趣味

選挙変態

7月3日(日)

この土、日は、体調が最悪だったが、オンライン会合が2日間にわたってあったため、やっとの思いで画面の前に座り続けた。ビデオをオフにして寝ていようかとも思ったが、いつコメントを振られるかわからなかったので、そういうわけにもいかなかった。

体調が悪いのは、暑さのせいか、薬の副作用のせいか、よくわからないのだが、体中の粘膜が弱っているのは、明らかに薬の副作用だろう。そういう時に限って、うっかり自己責任で、タイの激辛麺を食べてしまい、たいへんな目に遭った。食べて数時間後にもよおしたのだが、出口のあたりがヒリヒリする体験を久しぶりにした。ということは、激辛唐辛子ってのは、消化されないのかね。

まあそんなことはともかく。

国政選挙がいよいよ来週である。

いろいろと思うところはあるのだが、僕が大好物なのは、候補者そのものではなく、選挙期間になるとものすごく元気になる、「選挙変態」(褒め言葉)と呼ばれる人たちである。選挙ライターとしては、畠山理仁さんが有名だが、ほかにも「選挙変態」がいる。

「選挙とはお祭りである」と断言して憚らない、ダース・レーダーさんとプチ鹿島さんのYouTubeチャンネル「ヒルカラナンデス」は、選挙の前になると、中学生みたいにはしゃいじゃっていて、見ていて楽しい。限られた選挙期間中に、どこの選挙区を取材したらわくわくするか(あるいはヒリヒリするか)を考え、実際にその選挙区を「漫遊」する。プチ鹿島さんは自らを「好事家」と称しているが、言い得て妙である。

TBSラジオ記者の澤田大樹さんと選挙ライターの宮原ジェフリーさんは、つい先日、TBSラジオのYouTubeチャンネルで「参院選全選挙区総ざらい2022!比例もあるよ」という番組を配信した。比例を含む全選挙区の候補者の一人ひとりについて、情報を提供する内容で、日曜日の午後3時から午後8時半頃までの約5時間の生放送をしていた。終了時間はとくに決めておらず、全選挙区の総ざらいが終わった時点で番組が終わる、というしくみで、前回の衆議院選挙の時は、7時間以上の放送時間だった。「今回は短く終わりました」と言っていたが、5時間は決して短くはない。

澤田さんと宮原さんは、同じ大学の同窓生で、むかしから選挙前になると、休みの日に家に集まって、全選挙区の動向を分析していたという。それがたまたま、前回の衆議院選挙の時から、YouTubeで動画配信したというのである。つまり仕事ではなく、完全なる趣味なのだ。ほとんどすべての候補者の情報を仕入れている宮原ジェフリーさんは、まさに「選挙変態」と呼ぶにふさわしい。

そういえば、僕の身近にも「選挙変態」がいたような気がしたが、その人は以前、韓国の大統領選挙まで取材していたと記憶する。「選挙変態、海を渡る」というドキュメンタリー映画を作りたい。

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小田嶋さんのいないたまむすび

6月27日(月)

