育児

図書館活

7月21日(日)

今日も暑い。

小1の娘の退屈を紛らわすためにどこかに連れていかなければならないのだが、昨日は映画館に連れていったので、その手は使えない。

涼しいところで父娘が過ごせる場所はないだろうかと考えたら、図書館があるじゃないかと思い至った。もともと図書館というのは、涼みに行く場所であることを思い出した。

そんなのあたりまえだろ!と思うかもしれないが、私の自宅から図書館に行くには微妙に距離があったりする。私の住む市内には、いちばん大きな本館のほかに、いくつかの分館があって、娘は自宅からいちばん近い分館に行くことがほとんどなのだが、車で行くほどのところではなく、かといってこのクソ暑い中で歩いて行くのも億劫だ。

そこで思いついたのは、市立図書館の本館に行くことだった。この町に引っ越してから6年ぐらい経つが、自宅からはちょっと遠くて、これまであまり図書館の本館を利用したことがない。本を借りて返しに行くという行為がかなり面倒に感じるのだ。それにそもそも、この図書館には自分が読みたいと思う本の在庫が少なくて、そこまでして図書館に行く必要があるかと思っていたわけである。

しかしこんな時は背に腹は代えられない。それに久しぶりに図書館に行って涼しい場所で本を眺めるのも悪くないと思い、車で行くことにした。午後4時過ぎのことである。

図書館の駐車スペースはわずか7台で、案の定止めることができず、近くの駐車場に車を止めてそこから歩いて行った。なんだ、結局歩くんじゃねえか。でも夕方で風が出てきたこともあって、気温は高かったがそれほど不愉快な暑さは感じなかった。

ようやく図書館に着いて、娘が「図鑑が読みたい」というので、子ども向けの図鑑のある本棚に連れていき、気に入った図鑑を手に取ったあとは子ども向けの読書席で読んでもらうことにした。

その間僕は、久しぶりに来た図書館の本館の本棚を見わたしながら、

(どんな本を読もうかなあ)

と本の背表紙を見ていたら、館内放送が流れた。

「当館は5時で閉館です」

時計を見ると5時。えええぇぇぇっ!もう閉館???

5時になるとカウンターにいた職員さん全員がサァーッと潮が引くように事務室に帰って以降としたので、僕は思わず、

「今日は5時に閉館なのですか?」

と聞いたら、

「土日祝日は5時が閉館時間です。平日は夜8時までですが」

と言われ、ハタと気づいた。僕がてっきり夜8時に閉館だと思っていたのは、平日の話だったのだ。

そのことを察した娘も僕のところに寄ってきて、「閉館時間だよ」と言ってきた。

正味30分も滞在しないことになってしまったが、その間に娘は最初に選んだ図鑑を1冊読んだといって、それなりに満足した様子だった。

その後は、その図書館本館からそのまま北上したところにあるK珈琲店で時間を潰した。

そういえば僕も小学生のころ、放課後の大半の時間は図書館で過ごしたものだった。ここは原点に帰って、娘と図書館で過ごす時間を作ろう。

こういうのを何て言うの?「図書館活」?うまい言葉が見つからない。

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困ったときのプラネタリウム

7月7日(日)

朝食後、投票会場となった児童館に都知事選の投票に行ったのだが、行って帰ってくるだけで「川に落ちた」ように、汗で全身がずぶ濡れになり、さっそく着替えた。今日の予報では35℃を超える酷暑日である。

このあと、小1の娘を夕方まで遊ばせなければならないのだが、この酷暑日に公園に行けるはずもない。こういうときは映画館で映画を観ることがいちばんなのだが、どう探しても、小1の娘と一緒に観たいと思わせる映画が見つからない。こうなると打つ手がない。だが家でおとなしくしているタイプではないので、なんとかしてどこかに連れていかなければならない。

残された最後の手段は、プラネタリウムに行くことである。いままでもプラネタリウムに救われたことが何度もあった。だが、よく通っているプラネタリウムはあいにく改装中で、7月20日にリニューアルオープンするという。どこかほかのプラネタリウムを見つけなければならない。

