音楽

紅白歌合戦雑感

1月2日(土)

新年の雑感をいくつか。

年末の紅白歌合戦、いつもよりもおもしろかったと感じた。全部を見たわけではないが、今年は新型コロナウィルスの影響で無観客とするなど、演出の大幅な見直しがあり、歌と歌の間に、紅組と白組のどちらが勝つかなどといった小賢しい演出があまりなく、歌を聴かせることに徹したように思えて、もう、男女に分かれてたたかうみたいなことはやめて、選曲にこだわって、スタジオで歌をじっくり聴かせるだけで十分なのではないか、と思えてきた。

元旦夜のTBSラジオ「新時代のコトバ会議」(武田砂鉄、ジェーン・スー、サンキュウタツオ、飯間浩明)のなかで、ジェーン・スーさんが言っていた次の言葉が、溜飲を下げた。

「男女が分かれてたたかっていることで紅白歌合戦がおもしろくなったという記憶がいままでない」

「男女に分けることでエンターテインメントとしてのおもしろさが増す、という経験をしたことがない」

「放送当日に箱の中からクジを引いて、3つくらいくらいのグループに分かれて、さあ分かれました、これで今年はたたかいます、という楽しみ方もあるのではないか」

なるほどその通りである。

毎年のテーマも、漠然としたものよりも、もっとシンプルでピンポイントにした方ががいいのではないか、と思う。今年は、朝ドラの「エール」にひっかけて、人々を元気づけるような歌の選曲が多かったような気がするが、それもまた、どちらかといえば今年よかったことの一因ではないかと思う。

その意味で僕がすごいと思ったのは、「おかあさんといっしょ」のスタジオライブである。

今年度は新型コロナウィルスの影響で、例年各地に出向いて行っているファミリーコンサートができない。その代わりに、スタジオライブというのをいままで3回行っており、毎回、テーマを決め、そのテーマに沿った歌を歌うという内容である。第1回目は「星」で、星にまつわる歌を歌っているのだが、谷川俊太郎作詞・細野晴臣作曲・高田漣編曲の「いるよ」を含め、選曲がすばらしかった。第2回目は「空」。「雲の手紙」とか「あしたははれる」(坂田修作詞・作曲)など、これまた選曲がすばらしかった。

そして年末に第3回目のスタジオライブがあったのだが、録画したのをつい先ほど見返してみて、ビックリした。3回目のテーマは「風」で、風に関する歌を選曲しているのだが、なんと、ゆういちろうおにいさんが、はっぴいえんどの「風をあつめて」を歌っていたのである!松本隆作詞、細野晴臣作曲の名曲「風をあつめて」ですよ!

ちょっとこれには身震いした。まさか「おかあさんといっしょ」で「風をあつめて」が聴けるとは!

SNSでの反響を見てみるともちろん大絶賛で、「選曲したのはゆういちろうおにいさん自身ではないか」という推測が目立っていたが、僕もそうだと思う。

松本隆のあの天才的な歌詞が、小さい子どもにわかるのだろうか?と、一瞬思ったが、ゆういちろうおにいさんが歌うと、そんな心配など杞憂に終わるくらい、番組にじつによく溶け込んだ歌になっているではないか!「おかあさんといっしょ」、攻めてるねえ。

考えてみればうちの娘(2歳9か月)が最近よく口ずさんでいる

「思い出はモノクローム 色をつけてくれ♪」

という歌詞のある「君は天然色」は、同じはっぴいえんどのメンバーだった大滝詠一の曲。やはりはっぴいえんどは偉大である。

つまり僕が言いたいのは、クオリティーの高い歌番組を作るヒントは、「おかあさんといっしょ」の中にある、ということである。

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リクエスト曲がかかりました

11月17日(火)

今日は朝から夕方まで、重い会議がビッシリで、憂鬱なことこの上ない。

今日の唯一の楽しみは、お昼のラジオである。

都内のある区のコミュニティーFMで、僕の知り合いのパーソナリティーが、うちの職場のイベントを紹介してくれることになっていて、しかも、僕のリクエスト曲がかかることになっているのだ。

