育児

おたすけ!およよマン

1月16日(土)

妻が仕事があるというので、午後から2歳9か月の娘を近くの公園に連れて行くことにした。

最近、娘はすべり台がお気に入りのようで、すべり台のある公園に連れて行けば、満足するのだ。

近くにある公園に行くと、見知らぬ親子がもう1組いた。5歳くらいの女の子である。

娘が興味を持ってその子の後をくっついていったりすると、いつの間にか二人はいっしょに公園の土を掘り返したりして遊んでいた。

そのあともう1軒、公園をハシゴして、3時間くらい遊んで自宅に帰り、お風呂に入ると、娘も僕も、もうグッタリしてしまった。

そんなことはともかく。

ここ最近、忙しくて「おかあさんといっしょ」をちゃんと見ていなかったのだが、1月の「月歌」が、「おたすけ!およよマン」という歌だそうで、テレビから聞こえてくる歌を聴いていると、なんとも珍奇な歌詞である。

「作詞はオノ・ヨーコだよ」と妻。

「え?オノ・ヨーコって、あのオノ・ヨーコ?」

「そう」

「へえ、すごいねえ」

まさかオノ・ヨーコが「おかあさんといっしょ」の「月歌」を作詞する日が来るとは、ビックリである。まあ考えてみれば、昨年度の「月歌」では、内田也哉子とか、いとうせいこうとかが作詞を担当しているから、そういう文化人的なジャンルの人、と考えれば、オノ・ヨーコが、子どもに対してメッセージを込めた歌を書く、なんてことは、あながち不自然なことはない。

それにしても、である。

歌詞が珍奇すぎる。ひたすら「およよ」を連発するのだ。これ本当に、「イマジン」をジョン・レノンと共作したオノ・ヨーコが作詞したのか?ギャップがありすぎるだろ!

しかし、オノ・ヨーコのことだから、一見、珍奇な歌詞の中に、深い意味が込められているに違いない、と思って歌詞に注意して聴いてみるのだが、それでもよくわからない。

(う~む。この歌詞の哲学的な意味は何なのだろう…?)

そう思って今日、じっくりと聴いてやろうと思い、テレビに正面から向かい合って、最初から画面を見ていたら、

「作詞 オヨヨーコ」

とあるではないか。

「オノ・ヨーコじゃないよ!オヨヨーコだってよ!!」

「え?そうだったの?」

妻もすっかり「空目」だったようだ。やはり、オノ・ヨーコがあのような歌詞を書くはずはないのだ!

…というか、オヨヨーコって、誰?

さっそくインターネットで調べてみても、オヨヨーコなる人物の正体は、明かされていないようであった。Twitterでも、オヨヨーコって誰?と、騒然としている。

そうか、これは「はらぺこカマキリ」でいうところの「作詞 カマキリ先生」というのと、同じことだな。ここでいう「カマキリ先生」というのは、俳優の香川照之のことである。

ただこの場合は、同じEテレの「昆虫すごいぜ!」を見ていれば、いかにも香川照之が書きそうな歌詞だということはわかるし、しかも香川照之がペンネームとして「カマキリ先生」と名のっている理由もよくわかるのだが、オヨヨーコについては、まったく手がかりがない。

真っ先に思い浮かぶのは、桂三枝(現・桂文枝)である。「オヨヨ」といえば、僕らの世代では桂三枝である。

ということで、僕は「オヨヨーコ=桂文枝」説を唱えたいのだが、あるいはひょっとすると、オノ・ヨーコが、セルフパロディーとして「オヨヨーコ」と名のっている可能性も、なくはない。