スマホで検索してみると、自宅からさほど離れていないところに「世界最大級のプラネタリウム」があることがわかった。「世界最大級」ということは、観覧席のキャパシティーも世界最大級ということではないか?調べてみると、公共交通機関でも行くことができるが、電車とバスを乗り継いだらそれだけで汗だくである。車だと自宅から30分程度で着くようで、念のため駐車場があるかも確認したところ、駐車場もあるということだったので、善は急げと、投票から帰って着替えをして、ほどなくして自宅から車で行くことにした。

予約が必要なく現地に着いてから入場券を買えばよいということだった。先週行ったカンドゥーが入場時間も厳密に決められた完全予約制だったことにくらべれば、ふらっと行ける感じがよい。

さっそく車で現地に行くことにした。初めて行く場所だったのでどんなところなのかまったくわからなかったが、カーナビの指示通りに走ると、もうすぐ到着するというタイミングで幹線道路から外れて左の細い道に曲がり、住宅地に入っていった。こんなところにあるのか?と疑問に思いながら進んでいくと、プラネタリウムとおぼしき大きなドーム状の建物が突如現れた。さらに道案内の看板に従って駐車場に入ろうとすると、

「満車」

と書いてある。ま、日曜日だしあるていど混んでいるのは仕方がないなと思い、その場で待とうとしたら、

「待機禁止」

という大きく書いてある。住宅街の細い道なのでたしかにここで並んで待機しては近所迷惑になる。駐車場の案内人も「停まらないで走り続けてください!」という合図を出すので、ひとまず駐車場を通り過ぎ、住宅街を抜けて、再び幹線道路に出て、先ほどと同じところを左に曲がって、再度駐車場に向かったが、やはり「満車」は変わらない。仕方ないのでまた同じルートをぐるりとまわってみたび駐車場の前まで行くが、事態は変わらなかった。

うーむ。見通しが甘かった。こんな酷暑日に小さい子どもを連れて行けるとしたらプラネタリウムだよな。みんな考えていることは同じだ。

仕方がないので、いったん戦線離脱し、近くでお昼ご飯を食べてから午後にまた挑戦することにした。

昼食のときに、プラネタリウムのホームページを見ると、プラネタリウムの空席情報が載っていて、それを見たら午後の回も軒並み満席で、最終の回しか空きがない。

午後1時すぎにお店を出て、再びプラネタリウムに向かう。すると運よく駐車場に入ることができた。駐車場に車を止めてから、暑い中を歩いて建物の中に入り、入場券を買う。どうやらプラネタリウムの最終の上映にすべり込めたようだ。

しかし最終の上映は15時50分で、まだ2時間以上も時間がある。僕は建物内のカフェで時間まで休みたいと思ったのだが、娘がそれを許してくれるはずもない。このプラネタリウムには、5つの展示室があり、そこでさまざまな科学体験ができることを売りにしている。時間はたっぷりあるので、その「体験型ミュージアム」を満喫することにした。

…と、その前に、今日は7月7日、七夕である。エントランスに大きな笹竹があり、たくさんの短冊が吊されている。来館者が思い思いの願い事を書いて吊すことができるようである。せっかくなので娘に「願い事」を書いてもらったら、

「あいどるになれますように」

と書きやがった。その言葉のチョイスがあまりにも可笑しくて、むしろお笑い芸人向きだろ!と思ってしまった。

5つの展示室を擁した「体験型ミュージアム」は思いのほか面白かった。率直に言って、先週のカンドゥーの仕事体験や、いつぞや行った「君も博士になれる展」よりも面白いと思った。酷暑日の今日はバカみたいに客が来ているのでなかなか多くの体験はできなかったが、本来ならばもう少し余裕があるはずで、そうすればもっといろいろな体験ができるはずだ。

客層は、ほとんどが小さい子どもを連れた家族だったが、では子どもだけをターゲットにした科学館かといえば、必ずしもそうとはいえない。お客さんの中には「ゆとりっ娘(こ)世代」の若者が二人連れで来ているパターンもあり、「ゆとりっ娘世代」にも楽しめると思う。何よりプラネタリウムは子どもたちのためだけにあるのではない。大人も十分楽しめる。