放送時間は、ちょうど会議と会議の間の、お昼休みの時間である。しかもイベントについての話題と、僕のリクエスト曲がかかるのは、12時台の前半だと、あらかじめ聴いていた。

前回も書いたが、パーソナリティーに、「リクエスト曲の候補を3曲くらいあげてください」と言われたので、考えた末、このブログの「音楽」というカテゴリーで取り上げたことのある曲をリクエストしよう、と決めた。

まず、キム・グァンソクとか、韓国のミュージシャンの歌は、たぶん放送局に音源がないだろうから、ボツ。ましてや、僕が「タイのBEGIN」と勝手に呼んでいる Calories Blah Blahの歌なんて、あろうはずもない。

それから、インストゥルメンタルの曲も却下。

洋楽は、自分の知識のなさが露呈するから却下。

いま流行の曲も、自分の身の丈に合わないから却下。

「おかいつ」の曲も却下。

あとは、ベタでもなく、かといってまったくマイナーというわけでもなく、そこそこ知られていて、自分の青春時代の曲で、FMっぽい曲で、放送局に音源がありそうな曲、と言うことで、長考に長考を重ねた末、3曲を選び、パーソナリティーにメールした。すると、

「リクエスト、承りましたー!どれがかかるかは、お楽しみに」

と返信をいただいた。

さて翌日の今日、いよいよ自分のリクエスト曲がかかる時間である。ドキドキしながら聴いていると、

「鬼瓦さんからのリクエストは、この曲です」

とかかった曲は、僕がひそかに第一希望と考えていた曲だった!いやあ、よかった。

実はこの曲の背景には、いくつかの語るべき物語(というか蘊蓄)があるのだが、パーソナリティーは、それを過不足なく解説してくれた。

Twitterのハッシュタグタイムラインを見てみたら、どちらかといえばマイナーなこの曲に、常連リスナーの人たちが湧いていて、

「どうだい、俺の選曲眼は!俺のセンスも捨てたもんじゃないだろう!」

と、すっかり気分がよくなったのであった。

だが結論として言えることは、リクエスト曲を決めるのは、そうとうに疲れる作業だ、ということである。

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お知らせ2件

11月5日(木)

今日が死ぬほど忙しくて疲れたってことは置いといて。

昨日の「大竹まこと ゴールデンラジオ」の「大竹メインディッシュ」のコーナーのゲストは、坂田おさむ、坂田めぐみ親子でした!

‥あれ、ご存じない?7代目のうたのおにいさんですよ!僕の中では、「おかいつ」の中興の祖と位置づけられている。名曲を量産したおにいさんなのである。

最近だと坂田めぐみ作詞、坂田おさむ作曲の「ワンツースリー」が名曲だ。ギターのソロがアルフィーっぽくて昭和のロックを彷彿とさせる。フォークやロックの洗礼を受けたおさむおにいさんの本領がいかんなく発揮されている。

なぜこの二人が、およそ不釣り合いの大竹まことと壇蜜のラジオ番組に出たのかというと、娘の坂田めぐみさんがファーストアルバムを出したからだそうだ。

しかしそれだけではないように思える。番組スタッフの中に絶対「おかいつ」ファンがいるのだろうな。

坂田親子と大竹壇蜜コンビなんて、話が合わないんじゃないかと思って聴いていたら、意外にも話が盛り上がって安堵した。

ビックリしたのは、坂田家は親子で音楽の教科書に自分が作った曲が採用されたということである。坂田おさむさんは「ありがとうの花」、坂田めぐみさんは「TODAY」という曲で、それぞれ教科書に載ったのだそうだ。

「親子で音楽の教科書に載ったのは、中田喜直先生の『めだかの学校』と、そのお父さんの中田章先生の『早春賦』以来だそうです」とのこと。そうなるともう歴史上の人物だよね。

…今日書きたいのは、このことではない。

僕が取材を受けた女性週刊誌がいよいよ今日(11月5日)、発売されたことである!

ついに女性週刊誌デビューですよ!