もしそうだとすると、あの歌詞にはやはり、平和への深い意味が込められているに違いないのだが、はたして、真相はどうだろうか。

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名曲のバロメーター

2歳7か月の娘は、歌を歌うのが好きである。というか、これくらいの年齢の子どもは、みんな歌が好きなのだろうか。

驚いたのは、まだ2歳になる前に、「パプリカ」を完コピしたことである。

1歳の子どもにも鮮烈な印象を残すような歌なんだから、そりゃあ「レコード大賞」をとるはずである。

2歳になって来たブームは、すでに書いたが、ミュージカル『レ・ミゼラブル』より「民衆の歌」。これはいまだに歌っている。最近は「なんちゃって英語バージョン」も歌うようになった。

先日は、「香水」っていう歌?僕は全然知らないんだけど、娘はサビの部分を何度か聴いただけで覚えたらしく、歌っていた。

あと、いまCMで大滝詠一の「君は天然色」の一節、

「思い出はモノクローム 色をつけてくれ」

が流れると、テレビの画面に釘付けになり、一緒になって歌っている。

2歳の娘の心に響き、歌いたくなる歌というのは、名曲のバロメーターなんじゃないだろうか、と、いろんな歌を聴かせているのだが、こっちがいい歌だと思って聴かせたものでも、全然反応しないことがあり、名曲のハードルというのは、なかなか高いものである。

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かなり密な七五三

11月8日(日)

娘が、数え年三歳なので、七五三のお参りに行くことになった。僕が45年前に七五三の参拝をした神社である。

娘は、妻が七五三のときに着た着物を着るために、朝、妻の実家に行って、着付けをしてもらった。

「お姫さまになったよ」

と娘が言ったのは、最近、高畑勲監督の映画「かぐや姫の物語」を見た影響だろう。

色鮮やかな着物で、たしかにお人形のようにかわいいのだが、身体のあちこちががんじがらめにしばられているような窮屈な感じがして、しかも履き慣れない草履が、歩きにくそうだった。お姫さまになったうれしさと、窮屈そうな感じが、心なしか娘の表情に表れているような気がした。その表情が、なんとなく「かぐや姫」とダブるのである。

午前11時少し前に神社に到着すると、七五三の参拝客で境内がごった返している。

参拝受付のところで名前を書き、初穂料を納め、お札を受け取って、決められた場所に並ぶようにと言われたので向かったが、長蛇の列である。

おまけに、神前結婚式をしているグループもあり、拝殿の前はかなり密なことになっている。

10分以上並んで、ようやく順番がまわってきた。

通常だと、拝殿に上がって、拝殿の中で祈祷を受けるのだと思うが、おそらくコロナ対策なのだろう。拝殿と本殿の間にある、屋外の空間で祈祷を受けることとなった。それでもかなりの密である。

途中、神官が祝詞で、

「○○市、誰々の某々、三歳(みとせ)」

と、祈祷の対象となる子どもたちの名前を一人ひとり読み上げるのだが、聞いてると、けっこう遠くから来ている人も多くてびっくりした。うちはまだ、近い方である。

祈祷は10分ほどで終わり、再び拝殿の前の空間に戻り、写真を撮ることにする。

娘はすっかり疲れてしまったのか、目がうつろである。着慣れない着物や、履き慣れない草履のせいなのかもしれない。それでも写真を撮るときは、文句一つ言わずポーズをとっていた。

神社の滞在時間は1時間ほどで、車で僕の実家に向かい、そこで昼食を食べることになった。

着物から普段着に着替えた娘は、とたんに元気になった。反対に、僕や妻はあまりに疲れてしまい、昼食後に昼寝をしてしまった。七五三には、体力が必要だ。

次は七歳になったときか。

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ママがいい!

