育児

ハロウィンパーティー

10月30日(日)

保育園の同じクラスの人たちによるハロウィンパーティーが、近所の公民館で行われた。

詳しい事情を話せば長くなるのだが、例年、保護者会が主催して保育園全体のハロウィンパーティーを行っていたのだが、今年度から保護者会が解散となり、何の行事も行われなくなった。先日の運動会のとき、うちの娘のクラスの母親たちが中心となって、このままでは寂しいので、うちのクラスだけでもハロウィンパーティーをしようということに決まったそうなのである。「そうなのである」というのは、うちの家族はその意志決定にとくにかかわっていないからである。

そこから、同じクラスのママ友たちのグループLINEというものが作られた。どんなハロウィンパーティーにしたらよいかという話し合いが、グループLINEを通じて行われたのである。

ふしぎなことに、そのグループLINEにはパパ友は入れてもらえない。なのでどのような話し合いが飛び交っているのか、一切わからないのだが、妻によると、猛烈な勢いでLINEのやりとりが行われているという。しかしそこにパパ友の意志が反映されないというのは、どうにも腑に落ちない。しかもこの当日は、妻が仕事で不在なので、僕が娘を連れて行かなければならない。ただいま体の節々が痛い僕にとっては、そうとうにハードルの高い行事である。

ま、いずれにしても、わが家の方針は「流されるままに参加する」ということになった。娘はもちろん参加する気満々だし、「めんどくさいんで参加しません」という選択肢はあり得ないのである。

「当日は、大人たちはビールやシャンパンを飲みましょう」という提案がまわってきた。おいおい、昼間っから飲む気満々なのかよ!俺はノンアルはだから関係ないけどね。

ああいうときって、いろいろなものを持ち寄らなきゃいけないのだが、僕はお酒を飲まないのでお茶とジュース、それにみんなに配るお菓子などを準備して持っていくことにした。

ハロウィンパーティーはお昼頃から始まったのだが、さっそく大人たちはアルコールを飲んでいる。僕はアルコールは飲まない上に、そもそもパパ友と呼べる人もいないので、だれも話し相手がいない。子どもたちはそれぞれ勝手に遊び回っているし、開始早々公民館は修羅場と化し、阿鼻叫喚の世界と変貌していった。

今年最大の「手持ち無沙汰Day」だな、と思って、そうした喧噪から離れて、しばらくボーッと過ごすことになった。大人たちにはまったく話しかけられなかったが、あるときから、子どもたちがずいぶんと僕のまわりに寄ってきた。

おそらく、子どもたちはヒマそうにしている大人(僕)を見つけて、格好の遊び相手になると思ったのだろう。あるいは僕のことを、珍しい動物か何かと勘違いしているのかもしれない。僕も子どもと話しているほうが気楽なので、子どもの話につきあっているほうが楽しい。子どもは(この場合は4歳児とか5歳児だが)、わけがわからないことを一生懸命に話すので、とてもおもしろい。僕もその話に合わせて、子どもたちの独特の世界観に入り込むのが、嫌いではないのだ。

大人たちはあいかわらずアルコールを飲み続けて親交を深めている。ひとり、どうしても服装の気になる人がいた。だれのママなのかはわからないのだが、服装の見た目が「ウォーリーを探せ」にそっくりなのである。赤い横縞のシャツに、メガネに、毛糸の帽子。

あれは、ハロウィンパーティー用の仮装なのか?それとも日常着なのか?そればかりが気になって仕方がなかった。赤い横縞のシャツをよく見ると、どうやらかなり着古しているらしいので、日常着の可能性が高い。「それ、仮装ですか?」とよっぽど聞いてみたかったが、そんなことをうかつに聞けるはずもなく、そのことばかりが最後まで気になって仕方がなかった。

夕方5時前にパーティーは終わった。公民館はすっかり酒臭くなっていた。アルコール連中は、その後子どもたちを連れて2次会に行ったらしい。元気だねえ。僕はすっかり疲れてしまった。

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朝から是枝監督

10月21日(金)

今週も、よくぞ、よくぞ「アシタノカレッジ金曜日」のアフタートークまでたどり着きました!

もうすぐ4歳7か月になる娘は、是枝裕和監督の映画「海街diary」にハマっている。

朝、起き抜けに、自分が観たいテレビが観たい、と言いだしてきかない。

「何が観たいの?」

ときくと、

「さちとすずが出ている映画」

という。「さち」とは綾瀬はるかで、「すず」とは広瀬すずの役名である。

朝っぱらから「海街diary」かよ!ちょっと重いなぁ、と思いながら観るのだが、観ていると、やっぱりこの映画はいいなあと思ってしまう。もちろん、映画は好き嫌いの問題だから、好かない、という人もいるだろうが、僕は是枝監督のちょっとした演出にやられてしまう。

