書籍・雑誌

何度でも訪れたくなる

4月14日(水)

恒例のひとり合宿である。

抗原検査は陰性だったので、晴れてひとり合宿が認められた。

僕にとっては、職場のことを気にしなくてもよい3日間なのであるが、それでも職場からひっきりなしにメールが届き、「添付の書類の確認をお願いします」とあるので、いちいち確認しなければならない。まあそういう役目なので仕方がない。

ひとり合宿のときには、できるだけ職場の仕事のことは考えず、本を読むことにしているのだが、今回まず読んだのは、戦場ジャーナリストの桜木武史さんが文章を書き、『ペリリュー』でおなじみの武田一義さんが漫画を描いた『シリアの戦争で友だちが死んだ』(ポプラ社、2021年)である。

少し前に、文化放送「大竹まこと ゴールデンラジオ」の「大竹メインディッシュ」のコーナーのゲストで桜木さんが出演していて、その話がとても惹かれる内容だったのと、文章に添えて武田一義さんが漫画を描いているということに惹かれて、読むことにしたのである。

桜木さんは戦場ジャーナリストなのだが、それだけでは生活できないので、ふだんはトラックの運転手をして生計を立てている。で、あるていどお金が貯まると、戦場に取材に行くというのである。だが、戦場で取材したことを記事にしても、それだけで食べていくことはできないので、次の取材ができるようになるまで、やはりトラックの運転手の仕事をする。

こうなると、職業は戦場カメラマンなのか、トラックの運転手なのか、厳密な定義に即して考えようとすると難しくなるわけだが、要はどこに自分のアイデンティティーを求めるか、という問題なのだろう。以前に読んだ『石の肺』の作者、佐伯一麦さんも、数々の文学賞をもらっているにもかかわらず、小説だけでは食べていけないので電気の配線工事の仕事で生計を立てていたというし、本当に好きでないと、そういう生き方はできないなあと、我が身を振り返ってふがいなさを反省することしきりである。

この本で描かれているシリアの状況は、それはそれは酷いものである。桜木さん自身も、取材中に戦闘に巻き込まれて、銃弾を右下顎に受けて顎を粉砕してしまう。まさに死と隣り合わせの経験を何度もしているのである。

それにもかかわらず、シリアに何度も足を運びたいというのだ。これだけ酷い目に遭っても、なぜまたシリアに行きたいと思うのだろう。

僕の友人の中にも、かなりツラい思いをしているにもかかわらず、同じ国に何度も行ったり、さらにはそこに住み着いたりする人がいたりする。かくいう僕も、韓国がそれにあたるだろう。

僕の場合は、いっぺん見てしまったものは、見届けなければならないという心理がはたらいているような気がする。ジャーナリストはそこからさらに進んで、自分が見届けたからには、それを伝えたいということなのだろうと思う。

文章の間にはさまれる、武田一義さんの漫画が、桜田さんの文体とマッチしていて、とてもよい。

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俺と師匠と

最近、忙しくてなかなか腰を据えて小説を読むということをしていない。

それに、世の中には小説がますます氾濫していて、どれを読んだらいいのかわからない。古典的な文学作品も読みたいし、いま話題の小説も読んでみたい。ふだん聴いているラジオからは、次から次へとおすすめの小説というのが語られる。それを聴くだけでも、お腹いっぱいである。

そんな中で、久しぶりに読んだ小説が、桜木紫乃『俺と師匠とブルーボーイとストリッパー』(角川書店、2021年)である。

桜木紫乃さんの小説は、いままで読んだことがなかったのだが、読もうと思ったきっかけは、文化放送「大竹まこと ゴールデンラジオ」を聴いたことによる。

まだこの小説が、『野性時代』に連載中だった頃、ラジオで大竹まこと氏が、この小説についてしばしば言及していた。それはおよそ、以下のような話である。

あるとき、直木賞作家の桜木紫乃さんと食事をしながらお話をする機会があった。桜木さんが北海道に住んでおられるということで、自分が若い頃、それこそまったく売れてない二十歳の頃に、北海道のキャバレーに、師匠と二人で営業に行ったことがあったことを思い出した。季節は真冬、しかも年末年始という時期である。泊まるホテル代もないので、キャバレーに泊まりながらの生活である。