10月24日(土)

もうすぐ2歳7か月になる娘が、保育園でウィルスをもらってきたようだ。まあこの時期、珍しいことではないのだが、鼻水が止まらなくなっている。

鼻水が止まらないとどうなるかというと、夜、鼻水が喉に詰まるか何かで、眠れなくなってしまうのだ。それで大泣きをする。金曜の夜がそんな感じだった。

これは困ったことだと、翌朝の土曜日、かかりつけの小児科に行って、薬をもらってきた。薬を飲ませてもすぐに効くわけではなく、効いてくるのは翌日以降だそうである。

「この時期、保育園にはいろいろなウィルスが跋扈していて、子どもたちは、順番にそれをもらってくるのです」とのこと。新型コロナではないらしいが。

10月25日(日)

相変わらず、娘の鼻水は止まらない。

今日の午後から、妻は1週間の出張である。

これから1週間、娘の子守をしなければならない。

気になるのは、最近とみに、

「ママがいい!」

といって、母親にだっこをせがむことである。僕がだっこをして寝かしつけようとすると、強烈に拒否して、

「痛い、痛い!降ろして!」

と言うのだ。これでもし母親が1週間不在となったら、どんなことになるのだろう?

1人では不安なので、恒例の、実家の母にも来てもらうことにした。

お風呂に入れ、夕食を食べてる途中に、娘が急に泣き出した。

「ママがいい!ママがいい!」

狂ったように、この言葉を連呼する。おそらく、眠いのだろう。

目の前でこの言葉を言われた父親の気持ちは、たぶん言われた人にしかわからないだろう。

それでも寝かしつけなければならないのだ。

ようやく眠ったかと思って、布団に寝かせたら、ほどなくしてまた

ギャーッ!!!

と泣き出した。鼻水が詰まって苦しいのだろう。再びだっこして寝かしつけようとするのだが、

「ママがいい!ママがいい!」

と言って、僕のだっこを力ずくで嫌がる。

それでも僕は、投げ出すわけにはいかない。辛抱強くだっこを続ける。

そんなことを何度かくり返して、ようやく眠りについたようだが、またいつ、泣き出すかわからない。

「ママがいい!ママがいい!」

と、これから1週間、言われ続けるのだろうな。

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イヤイヤ期にもほどがある

最近は仕事があまりに忙しいうえに、精神的にもストレスのたまることばかり起こる。朝早く家を出て、夜に帰るころには、2歳半になる娘はもう眠りにつく時間。娘とのコミュニケーションがほとんどとれない。

疲れ果てて帰って来て、娘に近づこうとすると、

「あっちへ行って!」

と言われる。娘は、母親にだっこしてもらいたいらしく、私がだっこしようとすると、泣き叫んで全力で拒否するのである。

「パパのこと嫌いなの?」

「うん」

「顔も見たくないの?」

「顔も見たくない」

「いない方がいいの?」

「いない方がいい」

まあね、ここまで言われてしまうとね、仕事で凹んでいる身が、さらに凹んでしまう。

2歳半のときにこんなことを言われているくらいだから、思春期になったらどんなことを言われるのだろう?想像するだけで恐ろしくなる。

まったく、なんのために生きているのか、わからなくなってきた。

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まっくろくろすけは見えているか

9月21日(月)

某所滞在2日目。

今日も、とくに大きな問題なく、まもなく2歳半になる娘は就寝した。

この滞在中に、母親がいないことを娘が思い出して泣きはしないかと、今日も薄氷を踏む思いだった。

昨日の夕食の時、食卓についた娘が、隣にいる僕をにらみながら、無言で小さな手を僕の口の中にグイグイと押し込んできた。

「やめてよ~」

娘の顔を見ると、泣きそうになるのをこらえている表情である。(うーむ、これは数秒後に絶対に泣くだろうな)と思っていたら、案の定、まるでダムが決壊するかのごとく激しく泣き出した。

食卓を囲んでいた義理の両親や義妹親子は、僕の娘がなぜ突然泣き出したのか、意味がわからない様子だった。

「お腹が空いたのかねえ」

とか、

「眠くなったんじゃないの?」

とか推測しているのだが、僕に言わせればそうじゃない。娘は母親のことを思い出して、母親のいない寂しさでたまらなくなり泣いたのだ。だが娘は、意地でも「ママ」という言葉を口にしない。口にすると、余計に悲しくなるからだろう。