この土日は、妻が出張に出ていることもあり、けっこう大変だった。

土曜日の午前中、4歳3か月になる娘が高熱を出した。しかしほかの症状も亡く、元気に動き回っているので、最初は全然気づかなかった。

どうも身体が熱いと思い、体温を測ってこれはまずい、ということになり、慌てて近くのかかりつけの小児科にかけこんだ。

熱が出ている以外、なんの症状もない。解熱剤を処方してもらって、あとはひたすら娘を寝かせることにした。

翌日曜日にはやや熱が落ち着き、月曜日の朝には、なんとか保育園に登園できるかな、というくらいまで熱が下がった。

それでも念のため、小児科の先生に見てもらおうと、朝イチで小児科に行ったところ、

「もう大丈夫でしょう。登園しても問題ありません」

と言われ、なんとか無事に登園ができたのであった。

あ、そうそう、自分の薬も処方してもらう必要があったということを思い出し、こんどは自分のかかりつけの病院に行って、薬を処方してもらう。

そんなこんなで、今日の午前中は潰れてしまった。ま、もともと今日は、リモートワークをすることになっていたのだけどね。

今日は月曜日。TBSラジオ「赤江珠緒 たまむすび」の3時台は、小田嶋隆さんの「週間ニッポンの空気」のコーナーである。

今日は謹んで、リアタイすることにした。

ゲストはライターの武田砂鉄さんである。メインパーソナリティーの赤江珠緒さん、月曜パートナーのカンニング竹山さんと3人で、小田嶋さんの思い出話を語っていた。

「すごい文章を書く人なんだけど、締め切りを守らない人なんですよ」

「おちゃめなところがありましたね」

「群れることを嫌う人だったのに、なぜか『たまむすび』の打ち上げには、必ず参加していた」

「小田嶋さんが大好きなサッカー観戦に一緒に行ったとき、点が入るという一番大事な場面で小田嶋さんはメガネを拭いていて、その瞬間を見ていなかった」

など、すごい人だったけど、しょーもないところもある人だったよね、的な故人の偲び方が、ほんとうに慕っている人たちだけで偲んでいる感じがした。

なんか覚えがあるなあと思ったら、僕自身も、似たような体験をしていた。

「前の前の職場」で同僚だったOさんが亡くなったときの告別式のあとで、Oさんがよく通っていた喫茶店に何人かで集まって、Oさんの思い出話をした。

Oさんは、僕の恩人のような人で、僕はOさんの考え方に影響されて、のちに韓国留学を体験することになる。その意味で尊敬すべき同僚だったのだが、一方で、おちゃめでいいかげんなところもあり、愛すべき存在だった。告別式で散々泣いたあと、そのあとの喫茶店では、気の合う数人が集まり、Oさんの間抜けな話に大笑いした。

「よく道に迷ってましたよね」

「旅先で選んだ食堂は、たいていハズレだった」

「車に関する間抜けな思い出は尽きませんね」

など。

小田嶋さんについてのラジオでの3人の会話を聴いていて、そのことを思い出したのである。

小田嶋さんは、「たまむすび」のリスナーに、「最後の手紙」を遺していた。亡くなる10日ほど前の、6月13日に書かれた手紙である。おそらく、ご自身にまもなく最後の瞬間が訪れることを意識して書かれた文章であろう。

その手紙の全文は、「たまむすび」の公式Twitterにアップされているので、ここでは引用しない。最後まで、小田嶋さんらしい、諧謔に満ちた愉快で暖かい文章だった。

番組では、赤江珠緒さんがその手紙を読み上げたが、当然ながら、読もうとすると嗚咽が止まらなくなる。誰だって、あんな手紙を読まされたら嗚咽で読めなくなるだろう。しかし赤江珠緒さんは最後までしっかりとその手紙の内容をリスナーに伝えた。

この感じ、覚えがあるなあと思ったら、小田嶋さんの親友の岡康道さんが、亡くなって5か月後になって、小田嶋さんへメッセージを寄せていたことと、よく似ている。

亡くなったあとに、生きている人に向けてメッセージを届ける、ということを、小田嶋さんは最後の最後にしたかったのだろう。親友の岡康道さんが、そうやって小田嶋さんを驚かせたように。小田嶋さんはそのとき岡さんのことを「最後まで楽しい男だった」とツイートした。