5つの展示室で時間を潰したら、プラネタリウムの開場時間になった。このプラネタリウムは、外観がドーム状になっており、「サイエンスエッグ」という愛称がある。たぶんこれは、東京ドームの愛称「ビッグエッグ」にインスパイアされた呼び方だろう。世界最大級の触れ込み通り、たしかに会場は広かった。

プラネタリウムの上映時間は45分。ライブで解説をつけているのだが、その声と話し方がめちゃくちゃ心地よくて、ついうとうとしてしまった。

結局、夕方5時の閉館までいることになり、例によって僕の両足の裏の痛みは限界を越え、駐車場にたどり着くのがやっとだった。

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カンドゥーからの葛西臨海公園

6月30日(日)

「カンドゥー」はどうやら仕事体験ができる空間らしい。キッザニアみたいなものか。

朝8時に娘と2人でカンドゥーに向かう。車に乗り高速道路を使って1時間ほどのところにあり、ちょっと遠かった。

9時過ぎにカンドゥーに入ると、すでに多くの家族連れでごった返していた。それらの家族がいっぺんに入場してしまうとパンクしてしまうので、およそ40分ほどかけて、時間差を設けながら入場させた。予約チケットのQRコードを読み取ってもらい中に入った頃には、10時を回っていた。

入場するとすぐに「予約機」と呼ばれるモニターにならび、希望する仕事体験を選択するのだが、1回につきひとつの体験しか予約できない。ひとつの仕事体験が終わると、また予約機のところに走って、こんどは次のブースを予約する。書き忘れたが、会場全体がフードコートのような作りになっていて、椅子とテーブルが置かれた周りにいろいろなブースがあり、さまざまな体験ができるのである。

こっちはノープランだったので、あらかじめどんな仕事体験をするかなどは決めていなかった。私が予約機の前に立った頃には、すでに娘が希望する仕事体験は粗方予約でいっぱいになってしまっていた。じゃあ空いているところでも、と娘に提案したのだが、どんな職種でもいいというわけではなかったようで、こっちの提案に対してなかなか首を縦に振らない。そりゃあそうだ。娘がいくら小さいとは言っても、やりたい仕事もあればやりたくない仕事もある。何でもかんでも体験させればいいというのは親のエゴである。

それでもなんとか3つの体験だけはすることができた。しかしいずれも希望の仕事体験ではなかったので、あまり乗り気ではなかったようだ。娘がその会場の中でいちばん熱心に取り組んでいたのは「ぬりえ」だった。あらかじめ決まっているキャラクターに色を塗って、その紙をスキャンすると、映像の中に取り込まれ、モニター上でトントン相撲ができるという、こうして書いていてもよくわからない遊びがあり、それがいちばん関心が高かったようだ。ぬりえだったら、高速道路を使って1時間をかけて来なくても家でできるじゃねえか、と言いたかったが、まあやりたいことを見つけてくれただけでよしとした。

午前の部は10時に始まり、14時半までの完全入れ替え制であったが、午後になるとほとんど仕事体験が予約で埋まってしまい、新たな仕事体験がまったくできなくなってしまった。仕方がないので早めに切り上げ、帰る途中にある葛西臨海公園に立ち寄ることにした。「観覧車に乗りたい」と言い出したからである。

カンドゥーで過ごした4時間近くの時間は、僕の足にかなりのダメージを与えた。両足の裏の皮膚が暴れ出し、あまりに痛くて歩くのがやっとだった。このうえ葛西臨海公園内を歩いて移動し、観覧車に乗るというのだから、なかなか気が重い。

日曜日の葛西臨海公園も同じように家族連れでごった返していた。やはりみんな考えることは同じだ。観覧車のチケットを買って乗るまで20分ほど待たされた。観覧車の乗車時間は17分ほど。かなりコスパが悪い。

観覧車から見えるところに遊具をともなった広場があることを娘はめざとく見つけた。娘はとにかく、遊具のある広場に目がないのだ。観覧車から降りると、その足でその広場に向かい、例によってそこで「にわか友だち」を見つけて遊んでいた。頼むからその「にわか友だち」と再会の約束なんかするんじゃないぞ、と気が気ではなかったが、今回はその事態は避けられ、ホッとした。

