音楽

詠み人知らずの歌

録画してあったNHK-BSPの「The Covers」の「スターダスト☆レビューLIVE」(5月27日放送)を見た。

感染対策に配慮しつつ観客を入れたLIVEだったが、客層は明らかに、アラフィフの年代の人ばかりである。

とりあえず、「木蘭の涙」が、アコースティックバージョンではなく、オリジナルのバンドバージョンだったのがよかった。

「木蘭の涙」は、何といってもオリジナルのバンドバージョンに限る。

アコースティックバージョンが歌われ始めた頃、この曲は注目を集め、いろいろなアーティストがカバーをした。そのうち、誰のオリジナル曲なのかわからなくなっちゃって、

「『スタレビさんも、「木蘭の涙」をカバーするんですね』、と言われたんですよ」

と、そのLIVEでボーカルの根本要さんが、本当とも嘘ともつかないMC を炸裂させて、会場を笑わせていた。

根本要さんのMC力は、レギュラーをつとめた毎日放送のラジオ「ヤングタウン」で、野沢直子と笑福亭笑瓶とのトークで培われたという。

あるテレビ番組の受け売りだが、大滝詠一が、本当にいい曲というのは、作った人間の手を離れて、いつしか「詠み人知らず」のように歌われるようになることだと語っていたという。「木蘭の涙」も、もはやその域に達しているということなのだろう。

最近、ネット上で読んだ、、根本要さんのインタビューが、とてもよかった。

「僕らが40年続いたいちばんの理由は、売れなかったことかもしれない」

「本当にヒット曲はないんです。でも長いこと歌っていると、世の中の人が勝手にヒット曲のように感じちゃうらしく、実際は『木蘭の涙』だって20位くらいで、『今夜だけきっと』は50位にも入ってない。だから最近は“ヒット曲でもないのに知られてる曲がある”って自虐的に言ってます(笑)。本当にヒット曲のないバンドなんです。でも、世の中の人たちはそこに価値を見出す。ありがたいことに今回こうやってインタビューしてもらっていますが、僕らはただのマニア向けバンドかもしれません。でも音楽は、マニアックに聞いてくれたほうが、それまで知らなかった音に出会えたりするんですよ。僕自身も“もっとマニアックに音楽を聴こう”と思います。時代と共に薄れる曲よりは、“あなたの中でのヒット曲を作ろうよ”と。売れた曲を“ヒット曲”と呼ぶより、心を叩いてくれた曲を“ヒット曲”と呼んでほしいですね」(週刊女性PRIME 、 2022年6月4日)

そういえば、ムーンライダーズも、まったく同じことを言っていた。

ラジオ番組で、「バンドが長続きする秘訣は?」と聞かれて、

「ヒット作(代表作)がないこと」

と答えていた。

そういうふうなスタンスで仕事が続けられたら、どんなにいいだろう、と憧れる。

ところで、さきの根本要さんのインタビューでは、こんなことも言っていた。

「『木蘭の涙』はたくさんの方にカバーしていただいていますが、なかには“あれ? オリジナルを聴いたことないのかな?”ってカバーもありますよね。やっぱり原曲へのリスペクトはとても大切だと思います。最初にカバーしてくれたのは佐藤竹善とコブクロ、最近も鈴木雅之さんが歌ってくれていますが、僕よりうまくて困りました(笑)。原曲はバンドでの演奏ですが、アコースティックバージョンがよく歌われます」

いろいろなアーティストが「木蘭の涙」をカバーすることに対して僕が違和感を抱いていたのは、そういうことだったのかと、溜飲が下がった。今回のLIVEでオリジナルのバンドバージョンを演奏したことの意味が、わかった気がした。

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ムーンライダーズがいた!

5月9日(月)

今日の文化放送「大竹まこと ゴールデンラジオ」のメインゲストがムーンライダーズだと聞いて、矢も盾もたまらず、帰りの車の中でradikoのタイムフリーで聴いた。ゲストは鈴木慶一氏と白井良明氏。

1975年結成。僕の原体験は、1976年のドラマ「高原へいらっしゃい」の主題歌「お早うの朝」。作詞谷川俊太郎、作曲小室等、演奏ムーンライダーズとクレジットが出ていた。ラジオでの話だと、最初はバックバンドの活動をしていたというから、これもその一環として、バックバンドとして演奏していたのだろう。