年末のステージが終わると、大晦日と正月三が日はお休みとなる。そしてまた年明けから数日間のステージをしなければならない。4日間が休みとなるが、一度東京に戻るわけにも行かず、無為に過ごすことになる。そこには、「俺」と「師匠」のほかに、「ブルーボーイ」と「ストリッパー」がいて、いっしょに無為な時間を過ごした。

「俺と師匠とブルーボーイとストリッパーでね、年末年始のキャバレーのステージをこなしたんだよ」

その言葉がきっかけで、桜木さんは、小説の構想を固め、それが『俺と師匠とブルーボーイとストリッパー』となって完成した。

「小説家さんってのはスゴいね。俺が少しばかりお話ししたことを設定にして、まったく違う物語を作り上げるんだから」

と、大竹まこと氏は何度も感心していた。

物語自体は根も葉もないものであったとしても、その底流に流れている「想い」は、大竹まこと氏が共感できるものであったらしい。

「正月休みに何もやることがなくて、師匠が『海を見に行こう』とみんなを誘ってね。寒い中、海を見に行ったんだけど、あまりに寒くてすぐに帰って来ちゃった。そんな他愛もない話を桜木さんにしたら、小説の中にその場面を入れてくれてねえ。それが嬉しかった」

僕は先ごろ、ようやくその小説を読み終えたのだが、僕は市川森一脚本のドラマ『淋しいのはおまえだけじゃない』を思い出した。

人生のどん底にいる、さまざまな事情を抱えた人たちが、一つの場所に集まり、人を楽しませるための芸を披露する。

それは一期一会の舞台で、時が来ればまた、離ればなれになる。

あるいは、山田太一脚本の『高原へいらっしゃい』もそうだ。人生のどん底にいる、さまざまな事情を抱えた人たちが、潰れかけのホテルに集まり、お客様におもてなしをしようと努力する。

いずれも、僕が子どもの頃に、大好きだったドラマである。

この小説を読んでいると、映像が浮かんでくる。連続ドラマになればいいなあと思うのだが、ブルーボーイとストリッパーが、いまのテレビのコンプライアンス的には、難しいのかもしれない。しかしこの二人がいなければ、この物語は成立しないし、この二人がいるからこそ、胸を打つ物語となっていると思う。

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高校の1年後輩だった!

3月8日(月)

今日の午後、社長室で打ち合わせの時に、例の宿題を持っていったら、

「鬼瓦くん、こういうのじゃないんだよ!」

と社長に言われた。

ええええぇぇぇぇぇっ!!!鼻血出しながら1万4000字も書いたのに!!!

僕は2時間×9回、つまり18時間にわたる打ち合わせの時に、誰がどういう発言をしたかというのを丁寧に書いたのだ。文字通り議事録である。

というわけで、これをまったく使わずに打ち合わせをすることになったのだが、ただ必要に応じて、誰がどんな発言をしたかを振り返ることができ、それに応じて打ち合わせが進んだので、結果的にはよかったのだ。

結論としては、「議事録は大事だ」ということだ。わかってますか?分科会のみなさん!

