9月30日(土)
保育園の運動会が終わったのがお昼過ぎ。午後からは、5歳児クラスの有志で親子連れのバーベキューをすることになっていた。
もちろん参加するしないは自由なのだが、娘が楽しみにしている可能性もあるので、無碍に不参加を表明するわけにはいかないと思い、参加することにした。
しかし気心の知れた人が妻しかおらず、パパ友なんぞまったくいない僕にとっては、この3時間をどうやり過ごすかは、かなり苦痛な課題である。
ましてやパパ友の多くは30代~40代前半くらいで、50代のパパなんて、一人もいやしない。おまけにぱっと見、体育会系とかオシャレ系とか、そういうパパたちばかりなので、なおさらそのノリについていくのは至難の業である。
ところで、バーベキューの場所というのが不思議なところで、保育園から歩いて20分くらいのところに、バーベキューをするためのレンタルスペースがあることを初めて知った。1時間あたりの使用料が550円で、バーベキューのための少し大きなグリルとか、木炭とか、そういったものがすべて用意されているという。つまり肉とか野菜とかを持っていきさえすれば、そこでバーベキューができると、こういうわけである。
運動会が終わり、いったん家に戻って、それから20分ほど歩いてその場所に行くと、その場所は住宅街の一角にあった。もう何組かの親子がいて、屈強なパパが肉を焼いている。
そんなに広いスペースではないのだが、ちょっとしたビニールプールや、おもちゃなどで遊ぶスペースなどもあり、子どもにとってはなかなか充実した空間ではある。
それだけに、子どもが10人以上いると、たちまちカオスな空間になる。子どもたちは大騒ぎして暴れ回っている。ビニールプールに飛び込んでこれでもかというくらいにはしゃいでいるのである。
(近所迷惑じゃないのかなぁ…)
それだけが心配だったが、どうもそんな気配はなさそうである。
バーベキューグリルの周辺では、ママ友やパパ友たちが思い思いにお喋りをしているのだが、僕は当然、そんな輪の中には入ることはできずに、ひたすらスペースの端っこのほうをうろうろしていたのだが、よく見るとそのスペースに隣接するアパートの2棟ほどが、どうやらこのレンタルスペースを経営しているオフィスになっていたり、DIYの工房になっていたりと、ちょっと異質な空間が周囲に展開していることに気づいた。
そうか、さっきから見知らぬ人たちがやたら機嫌よく挨拶してくれるなあと思っていたら、このレンタルスペースを管理している会社のスタッフだったのか。もはや僕には、パパ友と会社のスタッフの見分けがつかないほど、パパ友とは交流していなかったのだ。
ひとり、やはり見たこともない男性が、目が会うたびにやたらと会釈してくる。僕と同じ世代くらいの、濃い顔のおじさんである。だれかのパパだろうか?
目が合って会釈をした何回目かに、
「どうも、このたびはご利用ありがとうございます」
と声をかけられたので、
(なんだ、ここのスタッフか)
とようやく気づいた。
「初めて来ましたけれど、市内にこんな空間があったんですね」
「そうなんです。でもうちの会社の本業は違うんです。これだけでは食べていけませんからね」
それはそうだろう。1時間あたり550円でスペースを貸して、そこでどんなに大騒ぎをしてもかまわない、なんて場所では、スタッフを雇う余裕もないだろう。
「本業は、リフォーム事業とか、ビルのメンテナンス事業なんかをやってます」
「そうですか。このスペースに隣接する2棟のアパートには、DIY工房だとか工作教室だとか学習塾だとかありますけれど、アパートは買い取ったのですか?」
「ええ、そうです。この一帯をひとつの『ムラ』みたいなものにしたいと。このアパートだけでなく、あっちの建物も、そっちの建物も、うちのものです」
と、周辺の建物を指さしながら説明した。
なるほど、だからいくら騒いでも問題ないというわけか。それに本業がリフォーム事業だから、アパートの一室をオフィスに改装したり、DIY工房に改装したりするなんてことはお手のものだ。
アパートの空き部屋は、スタッフの寮としても使っている、というような話も聞いた。
「20代の頃に起業して28年くらい経ちますかね。少しずつ事業を拡大して、地元の人たちからも助けていただきながら、なんとか続けられています」
ということはこの人は社長なのか…。
「ご出身はこの市内ですか?」
「そうです」
この市に生まれ育ったことに対する愛着もあるのだろう。
僕がその社長らしき人と話していると、スタッフのひとりが何か察したらしく、
「よろしかったらこれをどうぞ」
と、会社案内を僕にくれた。スタッフにとっても、働きやすい環境なのだろうか。
「騒がしくて仕事に差し障りがあることはないのですか?」
と社長に聞くと、
「いえ、むしろこういう環境で、みんなが喜んでくれる様子が間近で感じられると、仕事の励みになります」
と答えた。
もう少し社長を取材したいと思ったが、まあその経営ノウハウを知ったところで、僕は経営コンサルタントではないし、僕の今後の人生に生かせるかどうかもわからないので、このあたりで話を切り上げた。
ふと見るとパパ友たちが僕を呼んでいる。気を遣って話しかけてくれるようだ。
「お酒はいかがです?」
「お酒はやめたんです。この水筒にはほうじ茶が入っているんです」
この「ほうじ茶」という言葉のチョイスが可笑しかったらしく、パパ友たちは爆笑した。
そこでほんの少しだけ、パパ友との距離が縮まった気がしたが、これ以上深入りすると、野球の話とかに発展しそうなので、フェイドアウトした。
夕方5時。ようやくバーベキューも終了。最後に集合写真を撮ったのだが、横にいたパパ友のリーダー格の人に、
「このあと、パパ友同士で飲みに行くんですけれど、いかがです?」
と耳打ちされたのだが、
「もう疲労が限界です。何しろジジイなもので」
と丁重にお断りした。もちろん、社交辞令だったことはわかっている。
そして実際、足腰がもう限界だった。20分ほど歩いて自宅に戻ったときは、「足が棒になる」とはこのことだな、というくらいに足が棒になっていた。
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