映画・テレビ

これでも映画か?

大林宣彦監督の遺作「海辺の映画館 キネマの玉手箱」は、これまでの大林作品の清濁をすべて併せ呑んだような映画である。

清濁の「濁」のほうについてみると。

映画の中で、「男装の麗人」といわれた川島芳子が登場する場面がある。川島芳子に好意を持つ男性が、川島芳子にピストルで殺されるというところで、「好きです、芳子さん」というセリフが入る。これって、明らかに林家三平の「好きです(ヨシコさん)」の歌のパロディーだよね。

僕は見ていて、「ここでパロディー?」と、正直言って面食らったのであるが、これはたぶん、映画「金田一耕助の冒険」に通じる、監督のパロディー精神からきたものだと思う。

映画「金田一耕助の冒険」は、大林作品の中でも、賛否両論がある作品である。そもそも、当時のキャッチコピーが「これでも映画か?」とあるほど、はっきり言ってふざけた作品だった。

映画の中では、ありとあらゆるパロディーが炸裂する。もともと大林監督はテレビCMの演出をやってこられたので、映画の中で、そのパロディーを縦横無尽に駆使したのである。

結果、怪作というか、珍作ともいうべき映画が完成した。おそらく金田一映画ファンには噴飯物だったろうと思うが、なんともエネルギーに満ちあふれた映画である。

僕は「好きです、芳子さん」のセリフを聞いて、「金田一耕助の冒険」のパロディー精神を思い出したのである。

もう一つ、「海辺の映画館 キネマの玉手箱」では、ミュージカルシーンが登場する。

これも唐突で、面食らう場面だと思うのだが、これは映画「漂流教室」を彷彿とさせる。大林宣彦監督の映画で、劇中にミュージカルシーンが登場するのは、おそらく「漂流教室」だけだったと思う。

で、映画「漂流教室」は、大林作品の中でも、ほとんど封印されているといってもいいほどの珍作である。僕は大林監督ファンであると同時に楳図かずおファンなのだが、さすがにこの映画には戸惑いを抱かざるを得なかった。

のちに聞くところでは、映画の制作会社といろいろとトラブルがあり、開き直ってああいう作品になったのだということのようだった。

僕にとって、大林映画の中の「珍作3部作」は、「金田一耕助の冒険」「ねらわれた学園」「漂流教室」なのだが、「海辺の映画館 キネマの玉手箱」の中には、大林映画の「濁」の部分ともいうべき映画までをも取り入れ、文字通りの集大成になっているのである。

「キネマの玉手箱」の「玉手箱」という意味は、そういうことなのだろうと思う。

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CODA

東日本大震災以後の坂本龍一の音楽と人生に迫ったドキュメンタリー映画「CODA」(2017年、監督:スティーブン・ノムラ・シブル)は、震災や反原発運動などと関わって取り上げられることが多いが、僕にとっては、大病を克服した坂本龍一の「老い」をテーマにしたドキュメンタリー映画である。

映画の中では、若い頃、それこそ、YMOのワールドツアーの頃や、「戦メリ」の頃の映像が登場するが、若い頃の「戦メリ」のテンポは、今の坂本龍一がピアノで奏でる「戦メリ」とはまるで違う。明らかに今の方がテンポが落ちているのである。