しかし、何度か観ているうちに、ちょっと違和感を覚えるところがあった。

冒頭、鎌倉に住む三姉妹が、自分たちを捨てた父が亡くなったという知らせを受け、その葬儀に出るために父の終焉の地を訪れるという場面がある。東北のひどく田舎な町で、一両編成のローカル鉄道に乗って無人駅のような駅に着くと、そこに腹違いの四女(広瀬すず)が迎えに来ている。

その場所というのは、僕の「前の勤務県」だったところである。僕は久しぶりに観たその映画で、僕のかつての勤務県が映画の舞台の一つになっていることにあらためて気づき、ある感慨を覚えたのだが、しかしどうも違う。

僕はわりと県内をくまなくまわっていたつもりだが、走っているローカル鉄道の車両は、見たことがないがないし、駅舎もなじみがない。その「父」というのは、最後は温泉で働いたという設定になっているが、その温泉の名前も、聞いたことがない。

その違和感に微妙な心地悪さを感じたのだが、調べてみると、実際には異なる県でロケをしていた、ということが判明した。だから、ローカル鉄道の車両も、駅舎も、全然違う県で撮影されていたということになるのだ。

それで疑問は氷解したものの、違和感は拭えない。

ヘタにその土地について詳しいがゆえに、そういったところに引っかかてしまう、というのは、僕の悪い癖だろうか。

でも考えてみれば、いちいちそんなことを考えていたら映画やドラマなんぞ見ていられなくなってしまう。つい最近観た映画「さかなのこ」だって、さかなクンの出身地である館山で全編ロケをしたわけではなく、どうやら沼津でもロケをしているらしい。そんなこといったら、「南極料理人」だって、南極ではなく北海道でロケをしていたのだ。

NHKのドラマ「阿佐ヶ谷姉妹ののほほんふたり暮らし」(これも娘は見続けている)も、名古屋制作の番組なので、一部阿佐ヶ谷も登場するが、おそらくロケの大半は名古屋あたりなのだろう。

いつぞや娘と一緒に阿佐谷に行ったときに、阿佐ヶ谷姉妹の住む実際のアパートがドラマのアパートとは違っていたり、通っていた喫茶店もドラマと違っていたりすることに娘は気づき、かなり戸惑っていた。

そんなことをいちいち気にしていたら、映画やドラマには入り込めないのだが、どうも僕と娘は、そういうところにこだわることについては、そうとう似ているようである。

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映画を何で観るか

10月17日(月)

今日は、職場の一斉休業日。建物全体が停電になるので、職場からのメールが絶対に来ない。それだけで、これほどまでにすがすがしい気持ちになるのは、ふだんよほどストレスがたまっているのだろう。昨日は具合が悪くなり、ほとんど動けなかったが、強い薬を飲んだせいか、今日はなんとか体調を持ち直した。

しかしながら、出版社からの原稿の催促と、交渉先からの難しい条件の提示、といったメールはふだん通りやってくる。それでまたメンタルがやられてしまう。

そんなことはともかく。

4歳6か月の娘は、以前にも述べたように、2時間19分の映画を、途中で飽きずに見続けることができる。ま、「さかなのこ」という映画だったからかもしれないが、ほかにも「シン・ウルトラマン」や「シング ネクストステージ」「バズ・ライトイヤー」といった長編映画を飽きずに観ているのだから、実はすごいことなのではないか。

どうも、保育園の同じクラスのお友だちは、飽きっぽい子がいるようで、じっとしていられない子が多いようなのだが、うちの娘は、じつに集中力がある。

映画を何で観るか、という問題を時々考える。

僕は「監督」で観る傾向がある。黒澤明監督とか、大林宣彦家督とか、是枝裕和監督とか、ポン・ジュノ監督とか。しかし、最近は、テレビで映画のCMが流れても、監督名があらわれないものがほとんどである。映画にはもう作家性が求められなくなってきているのだろうか。

「映画を監督で観る」と豪語する僕も、「さかなのこ」と「南極料理人」が同じ沖田修一監督だということに気づかなかった。監督がブランドにならない時代に、すっかり僕も慣らされている。

対して妻は、映画をストーリーで観る。だれが撮ろうと、だれが出演しようと、そんなものはどうでもよく、ストーリーがおもしろければそれでよいのである。だから映画のスタッフやキャストをやたらと気にする僕の映画の見方には、かなり批判的である。

娘はどうやら、僕の映画の見方と同じで、ストーリーよりもむしろ、出演者が気になるようである。

小池栄子を「まさこさん」と呼ぶのは、大河ドラマの役名である。

綾瀬はるかは「れいこさん」と呼ぶ。これはフジテレビのドラマ「最後の遺言状」の役名である。

この両方のドラマに出ていたのが大泉洋さんだが、ふしぎなことにこの「大泉さん」だけは「大泉さん」と本名で呼ぶ。

斎藤工は「うるとまらん」と呼ぶ。ほかのドラマとか、CM に出ていても、「うるとまらん」だとすぐにわかるらしい。

竹野内豊と一緒に、タクシーアプリのCMに出演している前原滉という俳優がいるのだが、そのCMを観るたびに「大高さん!」という。NHKのドラマ「阿佐ヶ谷姉妹ののほほんふたり暮らし」の「大高マネージャー」役で出ているの覚えているのである。