そしていま、僕たちは思うのである。小田嶋おじさんは、最後まで愉快なおじさんだった、と。

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私の知らないヤマザキマリ

NHKのEテレ「100分de名著」を観ていたら、安部公房の『砂の女』が取り上げられていて、指南役は漫画家・文筆家のヤマザキマリという人だった。

このヤマザキマリさんの話が、めちゃくちゃ面白い。

家族に、

「ヤマザキマリって人、弁が立つねえ。こりゃあ、テレビとかラジオに引っ張りだこになるんじゃないの?」

「もうなってるよ。出まくってるよ」

「え?」

「知らないの?『テルマエ・ロマエ』」

「知ってるよ」

思い出した。『テルマエ・ロマエ』の作者の人だ。たしかイタリアに住んでいるんだよね。

「なに、『俺が見いだした』みたいな言い方してんの?とっくに売れてるよ」

そうなのか。『テルマエ・ロマエ』は、漫画を読まない僕ですら知っている。たしか阿部寛が主演で映画にもなったやつだよね。申し訳ないことに、映画も観ていなかった。

一昨日の日曜日のTBSラジオ『安住紳一郎の日曜天国』にヤマザキマリさんがゲスト出演していたと聞いたので、今日の通勤途中にラジオクラウドで聴いてみた。

「(安住)4回目の登場、ヤマザキマリさんです」

「(ヤマザキ)もうここに住んでるみたいですね」

ええええぇぇぇ!!!「にちてん」をしばらく聴いていない間に、もう4回も出演しているの??

「(安住)コロナ禍になって、あまりいいことはありませんけれども、あえてよかったことをあげるとすれば、ヤマザキマリさんがその間、日本にいらっしゃって、番組にお呼びできたということです」

と、安住アナに言わしめるくらい、ヤマザキマリさんがゲストに来るというのは、安住アナにとっても楽しみなのだな。

そこから、およそ40分間のマシンガントーク、通勤途中の車の中で、大声を出して笑ってしまった。

しかも、あまりに面白いので、2回くり返して聴いてしまった。

とくに、ポルトガルで歌舞伎役者の中村勘三郎さんと出会い、初対面の勘三郎さんに、できあがったばかりの『テルマエ・ロマエ』の雑誌を渡したエピソードは、その後日談を含めて何度聞いても面白い!

いやあ、久々に、僕の中での「スター誕生」である。鉱脈を掘り当てた感じっていうか。いまごろ何言ってんの?と言われそうだが。

ラジオのレギュラー番組をもったら、絶対にヘビーリスナーになるんだがなあ。

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没後20年

6月14日(火)

文化放送「大竹まこと ゴールデンラジオ」といい、TBSラジオ「アフター6ジャンクション」(アトロク)の「ビヨンド・ザ・カルチャー」のコーナーといい、今日は武田砂鉄デーである。

…これほど武田砂鉄氏の文章やラジオを追いかけているということは、ひょっとして、これが俺にとっての「推し活」なのか???

「アトロク」の「ビヨンド・ザ・カルチャー」のコーナーは、武田砂鉄さんと町山広美さんがゲストの、「没後20年、伝説のコラムニスト“ナンシー関"特集」だった。

没後20年経つのか…。

ゲストのひとりである放送作家の町山広美さんは、たしか『タモリ倶楽部』の「空耳アワー」のコーナーを作った人(創始者)である。町山智浩さんの妹だと知ったのは、ずいぶん後になってからだった。ナンシー関と交流があったことを、このたびの「アトロク」を聴いてはじめて知った。

「ナンシー関」の名付け親は、いとうせいこうだということも、はじめて知った。

ナンシー関について書こうと思ったが、以前に書いたことがあるなあと思い出し、さがしてみると、たしかに書いていた。

原点は青森

いま読み返してみると、この文章に尽くされている。これ以上何も書き加えることはない。

番組では、武田砂鉄さん、町山広美さんがイチ押しの「ナンシー関のコラム(文章)」を紹介していたが、僕にとってのイチ押しはやはり、前にも紹介した、矢野顕子の「ひとつだけ」のアルバムに寄せた短文である。あれほど、テレビに出ている芸能人に対するモヤモヤを明快に言語化した批評コラムを書いていた人が、矢野顕子に対しては、純粋な気持ちを照れ隠ししながら告白する。それが僕にとってはじつに新鮮だった。

ところで昼間の「大竹まこと ゴールデンラジオ」のオープニングでは、大竹まことさんによる味わい深い独白が続き、武田砂鉄さんの出番があまりなかったのは、夜の「アトロク」出演があるので武田砂鉄さんにあまり喋らせず、エネルギーを温存させようとする大竹さんの気遣いなのかなと、僕は深読みしたのだった。こちらのオープニングも、神回である。