この歌が大好きで、のちにこの曲が入った小室等のアルバムを買ったが、演奏はムーンライダーズではなく、編曲もまるで違ったバージョンになっていて愕然とした。やはりこの曲は、ムーンライダーズの演奏でないといけない。

中学の時にYMOにハマり、当然、その界隈にいたムーンライダーズがしばしば話題にあがったが、YMOにばかり執心していた当時の僕は、ムーンライダーズを熱心に聴いた方ではない。「ムーンライダーズはいいぞ」と教えてくれたのは、中学の時にYMOの音楽の手ほどきを受けたヤマセ君だったか、高校時代の親友のコバヤシだったか、記憶が定かではない。「火の玉ボーイ」は買ったかも知れない。

でも僕が圧倒的に好きだったのは、ムーンライダーズのドラマー、かしぶち哲郎氏の初のソロアルバム「リラのホテル」だった。これは今でも持っている。素朴な感じの曲ばかりで、とても素敵だった。

Wikipediaで調べたら、かしぶち哲郎さんは、2013年にお亡くなりになっていた。ラジオの中で鈴木慶一さんが「46年間の活動の中で、メンバーの1人が死んで、1人が新たに加入して‥」と言っていたが、その1人というのが、僕が好きだったかしぶち哲郎さんだったとは、いまさらながらショックである。

長寿のロックバンドといえば、アルフィーとかスタレビとかがすぐに思い浮かぶが、ムーンライダーズもいたね。

 

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投げ銭ライブ

以前にも書いたことがあるが、僕の高校時代の1学年下と2学年下に、サックスミュージシャンがいる。1学年下の後輩はアサカワ君で、2学年下の後輩はジロー君である。

この二人が、この大型連休中に、それぞれライブをするという告知がSNSのタイムラインに流れてきた。ジロー君は大型連休のはじめのほうに、アサカワ君は大型連休の最後の方に、それぞれライブを行うようである。大型連休は、ライブをするのにもってこいの時期ともいえる。

行動制限のないこのたびの大型連休では、ライブ会場にお客さんを入れて行うようなのだが、同時に動画投稿サイトでの配信も行うという。これは、ありがたいことである。

僕のように、おいそれとライブ会場に足を運ぶことのできない人間にとっては、たとえ感染症がおさまったとしても、ライブ配信は今後も続けてほしいと願うものである。

しかも、ふたつのライブとも、あるていどの期間、アーカイブ視聴できるというのも嬉しい。なかなかリアルタイムで視聴する環境を確保するのが難しいからである。

もちろん、ただで観ることは失礼かなと思うから、わずかながら投げ銭で応援することにしている。

ジロー君のライブは、以前に視聴したときと同じ、ジロー君の地元のカフェが会場である。ジロー君のライブは、だいたい午後3時頃から、1時間半程度行われる。この時間帯がまたよい。

カフェの窓から差し込む日の光によって、自分もまるで日だまりにいるような感覚になり、それだけでも、じつに癒やされるのである。

以前にも書いたように、映像も、ライブの音質も、格段にすばらしく、聴いていてまったくストレスを感じない。今回は、ジロー君と、Minkoさんという、ギター兼ボーカルの二人によるライブで、古いブルースを中心にしたラインナップだった。Minkoさんというミュージシャンを初めて知ったが、ギターとボーカルがとても耳心地がよくて、それがカフェの日だまりの映像と相まって、これ以上にない癒やしの音楽を演出していた。

ジロー君は、サブトーンという奏法にこだわるサックス奏者である。力強い音や伸びのある音が好きな僕にとって、サブトーンという奏法は耳慣れない感じが最初はしたけれども、Minkoさんの音と共鳴することで、次第に僕の耳にもなじんだ音になっていった。

僕の好きな「Lover,Come Back to Me(恋人よ我に帰れ)」を聴くことができたのが嬉しかった。最後の「On The Sunny Side Of The Street」も、キャッチーな選曲でよかった。

続いて視聴したのは、アサカワ君のライブである。アサカワ君は、ジャズというよりも、ブラジル音楽のミュージシャンである。おそらく、中央線沿線のブラジル音楽界を代表する一人であろう。「中央線小説」ならぬ、「中央線ブラジル音楽」である。僕は、コロナ前に、阿佐ヶ谷北口の小さなライブハウスにフラッと立ち寄って、彼の演奏を聴きに行ったことがある。今回のライブ会場は、吉祥寺である。