しかも先日観た「さかなのこ」にも、ぜんぜん雰囲気の違うツッパリ役で出ていた。最初は気づかなかったようだが、「大高さんだよ」というと、「あ~」と反応したから、たぶんわかったのだろう。

つまり、俳優がどんなに扮装しても、たとえば、時代劇でちょんまげのカツラをかぶった人がふつうの現代劇に出ても、人のよさそうな役柄の人が不良の役を演じても、娘は、同一人物であると見抜く才能を持っているのである。

今日なんか、以前録画しておいた是枝監督の映画「海街diary」を観ていて、長女役の綾瀬はるかを見て、「あ!れいこさん」、次女役の長澤まさみを見て、「あ!うるとまらんに出ていた人!」、三女役の夏帆を見て、「あ、ミー坊のお友だち!」(映画「さかなのこ」より)と、同定できていたからね。唯一、四女役の広瀬すずはまだ娘のデータベースの中にはないらしい。

でも、そんなふうに映画を観るというのは、ほんとうはよくないのかもしれない。これを突き詰めていくと、「おまえ、それって映画論ではなく、役者論だろ!」といいたくなるような映画評論家に成り下がってしまうことになりかねない。それは避けたい。

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かばんと折りたたみ傘を買いに行く

10月15日(土)

通勤で持ち歩いているかばん(リュックサック?デイパック?)と、折りたたみ傘が壊れたので、一番近い繁華街まで買いに行くことにした。

いままで使ったリュックは、BEAMSというブランドで、アウトレットモールで買ったものである。けっこう気に入っていたので、こんども同じBEAMSのものにしようと思って、自宅から一番近いBEAMSの店に行ったら、ちょっと高級感があふれているのと、おしゃれな若者が集まっていて、ポンコツおじさんには入りにくい。それでも意を決して店の中に入り、リュックを物色するのだが、値段が書いておらず、どうやら「オブジェ」として置かれているものらしい。値段が書いていないということは、相当高価なものなのだな、とあきらめて、店を出た。

結局、別のかばん屋さんで、自分の好みに合うリュックを見つけた。同じ店には、折りたたみ傘も売っていた。最近は、いろいろなタイプの傘があって判断に迷う。僕の希望は、「できるだけ軽量」「開いたときにできるだけ大きい傘」の2点である。

一つ変わった折りたたみ傘を見つけた。開くと、傘の後ろ側が伸びて、リュックサックを背負っていても濡れない、というものである。ふだん、リュックを背負っている身としては、かなり便利かも知れないと一瞬思ったが、実際に傘を差しているモデルの写真を見ると、なんとなく間抜けな姿にみえて、あきらめ、一般的な折りたたみ傘にした。

そうこうしているうちに夕方になった。今日は、同じ保育園に通っている娘のお友達のご両親と、飲み会なのである。こういうのをママ友とかパパ友っていうの?でもはじめて話すのだから友だちというわけではない。

うちの娘とそのご両親のお嬢さんは、ふだんからとても仲がよいみたいで、一度親子同士で揃って会食をしたかったらしい。こっちはなんとなくはぐらかしていたのだが、あちらのご両親の熱心なアプローチに押されて実現と相成ったのである。

娘が保育園に通い出して4年間、ママ友やパパ友といえる人は1人もいないので、こういうとき、どういう会話をしていいか、わからない。

しかも、向こうの両親は2人とも理系で体育会系で社交的だし、こっちはガッチガチの文系で文化系で引きこもり系である。なかなか話題が合わない。

それでも向こうは気を使って、自分たちの素性やさまざまな話題を提供してくれる。しかしこっちはなかなかの秘密主義なので、自分の素性を明かすタイミングを逸してしまう。

向こうのパパが大谷翔平のことが好きすぎる、という話題を振ってくれた。大谷翔平だったら、さすがに共通の話題になるだろうと思ったのだろう。しかし僕は、そもそも野球にまったく興味がないし、大谷翔平がすごい選手だということだけはわかるが、具体的なデータを持ち合わせているわけでもない。困ったあげく、

「大谷選手は、人格者ですね」

とか、

「たしか、岩手の高校でしたよね」

くらいしか反応できなかった。

そんなこんなで、気がついてみると3時間が経っていた。打てど響かぬ僕たちに、あちらのご両親は不満だったかも知れないが、3時間も続いたということは、それなりに楽しんだのだろうか。もともと社交的な人というのは、話題が合わなくても、こちらがあまり素性を明かさなくても、それなりに楽しむ術を身につけているのかも知れない。だからこそ社交的なのだろう。

「こんどはいっしょにお泊まりしようね」

と、その両親は娘たちに語りかけていたが、はたしてどうなるか。

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ファンレター

10月11日(火)