ピアノを弾いている後ろ姿に、老境にさしかかった坂本龍一の、ある種の境地、といったようなものが感じられる。

しかしそれは決して悲壮感漂うものではなく、むしろ老いるとはどういうことか、老いてどう生きるべきかについて、考えさせられる。

映画の中で、坂本龍一は、こんなエピソードを紹介している。

ベルナルド・ベルトリッチ監督の映画「シェルタリングスカイ」(日本公開1991年)の劇伴の音楽を、いままさにレコーディングしようとしていたときのこと。

40人ほどのオーケストラを前にリハーサルをしていたら、ベルトリッチ監督が、

「そのテーマ曲、気に入らないから、今すぐ書き直してくれ」

という。

「ちょっと待ってよ。これからレコーディングをやるんだよ」

いくら何でもそれは無理だよ、と坂本龍一が言うと、

「あ、そう。でもエンニオ・モリコーネはやってくれたよ」

と返され、「モリコーネがやったんだったら俺も」と、30分ほどでテーマ曲を全然違うものに書き直し、レコーディングしたという。

「それがまた、いい曲に仕上がったんだ」

ここまでが、この映画で語っていたこと。この話は、以前にも聞いたことがある。

この話には、後日談があることを思い出した。1994年に坂本龍一のソロアルバム「スイートリベンジ」が発売された頃に、坂本龍一が語っていたことである。

最初に書いた「シェルタリングスカイ」のテーマ曲が没になったことがあまりに悔しくて、自分のソロアルバムに収録することにした。それが「スイートリベンジ」という曲である。タイトルを「スイートリベンジ」としたのは、ベルナルド・ベルトリッチ監督に対するささやかな復讐の意味を込めたからだ、と語っていたことを思い出したのである。

で、この「スイートリベンジ」も、かなりいい曲なのだが、これを没にすると決断したベルトリッチ監督も、それをまったく違う曲に書き換えてベルトリッチ監督を満足させた坂本龍一も、なんかすげープロ意識だよなあと、そのときに思ったのだった。

だんだん思い出してきた。

アルバム「スイートリベンジ」の発売に合わせておこなわれた、武道館のコンサートに行った。1994年だから、まだ20代半ばくらいの頃のことである。

そのとき、高野寛がゲスト出演していて、「夢の中で会えるでしょう」を歌い、会場はえらく盛り上がった。そりゃそうだ、「スイートリベンジ」に収録されている楽曲の多くは、インストゥルメンタルなのだから。

高野寛が歌い終わったあと、坂本龍一が、

「僕の曲よりも盛り上がってる…」

とぼやいていたことを思い出した。

この機会に書いておくと、森友学園問題で政治家や官僚に翻弄され、自死した近畿財務局の職員・赤木俊夫さんが、坂本龍一の熱烈なファンだったという。妻の赤木雅子さんとジャーナリストの相澤冬樹さんが書いた『私は真実は知りたい』(文藝春秋、2020年)の中に、赤木さんが坂本龍一について書いた文章が転載されている。実直な性格が表れた、坂本龍一愛にあふれた文章である。

あの文章は、教授に届いただろうか。

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もしイタ

3月12日(金)

今週も本当にいろいろなことがあったが、なんとか無事に金曜日を迎えた。

いつも書いているように、金曜日の夜は、TBSラジオ「アシタノカレッジ」の、武田砂鉄氏と澤田大樹記者のアフタートーク(YouTube配信)を聴いて、この1週間のことをクールダウンさせる。武田砂鉄氏が最後に必ず言う、

「来週もご無事でお過ごしください」

を聴いて来週の無事を祈り、そしてこの1週間がなんとか無事に終わったことに思いを致すことが習慣になっている。

今週のTBSラジオは「澤田大樹ウィーク」であった。

なんといっても、「アトロク」の「震災高校演劇特集」である。2年くらい前だったか、澤田大樹記者がプレゼンした「高校演劇特集」が神回と言われ、僕も当時それをラジオクラウドで聴いていて、鳥肌が立つというか、目から鱗が落ちるというか、高校演劇をまったく見たことがないのに、そんな感覚に陥ったのであった。

そして今回は、震災から10年経ったこともあり、震災をテーマにした高校演劇特集であった。

紹介された中で観てみたいと思ったのが、「もしイタ ~もしも高校野球の女子マネージャーが青森の「イタコ」を呼んだら~」である。

作・演出は高校演劇のレジェンドといわれる畑澤聖悟氏。演ずるは高校演劇の強豪校、青森中央高校の演劇部員たちである。

これも澤田大樹記者からの知識だが、高校野球はどちらかといえば西日本の高校が強く、「白河の関」を越えると、甲子園大会で優勝することは難しいとよく言われる。しかし高校演劇はそうではない。むしろ東日本の方が優勢で、とくに青森県は強豪校がそろっている。畑澤聖悟氏が顧問をつとめる青森中央高校は、高校演劇のエリート中のエリートである。