デヴィ夫人とか、宮崎美子還暦ビキニとか、そういった話題と並んじゃったんだからなんともシュールである。

記事にはちゃんと名前も出たので、ギャラの振り込み口座を教えてくれという連絡が来て、口座番号をホイホイと教えたのだが、後になって職場の担当事務から出版社に「うちの職場の規定で、ギャラは辞退します」というメールが出され、結局ノーギャラになった。ま、いいんだけどね。

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「ぼよよん行進曲」を国歌に!

8月17日(月)

文化放送「大竹まこと ゴールデンラジオ」の中で、「ゴールデンヒストリー」という10分程度のコーナーがある。市井に生きる人々の、何気ない人生の軌跡を、大竹まことが朗読するというもの。番組の放送作家が毎回、無名の人に取材をして、それを原稿にまとめ、大竹まことが静かに朗読する。

今週のテーマは、「がんとともに生きる」。今日は、ステージ4の肺腺がんと診断された、2児の母の物語である。正確ではないが、僕なりに聴いた内容をまとめると、次のようになる。

ステージ4の肺腺がんと診断されたのは、44歳のとき。がんは肺全体に散らばり、外科手術はできない状態にあり、分子標的薬という抗がん剤を服用しながら治療することになる。

分子標的薬は副作用が強く、皮膚は炎症を起こし、下痢が止まらない。加えて、薬の値段は高額で、家計を圧迫する。

自分には小学生の子どもが二人いる。少しでも家計を助けるために、仕事をしたいのだが、副作用による体調の悪さから、気持ちに波ができてしまう。

転機となったのは、息子が持ち帰ってきた保健体育のテスト。「生活習慣病が引き起こす病気はどれか?」という問題の選択肢に「がん」があり、息子はそれに○をつけると、正解となっていた。

これを見て、まるで自分の生活習慣が悪かったからがんに罹ったと言われているような気がして悲しくなり、思い切って息子の学校に抗議の電話をかけた。

そのとき、対応してくれた学校の先生が、自分の気持ちに寄り添って話を聞いてくれた。

そのとき初めて、自分はステージ4の肺腺がんであると、他人に告白する。そして次第に、自分の周囲に、自分の病気のことを理解してくれる人が増えてきた。

自分はたしかにがん患者である。でも、ふつうに仕事がしたいし、一人前に扱ってもらいたい。そんな社会が来れば、どんなに救われることだろう。

いま、その方は、仕事に復帰し、同じ立場で苦しんでいる人をケアする仕事をしている。

…大竹まことの静かな朗読が終わると、曲が流れた。

「ぼよよん行進曲」だ!

昼間の民放ラジオ番組で、この歌が流れてきたのは、不意打ちである。

もうね、こんなもん、どうやったって泣いてまうやろ!

「ぼよよん行進曲」の選曲は、おそらくこのインタビューに応じた方のリクエストによるものなのだろう。今日の前向きな物語に、これ以上マッチした選曲はない。

聴いていて、ふと気づいた。

「ぼよよん行進曲」には、さまざまバージョンがある。歴代の歌のおにいさん、おねえさんが歌ったものから、それこそ、作詞作曲した中西圭三さんがソロで歌っているものもある。この日、流れていたのは、だいすけおにいさん&たくみおねえさんバージョンだった。

小学生の息子がいる、ということは、この方が子どもと一緒にリアルタイムで見ていた「おかあさんといっしょ」は、だいすけおにいさん&たくみおねえさんのときだったのだ。だから、どうしてもこの二人が歌っているバージョンでなければいけなかったのだ、と。

「ぼよよん行進曲」で励まされていたのは、子どもではなく、母親のほうだった。否、この歌に世代など関係ないのだ。

だから僕は提唱したい。

「ぼよよん行進曲」を国歌に、と。

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オンラインライブ

6月7日(日)

とくに何も書くことがない。相変わらず、職業的文章が書けずにこの週末も終わってしまった。いよいよやばい。

最近、いろいろな有名人がYouTubeで動画配信をするので、空いた時間はついチャンネル登録している番組を観てしまう。もういい加減観るのはやめた方がいいな。

そんな中、ミュージシャンをやっている、高校時代の2学年下の後輩が、ライブ配信をするということをSNSで知り、ちょうどそれを知った時間がライブ配信をしている真っ最中だったので、観てみることにした。