日中は、そんなことを気にしていないとばかりに、無理して楽しんでいることが僕にはわかっていた。それが夕食のときになって、母親のことを思い出し、それまで必死にこらえていたものが、一気に決壊してしまったのである。

先日、やはり妻が仕事で4日間ほど家を空けたとき、僕の実家の母が応援に来てくれたのだが、そのときも、娘が突然に激しく泣き出したことがあった。

「あれはねえ、ママがいないことを思い出したから泣いているのよ。でも、それを本人の前で言ってはダメよ。思い出して余計に悲しくなるから」

僕は母の解釈に納得し、妻が不在のときは娘に対して絶対に「ママ」のことを口にしないことにした。

今日も、2度ほど、突然泣き出す場面があったが、いずれもすぐに持ち直した。

夕食後は、「となりのトトロ」を見て機嫌がよくなり、劇中の歌や台詞を映画に合わせて大声で叫んでいた。

「まっくろくろすけ出ておいで~ 出ないと目玉をほじくるぞー!」

やはり「トトロ」は最強である。

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さながら子連れ狼である

9月20日(日)

この連休は妻が仕事のため、もうすぐ2歳半になる娘と二人で過ごさなければならない。

妻の両親や義妹親子が、この連休中に某所に滞在するというので、私と娘も便乗させてもらうことにした。

妻の両親と義妹親子は、連休の初日にすでに現地入りしているのだが、僕は連休初日に父の墓参りがあったので、2日目から合流することにする。

朝9時半、娘を車の後部座席のチャイルドに乗せて、いよいよ出発である。順調にいけば、車で3時間ほどかかる場所である。

もうすぐ2歳半になる娘と二人きりで、車で3時間、はたして無事に到着できるだろうか。

家を出ると、高速道路に入るまでの一般道が大渋滞である。

出発して40分ほどたったころ、車内がぷ~んと臭いだした。

こりゃあ、やりやがったな!

「うんちした?」

「…してない…」

「うんちしたでしょ?」

「…した…」

おいおい、まだ高速道路にも入っていないんだぞ!いきなり車内でうんちかよ!

運転中ですぐにおむつを替えることができないので、高速道路に入ってからサービスエリアに車を停めたときに替えることにしよう。

ところが高速道路に入っても、断続25㎞の渋滞である。

(こりゃあ、時間がかかるなあ)

高速道路に入って2時間ほどたち、ようやく最初のサービスエリアが近づいてきた。

「もうすぐ休憩するからね~」

後部座席を見ると、娘がスースー寝ている。

寝ちゃったのか…。無理に起こすとむずかるしなあ。

それにサービスエリアに入る車線が大渋滞である。

諦めて、次のサービスエリアに行くことにした。

1時間ほどたって、次のサービスエリアに到着。ちょうど娘も起きてくれた。

さっそく多目的トイレに入っておむつを脱がせると、

…うんちがない!

