11月3日(水)
郊外の町に、「Dream Library」と呼ばれる場所があることを知ったのは、昨年冬のことである。
僕はそのとき、職場の業務のために訪れたのだが、実際に現地の建物の前に立ってみると、想像していたのとは異なり、小さなビルの一室が、そのスペースだったことに、まずは驚いた。
(これがDream Libraryなのか…?)
つまり正直なことをいえば、「言うに事欠いてDream Libraryだなんて…」というのが第一印象だったのである。
しかし、その小さな一室の扉を開けて、中に入ったとき、その第一印象が間違っていたことに気づいた。
(やはりここはDream Libraryだ!)
もう少し正確に言うと、僕の業務は、一瞬で終わるものだったのだが、その部屋を管理している管理人の方の説明を聞いているうちに、
(これはまぎれもなくDream Libraryだ!)
という思いを強くしたのである。
本来の目的である業務は5分程度で終わったのだが、その後に管理人の方が、この施設について説明してくれた内容が飛び抜けて面白く、つい1時間ほど長居をしてしまったほどである。
訪れたのが夕方の遅い時間だったこともあり、
「また今度、あらためてうかがいます」
と言って、後ろ髪を引かれるようにその場所を後にした。
しかしさて、そうは言ってみたものの、再訪する機会などはたしてあるのだろうか、と思っていたら、意外と早くその機会は訪れることになった。いま職場で行っている、あるプロジェクトを進めていく上で、「Dream Library」の助けを借りる必要があるのではないか、ということに思い至り、プロジェクトを一緒に進めているメンバーに、
「以前業務で訪れたDream Libraryという場所が、このプロジェクトを進めていく上でかなり参考になると思いますよ」
と提案したところ、それは面白そうなので、新型コロナウイルスの感染状況も落ち着いたことだし、行ってみましょう、ということになったのである。今回は総勢4人である。
小さなビルの2階の一室、扉の呼び鈴を鳴らすと、以前にお会いした管理人の方が出迎えてくれた。管理人は、僕の顔を見ても覚えていないようだったので、
「昨年、うちの職場の業務でここに訪れた者です。今回は、別のプロジェクトでこちらに参りました」
「そうでしたか。ささ、中へどうぞ」
まだほかの3人は来ておらず、僕が一番乗りだった。
僕は、今回の訪問の目的を伝え、いまこういうプロジェクトを進めているのですが、進めていくうちに、ヒントになるような本がここにあるのではないかと思い、今回、おたずねした次第です、こういったことや、ああいったことを知りたいのです、と矢継ぎ早に質問をすると、
「ああ、それはこれこれですね。…ありますよ」
「あるんですか?では、こういったことも知りたいんですが、それに関するものはありますか?」
「それもありますよ」
「あるんですか!?」
むかし、検事を主人公にしたドラマで、主人公がバーのマスターにどんなに無茶な注文をしても、そのマスターが、
「あるよ」
と言って注文された料理やお酒を出す、という場面が有名になったけど、そんな感じなのだ。
やがて、プロジェクト仲間の3人が遅れてやってきた。
管理人は、その3人にも丁寧な説明をすると、たちまち3人もその「管理人ワールド」の中に引き込まれた。
説明を聞いているうちに、3人それぞれ、自分の中からいくつもの質問がわき上がってきたようで、矢継ぎ早にいろいろと質問をすると、管理人はそれに全部答えてくれるばかりか、
「それに関係するものもありますよ」
と言う。あるんかい!と心の中でツッコんだ。
僕は最初、今回の訪問は、それほど時間がかからないだろう、と高をくくっていたのだが、さにあらず、結局、その一室にこもりっきりで、5時間以上過ごすことになった。管理人が、こちらの期待以上の本を次々と出してくれるのだ。
途中、プロジェクト仲間の一人が、隣にいる僕に小声で僕に聞いた。
「あの方、いったい何者なんでしょうね」
「さあ、僕もよく知りませんが、とにかくどんな質問にも答えてくれるんですよ」
「そうですよねぇ。すごいなぁ」
職業柄これまでいろいろな「変わり者」を見てきたであろうその人も、管理人のあまりの博覧強記ぶりに、驚いた様子だった。
1時から始まった調査が、あっというまに午後6時を過ぎ、それでも終わらなかったのだが、いよいよ失礼しなければならない。
「今回の訪問だけでは見切れませんでしたので、またあらためてうかがいます」
「いつでもどうぞ。お待ちしております」
この狭い一室が、まるで底なしの沼のような無限の空間のように思えた。
やはりここは、Dream Libraryなのである。
最近のコメント