そのライブは、小さなバーみたいなお店で行われていて、演奏者は、その後輩と、もう一人の、合計2人という、こぢんまりした編成だった。画面で見る限り、お客さんが一人いた。当初、ちょっと機材のアクシデントみたいなことがあったのだが、後半くらいに持ち直したようだった。

僕はびっくりしたのだが、そのライブ配信映像は、とても画質がよく、また音もクリアだったので、あたかもライブ会場にいるような感覚になった。つまりタブレットを観ていて全然ストレスを感じなかったのである。

その後輩は、こんな状況下で仕方なく始めたオンラインライブに慣れているはずもないと思うのだが、それでも、あれくらいのクオリティーのライブ配信ができるのか、と感動したのである。

ライブ会場で聴いていた一人のお客さんというのは、どこかで見た顔だなあと思ったのだが、よくその後輩のSNSにコメントを寄せてくる人で、後輩のバンドの熱烈なファンらしい。よく写真をアップしていて、お顔をよくみていたので、ああ、あの人か、とわかったのである。一面識もないのに、なぜか昔からの知り合いのように感じてしまうから不思議である。

その後輩は、日常的には散歩が趣味で、行った先の写真をSNSにアップしているのだが、そこに載せている写真が僕の琴線に触れるものが多く、しばしばコメントでやりとりをしたり、あるいは当人同士だけでやりとりできるツールでマニアックな情報交換をしたりと、ごくたまにではあるが、そんなことをしている。

こうなるともう、わざわざ会う必要はないね。ライブを観たり、散歩で出くわしたけったいなものについてSNS上で情報交換したりするできるのだから、以前にたまーに会っていた頃よりもむしろ「密」な関係になっている。まさに「フィジカル・ディスタンス」「ソーシャル・コネクテッド」の世界やね。

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発車メロディに由来あり

この1か月ほど在宅勤務のため通勤していないのだが、ふだん通勤で使っている駅の発車メロディが、聞いたことのあるメロディで、耳について離れない。1番線と2番線、それぞれ別の曲である。

一つは「おはなしゆびさん」という童謡の一節であることはすぐにわかったのだが、もう一つはどこで聞いたんだったかなあと気になっていたら、「おかあさんといっしょ」で歌のおねえさんが歌っていた「やまのワルツ」という歌の一節だということに気づいた。だから耳馴染みがあったんだな。

どうしてこの二つの童謡がこの駅の発車メロディに選ばれたたんだろうと思って調べてみると、この駅のある町に住む湯山昭さんという作曲家が1962年に作曲した童謡であるらしい。つまりこの町にゆかりのある作曲家が作った童謡の一節が、発車メロディとして採用されたわけである。

「おはなしゆびさん」も「やまのワルツ」も、今現在、「おかあさんといっしょ」でたまに歌われている。無数にある童謡の中で、今でも歌われ続けている名曲なのである。

この2つの童謡を作詞したのが、香山美子さんという方で、てっきり女優の香山美子(かやまよしこ)さんなのかなと思っていたら、そうではなく、児童文学作家の香山美子(こうやまよしこ)さんという方だ、ということもわかった。知らないことが多いなあ。

さらに、湯山昭さんの娘さんは、ワイドショーなんかでコメンテーターとしてよく出ている湯山玲子さんだということもわかった。ここまでくると、どこまでが必要な知識なのかはわからない。

全国の駅の発車メロディについては、当然、マニアがいるのだろうな。これ以上は深入りしない。

 

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コミュニティFMを聴いた午後

3月8日(日)

高校時代の部活の1年後輩のアサカワ君が、地元のコミュニティFM局のラジオ番組でゲスト出演する話を聞いて、ちょうどコロナウィルスの影響で外出の用事がなくなり、自宅で過ごしていたので、そのラジオ番組を聴いてみることにした。

僕は全然知らなかったのだが、地域密着型のFMラジオ局が、うちの町の近くにもあったんだね。

時折挟み込まれる交通情報が、あまりにミクロな情報すぎて面白い。この辺に住んでいる人には必須に情報だろうが、違う地域に住んでいる人にとってはどうでもいい情報なのである。

