうぞ」

だから俺は講師でも何でもないんだって!たんなる客なんだぞ!と思いながら、開場前のホールに入って、なぜかリハーサルに立ち会うことになった。

やがて開場の時間になると、次から次へとお客さんが入ってきて、700人ほど入るホールはほとんど一杯になった。

そしていよいよ開演。

若い頃は責任感なく講演会を聴きに行ったりしていたが、自分が講演会の講師を頻繁にするような立場になってしまったいまでは、登壇する演者の気持ちになり、講演会を冷静に聞くことができなくなってしまった。

じつに久しぶりに師匠の講演を聴いたが、ヒヤヒヤのし通しだった。

講演会は、いってみればピン芸である。だからピン芸人の気持ちが、少しだけわかる。こんなふうに、ヒヤヒヤし通しなんだろう。

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飛行機災難

3月30日(土)

今年度最後の出張である。

昨日の夕方に羽田空港を発ったのだが、羽田空港が飛行機の大渋滞で、搭乗してから30分以上も離陸しなかった。

「ただいま、滑走路が渋滞しておりまして、管制塔から離陸の指示が出ておりません」

というアナウンスが繰り返されていた。

これと同じようなこと、どこかで体験したことがあるなあと思い出してみると、15年以上前に中国に旅行に行った時、飛行機に乗ったはいいが、待てど暮らせど離陸しないということがあったことを何となく思い出した。日ごろ定時運航に慣れていた僕にとっては、国が違えば事情が違うのだろうと、さして腹を立てることもなかった。

しかし今回は少し腹が立ってきた。滑走路が渋滞することがわかっているのなら、もう少し対策はとれるんじゃないか?と。もともと、そういうスケジュールを立てた時点で机上の空論だったのだ。

幸い、昨晩は移動が目的でとくに用務もなかったから別にダメージを受けることもなかった。

そして今日が用務の日である。午後から3時間の会合に出席することが、その用務なのだが、午前中はチェックアウトギリギリまで原稿を書くことにし、その後用務先に行って、3時間の会合に出席した。

用務が終わればまた帰途につくわけだが、僕は余裕をみて、19時30分に出発する飛行機を予約しておいた。会合は予定通りの時間で終わり、空港には比較的余裕を持って到着することができた。

お土産を買ったり食事をとったりして時間を潰し、保安検査場を通過して搭乗口に向うと、出発時間が変更されていた。19時30分ではなく、20時10分に変わっていたのである。

おいおい、40分も遅れるのかよ!

空港内のアナウンスでは、使用機の到着が遅れているためと説明していた。しかし注意深く聞いてみると、遅れているのは僕が乗る便だけでなく、ほかのほとんどすべての便が、使用機の到着が遅れるため、ほぼすべての飛行機が出発時間を遅らせるという措置をとっているようであった。

週末だから仕方がないのかもしれないが、僕の記憶ではこれまで定時運航を宗としていたこの国の誇りは、どこに行ってしまったのだろう?そして遅れたからといって、申し訳ないという様子もさほどみられないのである。

いや、別にそれはどうでもいいのだが、これって意外と深刻なことなんじゃないかと思えてきた。だって明らかに仕事が回ってないということでしょう?これからこの国は、こういうことが常態化する国になるのは間違いない。これから改善されてよい方向に向かうということは、到底考えられないからである。

むかしは、「外国(とくに開発途上国)の飛行機は平気で遅れたりするから困る」などと無責任に言ったりしたこともあったと思うが、その言葉はいま、この国に向けられている。人手不足で仕事がたいへんで、回らないんだったら回らないでいいから、先進国の看板を下ろした方がよい。

そんなことは言っても仕方がない。それよりもさらに悲惨なことがあった。

遅れて到着した飛行機に乗り込み、いつものように荷物を上の棚に収納し、ようやく飛行機が離陸した。

羽田空港に着陸して、シートベルトのランプも消え、さあ、荷物を上の棚から取り出そうと座席から立ち、背伸びして上の棚を開けようとしたら、

ズルズルズルっ!!!

と、僕のズボンが床のところまでずり落ちてしまった!