打ち合わせは2時間にわたり、なんとか方向性も見えてきた。

「じゃあ鬼瓦君、今日の話し合いをふまえて、金曜日までにまとめておいてください」

と、また宿題が出された!ああ、気が重い。

…と、今日はそんなことを書きたいのではない。

毎度のことながら、通勤の車中で文化放送「大竹まこと ゴールデンラジオ」を、ラジオクラウドで聴いている。先週金曜日、すなわち3月5日(金)の「大竹メインディッシュ」のゲストは、東京新聞福島特別支局長の片山夏子さんという人だった。『ふくしま原発作業員日誌 イチエフの真実』(朝日新聞出版、2020年)で第42回 講談社 本田靖春ノンフィクション賞と、第20回 石橋湛山記念 早稲田ジャーナリズム大賞 奨励賞のW受賞をしたそうだ。ジャーナリストの青木理氏が大絶賛した本だという。

お話を聞いていると、実に明るくて、めげない人なんだな、という印象を受ける。大竹まこと氏が、

「こういったら失礼かもしれないですけれど、現場がお似合いの方ですよね」

と言ったり、室井佑月氏が、

「片山さんだったら、作業員さんも心を開いていろんなことを喋ってくれるでしょうね」

と言ったり。

話題が話題だけに、笑っちゃいけないんだが、つい笑ってしまう感じでトークが弾んでいる。

声の感じから、ずいぶん若いのに、新聞記者の中にもこういう気骨のある人がいるんだなあと感心しながら聴いていた。

で、今日。帰宅すると、年に一度発行される高校の同窓会会報が届いていた。

僕は、高校の同窓会組織というものに、ある時期から不信感を抱いていて、まあほとんど関心がなかったのだが、たまには開いてみるか、と封筒を開けて、同窓会会報を見て、ビックリした。

「化粧品販売員から福島原発取材記者に」というタイトルで、なんと、片山夏子さんのインタビュー記事が載っているではないか!

ということは、同じ高校出身ということである。しかも卒業年を見ると、僕よりも1年あとである。

てことは?高校の1年後輩?

記事を見ると、高校時代には音楽部に所属していたと。惜しい、ニアミス。こちとら吹奏楽部だったから、同じ音楽室を使っていたんだな(あたりまえか)。

そうなると、急に親近感がわいてきた。これが、全然世代が違うとアレだが、同じ時に同じ高校に通っていたとなるとねえ。

で、このインタビューを編集したのが、丸山美佳さんという方で、卒業年を見ると、僕の1年先輩である!たぶん面識はない。

というか、バンバン実名出しちゃってるけど、イイノカネ。

でもこれが、なかなか素晴らしいインタビュー記事なのだ。

というかさー。

うちの学年、もっとしっかりしろよ!俺も含めて。

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荒野の古本屋

3月7日(日)

週末の「オンライン会合マラソン」も、これで一区切りだろうか。今日はさすがに疲れてしまい、途中で気を失ってしまったが、楽しみにしていた夕方の「生中継」にはなんとか間に合った。

昨日の午後のオンライン会合で、森岡書店の話題が出た。

森岡書店で思い出すのは、森岡督行さんの本『荒野の古本屋』である。以前にその本の感想を書いたことがある。内容は忘れてしまったが、とてもおもしろい本だったと記憶している。調べてみたら、最近、文庫化されたらしい。

以前に、家にあったいろいろな本を古書のチェーン店に売ったことがあったが、この本はたしか、とっておいたはずである。

久しぶりに読んでみたいと思って、今日のオンライン会合が終わったあと、本棚の奥の奥から引っ張り出して、パラパラとめくってみた。

「一九四一年十二月八日の出来事」というタイトルのエッセイがあるを見て、僕はビックリした。

なぜなら、昨日のオンライン会合の時に、僕がお話ししたテーマが、「1941年12月8日の出来事」についてだったからである。

森岡さんは、図書館に行って1941年12月1日から15日までの新聞のコピーを入手し、1997年12月1日から15日間、1941年の同じ日の新聞を読むという行為を実践する。現代のメディアの情報をできるだけ遮断して、1941年に身を置いて、12月8日の「開戦の日」に至る身体感覚を追体験しようと試みたのである。