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ポッドキャスト番組を始めたい

最近の僕のラジオの聴き方は、radikoも使うけれど、リアルタイムで聴くことはほとんどないので、たいていは、ラジオクラウドで間に合ってしまう。ラジオクラウドでお気に入り登録している番組の、お気に入りの曜日とか、お気に入りのコーナーをひとしきり聴いたあと、まだ時間があるときは、ポッドキャストコンテンツを聴く、という流れである。

4月くらいからかなあ、いろいろと探しているうちに、といっても、熱心に探していたのではないのだが、あるポッドキャストコンテンツにたどり着いた。

そのポッドキャストコンテンツのパーソナリティーは、かつて在京キー局のレギュラー番組のパーソナリティーを長くつとめていたベテランで、どういう事情か、数年前にその在京キー局のレギュラー番組がなくなり、いまは、地方局のラジオ番組とかポッドキャスト番組で声を聴くのみである。

僕は、在京キー局時代のその人のレギュラー番組は、そのノリがなんとなく苦手なので聴いていなかったのだが、ポッドキャストコンテンツは、というより、たんなるよしなしごとを延々と語っているにすぎないのだけれど、そのよしなしごとがときに本質を突いていたり、そうかと思えばプライベートな悩みを率直に語っていたりして、ついつい、聴いてしまうようになったのである。

しかしそれも、熱心に聴いていたわけではなく、ここしばらくはその番組を聴いていなかったのだが、移動中の新幹線の中で、何もやることがなかったので、久しぶりにそのポッドキャスト番組を聴いたところ、そのパーソナリティーはこんなことを言っていた。できるだけ正確な形で引用する。

「最近、とあるラテ兼営局のラジオ番組で、午前中にやっていたデイリーワイドが終了したことにより、その番組のファンだった人が、そのロスから立ち直るために、僕のポッドキャストコンテンツと出会い、そのさみしさの穴埋めのためにこれを聴き始めた人っていう人が、けっこういるらしく、複数の人からメールをもらっています。…ちょっとウケる。そんなものなのかなあと。さみしさを紛らわすために、僕のコンテンツを片っ端から聴いているらしいんですよ。へぇー、そんなの、影響するんだーって、思って」

これを聴いて、思わず笑ってしまった。これって、俺じゃん!と。

僕は「午前中にやっていたデイリーワイド」を折にふれて聴いていたていどで、熱心なリスナーではなかったのだが、その後継番組には、ちょっと納得いかないものを感じていた。それがそのポッドキャスト番組に向かわせたことは、おそらく僕も同じなのである。僕は無意識のうちに、ほかの人と同様に、そのロスを紛らわすために、そこにたどり着いたのである。

しかし、「午前中にやっていたデイリーワイド」を担当していたパーソナリティーと、そのポッドキャストコンテンツのパーソナリティーは、必ずしも同じタイプではない。それは、おそらくリスナーも感じていたかも知れないし、ポッドキャスト番組のパーソナリティーの人も、感じていたと思う。なのになぜ俺の番組に流れ込んでくるの?と、本人も訝しんでいたのである。

さてコンテンツの中では、そこから現代のラジオ論が展開されるのだけれど、それがなかなか興味深く、僕は溜飲を下げたのだった。なるほど、こういう分析が、ロスから立ち直ろうとする人の共感を得ているのだろうな、と。

そう考えると、従来のラジオ番組的なるものは、どんどんポッドキャストコンテンツに主戦場を変えつつある。こぶぎさんが「ポッドキャストはメディアの最先端」と評したことは正しい。

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担当編集者、ラジオに出る

4月22日(金)

今週は予定を詰め込みすぎてヘトヘトになり、もうだめかもわからんね、と思ったが、なんとかTBSラジオ「アシタノカレッジ金曜日」のアフタートークまで無事にたどり着いた。

番組の中で、武田砂鉄氏が1か月かけて1冊の本を紹介する、というコーナーがあるのだが、今日はその本を担当した出版社の編集者がゲスト出演していて、その人がなんと僕の担当編集者だった!

俺の知っている編集者が、武田砂鉄氏と対談しているよ!!!