こちらの配信映像も、なかなか凝っていた。複数のカメラを据えてスイッチングしながら、あらゆる角度からミュージシャンの様子を映し出している。そのなかに1台だけ、モノクロ映像で映しているカメラがあり、これがまたいい雰囲気を醸し出していた。

ジロー君のライブは演奏者が2人だったが、アサカワ君のバンドは5人ほどの編成である。こちらは、日だまりのライブではなく、夜が似合うライブだった。アサカワ君の音にはちょっと色気がある。

僕は高校時代、吹奏楽団で彼らと演奏をともにしたが、僕は早々に音楽に対するこだわりがなくなってしまい、高校卒業後もOBによる吹奏楽団を立ち上げたものの、吹奏楽に対するこだわりのないまま無為に10年近くを過ごし、結局はやめてしまった。だからいまとなっては、僕は吹奏楽もジャズも、たんなるド素人の一人である。だが二人は、その後も自分なりの音楽にこだわり続け、いまでもライブを続けているのだから頭が下がる。彼らのライブを観ていつも思うのは、彼らの周りには常に一緒に演奏する人が集まってきて、それがまたいいメンバーで、だからこそ長く続けてこられたのだな、ということである。音楽分野に限らず、僕の業界でもそうだが、見限られることなく続けられるというのは、それだけですばらしいことである。

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ひまわり

2月28日(月)

車で1時間以上かかる病院へ、定期の診察である。

診察、といっても、1か月以上前に行った別の病院での治療の結果を、ただ報告するだけである。しかも報告といっても、すでに治療の結果は画像データと文書で主治医に報告されているため、わざわざ僕が行って報告する必要はないのである。

1時間以上かけて病院に行き、何時間も待たされてあげく、ほんの2分程度で問診が終わる、というのは、いつも割に合わない。それだけで体力を消耗する。まったく、桂文珍師匠の小噺ではないが、病院に通うためには、そのための体力が必要である。

しかし、まったく無意味かというと、そうでもない。主治医の先生は、治療の結果の画像を見て、「前回、ちょっと心配だったところが、だいぶよくなっていますね」と、大事に至らなかったことを教えてくれた。まあそれだけでも安心である。

ようやく診察が終わり、車で自宅に引き返す。折しも、「大竹まこと ゴールデンラジオ」が始まる時間だったので、運転をしながら久しぶりにリアタイで聴くことにした。

月曜日のオープニングトークのドあたまは、いつも阿佐ヶ谷姉妹の美しいアカペラコーラスから始まるのだが、今日はそれがなく、いきなり「姉のエリコです、妹のミホです、阿佐ヶ谷姉妹です」という挨拶から始まっている。

おかしいな、と思っていると、おもむろに大竹まことが、

「今日はこの曲から聴いていただきましょう」

と、いきなり曲が流れた。オープニングトークでは、あまりないパターンである。

流れた曲は、映画「ひまわり」のテーマ曲だった。

大竹まことは、この曲をかけた意味を何も語らず、冒頭からいきなりこの悲しいテーマ曲が流れたので、曲が流れている間中、僕は「そのココロは?」と自問自答していた。

曲が最後まで終わったあと、大竹まことは静かに、この映画のストーリーについて語った。1970年公開のこの映画は、イタリアを代表する俳優、ソフィア・ローレンとマルチェロ・マストロヤンによる、第二次世界大戦に翻弄された男女の物語である。

映画で最も印象的な場面は、ソフィア・ローレンが、戦争で行方不明となった夫(マルチェロ・マストロヤンニ)を探しに、ソ連に赴いたとき、そこに地平線まで続くひまわり畑が広がっている光景である。僕もむかしこの映画を見たときに、ストーリーの細部は忘れてしまったが、この場面だけは強い印象に残った。

「あのひまわり畑の撮影地は、ウクライナだったのです」

という大竹まことの言葉に、この曲をかけた真の意味を、ようやく理解した。

「この『ひまわり』は、以前、長野県の医師である鎌田實さん(「大竹まこと ゴールデンラジオ」でしばしばゲストとして登場する)の呼びかけで、坂田明さんも演奏されています」

僕は、10年前ほど前の記憶がよみがえった。坂田明の演奏する「ひまわり」を、である。

友人のKさんに教えてもらい、僕が最初に聴いたのは、東日本大震災のあとだった。もともと、チェルノブイリの原発事故等で病気になった子どもたちを救うためのチャリティーとして企画されたアルバムだった。