結局夕方の5時近くまで遊び続け、車に乗って帰途についたときには、僕はもうヘトヘトだった。

 

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個人面談

6月25日(火)

毎週、週の前半はストレスフルな仕事が多い。とりわけ火曜日は会議日ということもあって、多くの打合せを分刻みで設定する。いずれもストレスのたまる打合せが多く、破綻しないように注意深く進めなければならないことに神経を集中する。ほとんど休みなく、打合せは7時頃まで続いた。

6月26日(水)

娘の小学校の個人面談の日である。僕が子どものころは「家庭訪問」というのがあって、担任が児童の家をまわっていたが、社会状況が変わり、いまは保護者が学校に行って面談する時代になったのかと、いまさらながら感慨深かった。

先日は学童保育の個人面談があったばかりで、この時期は個人面談の日程調整が重なる。学校側や学童側にしても、大人数の個人面談をさばかなければならないから、致し方のないことかもしれない。

個人面談の時間は15分という時間制限があるので、雑談はできず、学校(学童)の様子を聞き、家での様子を淡々とお話しするだけである。

学校での様子を聞いたら、学童での様子とほとんど同じことを言っていた。曰く、友だちとよく遊んでいるが、自分から何かを主張することは絶対になく、気がついたらグループの中に入って遊んでいる、ちょっと引きで見ている感じだ、と。

学校でも学童でも、同じように遊んでいるようだ。

「ご家庭ではどうですか?」

「とてもわがままです」

と言ったらとても驚かれた。学校では「わがまま」の片鱗も見せていないらしい。

「典型的な内弁慶です」

と言ったら先生は大笑いしていた。

「放課後(学校と学童のあと)、いつもだれかと遊びたくて仕方ないみたいです」

「そうですか。学校では控えめですよ」

「そのようですね。でも放課後になると遊びに貪欲になり、だれかが遊んでいないだろうかと、通学路の途中でじっと待っていたりしています」

学校や学童でのふるまいと、家でのふるまいは、まるで違うことをこれで確信した。ひょっとすると、学校や学童では、周りに合わせようと無理していて、それが解放されたときに、たがが外れたようにわがままになるのだろう。

考えてみれば僕もそうだった。

だれも教えていないのに、親に似るというのは、やはり遺伝が関係しているのだろうか。僕は「遺伝至上主義」には与していないのだが。

アラームが鳴り、15分で面談が終了。明るい先生だったので、まるで15分のラジオの対談番組をしているようだった。

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カンドゥーって何?

6月24日(月)

いくつかの仕事の合間に、懸案となっていた原稿1本、校正2本をなんとか仕上げて、自分のもとから手放した。どうせ明日は休みなく重い問題ばかりの会議や打合せが続くので、無理をしてでも今日のうちにやっておこうと思ったのである。

ようやくこれで少し楽になったが、急に心配になったのは、来月半ばに行われる予定の市民講座である。まだ何も準備していない。

仕方なく引き受けたのだが、テーマが壮大すぎて収拾がつかなくなりそうなのである。いまからチマチマ準備を始めておかなければ間に合わない。

かといって、向こうも商売だから、最小履行人数に達しなければ講座じたいが中止になる可能性がある。現に、昨年がそうだった。

せっかく苦労して準備をしても、それが本当に開講されるのかどうかがわからないようだと、こちらのテンションも上がらないというものである。

ま、たとえ無駄になっても、何かの機会にまた日の目を見ることがあるだろうからと、割り切って少しずつ準備を始めることにした。

夜、ヘトヘトになって家に帰ると、もうパジャマを着て横になっていた小1の娘が起きてきた。

「ねえパパ」

「何?」

「カンドゥーに行きたい」

「何?カンドゥーって?」

「知らな~い。でもほのかちゃんが楽しいところだよって言ってたんだよ」

「それ、本当にカンドゥーって言うの?」

「うん」

聞き間違えたり、間違って覚えたりするので、娘の話は当てにならない。

スマホで調べてみると、たしかに「カンドゥー」は存在した。ただし自宅からはちょっと遠い。こりゃあ、また1日仕事だぞ!