担当編集者、という言い方もおこがましい。なにしろ僕は、その編集者に1回しか会ったことがなく、しかもまだ本を書いていないのだから。

コロナの前なので、3年くらい前だったと思う。僕はその編集者から連絡をもらって、会うことにした。本を1冊書いてくれませんか、という依頼だった。

都内の喫茶店で会うと、その編集者はじつにおしゃれでスマートな人だった。聞くと、前職の会社では哲学系の雑誌を編集していたそうで、なるほど、立ち居振る舞いは、そうした哲学的な雰囲気を醸し出していた。

そんな人が、僕に本の執筆を依頼してもいいのだろうか?僕はおそらく、その編集者の好みとは正反対の原稿を書いてしまうに違いないと、僕は最初から、すっかり怖じ気づいてしまった。

僕はその喫茶店で、本の構想をお話しした。不思議なもので、他人に話すと、なんとなく書けそうな気がしてくる。

しかし、いざ書き始めると、どうもしっくりいかない。自分が書いていて、おもしろくないのである。

こういうときは経験上、無理に書き続けずに、少し時間をおいた方がいいのだが、そのうちに、忙しくなり、原稿に取りかかる時間がすっかりなくなってしまった。

その編集者からは、節目節目にメールをいただいて、「原稿はどうなりましたか?」と聞かれるのだが、「いま書いていますが、なかなか進みません」と答えるしかなかった。まるで「いま出ました」というそば屋の出前の言い訳そのものである。その編集者が、僕の言い訳に呆れているであろうことは、容易に想像できた。

そんなことが3年くらい続いているので、こちらからも連絡が取りにくい状況になっていたのだが、その編集者が武田砂鉄氏と対談している様子を聴いて、僕は複雑な気持ちになった。

僕がそのラジオを愛聴していることを、その編集者に伝えたいという衝動に駆られたのである。

「聴いてましたよ!武田砂鉄さんとラジオで対談したなんて、すごいですねえ」と、言ってみたい。

しかしそこでうっかり連絡を取ってしまうと、

「ところで原稿はどうなりました?」

と、思い出して催促されかねない。ヘタに連絡を取らない方がよいだろうか。

それとも、あえて編集者と連絡を取り、それをきっかけにしてふたたび原稿執筆に弾みをつけるか???

これはかなり危険な賭けである。

…というより、僕がサッサと本を書いていたら、今ごろは僕の本がラジオで武田砂鉄氏に紹介されていたかもしれない、などと妄想したりもする。

ま、実際にはそんなこと、あり得ないんだけど、担当編集者が出演したばかりに、僕の心はそんなふうにひどくかき乱されたのである。

もっとも、その編集者は、僕のことをすっかり忘れているかもしれない。

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くたばれ!関係消費

4月15日(金)

今週も、よくぞ、よくぞ、金曜日までたどり着きました。

今週は、全力で走り抜いた1週間だった。

月曜日の午前中は力仕事、火曜日は朝から夜まで職場で来年のイベントの打合せ、水曜日は新幹線と在来線を乗り継いで4時間以上かかる場所で来年のイベントの打合せ、木曜日は朝から夕方まで病院をハシゴして定期の検査。そして今日、金曜日は朝から夜まで今年度から始まるプロジェクトの打合せ。

「新年度早々、こんなに飛ばしていたら、もちませんよ」

と同僚に言われた。しかしどうにも、気ばかりが焦ってしまって、予定を詰め込んでしまう。

夜10時、TBSラジオ「アシタノカレッジ金曜日」を聴きながら、車を運転して家に帰る。

今日のゲストは芸人のマキタスポーツ氏だった。

TBSラジオリスナーなら、「東京ポッド許可局」の3人のうちのひとりでおなじみなのだが、恥ずかしながら僕は、「東京ポッド許可局」を聴いたことがない。どうも聴くタイミングを逃したまま、今の今まで来てしまったのだ。

マキタスポーツ氏に対するイメージは、その風貌から、粗暴な感じの人なのかと思っていたら、全然違っていた。非常に論理的で、冷静で、誠実に話をする人なのである。

とくに僕がグッときた会話は、以下のくだりである。

武田 エッセイの中で、芸人さんには、石のような目をする人と、星のような目をする人(キラキラしている人)がいると書いてますけれども、マキタスポーツの「目」は、石と星の、どちらですか?