なかでも伝説的な演劇が、「もしイタ」なのだ。

…と偉そうに語っているが、つい最近、知ったことである。

「アトロク」で聴いた知識によれば、この作品は、東日本大震災の被災地応援のために作られ、2011年9月から各地で上演されたのだという。震災からわずか半年後である。

被災地をまわって上演するので、どんな場所でも上演できるように、大道具も、小道具も、照明も、音響も、何も使わない。高校生たちが身一つで現地に行き、演劇部員が、背景となる樹木やカラス、犬なども含めてすべてを演じる。劇中歌も彼らがその場で歌う。

舞台装置や照明や効果音や劇中音楽などに慣れてしまっている僕にとっては、ラジオを聴いているだけでは、どんなふうにそれを演じているのか、今ひとつイメージがつかめない。

この作品をすでに観ていたというTBSの日比麻音子アナウンサーは、この作品のすごさに感動したというのだが、立派なセットや照明や音響がなくても心を揺さぶる作品というのは、どういうものなのだろう、と、興味を持ったのである。

で、ちょうどいま、「震災高校演劇アーカイブ」というサイトで、2月11日~4月11日まで配信イベントをやっていて、そこで「もしイタ」が観られるというのだ。しかも、無料だというではないか。

さっそく観てみることにした。

舞台装置も音響も劇中歌も、すべて高校の演劇部員たちがやっていることに、まったく違和感を抱かせない。むしろその熱量に圧倒されて、その世界にどっぷりと浸れるのである。いや、これこそが、最もプリミティブで、根源的な演劇ではないだろうか。

こういうたとえをしていいのかわからないが、僕は大学生の時に見た映画「フィールド・オブ・ドリームス」をちょっと思い出した。

そして、観ていてもう一つ浮かんだ映画が、大林宣彦監督の映画「この空の花 長岡花火物語」である。

僕はハッと思い出した。大林監督の「この空の花」の中でも、劇中劇として、高校演劇が上演されていたではないか!そうか、「もしイタ」を観ていてこみ上げてくる感情、以前にどこかで経験しているなあと思っていたら、「この空の花」の劇中劇を観たときにこみ上げてきた感情と非常に近いものだったのである。

そういえば、あの一輪車の高校生たちは、実際には青森の高校生たちだった。主人公の高校生「元木花」を演じた猪俣南さんは、いまは青森放送のアナウンサーである。

何より、「この空の花」の脚本を書いたのは、「弘前劇場」主宰の長谷川孝治氏である。この人も青森の人。

「もしイタ」を作・演出した畑澤聖悟さんは、「弘前劇場」に所属していたこともあり、つまりこのあたりはみんなつながっているのだ。

そう考えると、あのなんともいえない感情がこみ上げてくる「この空の花」は、青森の高校演劇の風土を肌で感じている長谷川孝治氏ならではの脚本といえるのではないか。

そのことに、いまになって気づいたのである。

「この空の花」は、戦争を知らない高校生が戦争を描こうとした高校演劇作品としても、もっと評価されるべきである。

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寝だめカンタービレ

週末は、ほとんど寝たきり状態である。

少しでも散歩をすればよいのだが、薬の副作用のためか、少し歩くと足の裏がひどく炎症を起こしたりするし、お腹がゆるくなるので、歩いていて、いつもよおすかわからない。なのでトイレのアテのない散歩は危険きわまりないのである。まったく、面倒な身体である。

正岡子規の『仰臥漫録』の気持ちがよくわかる。

本当は週末の寝だめは、平日の仕事に差し支えることがあり、かえってよくないといわれているのだが、どうしたものか。

正月に録画しておいた、新海誠監督の映画「天気の子」を、ようやく見た。新海誠作品は、「君の名は。」に続く2本目である。

新海監督自身、「この映画は賛否が分かれるだろう」と言っていたそうである。映画を見たあと、宇多丸さんや町山さんの映画評をチェックしてみたが、僕自身が、この映画についてとやかく批評する力はまったくないし、感想と言っても、たいした感想を述べられるわけでもない。新宿の町のディテールが、すごくよく描かれているなあと、風景描写に感動したことだけは、言っておきたい。