ひとり合宿、2日目。

2日目が本番。今回はいつも以上に過酷だった。痛いとかそういうのはないのだが、とにかく過酷である。全体の流れは、すっかり覚えているのだが、やはり毎回、2日目の過酷さにひるんでしまう。いつまで経っても慣れない。この過酷さは、だれにも伝わらないだろうな。

4歳6カ月の娘は、つい最近までTBSテレビで放送されていた金曜ドラマ「石子と羽男」を夢中になって観ていた。いまも、録画したものを頻繁に観ている。

どうせ例によって漫画かなんかが原作なんだろう?と思っていたら、西田征史さんという人の脚本によるオリジナルの作品なんだね。しかもこの西田さんという人は、元お笑い芸人らしい。

僕は、娘が熱心に観ている横で、観るとはなしに観ていた、という程度なんだが、出演者がどれも好感が持てて、観ていて飽きなかった。

有村架純と中村倫也のダブル主演だが、そういえばずっと以前、「前の職場」で有村架純に雰囲気が似ている教え子がいた。顔が似ているとかそういうわけではなく、おっちょこちょいの感じやおっとりした感じ、それでいてめげない感じなどが、よく似ていたのである。だから有村架純を見るたびに、その教え子のことを思い出す。

そんなことはともかく。

「石子と羽男」のことが好きすぎた娘は、ドラマが終わったことにひどくショックを受け、番組宛てに手紙を書くことにした。娘はひらがながようやく読めるようになった程度で、少しずつ書けるようにはなっているのだが、それでも、書いたものを実際に読んでみると、ほとんど暗号の世界である。

たとえば、「ん」は「W」のように書く。「も」は鏡文字のように書いたり、「は」は、左側にある縦棒が右側に来たりする。慣れてくると、何が書いてあるかなんとなくわかる、という程度である。

しかし娘は手紙を書きたくて仕方ないらしく、「石子」(有村架純)、「羽男」(中村倫也)「石子の父」(さだまさし)「大庭さん」(赤楚衛二)の4人に充てて、それぞれ手紙を書いた。そしてその手紙の裏には、それぞれの人の似顔絵を付けたのである。もちろん、娘の書いた文字をそのまま送ったのでは、何と書いてあるかわからないから、その下に、大人が翻刻したものをつけた。

せっかく書いたのだから、このままにしておくのはもったいない。封筒に宛先を書いて、TBSの「石子と羽男」係に送った。そもそも終わってしまったドラマ宛に送って、無事に受け取ってくれるのかどうか、わからない。

それでも、手紙を書くことはいいことである。これに味をしめて、どんどん手紙を書いてくれるといいと思う。もっとも、熱しやすく冷めやすいのが娘の性格なので、どうなるかはわからない。

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M-1出場のまぼろし

8月14日(日)

午後、4歳4カ月になる娘を連れて、滞在先からほど近い、自然豊かな公園に行く。

その公園には森林に囲まれていて、そのなかに、アスレチック的な遊具が置いてある一角がある。娘はその場所がお気に入りのようで、どうしてもそこに行きたいというので、連れて行くことにしたのである。

ただ、そのアスレチック的な遊具の多くは、4歳児にとってはやや難易度が高い。その多くが、対象年齢6歳以上、とある。それでも、人気の一角なので、そんなことおかまいなしに、おそらくは6歳未満であろう幼児を連れた家族連れもその場所で遊んでいる。

僕はほとんど体力がないので、娘だけを遊ばせておいて、自分は近くのベンチに座って休んでいたかったのだが、なにしろ4歳なので、目を離すわけにはいかない。結局、つきっきりで、娘が遊具で遊んでいる場所で、見守ることになる。それなりに楽しんではいたが、年老いた父と一緒に遊べないことがわかっているので、なんとなく退屈そうでもある。

こういう場所で、よく行われているのは、「鬼ごっこ」である。とくに、複雑な構造をもつすべり台などは、鬼ごっこをする格好のスポットなのである。

今日も例によって、元気な男の子たちが、すべり台のまわりで鬼ごっこをしていた。

それを見つけた娘は、どうやらその鬼ごっこに参加したくてたまらないらしい。男の子たちに交じって、逃げ回ったり追いかけたりしている。別に娘は、その鬼ごっこに正式に参加しているわけではなく、「鬼ごっこに参加している風(ふう)」を装って、鬼ごっこの疑似体験をしているのである。少し年上の男の子たちとの身体能力の差は歴然としているのだが、それでも、楽しんでいるようだった。