「本当に行きたいの?」

「うん」

「パパ今度の土曜日仕事だけど、日曜日なら空いてるよ」

「じゃあ日曜日に行く」

週末は混みそうなので、急いでスマホでチケットをとった。

料金区分に「シニア」とあり、割安の料金だったのだが、そこでの「シニア」の定義が「55歳以上」だったのだ!ぎりぎりあてはまるやないかい!もう俺はシニアなのだ。たしかに小学生基準で考えたら、やはり僕は「シニア」なのだ。ちょっとショックだった。

またこれで週末が潰れる。

ところで「カンドゥー」って、何?

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GODIVA災難

6月22日(土)

いよいよ娘の最後のピアノ教室である。

最後なので、ピアノの先生に、今までの感謝の意味を込めて、何かプレゼントをしなければならない。

そういえば、義妹の娘、つまり姪が中学受験のためにピアノ教室をやめたときに、先生にどんなプレゼントをしたのだろう。聞いてみると、

「ピアノ教室の近くにGODIVAのお店があるでしょう?そこでチョコレートを買いました」

「なるほど、それならば悩まなくていい」

「ただ、GODIVAのチョコはかなり高いですよ」

「知ってますよ。それだけ高級だということでしょう」

「買おうと思ってお店に入ったら、あまりの高さにビックリして、結局4個入りで千数百円のチョコレートの小さい箱を先生にお渡ししました」

「4個入り?それは少ないねえ」

「それ以上だと高くて買えなかったんです」

どうしようか迷ったが、考える時間がない。僕もGODIVAのチョコをプレゼントすることにした。

午後、ピアノ教室のある繁華街にバスで向かう。ピアノ教室の時間まではまだ相当時間があるが、あいかわらず娘の聞き分けのなさには手こずらされる。

そろそろピアノ教室の時間になるので、その直前にGODIVAのチョコを買おうとお店に入る。ケースに入ったチョコの詰め合わせを見ると、たしかに高い。

義妹が言うように、4粒で1600円だった。しかしこれをプレゼントするというのは、なかなか貧相である。

思い切って3000円台のチョコにしようと、8粒入りのチョコ詰め合わせを買うことに決めた。すると娘が自分も食べたいと言い出した。

さすがに「このお店は高いからダメだよ」とは店員さんの前ではいえず、「ほかのお店で買ってあげる」とか、「こっちに一粒のチョコレートがあるよ」といろいろ言ってみたのだが、娘は4粒1600円のチョコの詰め合わせを指さし、

「これが食べたい」

という。いろいろ話をそらそうとしたが、娘は頑として譲らず、もしこっちが拒否でもしたら大泣きされそうな勢いである。

根負けして、娘用に4粒1600円のGODIVAのチョコを買わざるを得なかった。合わせて5000円近くの出費である。

仕方がない、ピアノの先生に5000円のチョコをプレゼントしたと考えることにしよう。

 

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おじいちゃんがどうした!

6月20日(木)

午前中に学童保育の個人面談がある。

学童保育は、一つの建物の中に80人ほどの児童がいるので、はたして保育士はひとりひとりのことをちゃんと把握してくれているのだろうか、個人面談といっても、次から次へと流れ作業で進んでいくのではないかと思ったら、そうではなく、わりと落ち着いてお話しすることができた。面談の保育士さんは、若い男性だった。

最初に挨拶したときに、

「あのー、おじいさまでいらっしゃいますか?」

と言われた。

「いえ、こう見えても父です」

「そ、それは失礼いたしました」

まあ無理もない、だれだって娘の父親とは思わないだろうな。とくにこの4月に入ってから、あまりの忙しさに一気に老け込んでしまった。

面談は、とくに可もなく不可もなくという感じで終わった。

続いて、娘を診療所に連れていくために16時に学童保育にお迎えにいった。昨晩から「かゆくて眠れない」というので、お医者さんに診てもらおうということになったのである。しかしかかりつけのクリニックは木曜日はあいにく休診日だったので、学童の近くにある診療所に行くことにした。

