2級4班

期末考査(2級)

5月9日(土)

大邱では、本日の最高気温が34.4度であった。

本日の期末試験の時間割も、いつもと同じである。

9:00~10:00  文法

10:10~11:00 読解

11:10~12:20 作文

12:30~13:10 リスニング

14:00~     会話表現

文法から作文まで、なんとか一通りこなすが、リスニングの試験から、様子がおかしくなる。

スピードが、前回の中間試験にくらべて、明らかに速くなっていて、ほとんど聞き取れない。いや、正確に言えば、聞き取れるのだが、聞いた内容をすぐに忘れてしまうのである。

昔から、私には他人の話を聞き流す癖がある。最近は妻の話を聞き流すことが多く、いつもおこられる。

ひごろ、他人の話を聞き流しているせいか、集中して人の話を一言も漏らさず聞く、という能力が欠如してしまっている。その悪い癖が、リスニングの試験にもあらわれたのかも知れない。

午後のマラギ(会話表現)の試験は、もっと悲劇であった。

私の試験時間は、2:40~50の10分間である。開始時間の直前、試験室である4階の演習室に向かう。

階段で、白縁眼鏡の好青年、ル・タオ君とすれ違う。

挨拶だけして行こうとすると、呼びとめられた。

「マラギの試験は、最初の文法がちょっと難しかったです。それと、次の対話は簡単でした。飛行機の予約と、友達を公演に誘う、というやつです」

「ありがとう」

先に試験を受けたル・タオ君が、親切にも教えてくれたのである。

ル・タオ君は、本当にいい青年だ。以前、野外授業で、砂浜で闘鶏(タクサウム)をやらされたとき、転んで服についた砂をはらってくれたのは彼だった。ついこの間も、「知ってますか?大邱で『テジカンギ』(豚インフルエンザのこと。直訳すると豚風邪だが、中国人留学生はなぜかこう言っている)の患者が1人出たそうですよ。人の集まるところには行かない方がいいですよ」と、わざわざ教えてくれる。中国語がわからない私に、情報を教えてくれるのはいつも彼であった。

ルックスもいいし、韓国語もできるし、性格もいいし、ヨジャ・チング(ガールフレンド)も美人でいい人だ。白縁眼鏡の好青年に幸あれ、と願わずにいられない。

さて、マラギの試験の開始。

ところが、緊張のためか、うまく答えられない。

緊張でうまく答えられないのはいつものことなのだが、最初の文法表現のところで、ある問題につまずく。どう答えていいかわからなくなる。

そして、ついに言葉が出なくなった。

「もう一度やりましょう」と先生はおっしゃる。

だが、やはり答えられない。頭が真っ白になって、言葉が出てこないのである。

「もう一度」

「……」

先生があきれたような顔で、大きくため息をついた。

(オマエ、半年近くも韓国語を勉強していて、この程度の会話もできないの?この1学期の間、何を勉強してきたの)

という顔をしているように思えてくる。

一度被害妄想が広がると、もうどうしようもない。後半の対話表現も、ボロボロであった。自分が言っていることが合っているのかどうかも、もうわからなくなってしまっているのである。先生も、あきれた顔をしているように私には見える。

「時間が来たのでこれで終わりです」

途中、答えにつまったことで、予想以上の時間をとってしまったようだ。

うなだれて教室を出る。

そのまま、バスに乗って市内へ。

久しぶりだな。死にたい、と思ったのは。

ル・タオ君が、人の集まるところに行かない方がよい、と忠告してくれたけど、こうなったら、「テジカンギ」でもなんでも罹りたい気分である。

病院に行かない程度に、軽く車にひかれてみようか、とバカな考えもよぎるが、思い直す。

とにかく、自分のiPodに入っている「おもしろいやつ」を聞いて、気分を変えようとする。

フラフラと市内を歩いて、たどり着いたのが映画館の前。映画を見ればなんとかなるかな、と思い、映画のチケットを買った。

そしてこの映画が、私の気持ちを少しリセットさせたのであった。(つづく)

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さよなら、2級4班!

5月8日(金)

2級4班最後の授業。

パダスギ(書き取り試験)に続いて、昨日のクイズが返される。25点満点で22点。予想通り、「リウル不規則活用」は全滅だった。

右隣のポン・チョンチョンさんは、満点の25点だった。

いつも思うことだが、ポン・チョンチョンさんの韓国語能力の高さには驚かされる。なぜ2級にいるのか不思議なくらいである。韓国は長いのだろうか。

1時間目の休み時間に、思いきって聞くことにした。

「韓国に来てからどのくらいたちましたか?」

するとポン・チョンチョンさんが答える。

「えっと、…よくわかりません。わからないので、パンジャンニム(班長殿)に聞いてみてください」

「え?」

「よくわからないので、パンジャンニムに聞いてみてください」

どういうことだろう。意味がわからない。

こちらは、教科書で習ったとおりの表現で、「韓国に来てどのくらいたちましたか?」と聞いたのである。よくわからない、とは、どういうことだろう。

こちらの発音がわからなかったのだろうか?