いまはまた、違う文脈で「ひまわり」が大きな意味を持つことになるとは、誰が想像しただろう。

坂田明といえば、大林宣彦監督の映画「この空の花 長岡花火物語」(2012年)で、戦争で片腕を亡くしたアルトサックス奏者の役を演じていた。長岡の花火の映像と相まって、映画の終盤に流れる坂田明の魂の叫びともとれるアルトサックスの音色は、あの「ひまわり」のアルバムに込められた思いにも通じている。

大林監督と坂田明とのつながりは、ともに広島県出身であるということである。「この空の花」のメイキング映像に、大林監督のディレクションのもとで、坂田明がアルトサックスを演奏するシーンが残っているが、僕にとって貴重な映像である。

久しぶりに聴き直してみよう。

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Tokyo

10月8日(金)

朝9時からストレスのたまる仕事である。たぶんこの1年半の間で最大のピンチである。

この八方塞がりな状況で、どうやって事態を丸くおさめろというのだ?と、思わず天を仰ぎ嘆息する。

今日の格言。「すべての問題は構造的問題である。すべての対立は感情的対立である」

午前はストレスのたまる仕事、午後は間違いのないように神経を使う仕事で、すっかり疲れてしまった。右膝が痛いのは、痛風の発作が出かかっているのだろう。毎日薬を飲んでいるし、ここ数年お酒もまったく飲んでいない。数年ぶりに痛み出しているのは、もう完全にストレスによるものと断じてよい。

夕方に職場を出て、車で家路へ急いだのだが、金曜日の夕方なので、首都高速が大渋滞である。

カーナビの通りに走っていると、途中で首都高速を降りろと、カーナビが指令する。

カーナビに言われるがままに走っていると、ふだんのルートとは異なるルートを指定され、あげくの果てに「銀座」の出口で降りろという指示が出た。

銀座?まったく土地勘がないところである。もちろん銀座へは何度も行ったことはあるが、地下鉄の駅を降りて歩いたことがある程度である。

銀座のど真ん中を車で走っていると、なんとなく見たことのある建物が並んでいる。金曜日の夜なので、歩道には多くの人が行き交っている。

(なかなか華やかだなあ)

こんな時に、難しい政治談義の番組を聴きながら運転するというのは、野暮というものである。今日は家に帰るまで、音楽を聴きながら帰ることにしよう。

銀座を抜けると、突然国会議事堂が見えた。国会議事堂を右によける形で車を走らせると、今度は赤坂である。右手には豊川稲荷が見える。

(TBSの放送局は、このあたりかなあ…)暗くてよくわからない。

「四谷三丁目」の地下鉄の駅も見えた。

それから青山一丁目の交差点を右折した。このあたりもまた、おしゃれな街である。

そこからどこをどう通ったか、忘れてしまったが、新宿の伊勢丹の前あたりの道を走っていた。新宿もまた、人であふれている。

銀座、赤坂、四谷、青山、新宿…。

思い出したのは、井上陽水の「Tokyo」という曲である。

「銀座へ

はとバスが走る

歌舞伎座をぬけ 並木をすりぬけ

新宿へ

地下鉄がすべる

そびえるビルに月まで隠れて

(中略)

渋谷へ

青山の路で

恋する人は口づけを交わして

(中略)

Tokyo

赤坂 浅草

まだまだ街は人を惹き付ける

街並みは夢とあこがれ

街角までが歌を奏でる」

なんと!この歌には、いま僕が通ってきた銀座、赤坂、青山、新宿が入っているではないか!

ということは、僕は今日、井上陽水の「Tokyo」を体感したのだ。

家に帰るまでの時間が、通常の2倍近くかかって疲労困憊したが、途中から井上陽水の「Tokyo」を聴きながら運転したので、少しばかり、昼間のストレスが解消された。

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作り置き

9月18日(土)

お彼岸が近いので、娘を連れて、実家の母や妹と一緒に、父のお墓参りをする。

台風の影響で、朝から大雨が降っていたので、当初はお墓参りを延期しようかとも考えたのだが、どうやら降ったりやんだりの天候になったので、雨が上がっている間に、お墓参りを済ませた。そのあとは実家に娘を連れて行く。