僕はこのくだりをすっかりと忘れていた。僕が昨日のオンライン会合で話そうと考えていたことに近い。どうして昨日のオンライン会合の前に読まなかったのだろうと悔やまれたが、昨日のオンライン会合で僕が「1941年12月8日の出来事」の話をしたからこそ、このエッセイを特別なものと感じることはできたのだろう。

つまり言いたいことは、「本を再読することは大切である」ということである。

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誰かの靴を履いてみること

1月21日(木)

ブレイディみかこさんの『僕はイエローでホワイトで、ちょっとブルー』(新潮社、2019年)を読んだ。

「誰かの靴を履いてみること」のくだりを読んで、まことに恥ずかしながら、エンパシー(empathy)とシンパシー(sympathy)の違いについて、初めて知った。

「シンパシー(sympathy)」とは、「1.誰かをかわいそうだと思う感情、誰かの問題を理解して気にかけていることを示すこと」「2.ある考え、理念、組織などへの指示や同意を示す行為」、「3.同じような意見や関心を持っている人々の間の友情や理解」と、辞書に書かれているそうだ。

それに対して「エンパシー(empathy)」とは、「他人の感情や経験などを理解する能力」という意味が辞書に書かれている。シンパシーのほうは「感情や行為や理解」であるのに対して、「エンパシー」は「能力」なのである。ここから著者は、「シンパシーは感情的状態、エンパシーは知的作業とも言えるのかもしれない」と述べている。

その「エンパシー」の意味を、著者の息子さん(中学生)が「誰かの靴を履いてみること」と説明した、なるほど、わかりやすいたとえである。

僕は「共感」という言葉が好きだが、そこでの「共感」が、シンパシー(sympathy)を意味しているかというと、なんとなく違うなあという気がしていたので、溜飲が下がる思いがした。シンパシーは、「かわいそう」とか「理解して気にかける」とか、どちらかといえば、「上から」の目線のようなニュアンスを感じるのだが、そうではなくて、「当事者と同じ立場に立って物事を考える能力」が、僕がイメージする「共感」である。

そういえば以前に、大林宣彦監督が、こんなことを語っていた。

まだ商業映画監督として駆け出しのころ、檀一雄の小説「花筐」に映画化をお願いしようとして檀一雄のもとを訪れると、檀一雄は肺がんの末期で、『火宅の人』を口述筆記していたときだった。その後檀一雄が亡くなったこともあり、映画「花筐」はまぼろしの企画となった。

その後、時を経て、2016年にいよいよ「花筐」の映画化が実現することになった。

ところがクランクインの前日、大林監督は、「肺がん、ステージ4、余命半年」の宣告を受ける。2日後には余命が3か月に半減した。

ふつうならば落ち込むところだが、檀一雄と同じ肺がんと聞いて「うれしくて体中がふわっと温かくなった」という。これでやっと、檀一雄さんと同じ思いを共有することができる、と思ったのである。そして監督は、映画「花筐」を完成させるのである。

僕は共感という言葉を思うとき、いつもこの話を思い出す。正確なニュアンスからしたら間違っているかもしれないが、これが僕にとってのエンパシー(empathy)である。

 

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エモジ

ヨーロッパに行ったことがない。

というか、海外にほとんど行ったことがないのだが、ヨーロッパにはいつか行ってみたいと思う。とくに、フランスを起点に、ドーバー海峡を渡って英国に行ってみたい。ま、「水曜どうでしょう」の新作の影響を多分に受けているんだけど。