いまでもそうだが、僕のまわりにも、いい年齢をして「私、雨女なんですよ」とか言う人がいたりする。「ほら、あの合宿の時も、私が合流したとたん、大雨が降ったでしょう、ハハハ」「そうですか」と言いながら、僕は、心の中で舌打ちをする。何年前の話だよ!それになんであんたが天気をあやつれるんだ?と。

しかし「雨女雨男晴れ女晴れ男」問題は、この国の社会に根強く存在する。それは土俗的信仰といってもよい。実際僕も10代のころは、さほど疑問もなくそんなことを受け入れていたのだ。

そんなところから、この映画が発想されたのだろうか?とも思う。たぶん違うと思うけど。

この年齢になって、この映画を見て感じたことをいくつかあげるとすれば、まず、地球温暖化問題である(この点は町山さんも指摘している)。東京が未曾有の大雨に見舞われる、という設定は、いままさに僕たちが直面していることである。映画の中では、雨により東京の地形が変わり、新しい生活様式を人々が受け入れざるを得なくなる様子を描いているのだが、それもまさに、いまコロナ禍で体験していることである。

二つめは、疑似家族である。16歳の主人公が都会の中でひっそりと暮らしている様子や、主人公をとりまく人たちが疑似家族を形成している様子は、是枝裕和監督の「誰も知らない」とか「万引き家族」を連想させる。これもまた現代的な問題である。

三つめは、先ほど述べた「晴れ女」問題である。主人公の帆高と、「天気の巫女」の陽菜は、自分たちが雨をやませる力を持っていると本気で思っている。しかしそれは、大人から見たら、まったくの荒唐無稽な話である。大人から見たら、「家出少年」と「保護が必要な少女」にしか見えないのだ。ただ、大人の中には、帆高と陽菜に共感をする人たちもいる。そういう三層構造になっている。

この点はどうだろう。たとえば都市伝説や陰謀論を、本気で信じている人と、それをまったく信じていない人と、その中間くらいの人、という、いままさに起こっている社会の分断の状況と、重なってくるのではないだろうか。

映画の本筋とはまったく関係のないことばかりだが、映画を見てこういうことしか思い浮かばない自分の感受性の劣化を、嘆くばかりである。

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挽歌考

録画しておいた香港映画「男たちの挽歌Ⅱ」を見た。「Ⅰ」は見ていない

以前にも書いたが、僕は「香港ノワール」というジャンルの映画を見たことがない。

いや、あるぞ!「インファナル・アフェア」は見たことある。「男たちの挽歌」が香港ノワールのハシリだとしたら、「インファナル・アフェア」はその完成形、という位置づけだろうか。

「男たちの挽歌」の原題は「英雄本色」。僕はこの邦題がとてもいいタイトルだと思うのだが、そう思った理由は、タイトルに「挽歌」がついているからだと思う。

よくよく考えてみれば、「挽歌」って、日常生活で使う言葉ではない。どちらかといえば古語である。もともと中国の古典に出てくる歌の分類の一つで、死者を葬る時に棺を挽(ひ)く者が謡う歌、葬送の歌、死を悲しむ歌を意味する。『万葉集』では、雑歌・相聞歌とともに3大部立の一つであり 、古今集以後の哀傷歌にあたる、と辞書には説明がある。

つまりほとんど死語といってもいいのだ。挽歌だけに。

いまで言ったら何だろう?鎮魂歌(レクイエム)か?だが「男たちの鎮魂歌(レクイエム)」よりも、やはり「挽歌」の方がしっくりくる。

そう思うのは僕だけかもしれない。なにしろ僕は、以前にも書いたが「刑事コロンボ」の「祝砲の挽歌」という邦題が、大好きなのだ。

‘By Dawn's Early Light’という原題に、ドラマの内容を加味して「祝砲の挽歌」という邦題をつけたセンスがすばらしい。邦題史上、これを超えるものはないのではないだろうか。

というわけで僕は「挽歌」という言葉に弱いのである。

日本の映画なりドラマなり、あるいは海外作品の邦題なりに、「挽歌」という言葉はどのくらいあるのだろうか。

インターネットで調べてみると簡単にわかることだが、原田康子の小説に「挽歌」というタイトルのものがあり(1956年)、1957年と1976年に映画化されている。テレビでもたびたびドラマ化されている。これが、タイトルに「挽歌」を使った最初だろうか。