「そんなに遊びたいんだったら、『一緒に遊ぼ』といえばいいのに」

と僕は、そのたびに娘に言うのだが、娘は決まって、

「だって、恥ずかしいんだもん」

と言って、仲間に入ろうとはしない。

ひとしきり鬼ごっこが終わって、さあ帰ろうか、と思っていた矢先、こんどはその男の子たちは、虫とり網を持って、「虫取りに行こう」ということになったようだった。

それを近くで耳をそばだてて聞いていた娘が、

「○○ちゃん(娘のこと)も虫とりに行きた~い」

と言い出した。ちなみにその時点で時刻は4時近くになっていた。

「もう帰ろうよ。お空が暗くなっちゃうよ。雨も降ってきそうだし」

「イヤだ、行きた~い」

そういうと、娘は男の子たちについていって、山道を進もうとする」

「パパはしんどいから、ついて行けないよ」

「いいよ。パパはそこで待ってて」

といって、山道をずんずん奥の方へ歩いて行った。

さすがにこれはまずいと、僕も仕方なく山道に分け入ることにする。

娘は、先を歩いている男の子たちを追いかけるのに必死である。男の子たちに無許可で、後をついて行っているのだから、これが大人だったらストーカーのレベルである。

「さっき、虫を見つけたよ。前の男の子たちは気づかなかったけど」

「じゃあ、男の子たちに教えてあげないと」

「だって、恥ずかしいんだもん」

だったらなんでついて行っているんだ?という言葉をグッとこらえる。いつものことなのだ。

ようやく男の子たちに追いついたのだが、いつの間にかそのコースは遊具のある一角に戻っていて、男の子たちもその時点でもう虫とりは飽きちゃったみたいだった。

再び男の子たちは遊具で遊びはじめたが、娘もそれに混じって遊んでいると、ふとした瞬間に転んでしまい、頭をぶつけてしまった。

転んだり、頭をぶつけたりする時にはふたつのパターンがあって、泣かないパターンと、泣くパターンがある。

これは明らかに泣くパターンだな、と思った瞬間、娘は僕のところに近寄って、顔を埋めて泣き始めた。

「大丈夫、痛くないから」と慰めながら、「せっかく男の子たちと遊べるんだから、戻って遊んできなさいよ」

「ヤだ」

「どうして?」

「泣き顔を見せたくないから」

そこで、男の子たちのグループとあっさり別れたのだった。

たぶんこの年齢にありがちのことなのだろうが、一緒に仲間に加わりたいけど、恥ずかしくて言い出せない、とか、自分の恥ずかしい姿を見ず知らずの人に見せたくない、という気持ちが強いのだろう。

娘と僕のふだんのやりとりがけっこう面白いと自負しているものだから、何日か前、娘に、

「一緒に『M-1』出てみる?」

と冗談で聞いたら、

「出た~い」

と言っていた。しかし、今日のようなことがあると、見ず知らずの人の前で自分を見られるのが恥ずかしいと思っている娘に、M-1出場は無理かも知れない。もう一皮むけてくれるといいんだけどな。

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小児科クリニック始末

7月16日(土)

昨晩から、4歳3か月の娘が頻繁に咳をするようになったので、今朝、かかりつけの小児科クリニックに連れていくことにした。

平日は仕事なので、娘を小児科に連れていくタイミングは、土曜日の午前中になることが多い。ほかの家族も同様のようで、土曜日の午前中は、平日よりも診察を希望する患者が多いようである。

午前9時から診察が開始されるのだが、診察を予約するには、2つの方法がある。

1つは、インターネットによる予約である。診察時間の始まる午前9時ジャストに受付が開始されるので、午前9時になると同時に、予約しなければならない。

もう1つは、直接クリニックに赴く方法である。こちらの方は、午前9時よりも前にクリニックの前に並んでいると、9時10分前くらいに、クリニックの扉が開き、受付が開始される。

つまり、できるだけ早く診察してもらうためには、午前9時より前にクリニックまで直接行って、クリニックの扉が開くと同時に受付を済ませる方がよいということである。インターネットによる予約はたしかに楽なのだが、9時の時点ですでに、直接受付を済ませた人たちよりも遅れて予約することになるし、9時になるとみんなが一斉に予約するので、順番がかなり後回しになる可能性が高いのである。

なので、僕はできるだけ、午前9時の診察返し前にクリニックの前に並んで受付をするという方法をとっている。

今日も、娘を連れて、午前8時45分頃、クリニックの前に着くと、ちょっと最近見たことがないくらい、すでに長蛇の列である。

これはあれか?コロナウィルスの第7波が来ていることと関係があるのか?

仕方がないので最後尾に並ぶと、その後も次から次へと僕の後ろに列が続いていく。

8時50分頃、クリニックの扉が開き、受付が始まった。娘の受付番号は20番である。つまりその前に19人が並んでいたことになる。

午前9時の時点で、インターネットによる予約をした人を含めると、待合室のモニターに表示される受付番号はたちまち60番まで跳ね上がった。つまり診察開始の時点で、60人の患者が診察を待っているということになる。

(これは長期戦になりそうだな…)

狭い待合室に親子連れがひしめき合っている。これではどう考えてもこれは感染源のど真ん中にいるようなものである。その間にも、次から次へとクリニックに訪れる患者が増えている。