だいたい1ヵ月に1,2度ていど、週末に娘を連れて実家に行くことにしている。そこで日がな一日過ごすのである。

最近僕は実家に帰ると、娘の相手をしながら、その傍らで「むかしのカセットテープをパソコンに取り込む」という作業をしている。

こぶぎさんがコメントで書いてくれたように、アナログからデジタルへのダビングには実時間(1時間の番組はダビングも1時間)がかかるので、かなり気長な作業である。

カセットテープで録音したFM東京(現TOKYO FM)の「渡辺貞夫 マイディアライフ」が10本程度残っていたので、そのダビングをすべて終えた。

次に、MALTAのライブ音源が5本程度残っていたので、そのダビングも終えた。

しかしまあ、カセットテープをMP3に変換する作業は、思いのほか忍耐が必要となる。もうこれでやめようかな、と思っていたのだが、1984年の元旦から5日間にわたってNHK-FMで放送された「細野晴臣作曲講座」が第1夜から第5夜まですべて残っていたので(1回の放送時間は45分)、せっかくだからこれもダビングすることにした。

YMOが散開したのが1983年、その翌年の元旦から放送されたこの番組は、YMOロスの人たちにとっては、たぶん必聴の番組だったと思う。

「作曲講座」といっても、第1夜から第4夜までは、細野さんが若い頃にどんな音楽の影響を受け、いままでどんな音楽を手がけてきたか、といういわばヒストリーもので、いってみれば座学である。実際に作曲の実践をするのは第5夜だけである。

ただ、聴いていて興味深かったのは、他人に楽曲を提供するために、あるていどの数、曲を「作り置き」しておいて、依頼が来たときにすぐに対応できるようにしておく、というやり方を取っていた、ということを述べていたことである。

あるいは、ある歌手のために作曲したメロディーのアイデアがボツになった場合、そのメロディーを別の曲として転用することもあるそうなのである。

とくに当時、この番組を聴いていて衝撃的だったのは、第4夜で語られたエピソードである。細野さんが作曲を担当することになった中森明菜の「禁区」について、最初に出したデモテープがボツになり、そのメロディー案が後にYMOの「過激な淑女」となって生まれ変わったというのである。実際番組では、そのときにボツになったデモテープを流していたが、たしかに曲調は「過激な淑女」であった。

なるほど、たとえボツになっても、ほかの曲に転用すれば無駄がない。やはり「作り置き」は大事なのだ。

さて第5夜は、いよいよ作曲の実践編である。

この番組のパーソナリティーをつとめているのが、シンガーソングライターの遠藤京子(現・遠藤響子)さんである。遠藤さんが作詞し、細野さんが作曲をすることになり、その作曲の過程の一部始終を放送するという回だった。

遠藤さんがこの番組のために書いた歌のタイトルは「オー、ミステイク」である。

最終的に細野さんによって完成した「オー、ミステイク」は、じつにポップで耳に残る感じの曲となった。ちなみに同じ歌詞に遠藤さん自身が作曲してピアノで弾き語りするバージョンも流れたが、これはこれで耳心地がよく、同じ歌詞でも曲調によってぜんぜん違う雰囲気になるのだということが実感できた。

さて、この「オー、ミステイク」は、この番組のためだけに作られた、1夜限りの曲となってしまったが、その後も僕の中には細野さんの「オー、ミステイク」のメロディーが頭の中に残り続けた。

この放送から3年近く経ったある日、テレビで松本伊代が「月下美人」という歌を歌っているのを聴いて、僕は驚愕した。メロディーが「オー、ミステイク」そのものだったのである。

いまでこそ、このことは広く知られる事実になったが、当時僕は、中森明菜の「禁区」でボツになったメロディーがYMOの「過激な淑女」として生まれ変わったことを思い出し、

(なるほど、曲を作り置く、というのはこういうことなのか)

と、あらためてその極意を実感したのである。

さて、45分×5回、3時間45分もかかって「細野晴臣作曲講座」のダビングを終えたのだが、あとで調べてみると、誰かが動画サイトに、それもかなりの高音質で、この番組の全5回をアップしていた。

木村大作監督の映画「剣岳、点の記」のラストシーンのような心境である。

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ジャズマンはなぜ暗渠に惹かれるのか

8月28日(土)

僕の高校時代の2学年下の後輩に、ジロー君というジャズマンがいる。たまにFacebookをのぞいて、元気でやってるかなあと確認したりしている。

何年か前にいちど、ジロー君ご夫妻で僕の講演会を聴きに来てくれたことがある。僕のやっていることは、ご夫婦お二人の関心とはまるでかけ離れているので、さぞや退屈だったろうと思うのだが、彼にはそうした律儀なところがある。