つまりシロだったわけだ。

とすると、あのときの臭いニオイは、おならだったということか…。

僕はてっきりうんちだと思い込み、娘に「自白の強要」をしてしまったわけである。

おむつを替えたあと、お昼ご飯の時間だったので、おにぎりを買って、混んでいるイートスペースで食べることにした。

娘はお腹がすいていたのか、大人分のおにぎりを二つ、ペロリと平らげてしまった。

お昼ご飯を食べ終わり、再び娘を後部座席のチャイルドシートに座らせて、目的地に向けて車を走らせる。

家を出て5時間、ようやく目的地に到着すると、妻の両親や義妹親子が迎えてくれた。

娘と二人だけの5時間の車旅は、疲れたが悪くはなかった。

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2歳の地獄

動画サイトのYouTubeで、ダースレイダーさんと町山智浩さんの対談を見ていたら、冒頭で少しばかり子育ての話題になった。

ダースレイダーさんの娘さんが11歳と5歳だと聞いた町山さんが、

「2歳の地獄を乗り越えたらもう何でも大丈夫」

と言っていた。

そういえば以前、TBSラジオ「たまむすび」でも町山さんは同じようなことを言っていたと記憶する。

うちの娘はいま2歳5か月なので、「2歳の地獄」真っ最中である。

なぜ2歳の時に、意味もなく泣いたり、眠れなくて泣いたりするのだろうか?それはこの時期に、

「脳の中の神経がつながっていくために眠れない」

から泣くのだそうだ。つまり神経がつながるたびに覚醒していくのである。

なるほど、それで娘は意味もなく突然に泣いたりするわけだ。そして、

「それが終わると急にしゃべれるようになる」

のだという。たしかにいま、娘は猛烈な勢いで言葉を覚えている。

この時期、つまり脳の中の神経がつながり、言葉を猛烈に覚えていく時期に日本語と英語を一緒に習得するのがよい、とも言っていたが、そこまではちょっと難しい。

記憶というのは、脳の中の神経がつながって以降のものが残り、それよりも前の記憶は残らないのだという。つまり人間は3歳くらいからの記憶が残り、それよりも前の記憶はないということになる。

そういえば以前、こぶぎさんが、自分の最初の記憶は「救急車のサイレンが『ウー』から『ピーポー』に変わったというニュースを見た」という記憶だと言っていた(と思う)。

で、調べてみると、救急車のサイレンが「ウー」から「ピーポー」に切り替わった年は、まさにこぶぎさんが3歳になった年だった。

あまりにもできすぎた話だが、まあそれはともかく。

なんとかこの「2歳の地獄」を乗り越えたい。

町山さんはこんなことも言っていた。

「父親は、だんだん娘のスペックを忘れるようになる」

「12歳くらいから、娘は父親を嫌悪するようになる」

12歳からも、また地獄が待っているということか。

ちなみに町山さんの娘さんは、いま21歳だそうである。

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「民衆の歌」の波紋

9月9日(水)

遅れたらシャレにならない仕事が集中していて、やらなければならないのだが、どうにもなかなか進まない。どうしたものか、困ったことである。

2歳5か月の娘がミュージカル「レ・ミゼラブル」の「民衆の歌」をすっかり覚えてしまった、ということを以前に書いたが、どうやら保育園でも大きな声で歌っているらしい。

保育士さんたちがビックリしたらしく、園内でもかなり話題になっているようだ。

「あのう…『大衆の歌』、でしたっけ?」

「いえ、『民衆の歌』です」

「保育園で歌っていたので、みんなビックリしたんですよ。それも歌詞がはっきりと聞き取れるくらいに歌ってましたし。同じクラスのほかの子どもたちは、『きらきらぼし』を歌うのが精一杯なのにねえ」

「将来はミュージカル俳優にしようかと思ってるんです」

「あ、そうですか…」

冗談だと受け止めてくれなかったらしい。

それはともかく、今日、保育園に迎えに行ったときも、担任でない保育士さんから、

「あら、『レ・ミゼラブル』歌ってましたよね、私も好きなんですよ」

と娘に向かって声をかけていた。どんだけ広まっているんだろう。

それよりも、ほかの子たちは『きらきらぼし』って。うちの娘は1歳の頃にすでに完全にマスターしていたぞ!