(マキタスポーツは少し考えて)

マキタ 「東京ポッド(許可局)」の話をしてもいいですか?

武田 ええ

マキタ 「東京ポッド(許可局)」は、サンキュータツオとプチ鹿島と僕と3人でやっておりますが、その中でいちばん星の目に近いのは、僕じゃないかなと思います。

…ここから話が展開していくのだが、一見、何の変哲もないこのやりとりに僕がなぜグッときたかというと、「『東京ポッド(許可局)』の話をしてもいいですか?」と、武田砂鉄氏にことわりを入れているからである。

つまり、「身内の話を持ち出してもいいですか?」と、ことわったうえで、話を進めている。

言ってみれば、

「座席のリクライニングを倒してもいいですか?」

と、新幹線の前の座席の人が後ろの座席の人に言うようなものである。それと同じで、これから話すことは馴れ合いの身内話にならないように配慮しますよ、というメッセージだと、僕は受け取った。

この部分だけでなく、40分ほどのトークを通じて、芸人の身内話という安易な話の転がし方をまったくせずに、一般論として抽象化できるような話にすることで、リスナーの共感を得る、あるいはリスナーに考えさせる、という姿勢を貫いている。

芸人の身内話、すなわち、誰が先輩で誰が後輩だとか、誰と誰が仲がいいとか悪いとか、芸人の関係性がわかっていないと理解できない笑いを、「関係消費の笑い」というのだそうだ。そのアンチテーゼとして、「関係消費」を極力排して話そうとするマキタスポーツ氏の姿勢に、芸人としての誠実さを感じたのである。

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俺は平子派

3月29日(火)

僕は、お笑いのネタ番組をあんまり見ないので、パンサーがどんな芸風なのかとか、アルコ&ピースがどんなネタをやるのかとか、実のところまったくわからない。

唯一、アルコ&ピースの平子という人が、何かのネタ番組で、IT社長になりきった役で一人コントをしていたのが、やたら可笑しかったという記憶がある。あと、有吉弘行のラジオでアシスタント的な立場で出演していたのを何回か聴いたことのある程度である。

帰りの車の中で「大竹まこと ゴールデンラジオ」を聞いていたら、大竹メインディッシュのゲストがアルコ&ピースの平子祐希だったのだが、なんでも来週月曜日の朝8時から、文化放送で朝の番組を担当するらしい。

なんとも心地よい語り口だった。大竹まことと意気投合し、「おまえ、ラジオに向いてるよ。朝の番組、長続きする予感がする」と、大絶賛だった。僕もなんとなくそう思った。

奇しくも隣の局では、1週間ほど早く、パンサーの向井慧という芸人が、朝の番組のパーソナリティーをつとめている。こちらは、朝にふさわしい爽やかな声をもっている。

しかし、平子祐希の落ち着いた語りを聴いて、「俺は平子派だな」と思った。何時間でも聴いていられる声である。

平子派を標榜する理由はいくつかあって、僕はそもそも、もともと大阪に本社をもつ大手お笑い事務所があまり得意ではない。パンサー向井のラジオを聴いていると、向井慧の周りに同じ事務所の芸人がけっこう配置されている。これは僕の邪推だが、向井慧が喋りやすいように、気心の知れた同じ事務所の芸人を周りに配置しているのかもしれない。

他方、平子祐希は東京の老舗のお笑い事務所所属で、僕はどちらかといえばこちらの方がなじむ。しかも平子は、福島県いわき市出身だというから、なおさら応援したくなる。

ま、これは僕の偏見が多分に含まれているので、結局は好きか嫌いか、ということなのだけれど、ラジオ愛にあふれた向井の番組と、最初はそんなにラジオをするつもりではなかったという平子の番組と、どちらを聴こうか、といえば、やっぱり平子かなあ、と、まあどうでもいいことを悩んでいるのである。