昨年の秋もやはり、僕が関わった職場のイベントにわざわざ見に来てくれた。残念ながら僕はその日は子守りで出勤できなかったので、せめて招待券だけでもと、招待券2枚をお送りしたのだった。後日、彼は自身のTwitterで宣伝をしてくれた。

まあそんな感じで、いまはまったく別の道を歩んでいて、ましてやコロナ禍以降は、実際に会うような機会はないのだが、それでもFacebookで彼は近況を頻繁にあげてくれるので、会わなくとも様子がわかるのだ。

これはFacebookであげられていたからここに書いてもよいと思うのだが、先日は、痔瘻で入院したそうだ。「ジローが痔瘻」とは、なかなか洒落がきいているが、本人にとってはたいへんだったようで、痔瘻というのも僕が思っていた以上におおごとの病気なのだということを、彼のFacebookを通じて知ったのだった。

いまはすっかり回復したらしく、今日の午後から、彼の地元にあるカフェで演奏のライブ配信をすると、彼のFacebookでたまたま見かけた。YouTubeで配信するので、無料で見ることもできるのだが、できれば投げ銭もお願いしたいとのメッセージが書かれていた。

時間もあったので、そのライブ配信を見てみようと思い、他の用事も済ませながら、YouTubeで彼の演奏を見てみることにした。ジロー君がサックスとクラリネットで、あとはギターとウッドベースの3人編成である。

ライブ会場は、いつも彼が演奏している地元のカフェで、見たところ、それほど広くない。映像を見ると、常連さんらしい人が見切れていて、会場にも何人かお客さんがいるようだった。

少し遅れてライブ配信を見始めたのだが、僕を含めて7人が視聴中、とあった。

僕が驚いたのは、音楽じたいのクオリティーの高さもさることながら、映像やマイクの音質などのクオリティーの高さである。

昨年、コロナ禍でライブ演奏ができなくなったとき、ジロー君もご多分に漏れず、ライブ動画配信に挑戦することを余儀なくされた。最初の頃は、映像の解像度が粗かったり、音質がよくなかったりと、いろいろと苦心しながらライブ配信をしていたと記憶している。映像や音質のクオリティーの低さは、それだけで視聴者にとってストレスになったりする。

ところが今回、久しぶりに彼のライブ動画を見て、以前の時とはあまりに違うクオリティーの高さに、驚いたのである。おそらくこの1年半の間、いろいろと試行錯誤して、カメラやマイクの環境を整えていったのだろう。しかも、曲のタイトルを字幕で出すなどの工夫も凝らされていて、じつに心地よいライブだった。

それだけに、視聴者が7人というのは、なんとももったいなかった。僕はこれだけの配信環境を整えたことに敬意を表し、ささやかながら投げ銭をした。

ライブ演奏のほとんどは、ジロー君が作曲をしたオリジナル曲だった。その曲のタイトルの多くに「猫」が含まれていて、彼の猫好きの一面を彷彿とさせる。

僕が好きな曲は「暗渠と猫と月」である。聴いていると、夜、散歩をしているときに見つけた猫が暗渠の上を歩いていて、空には月が輝いている、という情景を思い浮かべることができる。

実はジロー君のもう一つの趣味は、「暗渠」なのである。彼のFacebookには、散歩をしている途中で見つけた暗渠の写真がよくあがっている。

僕の高校時代の後輩で、暗渠を見つけるのを趣味としている人間がもう一人いる。1学年下のアサカワ君で、彼もまた、ジャズマンである。散歩をして、暗渠を見つけると、それをFacebookにあげているのである。

在校中は、暗渠の話などしたことがないはずなのだが、たまたま二人は、暗渠という共通の趣味を持っているということが、最近になってわかったのである。

もしかするとこれは、ジャズマンに共通した趣味なんじゃないだろうか?タモさんもそうだったんじゃない?…あれは坂道か?