少しでも英国の雰囲気に触れたいと思い、ブレイディみかこさんのエッセイを読んでみることにした。手始めに『ブロークン・ブリテンに聞け』(講談社、2020年)である。

英国に対する知識が皆無な僕だが、それでも読んでいて面白い。

たとえば、「エモジがエモくなさすぎて」というエッセイ。

もともと英国人は、エモジを使わない。「これはいかにも日本的なファンシーな習慣であり、こんなものが英国に入ってくることはあり得ない」と思われていた。

ここでいうエモジとは、笑ってる顔だの、目がハート型になっている顔だの、ウィンクしている顔だの、といった、顔の表情を表した絵文字のことをとくにさす。

著者のママ友の英国人は、エモジなどと言う、奥行きのない、低能の象徴のようなものを、絶対使うものか、とくにウィンクをしているエモジが薄らサムい、と思っていた。

「ウィンクしている顔の絵文字なんて、チャーミングというより低脳の象徴。感情があまりに単純化されて、送っている人間も単純バカって言ってるみたい」

…僕が言ってるんじゃないですよ。その英国人のママ友が言ってるんだ。

ところが、いったん使い始めると、エモジのない文章は妙によそよそしく感じられて、逆に一つか二つのエモジでは物足りなくなる。「エモジって、いつの間にか広がっていく疫病なのよ」という、そのママ友の言葉通り、英国ではいつのまにか大半の人がエモジを使うようになってしまった。英国どころか、いまや世界中でソーシャルメディアを使う人々の約9割がエモジを使っているという。まさに「疫病」と例えるにふさわしい。

たしかに、1文の末尾ごとにエモジが付いている文章を読んだりすると辟易するのだが、あれは、使わずにはいられない依存症のようなものなのだろうな。

ブレイディみかこ氏は、「つまるところ、エモジというのは、剥き出しの感情をぶつけて他者を困惑させないように、感情のエッジを除去するものとして使われているのだろうか」と述べ、エッセイのタイトルの意味するところにつなげていく。

英国事情を語っているようでいて、小気味よい日本文化論になっているところが面白い。

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2020年のマイベストブック

自分が今年読んだ本のベストブックは何だろうとつらつらと考えてみたが、どれ1冊、最後までちゃんと読んでいない気がする。

石牟礼道子の『苦海浄土』も、この歳になってちゃんと読もうと思ったが、途中で終わったままになっているし。

今年のマイベストブックは、佐伯一麦『石の肺 僕のアスベスト履歴書』(岩波現代文庫、2020年、初出2007年)かなあ、と思うのだが、これとて、まだ最後まで読み終わっているわけではない。

著者自身のアスベスト被害について書かれた本なのだが、今年のコロナ禍の状況と、じつに重なる部分がある。

僕が、アスベストが人体に有害だということを初めて知ったのは、1988年、大学1年の頃だったと思う。当時入り浸っていた、サークルの部室がある「学生会館」という建物に、アスベストが使われているとのことで、学生運動の残党たちが「アスベスト撤去!」のアジ看板をあちこちに設置していて、それで「アスベスト」という言葉を覚えたのであった。

この本によれば、「一九八七年には、全国の小中学校で吹き付けアスベストが見つかり、社会問題となりました」とあるから、ちょうど同じ頃、大学でもアスベストが問題になっていたのだろう。

この本を読むと、アスベストが人体にいかに有害であるか、またそれを、政府がいかに放置してきたかがよくわかる。それは、2011年の東日本大震災がきっかけに起こった原発事故による放射能被害や、いまのコロナ禍における政府の対応ともつながる問題である。このあたりについては、武田砂鉄さんの巻末解説に詳しい

この本は、そうした意味でも興味深いのだが、僕がもう一つ関心を持ったのが、この佐伯一麦さんという作家の人生についてである。

佐伯一麦さんは、小説家である。海燕新人賞とか、三島由紀夫賞とか、数々の文学賞を取っておられるのだが、長い間、小説を書くだけでは生計を立てることができず、電気工をしながら小説を書いていたというのである。そしてその電気工事の際にアスベストの被害に遭い、体調を崩すことになってしまったのである。

小説を書くだけでは食べていけず、肉体労働の電気工を続けていくのは大変だろうなあ、と僕などは思ってしまうのだが、もともと佐伯さんは、電気工の仕事があまり苦ではなかったらしい。もちろん肉体的には大変だったのだろうけれど。