まるでコントみたいな話である。おそらく、ズボンのベルトを「甘締め」していて、背伸びをした時に自然とお腹が引っ込んでしまったため、ズボンがずり落ちてしまったのだろう。

もう最悪だ。満座の席でズボンがずり落ちたのだから。

しかし幸いなことに、ズボンの下はパンツではなく、黒いズボン下を穿いていたため、誰にも気づかれずに済んだ。僕は何事もなかったかのように、ズボンを腰の位置まで戻し、事なきを得た。

バレてなくてほんとうによかった。というか災難だらけだ!

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何かを落とす音

3月29日(金)

飛行機に乗って北の町に向かう。夕方に羽田空港を離陸し、夜に北の町に到着。明日は会合に参加して、終わったらすぐにまた飛行機に乗って帰途につく、という弾丸出張である。せっかく来たのにもったいない。この地域をゆっくりと見て回る機会は訪れるのだろうか。

それはともかく。

僕はあることに強烈な不快感を覚えることに、いまになって気づいた。

それは、「乗り物のなかで物を落とす音を聞くこと」である。

バスとか電車とか飛行機とか、公共交通機関の乗り物のなかで、床に物を落とすってことは、よくあるでしょう。スマホ然り、ペットボトル然り。

床に「ガタン」という音がすると、僕の心はどんよりするのである。

乗り物の床に落とすと、決まってその音が大きく響く。その突然の音にびっくりしてイヤな気持ちになる、ということもそうなのだが、それ以上に、狭い車内でそれを拾わなければいけない行為を想像して、イヤな気分になるのである。

「誰か」が物を落としたということは、当然、その「誰か」つまり当事者が拾うことになるのだが、バスにしろ電車にしろ飛行機にしろ、座席がひどく狭く作られていて、座席と座席の間にうっかり落としたりすると、拾うのが厄介である。まわりの人に「すみません、すみません」と恐縮しながら、身体がつるんじゃないかという格好で落とした物を拾おうとする、という光景まで想像してしまうのである。

(落とした人はたいへんだなあ。このあと、窮屈な状態で拾うという苦行が待っているのか…)

と、悲しい気持ちになる。

もちろんこんなことを言っている僕も物を落とすことがあり、そのたびに身をかがめて拾うのが何よりも苦痛である。おそらく自分に置き換えて考えてみた結果、あの音を聞くと反射的に苦痛に感じるのだろう。

ということは、若い人はあの音を聞いてもさして苦痛にはならないということか。年を重ねれば重ねるほどあの音を聞くのが苦痛になる、というのがいまの僕の仮説。

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閉会挨拶

3月24日(日)

何度でも書くが、年度末の週末はほとんど仕事で埋まってしまう。

いろいろなプロジェクトが、年度末に駆け込みで会合を行うためである。いくつものプロジェクトを掛け持ちしていることが仇になって、首が回らなくなる。自業自得とはこのことである。

今日は北関東の中核都市で会合があったのだが、僕はそこで「閉会の挨拶」をしなければならなかった。そういう役回りなので仕方がない。

会合でのお話を気を抜くことなく聞き、それをふまえて10分弱の閉会の挨拶をしなければならない。つまりいってみればちょっとしたコメントであり、あらかじめ台本が用意できないのである。

もちろん台本をあらかじめ用意してどんな内容の会合であっても変わらない挨拶をすることも可能なのだろうが、そんなものは僕だってつまらない。登壇者のお話を聞いた内容を織り交ぜながら挨拶をその場で考えたいのである。落語の三題噺みたいなものである。

一生懸命登壇者のお話を聞きながら、メモをとってみたのだが、これを10分以内にどのようにまとめたらいいかがむずかしい。

結局、ノープランのまま喋ることにした。もちろんメモは手元で参照していたが、結果的に、自分が漠然と思い描いていた話の流れとは異なる挨拶となった。しかもそれが不思議なことに自然に口をついて出てくる。まあそれでも破綻なくまとめたのでよしとしよう。

それもこれも、さんざんラジオを聴いているおかげだろうと、僕はラジオに感謝した。

そのあとの懇親会は、完全アウェイだったので出たくなかったが、立場上、参加しなければならない。あいかわらず僕は最後まで取り残されていた。

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フェスデビュー!