「ジャズマンはなぜ暗渠に惹かれるのか?」。これもまた、新書のタイトルになりそうである。

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DOWN TOWN

NHKの「うたコン」という番組を見ていたら、大滝詠一特集をやっていた。

3歳になる娘は、「君は天然色」のなかの、

「思い出はモノクローム 色を点けてくれ」

という一節が、なにかのCMで流れて以来、大好きで、何度も何度もくり返し歌っている。

番組内では、「君は天然色」のほかに、「幸せな結末」や、僕の大好きな「さらばシベリア鉄道」なども歌われていて、娘もどうやら気に入っているようだった。

ただ、残念なのは、(当然なのだが)いずれも「カバー」もしくは「セルフカバー」ばかりである。僕は「カバー曲」「セルフカバー曲」が、オリジナル曲が好きであればあるほど、なかなか苦手なのである。

話はそれるが、僕はある男性グループが、かつての名曲をカバーしまくっていることに我慢がならなかった。「Choo Choo TRAIN」とか「銀河鉄道999」とか。果ては「人間の証明」までカバーしたときには、軽い殺意を覚えた。頼むからオリジナル曲を蹂躙しないでくれ、と。

そんな中、「Juice=Juice」というアイドルグループが、山下達郎の「DOWN TOWN」という曲をカバーしていた。

大滝詠一特集なのになぜ山下達郎?と一瞬思ったのだが、この曲は大滝詠一がプロデュースしたのだそうだ(作詞は伊藤銀次、作曲は山下達郎)。

僕の世代からしたら、EPOがカバーしたバージョンが体に染みついている。ま、この場合、最初にEPOの曲として聴いて、あとから山下達郎本人の歌を聴いたから、僕にとってはEPOがオリジナルといってもよいのだが。

で、これをいまのアイドルグループがカバーするというので、若干の不安を覚えたのだが、実際に聴いてみると、これが実にいいのだ!

Juice=Juiceというグループを、僕はこの時初めて知ったのだが、歌もダンスも実に誠実。僕は最近のアイドルグループと言えば、なんとか坂みたいな名前のつくものばかりで、辟易していたのだが、このグループは、ちょっと応援したくなる、という気持ちになったのである。

というか、山下達郎の「DOWN TOWN」という曲は、女性アイドルグループがカバーするには、もってこいの曲なんじゃないだろうか?

たとえて言えば、韓国の伝説的なロックバンド「プファル(復活)」のボーカルだったイ・スンチョルのヒット曲「少女時代」を、K-POPアイドルグループの少女時代がカバーをして、これが見事にハマって大ヒットした、みたいな感じである。

いっそ、少女時代みたいに、DOWN TOWNというグループ名にして、この曲を代表曲にしちゃえばいいのに、とまで思ったのだが、すでに漫才コンビの名前として使われてしまっていることが、かえすがえすも残念である。

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紅白歌合戦雑感

1月2日(土)

新年の雑感をいくつか。

年末の紅白歌合戦、いつもよりもおもしろかったと感じた。全部を見たわけではないが、今年は新型コロナウィルスの影響で無観客とするなど、演出の大幅な見直しがあり、歌と歌の間に、紅組と白組のどちらが勝つかなどといった小賢しい演出があまりなく、歌を聴かせることに徹したように思えて、もう、男女に分かれてたたかうみたいなことはやめて、選曲にこだわって、スタジオで歌をじっくり聴かせるだけで十分なのではないか、と思えてきた。

元旦夜のTBSラジオ「新時代のコトバ会議」(武田砂鉄、ジェーン・スー、サンキュウタツオ、飯間浩明)のなかで、ジェーン・スーさんが言っていた次の言葉が、溜飲を下げた。

「男女が分かれてたたかっていることで紅白歌合戦がおもしろくなったという記憶がいままでない」

「男女に分けることでエンターテインメントとしてのおもしろさが増す、という経験をしたことがない」

「放送当日に箱の中からクジを引いて、3つくらいくらいのグループに分かれて、さあ分かれました、これで今年はたたかいます、という楽しみ方もあるのではないか」

なるほどその通りである。

毎年のテーマも、漠然としたものよりも、もっとシンプルでピンポイントにした方ががいいのではないか、と思う。今年は、朝ドラの「エール」にひっかけて、人々を元気づけるような歌の選曲が多かったような気がするが、それもまた、どちらかといえば今年よかったことの一因ではないかと思う。