また、そうした体験が、小説を書くことにもつながっていたようなので、小説を書くために電気工として生計を立てる、という、一見まわり道に見える人生の選択も、決して無駄なことではないことがわかるのである。もちろん、ご本人にとっては辛いことも多かったろうし、書いてある内容も深刻なのだが、この本からは、その体験とは裏腹に、絶望とか悲嘆とかといった様子があまり感じられない文体になっている。読んでいても暗くなることはないのである。

僕もたまに、宮仕えみたいないまの仕事が嫌になって、いっそ職場を辞めてフリーランスになりたい、と思うことがあるのだが、自分にはとてもその度胸がない。いや、考え方を変えれば、宮仕えみたいな仕事の合間に、自分の好きなことをやっていると考えることもできるのか?とか、この本を読んで、自分の人生についてもいろいろと考えてしまった。

佐伯一麦さんの小説をまだ読んだことがないので、今度読んでみることにしよう。その前に、読みかけの『苦海浄土』を読み終わらせよう。

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エズい世の中

ほんと、いまのご時世、Facebookで会食(飲み会)の写真をあげている人って、どういうつもりなんだろう。けっこういるんだな、これが。「人はなぜSNSの中では無防備になるのか」というタイトルの新書を書きたいくらいだ。

新書のタイトルで思い出したが、こんな新書のタイトルを考えてみた。

「不倫をした野党政治家はなぜネトウヨ化するのか」

「売れっ子放送作家のラジオ番組はなぜつまらないのか」

どうだろう。売れるだろうか。

そんなことはどうでもいい。

ずいぶん前に買った、大西巨人原作・荒井晴彦脚本『シナリオ 神聖喜劇』(太田出版、2004年)を、思い立って少しずつ読み始めている。

大西巨人の大長編小説『神聖喜劇』については、このブログでも以前に書いたことがある

この中に、村崎一等兵の台詞として、こんな台詞がある。

「はぁん、新聞記者か。……記者生活も簡単にゃ行くめえばってん、軍隊生活もエズウややこしいけんねぇ」

この「エズウ」に注釈がついていて、

「エズウ…「えずい」は、不快だ、こわい、薄情だ、ひどいの意。中世・近世語」

とある。これを読んで、また別のことを思い出した。「いずい」という方言についてである。

「前の勤務地」の隣県の方言なのだが、かつてその県出身の教え子のCさんと、こんな会話をした

「『いずい』って、わかりますか?」

「『いずい』?わからないなあ」

「ほら、よく洋服の襟の後ろについているタグが肌にあたってむずがゆくなったりするでしょう。あの感覚が『いずい』です」

「『むずがゆい』とは違うの?」

「違います。『いずい』は『いずい』としか言いようがありません」

「ほう」

…そうか!「いずい」という方言は、中世・近世語で「不快だ、こわい、薄情だ、ひどい」という意味の「えずい」から来ているのか。柳田国男の周圏論からすると、もとは京都の言葉だったものが、地方に同心円状に伝わり、方言として残ったのかもしれない。

村崎一等兵の台詞にもう一度注目してみると、「ばってん」という言葉を使っていることから、九州の福岡あたりの出身ではないかと思われる。だとすると、ますます柳田国男の周圏論が説得力を帯びてくる。「えずい」という言葉が同心円状に広がり、まったく別の地方に方言として残っていることをこれは示しているのではないだろうか?