さて、番組は13時半から始まった。30分番組である。

司会のラジオパーソナリティーの女性がいて、アサカワ君がゲストである。

聴いていると、どうやらこれまでも何度かゲスト出演したことがあるようで、この番組の常連さんのようである。

「サックス奏者の、アサカワさんです!」と紹介していたが、これを聴いて、「ああ、あのアサカワさんね」とわかってくれるリスナーは、どのくらいいるのだろう?僕にとってアサカワ君は、高校の部活の後輩としてむかしから知っているだけであって、世間的に彼がどう認知されているのか、よくわからないのである。

だが、地元のコミュニティFM局の番組にゲスト出演するくらいだから、やはりそこそこ有名なのだろうか?

いずれにせよ僕にとっては、どんな番組であれ、ラジオ番組に呼ばれること自体がうらやましい。

もう一つうらやましいのは、彼が「サックス奏者のアサカワさんです!」と紹介されたことである。

「生身の人間」として紹介されている、とでもいったらよいか。

たとえるなら、

「今日のゲストは、柴又の寅さんです!」

と紹介されて、リスナーが、

「ああ、あの寅さんね」

と納得している感じ?寅さんって誰だよ!みたいな。

番組は、アサカワ君がどのようにしてサックスと出会ったか、とか、どうしてブラジル音楽に目覚めたのか、とか、4年前のリオ五輪でスタッフとして活動していた時の思い出とか、最近の活動についてだとか、当たり前だが、アサカワ君にまつわる話ばかりだった。

まことに不思議な感覚である。これが有名人ならいざ知らず、ラジオで喋っているのは高校の後輩なのである。しかも彼は、決して有名人というわけではないのだ。「高校生の時にサックスに出会いました」と言っていたが、知ってるよ!だって俺、その場にいたもん!

一つ感心したのは、ゲストとしてのトークを無難にこなしていたことである。むかしから自分に正直な人間だから、このご時世、いきなり現政権批判とかやり出すんじゃないだろうかとヒヤヒヤしていたが、そこはそれ、大人の対応をしていた。

昨年、ブラジルから来日したなんとかさんというミュージシャン(多分有名な人なのだろう)が呼びかけて結成して楽団に参加し、合宿のような雰囲気のなかで練習をして、ライブをしたことがとても楽しく、最終的には楽団が家族みたいに思えて別れ難かった、という話が、聴いていてうらやましかった。もう何年も、そんな経験をしていない。

番組の一番最後に、その時のライブで演奏した曲が1曲かかった。テナーサックスのソロは、アサカワ君自身によるものだった。

その曲を聴いた、もうすぐ2歳になるうちの娘が、その曲に合わせてご機嫌に踊っていた。

近くCD化されるそうである。待ち遠しい。

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北風小僧の寒太郎

NHKのEテレ「おかあさんといっしょ」を見ていたら、「北風小僧の寒太郎」が流れてきた。

名曲だよねえ。1歳8カ月のうちの娘も、すぐ覚えて口ずさんでるもの。

歴史をひもとくと、

「元々は1972年にNHKの『おかあさんといっしょ』の「うたのえほん」のコーナーで担当者から「子供向け演歌もあってもいいんでは?」と水を向けられた井出隆夫が、その当時のヒットドラマだった『木枯し紋次郎』(フジテレビ)のパロディーのつもりと、自身が幼少時代を過ごした長野県南佐久郡小海町の松原湖の冬の風景を思い出しながら作詞し、福田和禾子が作曲したものであった。この曲を『おかあさんといっしょ』の番組中で最初に歌ったのは田中星児であった」

「1974年12月にNHKの『みんなのうた』に初登場。みんなのうた版では堺正章と東京放送児童合唱団が歌唱を担当。堺が『みんなのうた』で歌を歌うのは初。『みんなのうた』での放送後、大きな反響があった曲の一つである」 (以上、ウィキペディアより)

とある。

 

その後、1981年に北島三郎によってカバーされている。

 