タモリが子どもの頃、幼稚園に入園する前に家族の者に連れられて幼稚園に見学したときに、園児たちがみんなでお遊戯している姿を見て、

「俺にはこんなマネはできない…」

といって、幼稚園に入園するのをやめた、というエピソードを、なぜか思い出した。なぜかわからないけど。

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ぼよよん行進曲、からの民衆の歌

YouTubeの「よしお兄さんとあそぼう!」というチャンネルで、4月に配信された「ぼよよん行進曲」は、「おかあさんといっしょ」の歴代のおにいさん、おねえさん17人が勢揃いするばかりか、作詞作曲の中西圭三も参加してリモートで歌っている圧巻の動画である。

娘と一緒に何度も見返しているのだが、最近、この動画のパロディーがあることに気づいた。

ひとりの人が、歴代のおにいさん、おねえさん17人に扮装し、本家の動画とまったく同じ構図で、ぼよよん行進曲を歌い上げるというものである。

どうせ茶化しているんだろうな、と思いながら見てみたら、これがとてもクオリティが高い。17名一人ひとりのモノマネが完璧で、顔やコスチューム、声までもがクリソツ、激似である。歌もそうとう上手い。これは逆に、この動画に対する愛がなければ、ここまでのクオリティーは出せない。

モノマネ芸人の人がやっているのかな、と思って調べてみると、角田修一さんという方で、本業は写真家らしい。コスプレが趣味であるとあった。あとハリネズミを専門としているらしい。どうやらそうとう変わった人のようである。

この動画を2歳5か月の娘に見せたら、本家の動画との微妙な違いに、最初はかなり戸惑っている様子だったが、そのうちに見分けがつくようになったらしく、「ホンモノ見たい」「スッキリ(そっくり)見たい」と区別するようになった。

で、この角田修一さん、もう一つ、同じようなパロディーをやっていて、それが、ミュージカル俳優たちがリモートで歌い上げた「民衆の歌」の動画である。「民衆の歌」は、ご存じの通り、ミュージカル「レ・ミゼラブル」で歌われる、革命の歌である。2012年の映画「レ・ミゼラブル」でも歌われていた。

この動画では36人の歌い手が登場するのだが、角田さんは、この36人を1人でモノマネしているのである。

本家の「民衆の歌」と見くらべてみると、こちらもまた、クオリティーが高い。どんだけ凝ってるんだ??!!

かくして、「ぼよよん行進曲」(本家)→「ぼよよん行進曲」(パロディ)→「民衆の歌」(パロディ)→「民衆の歌」(本家)にたどり着いたのだが、娘が、この「民衆の歌」(本家)にすっかりとハマってしまい、この動画を繰り返し見ることになった。

「戦う者の歌が聴こえるか

鼓動があのドラムと響き合えば

新たに熱い命がはじまる

明日が来たとき そうさ明日が

列に入れよ 我らの味方に

砦の向こうに 世界がある

戦えそれが自由への道

戦う者の歌が聴こえるか

鼓動があのドラムと響き合えば

新たに熱い 命がはじまる

明日が来たとき そうさ明日が

悔いはしないな たとえ倒れても

流す血潮が 潤す祖国を

屍超えて拓け明日のフランス

戦う者の歌が聴こえるか

鼓動があのドラムと響き合えば

新たに熱い命がはじまる

明日が来たとき そうさ明日が

列に入れよ 我らの味方に

砦の向こうに 憧れの世界

皆聞こえるか ドラムの響きが

彼ら夢見た明日が来るよ

列に入れよ 我らの味方に

砦の向こうに 憧れの世界

皆聞こえるか ドラムの響きが

彼ら夢見た明日が来るよ

Ah 明日は」

この動画を何度も繰り返し繰り返し見て、娘はすっかり歌詞を覚えてしまった。

動画に合わせて何度も何度も、この歌を大声で朗々と歌い上げるのである。

すごくないですか?2歳5か月でこの「民衆の歌」を朗々と歌い上げるんですよ!「戦う者の歌が聴こえるか」とか「たとえ倒れても 流す血潮が 潤す祖国を 屍超えて拓け 明日のフランス」とか2歳児が歌ってるんですよ!ギネスブックに載るんじゃないかな。「民衆の歌」を歌った最年少記録として。

将来はミュージカルスターになるか、革命家になるかの、どっちかですよ!

とりあえずは、ミュージカル「レ・ミゼラブル」をいつか娘と観に行かなければならない。

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