住宅街にあるその診療所は、一軒家を改装した作りになっていて、玄関を入ると待合室が異常に狭い。そこに入るとひとりのおじいさんが座っていた。かなりの高齢である。

そのおじいさんは、小学1年生の女の子を見るのがめずらしかったようで、声をかけてきた。

「おじょうちゃん、かわいいねえ」

人見知りをする娘は、私に抱きついて離れない。

するとそのおじいさんは、

「おじょうちゃん、おじいちゃんが好きなんだね。おじいちゃんと一緒でいいねえ」

と、やはり完全に僕を「おじいちゃん」呼ばわりした。

「いえ、実は父なんです」

と言ったが、どうやら聞こえなかったらしく、そのあと何度も、

「おじょうちゃんはおじいちゃんのことが好きなんだねえ。おじさんの近くにもおいでよ」

と、あろうことが自分のことを「おじさん」と抜かしやがった!

お前の方がナンボか年寄りやないかい!

…と喉元まで出かかった言葉をぐっとこらえた。

見知らぬ人と会うたび、「おじいさんと孫」に間違われる。

そういえば最近、入場料が必要な場所に入ろうとすると、受付の人に、

「一般料金ですと○○円、シニア料金ですと××円です」

と必ず言われるようになった。見た目から「シニア」である可能性が高いということなのだろう。

ところがそうでない場合もある。

今日は、そういうわけで通学路を何度も往復したため、娘の保育園時代のお友だちとすれ違うことが多かった。そのたびに、

「あ、○○ちゃんのパパだ!」

と手を振ってくれた。保育園時代のお友だちは、例外なく僕を「じいじ」ではなく「パパ」と認識してくれる。見た目がどんなであってもだ。

「子どもは正直だからときに残酷な物言いをする」などとよく言われるが、とんでもない。残酷な物言いをするのは大人の方なのだ。

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悲しき遊歩道

6月16日(日)

ピアノ教室を退会することになったにもかかわらず、数日前から小1の娘はテンション上がりまくりである。

日曜日の午後に、学校のお友だち数人と近くの遊歩道で遊ぶ約束をしたというのである。

それが楽しみで楽しみで仕方がないらしい。

前日に、自分なりの段取りを考える。そうだ、お菓子を一人ひとりに配ろうと、家の中を探し、人数分のキャンディーを見つけた。それをカバンに入れて明日持っていこうと考えている。

お風呂に入っても、髪を洗う時にふだんしていないリンスをして、お風呂から上がると自分でドライヤーを使って髪を乾かしている。

「楽しみすぎて眠れない」

というのだが、よくよく聞いてみると、何時に集まるとか、具体的なことは何も決まっていない。

「それ、ほんとうに約束したの?」

「うん」

「明日、みんなはほんとうに来るの?」

「だって約束したもん」

僕は、先日「タコ公園」で、初めて会った女の子に「来週同じ時間にこの場所で会おうね」と約束されたにもかかわらず、娘が行ってみるとその女の子は来なかった、つまり約束を反故にされたという体験を思い出した。

今回もそのパターンなのではないだろうか?

さて当日。

日ごろ朝寝坊の娘は、この日ばかりは早く起きて、「早く遊歩道に行きたい」という。

「約束は午後でしょ?午前中に行っても誰もいないよ」

「でも来るかもしれないじゃん」

仕方がないので家を出て遊歩道までついていくと、やはり誰もいない。

「ほら、誰もいないでしょう?」

「いいの!」

「さ、もう帰ろう」と言ったそのとき、たまたま遊歩道に隣接するマンションの1階から、聞いたことのある声が聞こえた。遊ぶ約束をしているHちゃんである。Hちゃんの部屋は、1階にあったのだ。

娘は急いでHちゃんのマンションの部屋の前まで走った。マンションの1階は当然、外からは見えないように遮蔽している。娘はその遮蔽された壁越しにHちゃんと話した。その内容は驚くべきものだった。

何人かで遊ぶ約束をしていたのは、実は昨日の土曜日で、娘以外のメンバーはすでに集まって遊んでしまったというのである。

ガーン!日にちを間違えた!