ドラマでいうと、山田太一脚本の「チロルの挽歌」(1992年)というNHKドラマがある。北海道芦別市を舞台にした、高倉健主演のドラマである。ちなみに僕は未見である。

ちょっと話がそれるが、このドラマはテーマパーク「チロリアンワールド」の建設をめぐる物語なのだが、芦別市の「カナディアンワールド」がモデルとなっている。20年以上経って、大林宣彦監督の映画「野のなななのか」(2014年)の中で、カナディアンワールドが「町おこしではなくて、町こわしね」と語られていることに、ある種の感慨を禁じ得ない。「チロルの挽歌」もいずれ見なければならない。

それはともかく。

あと、何かなかったっけなあと必死に思い出してみたら、思い出した。テレビ朝日のドラマ「特捜最前線」に、「挑戦II・窓際警視に捧げる挽歌!」(第460回、長坂秀佳脚本、天野利彦演出)というのがあった。「窓際警視」とは、長門裕之演じる蒲生警視のことで、「特捜最前線」では準レギュラー的存在だったのだが、その殉職をめぐる物語である。これも子どものころ見ていて、よく覚えいてる。

「テレビドラマデータベース」で検索すると、「挽歌」がタイトルにつくドラマがけっこうあるのだとわかった。だがいまあげたもの以外に、あまり印象に残っているドラマはない。

そうそう、歌では北原ミレイの「石狩挽歌」(作詞:なかにし礼、作曲:浜圭介)があった!これは名曲だった。さすが、なかにし礼である。

あと、調べてみたらドラマ「さすらい刑事旅情編」(1988年)のテーマ曲が堀内孝雄&チョー・ヨンピル「野郎(おとこ)たちの挽歌」(作詞:荒木とよひさ、作曲:堀内孝雄、編曲:佐々木誠)というそうなのだが、僕は聴いたことがない。香港映画「男たちの挽歌」の日本公開が1987年だったから、その影響を受けたタイトルであろうか。ちなみに僕は「野郎」と書いて「おとこ」と読む人や、「漢」と書いて「おとこ」と読む人のことをあまり信用していない。

「挽歌」という言葉に反応するのは、僕くらいなものだろうか。

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くろいおひげのこあらさん

唯一の楽しみ(こればっかりだな)は、NHK-BSPで放映している「名探偵ポアロ」を見ることである。最近は、ドラマはこれしか見ていない。

2歳10か月になるうちの娘もお気に入りで、「くろいおひげのこあらさん」と言っている。「ポアロ」とは言えずに、「コアラ」である。

ポアロとジャップ警部との関係が、毎日放送版「横溝正史シリーズ」でいうところの、金田一耕助(古谷一行)と日和警部(長門勇)との関係を連想させる。ドラマの作りもどことなくコミカルで、余韻を残して終わるところが、日本人の好みに合うんじゃないだろうか。刑事コロンボも大好きだが、コロンボの場合は、余韻なくスパッと終わる。それもまたよい。

金田一といえば、つい最近見た「ポアロのクリスマス」という回は、トリックがなんとなく「本陣殺人事件」を連想させる。

ついでに心覚えのために書いておくと、「スズメバチの巣」というエピソードは、僕の記憶では「古畑任三郎」の「古い友人に会う」というエピソードによく似ているような気がする。たしかどちらも、犯罪を未然に防ぐ、という主題だったと思う。記憶に自信がないのだが、もしそうだとすると、脚本家の三谷幸喜は、古畑任三郎を書く際に、コロンボだけでなく、明らかにアガサ・クリスティの影響も受けていると思われる。

誰も指摘していないことなので、心覚えのために書いておく。

 

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初夢を語る

最近、2歳9か月の娘がしきりに観ているのは、年末に録画しておいた「おかあさんといっしょスペシャル プリンセス・ミミィと音の城」である。

「あつこおねえさんがツルツルめんめんをたべているテビルがみた〜い」

と言われ、一瞬、何のことかわからなかったのだが、たしか前述の番組の中で、あつこおねえさんがラーメンを食べているシーンがあったことを思い出し、その番組を再生し、「これ?」と聞いたら「そう」と答えたので、以降はこの番組ばかりを繰り返し観ている。