3月17日(日)

在来線と新幹線と地下鉄を乗り継ぐこと3時間半。フェス会場に着いた。

ちょっと高をくくっていた。新幹線に乗っている時間は1時間半くらいなので、朝はゆっくり出ても大丈夫かなと思ったが、新幹線を降りてから地下鉄を2つ乗り継いで、開演の10分前くらいに着いたのである。

会場は異様な熱気を帯びていた。とくにテンションが高かったのはフェスの主催者である。

「さあ、これからフェスが始まるわけですが、みんなでカウントダウンしたいと思います。で、「5、4、3、2、1」となったら、みなさん、右手の拳をあげて『ヤア!』と叫んでください。じゃ、いまから練習しますよ、はい、まずはステージから見て左半分の人!」

いきなり練習が始まった。

「5、4、3、2、1、はい!」

「ヤア!」

おいおい、いったい俺は何をやらされているんだ?アントニオ猪木じゃないんだから。

練習が終わり、いよいよ本番である。

「さ、始まりますよ、いいですかみなさん!5、4、3、2、1」

「ヤア!」

パチパチパチパチ、という拍手とともに、パーティー用とおぼしきクラッカーがパン、パン、パンといくつも鳴って、なかから紙テープや紙吹雪が飛び出した。

「いやー、なかなかフェスらしくなってまいりました!」

と主催者は言っていたが、フェスってこういう感じなのだろうかと、今回がフェスデビューである僕はちょっと首をかしげてしまった。

このフェスは、プライベートで参加したのではなく、ある用務のために参加したのである。会場には、同じ用務で参加したOさんとSさんもいた。今回の目的は、このフェスへの参加と、4月から新たに始まるプロジェクトの今後について、OさんやSさんと打合せをする、という2つである。

フェスの雰囲気は、だいたい前半だけでわかったので、後半はフェスの会場の端っこで、OさんやSさんともう一つの用務である「打合せ」を行った。

そしたら、Sさんのスマホに電話がかかってきた。やはり同じプロジェクトのメンバーであるKさんからである。

Kさんは、同じプロジェクトの3人が集まっているとは知らずに電話をかけてきたのだが、はからずもそこでさらなる打合せができた。あいかわらず引きが強いねえ。

19時近くになってフェスも終わり、参加者が帰る時間となった。打合せが思いのほか充実したので、来た甲斐があった。

しかしフェスっていったい何だろう?というか、フェスって言いたいだけなんじゃないのか?

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ハードな3泊4日

3月3日(日)

あまりに疲れたので、今日は完全休養日。ほんとうは書かなければならない書類や提出を過ぎた原稿直しなど、やるべきことがたまっているのだが、疲れていてやる気が起きない。

2月28日(水)~3月2日(土)の出張は、長時間の移動もあり、本当に疲れた。このときの予定を書くと、

2月28日(水)

5時間ほどかけて用務地のホテルに移動。

2月29日(木)

9時~17時 用務

18時~20時30分 懇親会

3月1日(金)

9時~11時30分

ホテルから車にてこの日の用務地に移動。車中で10時~10時30分まで、職場のオンライン会議に出席。その後昼食。

12時30分~15時 用務

15時~17時30分 ホテルまで移動。

18時~19時 ホテルの部屋で、外部委員をしているオンライン会議に出席

19時~20時30分 懇親会

3月2日(土)

9時~13時

用務地から東京駅まで移動

14時~18時

都内某所で、あるプロジェクトの会合に出席。

20時過ぎ

帰宅

体力がすっかり落ちてしまった私からしたら、なかなかハードなスケジュールで、日ごろ痛めている足の裏の皮膚が、さらに痛くなった。

帰りの新幹線では3列シートの窓側に座ったのだが、隣の席、すなわち3列シートの真ん中に座った老婆が、控えめに言って下品な感じの人だった。

途中から乗ってきたのだが、小さい紙袋の中に、個包装のマスクやらウェットティッシュが大量に入っていて、それ以外に特に荷物のようなものがない。頻繁にマスクを変えたりウェットティッシュで手を拭いたりするのだが、そのたびに個包装している袋を座席の下に捨てる。それだけでなく、コンビニで買ったサンドイッチを食べたあと、その包装しているビニールも床に捨てるのである。床はたちまちゴミだらけになった。

僕が不審な顔をしていると、「大丈夫、大丈夫」と言って、とくに床から拾い上げるというようなこともしない。もちろん僕だって、そんな他人のゴミにふれるのはイヤである。

まったく、衛生に気をつけているのか不衛生なのかわからない。

だんだん僕も気持ち悪くなり、ここにいると具合が悪くなると思い、途中、席が空いてきた時を見計らって別の席に移動した。

東京駅に着いたあと、気になってその老婆が座っている席をのぞいたら、老婆はゴミを片づけることがなく、床にはゴミが散乱していた。

まったく不可解な出来事であった。

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手編みの毛糸の靴下

3月1日(金)