「すみませ~ん、すみませ~ん」

と、待合室のトイレのほうから、看護師さんを呼ぶ声がした。トイレからは、子どもが泣き叫ぶ声がしていて、その泣き声は次第に大きくなるばかりで、おさまる気配がない。

看護師さんはほかの患者への対応で忙しくしていて、しばらくの間、その声に気づいていないようだったが、近くにいた人に「呼んでますよ」と指摘されて、トイレのほうに向かった。

「どうしました?」

「子どもが吐いちゃいました」

子どもがトイレで吐いたらしい。吐いた子どもは、よっぽど苦しかったのか、ひたすら泣き続けていた。

いよいよこれは阿鼻叫喚だな、と思い、しばらく散歩に出ることにした。散歩といっても、天候は不安定だし、地面はぬかるんでいるので、思うような散歩もできない。

散歩から戻ってきたときには、あと5人くらいで順番がまわってくるようなタイミングだった。

あと4人、あと3人…、と待っていると、娘が、

「パパ、うんち」

と言いだした。

「わかった。じゃあトイレに行こう」

待合室のトイレに入ろうとすると、中に看護師さんがいて、先ほどの子どもが吐いてトイレを汚してしまったところを、掃除しているところだった。

「すみません。急を要するんですが、入っても大丈夫ですか?」

「すみません。掃除がしばらくかかりそうなので…」

なんというタイミングの悪さだ。

「うんち、ガマンできないの?」

「ガマンできな~い」

仕方がないので、クリニックを出て、近くのスーパーの2階にあるトイレに駆け込んだ。

無事にうんちを済ませ、クリニックに戻ると、まだ診察の順番はまわってきていなかった。

しばらく待って、ようやく診察を受ける。

僕は、このクリニックの先生に絶大な信頼を寄せている。たぶん、ほかの家族も同様であろう。

なんでもこの先生は、大きな病院の小児科部長を務めた方で、その職を辞したあと、数年前にこの場所に小児科を開業したという。保護者に対する説明がとても論理的でわかりやすい。子どもにも分け隔てなく、優しく接してくれる。

なにより、カルテを英語で入力している好印象である。

僕が子どもの頃に通っていた小児科の先生は、当然まだパソコンなどない時代だったが、カルテをドイツ語で記入していた。なるほど、医者の先生はみんなドイツ語が堪能なんだな、と子ども心に思ったものだ。だからみんなドイツ語でカルテを書いていると認識していた。

ところが最近、医者にかかる機会が多くなり、パソコンに入力している様子を見ると、みんな日本語で入力しているではないか。カルテをドイツ語で書かなければならないしばりがなくなり、規制緩和で日本語入力も可となったのだろうか。

ある先生なんかは、

「最近、体調のほうはどうですか?」

と聞いてきたので、

「まずまずです」

と答えると、カルテに、

「体調はまずまず」

と入力され、そのままじゃん!と思ったことがある。

そういう先生を多く見てきたから、英語で入力するこのクリニックの先生を人一倍信頼できると感じてしまうのである。

ま、それはともかく、先生の評判が口コミで広まっていったであろうことは間違いない。

ウィルスの検査をしてみたが、陰性の結果が出て、ひとまずホッとした。

いつもの咳止めの薬をもらいに、近くの薬局に行ったが、娘がまた、

「パパ、おしっこ」

と言うので、さっき行ったばかりのスーパーの2階のトイレにふたたび連れて行き、無事におしっこを済ませたあと、薬をもらって帰宅した。

なんだかんだで2時間が経っていた。

自分が病院に行くのも一苦労だが、娘を病院に連れて行くのも一苦労である。体力がないと病院には行けない。

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ピアノ発表会

7月9日(土)

今日は4歳3か月の娘の、ピアノ発表会の日である。

娘と、同じマンションに住む小5の姪は、近所の繁華街にあるピアノ教室で、同じ先生に習っている。なので姪もまた、同じ発表会に出演する。

場所は、バスと私鉄と都営線を乗り継いで1時間ほどかかる都内。午前11時20分開演だが、10時半には会場に着いた。

昨晩の金曜日、娘はなかなか眠れなかった。といっても、最近は宵っ張りである。

「緊張して眠れないんでしょ?」

「ううん、そんなことない!」

と全力で否定した。

翌朝、親類の子のお下がりでもらった、白いドレスに着替えて、いよいよ出発である。おそらく、次の時にはドレスが小さくて入らなくなるだろうから、最初で最後の衣装だろう。

電車に乗った頃から、しゃっくりが止まらないようである。

「困ったねえ。しゃっくりが止まらないねえ」

緊張しているのだろうか?