こうやって聞き比べてみると、どちらも耳馴染みがあるのだが、どちらかといえば、マチャアキバージョンの印象の方が強い。

サブちゃんのバージョンもよいのだが、唯一残念に思うのは、2番の歌詞、

「ヒューン ヒューン ヒュルルーンルンルンルン 寒うござんす ヒュルルルルルルーン」

の部分を、サブちゃんではなく、ひばり児童合唱団が歌っていることである。この部分はサブちゃんに歌ってほしかった。マチャアキバージョンでは、この部分をちゃんとマチャアキが歌っている。

この曲は、子どもたちに「演歌への郷愁」を植えつけた。いわば演歌の原風景・原体験である。大げさに言えば、この国の大人たちは、この曲を子どもの頃に聴いたことにより、その後の人生において演歌の呪縛から逃れられなくなってしまったのだ。その意味で、この曲が果たした役割は大きい。

僕の記憶では、マチャアキバージョン、サブちゃんバージョンのほかに、この曲を最初に歌った田中星児バージョンというのも、耳馴染みがある。「おかあさんといっしょ」の中で田中星児が歌っていたときは、まだ僕は物心がついていなかったと思われるから、もう少し後になってから、どこかで聴いたのかも知れない。

田中星児バージョンの「北風小僧の寒太郎」を聴いてみたいと思って動画サイトを探してみたが、見つからなかった。オリジナルの田中星児バージョンは、どんな感じだったのか、聴いてみたい。

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運動会

10月19日(土)

保育園の運動会が、近くの学校の体育館を会場にしておこなわれた。

娘にしても僕にしても、保育園の運動会に出るのは初めてである。

クラスごと、つまり年齢ごとに、競技というか出し物が違っていて、バラエティーに富んでいる。毎年この運動会を準備する保育園のスタッフの方たちは、大変だろうなあと、本当に頭が下がる。

僕も、娘と一緒に1歳児クラスの競技に参加したのだが、たいしたことをしていないのにもかかわらず、汗だくになった。

それはともかく、いちばん印象に残ったのは、4歳児・5歳児クラスが合同でおこなった「バルーン」という出し物である。

音楽に合わせながら、体育館の真ん中に敷かれている巨大な円形のカラフルなビニールシートのようなものに園児たちが出たり入ったりして、巨大な円形のシートをバルーンのように立体的に動かしていく。園児が円形の巨大なシートの端っこをみんなで持ち上げたりすると、そこから空気が入り、半円形のバルーンができあがっていくのである。

…うーむ。言葉で説明するのはなかなか難しい。百聞は一見にしかず、である。

で、その時に流れている歌が、妙に耳について離れない。子ども向けの歌にしちゃあ、楽曲が高度すぎる。

歌っている声は、大人ではなく、子どもたちのようなのであるが、有名な歌なんだろうか???

妻に聞いてみると、

「知らないの?米津玄師の曲だよ」

米津玄師の名前くらいは、聞いたことがあるぞ。たしか昨年の紅白歌合戦に出ていたんじゃなかったっけ?

で、調べてみると、「パプリカ」という曲であることがわかった。NHKのみんなの歌でも流れているらしい。

東京2020の公式応援ソングにもなっていると書かれていて、東京五輪開催反対派の僕にとっては、なんとも複雑な気持ちではある。だが、歌に罪はない。

さらに調べてみると、この曲を、「Foorin(フーリン)」という子どもユニットが歌っているのだが、そのダンスの振り付け師の一人が、辻元知彦という人なのである。

ダンスの世界にはまったく疎いのだが、辻元知彦という名前、どこかで聞いたことがあるぞ。

思い出した!TBSラジオ「荻上チキのSession22」で、俳優の森山未來と二人で「きゅうかくうしお」というダンスユニットとして、トークゲストに出演していた人だ!ダンスの世界ではすごい人らしい、ということだけは知っている。

というか、俳優の森山未來も、それまで全然知らなかった人だが、大河ドラマ「いだてん」で、若いころの古今亭志ん生を演じているのを見て、すげえ達者な俳優さんだということを、ごく最近に知ったばかりである。で、その俳優さんが、一流のダンサーの人とダンスユニットを組んでいるというのをラジオで知って、またまた驚いたわけである。

ナンダカワカラナイが、いろいろとすごい。世の中は、知らないことだらけだ。

 