泊まっているホテルから2時間ほどかかる場所が、今日の用務先である。朝9時にホテルを出発する。

「今年は雪が少ないですね」

「なにしろ路面が見えていますからね。この時期に路面が見えているなんてことは、例年はありません」

「恐るべき温暖化ですな」

「今日は4度ですよ。この季節にしては暖かいです」

…てな会話をしながら、車は凍てつく日本海へと向かう。

(そういえば、今日の10時から職場のオンライン会議があったんだった)

いちおう出張ということで、会議には参加できないと伝えたのだが、移動中の車中では、特に何もすることがないので、スマホでZoom会議に参加することにした。

(おれはいったいこの場所まできて、何をやっているのだろう?)

最果ての地、といっても過言ではない場所である。

車が目的地に着く前に、オンライン会議は終了した。

昼食を済ませたあと、用務先に到着した。用務先の主人は気のいい女性の方だった。

「建物の中は暖房が使えないので、これを履いてください」

と人数分渡されたのが、毛糸で編んだ、スリッパみたいな靴下だった。

建物の中は畳の部屋なので、土足厳禁である。靴を脱いで、靴下だけの状態では冷えるということで、わざわざ手編みの毛糸の靴下を準備しておいてくれたのである。

大丈夫ですよ、と言ってみたが、いやいや絶対に冷えますからどうぞ履いてくださいという。

言われるがままに手編みの毛糸の靴下を、靴下の上から履いて、建物の中を調査する。

靴下の上に履くことを想定して、大きめに作ってあるのだが、ほんとうにこの毛糸の靴下が効果があるのか、半信半疑だった。

別の建物に移動することになったので、もういいだろうと思って、全員が毛糸の靴下を脱いで、やはり暖房のない畳の部屋に入る。

しばらくすると、足もとが凍りそうに冷えてきた。

あの毛糸の靴下、気休めなんじゃないだろうかと思って半信半疑で履いていたが、履くのと履かないのとでは、こんなに体感温度が変わるものなのかと驚いた。

また別の建物に移動するときに、「やっぱり履きます」と、全員がもう一度毛糸の靴下を履いて畳の部屋に入った。

するとやはり全然足が冷えない!

恐るべし、手編みの毛糸の靴下である。

「疲れ切った足もとから、すべて凍りつくしても」

という樋口了一さんの「1/6の夢旅人」の歌詞は、本当だったんだな。

「この手編みの毛糸は、近所のボランティアの人たちが編んでくれて、お客さんが来るたびに履いてもらっているのです」

とこの建物の主人は言った。その話がますます足を暖かくした。

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荷造り狂騒曲

2月28日(水)

新幹線と在来線を乗り継いで、家から5時間ほどかけて、目的地の「北の町」に到着する。

3泊4日の用務である。しかも、完全にアウェイな出張なので、荷造りに苦労した。

出張が面倒くさいのは、荷造りにあるといっても過言ではない。ただ手ぶらで用務地に行って、その場で会合に参加したりする出張もなくはないのだが、今回は未知の用務なので、何が起こるかわからない。そういうときの荷造りはたいへんだ。

まず防寒対策。屋外での用務もあるということで、どのていど着込んでいったらいいのかを見極めるのが難しい。あんまり厚着する準備ばかりしてしまうと、荷物が重たくなる。

次に薬。いまの僕にはこれが一番大事なのだが、3泊4日の間に飲む薬の分量を、過不足なく準備しなければならない。いまの僕のいちばん大切な仕事というのは、毎日午前中に何種類かの薬を飲むことなのだ。しかも服用に時間差があったりする。とにかくそれを怠ってはならない。薬を飲み終えれば、もうその日の仕事が終わったといっても過言ではない。

そして資料類。おおよそ予想される作業にともなって資料を用意しておく必要がある。

充電器類も忘れずにもっていかなければならない。

あとは本。旅のお供に読む本として何を選ぶかも、荷造りにおいて重要な要素である。これをはずすと、長時間の移動を棒に振ることになる。

…といった感じで、昨晩時間をかけて荷造りをし、さらに翌日も出発間際まで荷造りした中身を再検討し、ようやく出発である。はたして今回の荷造りは吉と出るか?凶と出るか?

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