その意味で僕がすごいと思ったのは、「おかあさんといっしょ」のスタジオライブである。

今年度は新型コロナウィルスの影響で、例年各地に出向いて行っているファミリーコンサートができない。その代わりに、スタジオライブというのをいままで3回行っており、毎回、テーマを決め、そのテーマに沿った歌を歌うという内容である。第1回目は「星」で、星にまつわる歌を歌っているのだが、谷川俊太郎作詞・細野晴臣作曲・高田漣編曲の「いるよ」を含め、選曲がすばらしかった。第2回目は「空」。「雲の手紙」とか「あしたははれる」(坂田修作詞・作曲)など、これまた選曲がすばらしかった。

そして年末に第3回目のスタジオライブがあったのだが、録画したのをつい先ほど見返してみて、ビックリした。3回目のテーマは「風」で、風に関する歌を選曲しているのだが、なんと、ゆういちろうおにいさんが、はっぴいえんどの「風をあつめて」を歌っていたのである!松本隆作詞、細野晴臣作曲の名曲「風をあつめて」ですよ!

ちょっとこれには身震いした。まさか「おかあさんといっしょ」で「風をあつめて」が聴けるとは!

SNSでの反響を見てみるともちろん大絶賛で、「選曲したのはゆういちろうおにいさん自身ではないか」という推測が目立っていたが、僕もそうだと思う。

松本隆のあの天才的な歌詞が、小さい子どもにわかるのだろうか?と、一瞬思ったが、ゆういちろうおにいさんが歌うと、そんな心配など杞憂に終わるくらい、番組にじつによく溶け込んだ歌になっているではないか!「おかあさんといっしょ」、攻めてるねえ。

考えてみればうちの娘(2歳9か月)が最近よく口ずさんでいる

「思い出はモノクローム 色をつけてくれ♪」

という歌詞のある「君は天然色」は、同じはっぴいえんどのメンバーだった大滝詠一の曲。やはりはっぴいえんどは偉大である。

つまり僕が言いたいのは、クオリティーの高い歌番組を作るヒントは、「おかあさんといっしょ」の中にある、ということである。

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リクエスト曲がかかりました

11月17日(火)

今日は朝から夕方まで、重い会議がビッシリで、憂鬱なことこの上ない。

今日の唯一の楽しみは、お昼のラジオである。

都内のある区のコミュニティーFMで、僕の知り合いのパーソナリティーが、うちの職場のイベントを紹介してくれることになっていて、しかも、僕のリクエスト曲がかかることになっているのだ。

放送時間は、ちょうど会議と会議の間の、お昼休みの時間である。しかもイベントについての話題と、僕のリクエスト曲がかかるのは、12時台の前半だと、あらかじめ聴いていた。

前回も書いたが、パーソナリティーに、「リクエスト曲の候補を3曲くらいあげてください」と言われたので、考えた末、このブログの「音楽」というカテゴリーで取り上げたことのある曲をリクエストしよう、と決めた。

まず、キム・グァンソクとか、韓国のミュージシャンの歌は、たぶん放送局に音源がないだろうから、ボツ。ましてや、僕が「タイのBEGIN」と勝手に呼んでいる Calories Blah Blahの歌なんて、あろうはずもない。

それから、インストゥルメンタルの曲も却下。

洋楽は、自分の知識のなさが露呈するから却下。

いま流行の曲も、自分の身の丈に合わないから却下。

「おかいつ」の曲も却下。

あとは、ベタでもなく、かといってまったくマイナーというわけでもなく、そこそこ知られていて、自分の青春時代の曲で、FMっぽい曲で、放送局に音源がありそうな曲、と言うことで、長考に長考を重ねた末、3曲を選び、パーソナリティーにメールした。すると、

「リクエスト、承りましたー!どれがかかるかは、お楽しみに」

と返信をいただいた。

さて翌日の今日、いよいよ自分のリクエスト曲がかかる時間である。ドキドキしながら聴いていると、

「鬼瓦さんからのリクエストは、この曲です」

とかかった曲は、僕がひそかに第一希望と考えていた曲だった!いやあ、よかった。

実はこの曲の背景には、いくつかの語るべき物語(というか蘊蓄)があるのだが、パーソナリティーは、それを過不足なく解説してくれた。

Twitterのハッシュタグタイムラインを見てみたら、どちらかといえばマイナーなこの曲に、常連リスナーの人たちが湧いていて、

「どうだい、俺の選曲眼は!俺のセンスも捨てたもんじゃないだろう!」

と、すっかり気分がよくなったのであった。

だが結論として言えることは、リクエスト曲を決めるのは、そうとうに疲れる作業だ、ということである。

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