伊集院さん、FMかつしかあたりでレギュラーやってくんないかなあ。吉田照美さんみたいに。あるいはいっそNHKの朝の番組など。

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リアルって何だろう

NHKの朝の連続テレビ小説「カムカムエブリバディ」で、オダギリジョー演じる大月錠一郎は、若い頃にジャズトランペット奏者として実力を認められ、大阪から上京して東京でメジャーデビューをはかるが、なぜか急にトランペットが吹けなくなってしまう。それからずっと、トランペットの演奏を封印する。

それから何十年かたって、たまたまおもちゃのピアノを演奏したことをきっかけに、再び音楽に目覚め、トランペットは無理だけど、キーボードを熱心に練習すれば、再び音楽の道に戻れるかも知れないと、プロをめざすことになる。

…というドラマを見た僕のまわりのジャズミュージシャンたちがSNSで、管楽器ができたからって、鍵盤が弾けると思うなよ、とか、キーボードの奥深さを知らない、とか、その設定のリアリティーのなさに苦言を呈していた。

なるほど、そういうものかねえと思っていたら、このドラマの劇伴を担当している金子隆博さんが、じつは似たような経験をしているということを知って驚いた。もともとアルトサックス奏者だった金子さんは、あるとき急にアルトサックスが吹けなくなり、キーボードに転向したのだという。なんでも「職業性ジストニア」という病気だそうだ。

とすれば、原因不明でトランペットが吹けなくなった大月錠一郎が、キーボードに転向したというのは、ほかのミュージシャンにとってはリアリティーがなくても、金子さんにとってはリアリティーのある話なのである。

リアリティーって、何だろう?

ちょっと前に、『ナイトクローラー』(2014年)というアメリカ映画を観て、これがめちゃくちゃ面白かった。フリーランスの映像カメラマンが、夜通しで町を車で走り回り、特ダネになるニュース映像を撮影して、それをテレビ局に売り込んで生計を立てる、という内容だった。

アメリカには実際にそういう職業があって、少し前、BS朝日の「町山智浩のアメリカの今を知るテレビ」で、町山さんがその映画のモデルとなった人物にインタビューをしていた。その人物は、映画を作るにあたって、監督などからいろいろと取材を受けたらしい。

「映画を見てどう思いましたか?」

という質問に、

「だいぶ誇張されていて、現実とは違うと感じた」

と答えていた。

映画だから、多少の誇張は当然あるだろう。しかしここで僕が問題にしたいのは、監督がその人を取材したときの印象と、取材された当人が映画を見た印象とは、まるで異なっていたのではないだろうか、という疑問である。

当人があたりまえだと思ってふだん行動していることが、第三者にとってはとんでもなくクレージーな行動に映る可能性はないだろうか。

当事者が「誇張しすぎだよ」という一方で、「いやいやいや、実際あなた、これくらいクレージーな行動をとっているんですよ」と第三者の目には映っていることだって、十分に考えられるのだ。

当事者がリアリティーがないと思えば、それはリアリティーがないことなのだろうか?

ここからが本題。

以前、伊集院光氏が、三谷幸喜脚本・監督の映画『ラヂオの時間』を見て、ラジオ番組制作にリアリティーがなくて全然入り込めなかった、実際のところラジオの現場はあんな感じではない、というニュアンスのことを言っていて、そんなものかなあと思っていた。

で、本日、TBSラジオ「伊集院光とらじおと」の最終回。

「僕が(おもしろいと)思っている『ラジオ像』は、僕が思っている(にすぎない)ことなんだということに、もっと自覚的であるべきだった」

と反省していた。

結論としては、いろいろなタイプのラジオ番組があって良い、ということなのだが、このときに僕は、前述の伊集院氏の『ラヂオの時間』評を思い出したのである。

『ラヂオの時間』の中のラジオ番組にはリアリティーがない、というのは、当事者目線として尊重されるべきものである一方で、それはあくまでも「僕のラジオ像から見たリアリティー」だったのではないだろうか。