「ねえ、緊張しているんでしょう?ねえ?ねえ?」

と、娘に執拗に聞いていると、

「そんなこと聞いたら、よけいに緊張するでしょう!トラウマになるよ!」

と、家族にたしなめられた。

会場に着くと、娘や姪のピアノの先生が受付にいた。

「今日はよろしくお願いします」

同じピアノの先生のもとで習っている生徒のうち、希望者がピアノの発表会に出るという。今日の出演者は9名。最年少はうちの娘で、最年長は姪である。なので、トップバッターは娘で、最後を飾るのは姪と、プログラムに書いてあった。

コロナ禍での演奏会のため、演奏者ひとりにつき、2名まで来場が可能という決まりがあった。ということは、演奏者含めて3名が一組だから、会場には27名の観客がいるということである。

感染対策のため、途中に10分間の休憩をはさみ、その間に会場の換気を行う、という徹底ぶりだった。

いまから45年くらい前、僕も少しピアノを習っていて、ピアノ発表会に出演した経験があるのだが、ピアノ発表会という形式で、ピアノを習っている生徒が演奏を披露するスタイルの行事は、半世紀以上、延々と変わることなく、行われ続けたのだろうか。そもそもピアノ発表会というスタイルは、いつごろ、だれによって確立したものなのか、興味がある。やはり楽器店の考え出したアイデアなのかなあ。

そんなことをつらつら考えているうちに、ピアノ発表会が始まった。

1番手の娘は、「きらきらぼし」と「ふしぎなポケット」の2曲を、ピアノの先生の伴奏付きで演奏した。

すでにしゃっくりは止まっていて、堂々とした演奏だった。こいつ、本番に強いヤツだな。

2番目以降の人たちは、先生の伴奏の助けがなく、ひとりでの演奏である。

最後は、姪による、中島みゆきの「糸」が演奏された。ほかのみんながよくあるクラシックの曲を選んでいる中で、この選曲はすばらしい。しかしそれだけに、なかなかの難曲である。

練習の様子を見ていたときは、なかなか最後まで弾ききることができず、途中でやめてしまうのではないかと不安だったが、見事に最後まで演奏しきった。

ピアノ発表会は、休憩を入れて1時間ほどで終わった。そのあと、近くで昼食を取ったり、別の場所を訪れたりしていたら、帰宅したのは夕方5時近くになった。あまりに疲れたので、帰ってから泥のように寝た。

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僕はラーメンからできている

6月22日(水)

午後から都内で、来年のイベントに関する打合せを6時間以上にわたって行い、すっかりヘトヘトになってしまった。

帰宅すると、もうすぐ4歳3か月になる娘が、起きていた。

娘は最近、寝付きが悪い。暑さのせいなのか、それとも、僕が遅くに帰宅することにより睡眠のペースを乱されるからなのか、わからない。

僕はいつも心配して、

「眠れないの?」

と娘に聞くのだが、娘はきまって、

「眠れるよ」

と反論し、自分の寝付きの悪さを決して認めない。

だが、今日。

「○○ちゃん(娘のこと)、どうして眠れないかわかる?」

と聞いてきた。

「どうして眠れないの?」

と聞くと、

「だって、『僕はラーメンからできている』から!」

と答えた。

僕は爆笑した。

「すごいねえ、天才だよ!」

僕は娘の言っていることを瞬時に理解した。

さて、どういうことでしょう?ま、これだけではナンダカヨクワカラナイ。

実は最近、録画しておいた映画『南極料理人』を、娘はくり返し観ている。どうやらお気に入りの映画のようだ。

映画『南極料理人』は、そのタイトル通り、堺雅人扮する西村が、南極観測隊の料理人となって、隊員たちに料理をふるまう、という内容なのだが、そこに登場するメンバーが、じつに個性的な役者ばかりである。

最年長である「隊長」こと、きたろうを筆頭に、生瀬勝久、豊原功補、高良健吾、古舘寬治、黒田大輔、小浜正寛という面々である。

隊長のきたろうさんは、ラーメンが大好きで、毎晩、夜中にこっそりと、南極の在庫のラーメンを食べていたところ、ついに南極にストックしてあったラーメンが尽きてしまった。南極だから当然、買い出しに行けるはずもない。在庫がなくなったら、もうそれっきりなのだ。

それに気づいた西村(堺雅人)が、

「もうラーメンはありません」

と言うと、きたろうさんは、ほんとうに悲しそうな表情をする。この表情が、たまらなく可笑しい。この表情を見るだけでも、この映画を観る価値がある!

ある夜、きたろうさんは、熟睡している西村(堺雅人)の部屋を訪れた。

「西村くん、眠れないよ」

驚いて目を覚ます西村。

「西村くん、僕の身体はね、ラーメンでできているんだよ」

訴えかけるような目で、ほんとうに深刻そうに話すきたろうさん。この表情がまた可笑しい。

西村(堺雅人)は、「そんなこと僕に言われても…」と、眠り目をこすりながら、きたろうさんの深刻そうな顔を見つめる。

…僕は、娘の「僕はラーメンからできている」という言葉を聞いて、映画のこの場面を瞬時に思い出したのである。

娘は、この場面が、映画の中でいちばん面白いと思ったのである。それを、自分の眠れない理由に使うなんざ、粋だね。天才的だね。

2時間の映画で、いちばん印象に残ったセリフが、きたろうさんの「僕の身体はラーメンでできている」というセリフだったのかよ!笑いのセンスがパパと同じじゃないか!