しかしいま現在、福岡で「えずい」という言葉が使われているかどうかは、よくわからない。機会があったら、福岡出身の人に聞いてみることにしよう。

ところでこの『神聖喜劇』のシナリオ、澤井信一郎監督が映画化を考えていたらしい。あの名作『Wの悲劇』で知られる名監督である。

もちろん、澤井信一郎監督作品として見てみたいという一方で、これこそ、大林宣彦監督作品として見てみたかった気がする。

なにしろ情報過多、溢れるような長台詞の応酬である。これを、『青春デンデケデケデケ』のようなスタイルで撮影・編集したら、大傑作になったのではあるまいか。

いまはその映像を想像しながら、このシナリオを読み進めることにしよう。

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つじつまの合う物語

前回の記事で、高校時代の思い出を書いたので、もう少しノスタルジーに浸る。

コラムニストの小田嶋隆さんのTwitterを見ていたら、こんなツイートを見つけた。

母校、小石川高校の創立100周年記念誌『みんなの100年』が届いた。なんと7月に亡くなった岡康道の遺稿が掲載されている。それもオレが書くはずだった原稿(〆切を伸ばしたあげくに落とした)を代筆してくれたものだ。最後まで迷惑をかけた。最後まで楽しい男だった。ありがとうありがとう。」(2020年12月10日)

ツイートの中に登場する岡康道さんは、有名なCMプランナーで、小田嶋さんと高校時代からの無二の親友である。奇しくも、同じ早稲田大学に進み、しかも大まかにいえば同じ業界に進んだ同士となった。途中、絶縁したこともあったようだが、その後またもとの関係に戻った。

小田嶋さんと岡さんが対談している『人生の諸問題五十路越え』(小田嶋隆、岡康道、清野由美共著 、2019年)は、僕がちょうど50歳を超えたときに出た本である。その本を読んだばかりだったので、岡さんが亡くなったというニュースを聞いたときは、ビックリした。

「オレが書くはずだった原稿(〆切を伸ばしたあげくに落とした)を代筆してくれた」という部分を読むだけで、小田嶋さんの性格とか、岡さんとの関係といったことが、よくわかる。

同じ日の小田嶋さんのツイートに、写真付きで、こんなことも書かれていた。

「岡康道の原稿に付けられていた追記を以下に紹介しておきます。合掌。ありがとうありがとう。」

その写真には、100周年記念誌に岡さんが書いた文章の「追記」の部分だけが写っている。

「この原稿はコラムニストのI組小田嶋隆が書くことになっていた。提案したのは私だが、2ヶ月たっても一向に書かないので代筆している次第だ。そういえば小田嶋が期末試験に現れなかった日、私が左手で彼の答案を書き提出し、私が停学になったことがある。あの時小田嶋は「頼んでない」と言ったが、確かに頼まれていなかった。今回も同じようなことをしている。人はあまり変わらないものだ。TUGBOAT代表 岡康道(027I) クリエイティブディレクター CMプランナー」

さらにこの下に、編集部の追記があった。

「追記:このページを編集・寄稿してくれた岡康道君は2020年7月に逝去されました。日本を代表するクリエイティブ・ディレクターとして、多くのメディアで小石川高校時代の楽しさを紹介してくださったことに感謝します。(戸叶027C)」

これを読んで、小田嶋さんは泣いたのではないかと思う。僕だったら絶対泣く。

だって、親友が死んでから5か月後に、メッセージが届いたんだぜ。しかも、遅筆の小田嶋さんの代わりに岡さんが代筆していたことを、小田嶋さんは知らなかった。岡さんは、小田嶋さんの性格を知っていて、代筆の覚悟をしていたのだろう。でもそのことは言わなかった。

それはまるで、高校時代に頼んでもいないのに勝手に小田嶋さんの期末試験の答案を代筆した時の如くである。

岡さんは人生の最後に、小田嶋さんとの高校時代の関係性を再現してみせたのである。

これを粋なはからいといわずして、なんと言おう。泣いたあとは、きっと笑ったに違いない。「最後まで楽しい男だった」と。

高校時代の伏線が、人生の最後に回収される。人生とは、なんとつじつまの合う物語なのだろう。

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世間とのズレ

11月23日(月)