地下の迷路で迷子になったあつこおねえさんが、モグラが経営しているラーメン屋の屋台を見つけて、そこでラーメンを食べる、という、言葉で説明しただけでは何のこっちゃわからないシチュエーションなのだが、そこであつこおねえさんは、本物のラーメンではなく、よくできた小道具のラーメンを持って、麺をすすっている(ふりをしている)のだが、その食べっぷりが、見ていて気持ちいいのである。

はは~ん。娘も、あつこおねえさんのこの食べっぷりがそこはかとなくおもしろいと思い、繰り返し観たいと思ったのかもしれない。

さて番組は、迷子になったあつこおねえさんをほかのメンバーが地下の迷路を探しまわるという、これまた言葉で説明しただけではよくわからないストーリーが展開するのだが、その中で、ゆういちろうおにいさんが、「ホ!ホ!ホ!」という歌を歌う場面がある。

「会いたい人に 会いたいときは

呼んでみようよ その名前」

いままでなんとも思わなかったのだが、僕はその歌にある真理を見出だしたのである。

3年近く前、僕は、若い頃からの大ファンだった大林宣彦監督にインタビューするという幸運に見舞われたのだが、それは僕が、「大林監督の大ファンである」ということをその仕事の関係者にカミングアウトしたからである。

つまり、自分の憧れの人とか、手の届きそうにない人の名前を秘めずに、言葉に出せば、その人に近づくチャンスがある、ということなのだ。

昨年後半は、敬愛するラジオパーソナリティーに2度もお便りが読まれたからね。やはり自分から行動しなければ、そういう機会は生まれないのだ。ようやくこの年齢になってわかった。

僕は初夢というのを、いままでほとんど見たことがないのだが、今年見た初夢は、はっきりと覚えている。

僕が武田砂鉄さんのラジオ番組にゲストで呼ばれたのだが、武田砂鉄さんが「誰だ?こいつ」という感じで、ほとんど相手にしてもらえなかった、という夢である。

もう、どんだけラジオに取り憑かれているんだ?

とくに昨年は、新型コロナウィルスの影響で車通勤をするようになり、車の中でラジオを聴く機会が格段に増えた。それに、ラジオ番組でリクエスト曲がかかったり、実名でお便りが読まれたりと、成功体験が続いたことも大きい。

しかし初夢から覚めて、僕は落ち込んだ。そうだ。そうなんだよな。僕はラジオに呼ばれるほどおもしろい仕事をしていないのだ。

せっかくだから、ゲストに呼ばれたい番組を書いておくと、宇多丸さんのアトロク、チキさんのSession、大竹さんのゴールデンラジオ、砂鉄さんのアシタノカレッジ、あたりなのだが、どれもハードルがとても高い。呼ばれたい番組名を言葉に出しておけば、いつか呼ばれることがあるだろうか…。

しかし、それを心の中に秘めていて何も行動しない、というのも悔しい。少しでもこれらの番組に近づくために、戦略を考えなくてはいけない。

自分自身がおもしろい仕事をするというのが一番なのだが、当分の間それができそうにないので、別の戦略をいま、考えているところである。

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ラジオきっかけ

12月15日(火)

あんまり書くことがないのだが。

最近聴き始めたラジオで楽しみなのは、金曜の夜10時からTBSラジオで放送している「武田砂鉄 アシタノカレッジ」である。

この番組では、毎週ゲストが登場するのだが、いままで僕が全然知らなかった人がゲストとして出演して、これをきっかけにファンになる、というパターンが多い。

アイドルの和田彩花さんも、この番組を聴いて、初めて知った。

Aマッソというお笑いコンビも、コンビの1人である加納さんがこの番組にゲスト出演した回を聴いて、初めて知った。

センスのいい方だなあ、と思っていたら、昨日の「THE W」とかいう、女性芸人だけのM-1グランプリみたいな番組の決勝にAマッソが残っている、と知って、どんなネタをやる人たちなんだろうと思い、見てみることにした。