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グリーンレクイエム

書くことがないので、ちょっとまたわからない話。

1988年に公開された映画で、「グリーンレクイエム」というのがあった。原作は新井素子の同名小説で、今関あきよし監督作品である。

主演は、鳥居かほりと坂上忍。今でこそ坂上忍は毒舌司会者として知られるが、実力派の子役俳優として知られ、この映画の頃は、いまでいう福士蒼汰みたいな位置にいたのだ。といっても、福士蒼汰がどんな俳優なのかわからないので、テキトーに言っているのだが。

まあそれはともかく、いかにも80年代のジュブナイル、といった感じの映画で、僕はこれを劇場で見たのではなく、レンタルビデオ屋さんで借りて、しかもそれをダビングして持っていた。

別に僕は原作の熱烈なファンでもなく(原作は読んだことがない)、鳥居かほりの熱烈なファンだったわけでもなかったのだ。それにこの映画じたい、今に至るまでソフト化されていないことからわかるように、それほど人々の話題にのぼった映画でもなかったのだ。にもかかわらず僕は、なぜかこの映画が気になっていて、当時ダビングしたビデオを繰り返し見たのである。

小林聡美が脇役で出ていたから、とか、今関あきよし監督が大林宣彦監督の助監督をしていたことがあるとか、そういった些末な理由はあるのだが、何より僕の心をとらえたのは、久石譲の音楽だった。映画音楽は久石譲が手がけたものだが、なかでも、劇中で女性歌手が歌われる歌が、僕の心をとらえて放さなかったのである。僕はその曲を聴きたいが為に、繰り返しその部分を見たのである。

この曲が、久石譲の作曲・編曲であることは、その曲調からすぐにわかったが、この劇中歌のタイトルと、歌っている女性歌手の名前がわからない。エンドクレジットのところに曲名が出てくるのだが、ダビングしたビデオ映像では、画像が粗くて字が潰れてしまって、何と書いてあるか読めなかった。

その後もこの歌のことがずっと気になり、もしCDで発売されているのならば、絶対に買おうと思っていたのだが、発売されているのかどうかもわからない。後年、インターネットの検索サイトが発達してから、検索サイトを駆使して、この映画のサントラが発売されているか探してみたのだが、どうもサントラは発売されていないらしかった。

かろうじて、この映画のメインタイトルであるピアノ曲は、久石譲のアルバム「Piano Stories」に収められていることを知った(ちなみにこれは名盤である)。もちろんこれはこれでよかったのだが、肝心の僕の探している劇中歌は、相変わらず見つからなかった。

折にふれて、この映画のDVDが発売されていないだろうか、とか、サントラが発売されていないだろうか、と調べているのだが、今に至るまで、そうしたことはないようである。

とあきらめていたところ、動画サイトで、「グリーンレクイエム」のサントラと題するものを見つけた。

 

一見してわかるように、これはサントラとして販売されたものではない。俳優の台詞が音楽に重なっていることから、実際の映画で流れた音楽の部分だけを、(おそらくビデオソフトから)抜き出して構成したものである。つまり苦肉の策として、「グリーンレクイエム」のファンの人が、ビデオソフトの音源から直接抜き出した、ファンならではの、手作りのサントラである。

この動画の、14分41秒頃から始まる歌が、まさに僕の探し求めていた歌である。

動画サイトの情報によると、この歌は「グリーン・レクイエム」というタイトルで、作詞が松井五郎、作・編曲が久石譲、唄が忍足敦子とある。

この情報をもとに調べてみたが、やはりこの歌がCD化されているといったことはないようである。忍足敦子さんという歌手の方も、初めて聞くお名前である。

ひとまず僕は、この歌と再会できたことに感激したのだが、それにしても驚くべきことは、僕と同じように、この「グリーンレクイエム」の音楽を忘れられないと思っている人が、この世の中に数名でもいるということである。そればかりでなく、その思いを共有しようと考える人もいるのだ。

この映画「グリーンレクイエム」の映像と音楽は、人々の記憶からどんどん失われてしまうだろうか。それはなんとも哀しい。いまや映画音楽の名手として確固たる地位を確立した久石譲の、「ナウシカ」や「ラピュタ」を手がけた頃と同時期の隠れた名作として、語り継いでいかなければならない。

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