その業界を描く際にリアリティーがある、ない、というのは、たとえ同じ業界にいる人だとしても、個人に委ねてよい問題なのか、考えさせられる。つまるところ、同じ業界にいるから、という大きな主語で括ってしまうのは、危険なのではないだろうか。

もっとも、それを差し引いても、伊集院氏が言うとおり、『ラヂオの時間』にはラジオ番組としてのリアリティーがないのかもしれないけれど。

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TOKYO SPEAKEASY

動画サイトを漁っていたら、「TOKYO SPEAKEASY」というラジオ番組があることを知った。TOKYO-FMの番組のようである。

番組ナビゲーター役の國村隼が、深夜のバーでの会話を盗み聞きする、という設定である。もちろんこれはあくまでも設定で、要はとりとめのない話をする対談番組である。

その中に、小林聡美と小泉今日子の対談があると知り、聴いてみることにした。2021年5月頃に放送されたらしい。

このふたりは、何といっても日本テレビのドラマ「すいか」(2003年放送、木皿泉脚本)での共演が鮮烈な印象を残している。ラジオ番組での対談は、ドラマ「すいか」における、ふたりの自然体の雑談を彷彿とさせるものであった。ドラマの中の友人関係が、実生活でもそのまま体現されている。

ふたりは同い年ということだが、友人関係、といっても、常につるんでいるような関係ではない。おそらく、一緒に心地よく仕事ができるという関係なのだろう。その証拠に、ふたりは、それぞれの友人についての話をしている。それぞれが「個」として、それぞれのテリトリーを持っている。お互いを尊重し、それでいて必要以上に干渉しない。僕にとっては、理想の友人関係である。

対談も、聴いていてじつに心地よい。このままずっと聴いていたいくらいである。三ヵ月に一度、いや、半年に一度でいいから、このふたりで、ラジオ番組をやってほしい。

調べてみると、この「TOKYO SPEAKEASY」という番組は、月~木の深夜に放送されており、毎日対談ゲストが変わるのだが、キャスティングによっては、ハズレの回もけっこう多そうである、というのは、僕の主観である。

ほかにどんな人が対談しているか、もう少し探ってみたところ、阿佐ヶ谷姉妹とガンバレルーヤの回を見つけた。2021年9月頃に放送されたもののようである。

このふた組は、文化放送の「大竹まこと ゴールデンラジオ」の毎週月曜日に共演している。

かねがね、このふた組は、ふたりのキャラクターやその関係性において、相似の関係にあると思っていたが、この番組を聴いてその思いを強くした。ガンバレルーヤのよしこは阿佐ヶ谷姉妹のエリコさんに、まひるはミホさんに重なるのである。

聴いていて笑ったのは、ガンバレルーヤに対するミホさんの言動である。

月曜日のラジオ番組で一緒になったとき、ミホさんがガンバレルーヤのところに駆け寄ってきて、

「昨日の日曜日の『イッテQ!』、まだ観てない」

と声をかけた、というエピソードである。

エリコさんのほうは、ガンバレルーヤに気を使って、「昨日の『イッテQ!』、観たわよ。よかったねぇ」と言ってくれるのに、その後にミホさんが来て、同じことを言うのかと思ったら、「まだ観てない」と言うことをわざわざ伝えに来てくれた、というのだ。

観ていないことをわざわざ伝えに行くというのが、いかにもミホさんらしいのだが、それを聴いたエリコさんが、

「なんで観ていないことをわざわざ言いに行くのよ!抜けない刀を持ってきて、それをそのまま見せて戻る人みたいじゃない!」

とツッコんでいて、その喩えの巧みさに大笑いした。

抜けない刀を持ってきて、それをそのまま見せて戻る人、というのが、思い出し笑いしてしまうほど、たまらなく可笑しい。あまりに可笑しいので書きとめておこうと思ったのである。

僕もいつか、この喩えを使う場面に遭遇したいと切に願うのだが、そのためには、ミホさんのような強烈なボケにめぐり会う機会がないとできない。

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