このエピソード、きたろうさんが聞いたら喜ぶんじゃないだろうか。だってあの映画ではきたろうさんがいちばん面白いと言っているようなものだもの。「大竹まこと ゴールデンラジオ」の水曜日宛てに、メールを出してみようかしら。

…いや、どうせ紹介されないから、やめておこう。

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ひょっこりひょうかんじわ

これはたぶん私家版なのだと思うが、『往復書簡 ひとりになること花をおくるよ』は、写真家の植本一子さんと作家の滝口悠生さんが、コロナ禍の2021年11月から2022年4月20日まで16回にわたってやりとりした往復書簡集である。メールのやりとりではなく、実際に書簡を往復させたようである。

滝口さんには1歳の娘さんがいるそうなのだが、そこで語られている言葉が、わかるわかる、といった感じなのだ。

「一歳を過ぎてからの変化は日々めざましいものがあります。たぶん喉を使って音を出したり、これまでと違う舌の使い方を覚えたことで、アルファベットで表すと、gr gr gr とか、krrrみたいな声を上げます。これまでは「んまー」とか「ぱっぱっぱ」とか、いわゆる喃語らしい音だったのですが、最近の音は僕の耳にはとても新鮮で、ちょっとモンゴルとかロシアとかの言葉みたいに聞こえます。日本語の音声が身体化している僕は同じ音を出そうと思ってもなかなか真似できません。母音と子音を組み合わせた発音はまだできないから、日本語にはないような子音の音を出したり、子音を続けて発音したりしているようで、言葉ができあがる過程を見ているみたいでおもしろいです」

これは僕も感じたことである。1歳から2歳くらいのころ、娘の発する音が、韓国語のパッチムのように聞こえることが、よくあった。だがそれは、僕はたまたま韓国語の発音を習ったことがあったから、娘の発音の仕方がパッチムのように聞こえたのであって、ドイツ語の発音になじんでいる人にとっては、ドイツ語の発音に聞こえたかもしれないし、フランス語の発音になじんでいる人が聞いたら、フランス語のリエゾンのように聞こえたのかもしれない。

つまりここから言えることは、1~2歳児は、言語の習得に関するあらゆる可能性を持っているということである。それが、成長するにつれて、日本語の発音が身体化していくのである。

4歳2か月の娘はいまや、かつてのような発音が次第に淘汰され、ほとんど日本語の発音が身体化しつつある。それが少しさびしい。

また、滝口さんは、こんなことも書いている。

「日々できることが増えることは、そばで娘を見ているものとしては嬉しいですが、同時に感じるのはその過程そのものや、その過程にあって親しみを覚えはじめていた娘のしぐさや言動を楽しめる時期があっという間に過ぎ去ってしまうことのかなしさです」

このことを実感するのは、娘の歌う歌を聞いているときである。人から聞いた歌や、テレビから流れてくる歌を、聞こえたなりに娘が歌うのだが、歌詞がかなりおかしい。

最近、娘がハマっているもののひとつが、「ウルトラマン」である。映画「シン・ウルトラマン」を劇場で観て以来、毎日のように、以前僕が買った、オリジナルの「ウルトラマン」とか「帰ってきたウルトラマン」のDVDを見ている。最近の口癖は、「ハヤタ~」であり、マムシさんの最近の写真を見て「あ、アラシ隊員だ!」と同定したりする。どんな4歳児なんだ?!

もちろん「ウルトラマン」の歌も歌うのだが、もう一つ、いま盛んに歌っているのが、「ひょっこりひょうたん島」の主題歌である。こちらの方はたぶん、保育園で習ってきたのだろう。

「ウルトラマン」だとか「ひょっこりひょうたん島」だとか、1960年代の歌しか歌わないのが可笑しい。

で、「ひょっこりひょうたん島」は、振りつけを交えて歌うのだが、歌詞がところどころ、不正確なのである。

「泣くのはイヤだ、笑っちゃおう♪」

のところは、

「泣くならいまだ、笑っちゃおう♪」

と歌うし、最後に、

「ひょっこりひょうたん島♪ひょっこりひょうたん島」

とくり返して歌うところは、

「ひょっこりひょうかんじ~わ♪ひょっこりひょうかんじ~わ♪」

と歌うのだ。

これも、もうしばらくすると、正しい歌詞に直ってしまうのだろうと思うと、この間違った歌詞を聞いているいまが大切な時間に思えてくる。

だから、滝口さんの言う「親しみを覚えはじめていた娘のしぐさや言動を楽しめる時期があっという間に過ぎ去ってしまうことのかなしさ」という言葉は、よくわかるのである。滝口さんの言葉は、どれもじつにしっくりくる。

ちなみにこの本、巻末に武田砂鉄氏が一文を寄せている。実はそれが目当てでこの本を入手したのだが、この巻末の一文も、往復書簡の雰囲気に呼応していて、じつに味わい深い。

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