いや、そんなはずはない。ふだんの授業で、私が韓国語で言ってることは理解されているはずだし、だいいちもしわからなかったら、聞き返すはずである。

しかも、自分のことなのに、わからないからパンジャンニムに聞いてくれ、とはどういうことだろう。

2つの可能性が頭をよぎる。

ひとつは、私のことをキモイと思っていて、答えたくない、という可能性。

もうひとつは、ポン・チョンチョンさんが記憶喪失である、という可能性。

どちらの可能性にしても、本人にもう一度聞くことはできないな、と思い、あきらめる。

しばらく沈黙が続いた。

さて、パンジャムが、紙切れを小さく折りたたんだものを、両手にだくさん持ってあらわれる。

くじをひいてください、ということのようだ。

「席替えをします」とパンジャンニム。

このあと3時間しか授業が残ってないのに、なぜ今ごろ席替えなんかするのだろう?と思いながら、くじをひく。

くじの番号にしたがって、みんなが席を移動する。

2時間目の授業。先生が来て驚く。

「なぜ今ごろ席替えなんかするの?」

先生は、いちばん近くに座ることになった私に聞いた。

「私もよくわかりません」

どうも私には、いまだに彼らの考えや行動がよくわからない。いい人たちばかりだったけれど。

思えば、よくわからないことばかりだった。

タン・シャオエイ君は、なぜ2年も韓国にいるのに、まだ2級なのか?

ヤン・シニャン君は、なぜ友達から多額のお金を受け取っているのか?

ポン・チョンチョンさんは、いつ韓国にやってきたのか?

そして、タン・シャオエイ君とル・ルさんの恋の行方はどうなるのか?

すべて解決しないまま、2級4班のお話は、これでおしまい。

さよなら、2級4班!

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理想のタイプ

5月7日(木)

リスニングで、「理想のタイプの異性」についての話が出てきたので、「粗忽者の先生」が、「みなさんの理想のタイプはどんな人ですかー?」と話題をふる。

またその手の話かよ。

先生が学生ひとりひとりをあてて、「親切な人」「かわいい人」「お金がある人」などと、答えてゆく。先生はその答えをホワイトボードに書き連ねてゆく。

「ル・ルさんは?」と先生。

「心の温かい人です」

「心の温かい人ね」と、先生がホワイトボードに書き込んでゆく。

「あ、それから」

なにか言い忘れたかのように、まじめ美人のル・ルさんが続ける。

「かっこいい人です」

そう言って、ル・ルさんは、隣にいるキザで「ちょい悪オヤジ」予備軍のタン・シャオエイ君の顔をウットリ見つめた。

先生がその瞬間、舌打ちをする。

一瞬おいて、パンジャンニム(班長殿)や、チャン・イチャウ君などの、わが班の「お笑い担当」が、いっせいに「オエーッ」と、嘔吐のまねをする。

私も大きくため息をついた。

「いいですか、ル・ルさん。男は顔じゃないんですよ。まじめさとか、頭のよさ、とか、そういう人でないと」と、「粗忽者の先生」。

先生は、まじめなル・ルさんが、ふまじめでちょい悪のタン・シャオエイ君の虜になっていて、周りが見えていないことに危険を感じているようである。

当人どうしのことなんだから、知ったこっちゃないんだが。

先生がそういっても、惚れた病に罹ったル・ルさんには、通じないであろう。

あらためて先生が強調する。

「いいですかみなさん。男は顔じゃありませんよ。お金がたくさんあることも重要なことじゃないんですよ」

そういうと、先生は私に、

「ね?そうでしょう」

と確認する。

「ええ、そうです」

と答えると、

「そうですよね。男は顔じゃないですよね」

と再度確認する。

「ええ」

「お金でもないですよね」

「ええ」

「いいですかみなさん。男は顔でもお金でもないんですよ」

そう何度もこっちを見ながら確認されると、こちらも少し落ち込んでしまうのだが。

聞く耳持たず、という感じで座っているル・ルさんとタン・シャオエイ君は、今日もまたカップルTシャツを着て涼しい顔をしていた。

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アンバランス

5月6日(水)