そしたら、思っていたとおり、センスのいいネタを披露していて、もう少しこのコンビのネタを見てみたいなあ、と思った。

次の対戦相手は、キワモノ芸をすることで有名なピン芸人で、すでに多くの人に認知されている人気芸人である。僕自身はあまりハマっていないので、ちゃんとは見なかったのだが、やはりキワモノ芸を披露したらしく、観客の爆笑を誘っていた。

審査員の評価は、僅差で後者のピン芸人に軍配が上がり、Aマッソはあっけなく敗れた。その時点で僕は、テレビを消した。

ところで今日、僕のところにある出版社から封書が来て、「あなたが以前にうちの出版社から出した本は、大量に売れ残っていて場所をとるので、400冊を廃棄処分します」と通告された。

僕はそのとき、キワモノ芸人に敗れたAマッソの敗北感と似たものを、なぜか感じたのである。

それはともかく。

僕が言いたいのは、そんなふうに、ラジオきっかけで、その人を初めて知り、ファンになることが多い、ということなのである。

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続・ご油断なく

『A MOVIE 大林宣彦、全自作を語る』(立東舎、2020年)は、圧巻の書である。なにしろ、全作品について詳細に語っているのだから。

まだ精読していないが、ひとつ、謎が解けた箇所がある。それは、大林映画によく出てくる「ご油断なく」という言葉の謎である。

大林監督は、映画「異人たちとの夏」について語っている箇所で、次のようなことを言っている。

「ーーそしてこの映画、本多猪四郎監督が八ツ目鰻屋の親父に扮しています。

大林 そうそう、それで、本多さんになにか一言いい台詞ないですか?と言ったら、「ご油断なく」、という。これが痺れたねえ。いい言葉だねえ猪さん、と。(後略)」(345頁)

で、この「ご油断なく」というところに脚注がついている。

「「ご油断なく」 本多猪四郎監督の演技によって新たな意味を持ったこの言葉は、その後の大林映画に頻繁に登場するようになる。『SADA ~戯作・阿部定の生涯』で狂言回しの嶋田久作が、『22歳の別れ Lycoris 葉見ず花見ず物語』で筧利夫が、『理由』で柄本明が、と言った具合に、さりげなく、または効果的に使われている。元は盛岡弁だそう」

というわけで、僕が長年抱いていた謎は、「本多猪四郎監督がアドリブで『ご油断なく』と言ったところ、その言葉の響きに大林監督が感激し、その後の映画で使い続けた」という結論に落ち着いた。

ただ、これですべて解決したわけではない。岩手県出身でもない本多猪四郎監督が、なぜこの言葉を使ったのか、という疑問は、まだ解けてはいない。本多猪四郎監督は、どこかで、この言葉を聞いて、その言葉の響きに感激し、どこかで使おうと思ったのだろか。

だとすれば、両監督の響き合う言葉の感性に、思いを致さずにいられない。これもまた、映画史である。

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キネマの○○

そろそろ、大林宣彦監督の映画『海辺の映画館 キネマの玉手箱』の話をしようか。

大林監督は「キネマ」という言葉にこだわった。もう一人、「キネマ」という言葉にこだわった映画監督がいる。山田洋次監督である。

山田洋次監督には『キネマの天地』という映画があるし、次回作は『キネマの神様』というタイトルの映画だそうである。

山田監督と大林監督は、撮影所出身の監督とインディペンデントの監督ということで、その作風や映画作りの手法は相容れないものだったと思われる。だが晩年、この二人は同世代ということもあり、意気投合するようになったようである。

二人に共通するのは、古きよき「キネマ」の時代、もっといえば無声映画の時代への憧憬である。山田監督も大林監督も、老境に至り「キネマ」をタイトルに使った映画にこだわったことは、単なる偶然ではないのだろう。

さて、本題に入る。

『海辺の映画館』は、晩年の大林監督がこだわった、反戦に対する強いメッセージの映画だ、と評価されることが多い。たしかにそれはそうなのだが、僕はもう少し別の見方をしている。