しかし娘はそんなことではへこたれなかった。Hちゃんの今日の予定を聞き出したところ、いまから家族で小金井公園に行くというので、そこで一緒に遊ぼうという約束を取り付けたのである。

しかしこれも厳密に言えば、具体的な約束はしていない。

娘とHちゃんとの会話によると、どうやらHちゃんの家族は10時に家を出て、小金井公園の「自転車のりば」のところにいるという。

娘は、「じゃあそこに行くね」と約束してしまった。

またもやざっくりとした約束である。

僕は急遽、娘を車に乗せて小金井公園に向かった。

小金井公園は車で行ったことがなく、「自転車のりば」という場所も、公園のどこにあるのかわからない。

何とか小金井公園に着き、「自転車乗り場」らしき場所に到着したが、肝心のHちゃん一家の姿が見当たらない。というより、ものすごい数の、同じような家族たちがこの場所で遊んでいて、見つかるはずもない。

「こんな広い場所で、こんなにたくさんの人がいる中で、Hちゃんを見つけるのは無理だよ」

娘の機嫌はどんどん悪くなる。打つ手なしか…、と思っていたら、そういえば以前、お互いの家族同士でグループLINEを設定していたことを思い出し、ダメ元で、「いまどこにいますか?」と聞いてみた。

するとしばらくして動画が送られてきた。ここにいますよということらしいが、その20秒ほどの動画を見ても、公園内のどこにでもあるような風景が映っているだけで、よくわからない。

しかしエラいもんで、動画をくり返し見ているうちに、手がかりとなるものの存在を見つけ、それにしたがって探していくと、とうとう居場所を突き止めた!

かくして娘とHちゃんは小金井公園で再会したのである。

そこからがたいへん!僕が財布を落としてしまい、こんな広い公園で財布を見つけるのは至難の業だ、と絶望していたところ、園内放送で、僕の名前が呼び出され、管理事務所に行くと財布がそのままの状態で届いていて事なきを得た、といったこともあり、「何て日だ!」とバイきんぐの小峠並みに叫びたい出来事がいくつもあった。

日にちを間違えて友だちと遊べなかった娘も、その中の一人であるHちゃんと遊ぶことができて満足そうだった。しかし、Hちゃんを探す娘の執念には恐れ入った。あれではまるでストーカーである。

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消化試合

6月15日(土)

娘のピアノ教室の日、なのだが、結局、娘はピアノ教室をやめることを決断した

やめる手続きをするためには、仮に今月中にやめる場合だと、その月の15日までに退会届を提出しなければならない。ただし、あらかじめピアノの先生と相談した上で、退会届を教室の受付に直接提出しなければならない。もし15日を1日でも過ぎれば、来月分の月謝も引き落とされることになる。

つまり、「やめる」ということを先生に伝え、退会届を出すとするならば、ピアノ教室の日である今日しかチャンスがないのである。

娘を連れて、繁華街にあるピアノ教室に向かう。そして練習の時間になった。

練習室のドアが開き、先生があらわれると、僕は「実はちょっとお話しがあるのですが…」と切り出した。

「とても残念なことなんですけど、今月でピアノ教室を辞めます」

先生はひどく驚いた。そりゃそうだ。前回までは何事もなかったのだから。

「どうしてです。上手くいってましたよ」

「ええ、でも、家ではどうしても練習しないのです。どんなに言っても、泣き叫ぶばかりで…。これでは、来月のピアノの発表会も無理だろうと思いまして…」

「そうでしたか…。課題曲がイヤだったんでしょうか?」

「いえ、そういことではありません。小学校に上がって、急にやることが増えて、毎日クタクタになって帰ってくるのです。ピアノの練習に使うエネルギーがないのだと思います」

「……せっかくセンスがあるのにねえ…」

「私たちが、娘をピアノの練習に上手くいざなえなかったことも原因の一つで、反省しています」

ピアノの先生にはまったく責任はないことを強調したかった。実際、先生の教え方は上手だったし、先生には何の落ち度もない。

「ピアノの発表会、残念ですねえ」突然のことで、先生もかなり動揺している。無理もないことである。

「そこで先生にお願いがあります」

「何でしょう」

「今月の練習は、今日を含めてあと2回あります。この2回の練習は、娘に楽しくピアノを弾いてもらいたいのです。娘がピアノが嫌いにならないように、楽しく練習をしてあげてください」