結局、この3連休は、まったくやる気が起きず、たまっていた仕事を何にも進めることができなかった。ま、いつものことである。

ここ最近、いわゆるお笑い芸人が、自分がうまく世間に適応できていないことや、世間に対する違和感を、対談やエッセイにまとめて、それがかなり話題になったりしている。

伊集院光・養老孟司『世間とズレちゃうのはしょうがない』(PHP研究所、2020年)

ふかわりょう『世の中と足並みがそろわない』(新潮社、2020年)

バービー『本音の置き場所』(講談社、2020年)

以下は、未読だが、

岩井勇気『僕の人生には事件が起きない』(新潮社)

あと、オードリーの若林正恭氏のエッセイも、おそらくそうしたものではないかと思う。

こういう本は、基本的には好きなのだが、冷静に考えてみると、多くの人に読まれているし、決してこれは「少数派」の本ではなく、むしろ、多くの人に受け入れられているのではないか、と思うことがある。

芸人としては「自分は世間とズレている」「ひねくれている」というところを持ち味にしているわけだが、それが結果的に、多くの人の支持を得ている。ということは、世間とは決してズレているわけではないのではないか?というか、ここでいう世間って、いったい何だろう?

そういえば「前の職場」に勤めていたときのことである。

年度末に、教養課程の1年生が、2年生からの専門課程を選ぶ際の、ガイダンスを行うことになっていて、1年生を集めて、それぞれのコースの教員が自分のコースの「プレゼン」をすることになっていた。各教員からしたら、自分のコースに一人でも多くの学生が来てほしいので、このコースに入ったら、こんなことが学べる、みたいな、コースの魅力やメリットをプレゼンすることになる。

ある年、コースの説明をするという役が僕にまわってきた。

僕は1年生に対して、たしかこんなことを言った。

「自分は世間的にマイナーだな、どうもメジャーなことについて行けないな、と思う人は、このコースに入ることをおすすめします」

まあ半ば自虐的にそんなことを言ったわけだが、そうしたら翌年度、史上最多?というくらいたくさんの学生がうちのコースに入って来ちゃった。別に全員が全員、僕のプレゼンに影響されたわけではなかったのだろうが、「自分は世間的にマイナーだ」と感じている学生が、実は多数派を占めているのではないかと、そのときに思ったのである。

で、話は、いまうちの職場でやっているイベントのことになるのだけれど。

いまやっているイベントのテーマは、おそらく「世間とのズレ」を感じている人に響くような内容だと思う。

ところが、これが思いのほかバズっていて、いままでうちの職場が経験したことのないような反響を呼んでいる。

まず、これまでと客層が違う。いままでは、ご高齢の方がどちらかといえば主要な客層だったのだが、今回のイベントは、若い人が中心で、いままでうちの職場のことをまったく知らなかった人たちが来てくれている。おそらく、カルチャー味のあるラジオ番組で紹介されたことも大きいのであろう。

「世間とのズレ」を感じている人がいかに多いかということを示しているのではないか、実はそう思っている人が多数派なのではないか、と思わずにいられないのである。

しかし、ここからがおもしろい現象なのだが。

このイベント、職場の中では、ほとんど反響がない。被害妄想かもしれないのだが、見に来てくれる人たちの反応と、職場の中の反応に、著しいギャップを感じるのである。

このイベントを企画した同僚は、そのことを少し心配している。このイベントが、「一時的な花火を打ち上げる」だけで終わってしまうのではないだろうか、と。そこで、同僚はその「反応のギャップ」を埋める必要があるのではないか、と考えているようなのであるが、どうなのだろう。僕は、そのギャップは、永遠に埋まることはないのではないか、と半ばあきらめかけている。ふかわりょうが、自分と世間の間には、埋めがたい大きな溝があり、自分はせいぜい、その溝に流れる川に笹舟を浮かべるくらいしかできないと喝破したように、である。

自分にとって「世間」とは何なのか?意外と身近なところにあるのではないか、という気がしてきた。

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