よく大林監督は、「自分の映画は、自分の人生の中ですべてつながっている」という意味のお話をしていた。

あまりふれられていないことだと思うが、これまでの大林映画の一連の流れの中でこの映画を観たとき、この映画の直接のルーツとなっているのは、『マヌケ先生』(2000年)と『淀川長治物語・神戸篇 サイナラ』(1999年)である。どちらも、大林映画の中でもきわめてマイナーな映画である。

『マヌケ先生』は、大林監督の自伝的映画で、長く大林監督の助監督をつとめた内藤忠司が監督をし、大林監督は「総監督」という立場で関わっている。だがその映像を見ればわかるように、大林映画の作風が全開の映画である。

この『マヌケ先生』は、『海辺の映画館』の中でも一部引用されているので、両者が同じ系譜上に位置する映画であることは容易に想像できるのだが、それよりもさらに『海辺の映画館』に作風が近いものが、『淀川長治物語』である。

なにしろ、映画館の内部のセットが、二つともほぼ同じである。スクリーンの脇に活弁士がいて、スクリーンと客席の間にオーケストラが陣取る。これは、大林監督の少年時代に無声映画を上映していた映画館の構造そのものであり、これこそが、大林監督にとっての正統な映画館なのである。

さて、その映画館でどのようなことが起こるかというと、淀川少年は、客席とスクリーンの中を、行ったり来たりするのである。これは、『海辺の映画館』と、まったく同じモチーフである。とくに『淀川長治物語』のラストは、淀川少年が映画館の客席から舞台に上がり、スクリーンに映し出された蒸気機関車に乗り込むという場面で終わる。

『海辺の映画館』の場合、観客だった3人の若者が上映されている映画のスクリーンに入り込んで歴史上のいろいろな出来事に巻き込まれる、という荒唐無稽な設定に面食らった人もけっこういただろうと思うのだが、何のことはない、大林監督はすでに『淀川長治物語』の中でその手法を実践していたのである。

そう思って、そのほかの作品を観てみると、「瀬戸内キネマ」が登場する大林映画は、すべて同様の映像手法がとられている。

「瀬戸内キネマ」は、『海辺の映画館』だけでなく、大林映画の中でしばしば登場する架空の映画館(もしくは撮影所)である。過去には、『麗猫伝説』(1983年)、『日本殉情伝 おかしなふたり ものぐるほしき人々の群 夕子かなしむ』(1988年)、そして『マヌケ先生』などに登場する。

『おかしなふたり』に登場する映画館「瀬戸内キネマ」では、『上海帰りのリル』(1952年)という実在の古い映画が上映されるのだが、この映画の主役をつとめた水島道太郎(映画の中では「水城龍太郎」という役名)本人が、スクリーンの中ですっかり老けた現在の姿で登場するのである。大林監督は、過去の『上海帰りのリル』の映像の中に、現在の水島道太郎の姿を映し出したのである。そしてその映画を観ていた原泉演ずるヤクザの組長が、「映画も歳をとるのねえ」とつぶやく。

…ちょっと何言ってるかわからない、かな?説明が下手で申し訳ない。

また、「瀬戸内キネマ」という撮影所を舞台にした『麗猫伝説』では、大映の「化け猫映画」という、やはり古い日本映画がモチーフにされていて、ここでも、過去の映画と現在がスクリーンの中で交錯する。

つまり「瀬戸内キネマ」は、スクリーンの中の映画と現実世界を行ったり来たりできる映画館として、大林監督の中で、ずっと描かれ続けてきたのだ。

別の言い方をすれば、スクリーンこそが、「虚」と「実」の皮膜の役割をはたしていたのである。これはたぶん、少年時代の映画に対する原体験、というか、原感覚にもとづくものであろう。

一見奇抜に思われる『海辺の映画館』の映像手法は、実はすでに大林映画でくり返し行われてきたものであり、さらにそれは、映画に対する大林監督の原体験(原感覚)にもとづいているのである。

スクリーンの向こう側(虚像)とこちら側(実像)には隔たりがない、という感覚は、「死者と生者の間に隔たりがない」という、大林映画を貫くもう一つの映画的手法(ひいては死生観)にも通じていて、じつに興味深い。

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