「わかりました」

「いまは学校や学童でめいっぱいの生活だとしても、いずれまた、ピアノの練習をしたいという気持ちが本人の中に生まれてくるかもしれません。そのときはまた入会しますので、よろしくお願いします」

「そうですね。わかりました」

娘にもう一度ピアノをしたいという気持ちが芽生えてくるかどうかは、実際のところよくわからない。もう無理かもしれない。それでも、そのように言わないと、この場はおさまらないと思った。

「さ、練習を始めましょう」

私は練習室の後方に座って練習の様子を見ることにした。

娘はピアノの発表会の課題曲の練習から解放され、ピアノを弾くこと自体は嫌ではなさそうだった。一方、先生もふだん通りの練習を心がけているのは重々感じられたが、さすがに動揺していたようで、実際には「楽しい練習」という雰囲気まではいかなかったように見えた。そりゃそうだ。今月で辞めると突然聞かされて、平常心でピアノを教えることなどできるはずもない。それは仕方のないことである。僕は「消化試合」という言葉が頭をよぎった。たとえ「消化試合」になってもいいじゃないか。娘は嫌がることなくピアノを弾いているのだから。

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運動会

6月1日(土)

前日の大雨もすっかり上がり、今日は小1の娘の運動会である。

東京のベッドタウン、というと古い言い回しになるが、世間はすっかり少子化社会であるにもかかわらず、娘の通う小学校は児童の数がやたらと多い。校庭の狭さに比して児童の数が多いからなのか、運動会は2学年ずつ、3回に分けて行うことになっていた。

昨日の運動会は残念ながら雨天延期になったが、娘が参加する小1と小6の運動会は、予定通り行うことができたのである。

運動会の競技といってもたかがしれている。小1は40メートルの徒競走と紅白の玉入れである。

しかし運動会のメインは、どうも競技にあるのではなく、ダンスにあるようだ。

小1の児童は「アイドル」という曲と、なにわ男子の何とかという曲、そして玉入れの競技中に「チェッチェッコリ」という曲に合わせてダンスをする。計3曲のダンスだ。

娘は帰宅すると、この3曲のダンスを毎日練習していた。宿題はなかなかやる気が起きないが、ダンスは進んで練習していた。

小6の児童は「ソーラン節」である。まあよくあるやつで、僕の記憶では、もともとドラマ「3年B組金八先生」の中でこのダンスを披露したことがきっかけとなり、あっという間に全国各地の小学校でこの「ソーラン節」が踊られるようになったと思うのだが、記憶違いだろうか。曲も、「金八先生」のなかで踊っていた音源と同じものと思われる。

ちょっと僕はその「ソーラン節」に食傷気味で、同じ「ソーラン節」でもどうせなら民謡クルセイダーズのソーラン節にすればいいのにとよけいなことを考えてしまう。

昨日聴いていたTBSラジオ「武田砂鉄のプレ金ナイト」で、やはり小学校の運動会の話題が出ていた。それによると、武田砂鉄さんの仕事部屋の隣の小学校では「Official髭男dism」の曲がダンスに使われているらしい。毎年その曲が流れてくると、そろそろ運動会の季節か、と思うようになったという。

僕が小3の頃も、運動会でダンスを披露した。曲は西城秀樹の「ヤングマン」である。

ダンスといっても、曲の間中、両手を拳のように握りしめて、リズムに合わせて空手の「型」のように右手と左手を交互に前に出す。1拍目が左手、あとの7拍は右手。これを曲の間中くり返す。

そして「YMCA」というサビのフレーズのときに、身体を使って「Y」「M」「C」「A」を表現する。つまり西城秀樹が歌う時と同じ動きである。

およそダンスと呼べるものではなかった。そう考えるといまはじつに洗練されている。

運動会で踊るダンスの歴史、というのも調べてみたら面白そうだ。もうとっくに調べている人はいるのかもしれないが。

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