今日のマラギ(会話表現)の授業。

動物の鳴き声について学ぶ。

「みなさーん。今日は動物の鳴き声について勉強しましょう」

犬は「モンモン」、猫は「ヤウヤウ」、豚は「クルクル」、牛は「ウンメー」など。

中国や日本での動物の鳴き声も、披露しあう。

「みなさーん。動物の鳴き声について勉強しましたねー。じゃあ次は、『○○についてどう考えるか』ということで、チング(友達)と話をしてみてくださーい」

配られた紙にテーマが書かれていて、見ると、

「ソンヒョンススル(整形手術)」

「ヤンダリ(二股恋愛)」

「チャクサラン(片思い)」

といったテーマが並んでいる。

「みなさーん。この中から好きなテーマを選んで、友達とお話をしてくださーい」

できるか!そんなもん。

「整形手術」とか「二股恋愛」とかについて、友達と何を語ればいいのか?

それよりなにより、さっきまで「ブーブー」とか「モーモー」とか「ワンワン」とか、動物の鳴き声を勉強していたその直後に、「整形手術」「二股恋愛」「片思い」について語る練習をするなんて、振り幅がありすぎるだろ!

今学期最後の会話練習は、混乱のうちに終了した。

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タン・シャオエイ君の純情

5月6日(水)

キザなタン・シャオエイ君とまじめ美人のル・ルさんは、相変わらずアツアツである。

授業中に顔を見合わせて微笑んだり、先生に2人の間を冷やかされて、ル・ルさんが頬を赤らめたりと、正面に座っている私としては、正視にたえない状況が続いている。私はそのたびに、教科書を目の高さまで持ってくる。

まあ、そういうことにいちばん情熱的な年代だから仕方がないのかもしれない。そんな情熱的な時代をとっくに過ぎてしまった私からすれば、「お医者様でも草津の湯でも、惚れた病(やまい)は治りゃせぬ」(草津節)といったところか。

タン・シャオエイ君は、ちょっと苦手なタイプである。

キザで、かっこよくて、流行に敏感で、服装のセンスがよくて、という、私とは真逆の人間である。加えて、韓国に2年もいるので、韓国語も達者で(文法はまるでダメだが)、その実力でもって先生を困らせる。

きっとオッサンになったら、「ちょい悪オヤジ」になるタイプである(古いか?)。

同世代だったら、たぶん友達になれなかっただろうし、もし教員と学生、という関係だったら、扱いづらい、と思ったかも知れない。

この班にタブーはない。だから、つきあってる2人のことを先生も平気で話題にしたり、からかったりする。

「タン・シャオエイは、いつからル・ルさんのことを好きになったの?」と大柄の先生。

そこまで聞くか?どうでもいいじゃねえか、そんなこと、とこっちは思ってしまうだが。

タン・シャオエイ君が答えを濁していると、

「先生は知ってるわよ」と自信ありげに大柄の先生がおっしゃる。

「タン・シャオエイ君の宿題のノートを最初から見ていたらね、例文に登場する人の名前が、全部ル・ルさんになっていたのよ。毎回毎回、ル・ルさんの名前を使っているから、オカシイと思ったのよ」

宿題で、韓国語の例文を作るとき、ふつう私たちは「アンリ」とか「チョルス」とか「ウィルソン」とか、架空の人名を主語にしたりしていた。そうするのがあたりまえと思ってきたのだ。

ところがタン・シャオエイ君は、架空の人名ではなく、ル・ルさんの名前をそこに登場させていた、というのである。しかも、2級の授業が始まった当初からそうだった、というから驚きである。

「ということは、2級4班に入った当初から、ル・ルさんが好きだった、てことね」と先生が推理する。

それを聞いたル・ルさんは、ビックリするくらい真っ赤な顔をして、隣に座っているタン・シャオエイ君の宿題のノートを確認しはじめた。

たしかに、例文の名前が、すべて「ル・ルさん」になっているようだった。

「ル・ルさん、知らなかったの?」と先生が驚く。

「ええ、いまはじめて知りました」

「それだけ、最初からル・ルさんのことを思っていた、ということなのよ」と先生がまた冷やかす。

ル・ルさんが、ウットリした目でタン・シャオエイ君の方を見つめた。

タン・シャオエイ君は、照れくさくそうに黙っている。

あーあ、これでまた恋の炎がこれまで以上に燃えちゃうんだな。

私が苦虫を噛みつぶしたような顔をしていると、横にいた白縁眼鏡の好青年、ル・タオ君が私の表情に気づき、大爆笑した。

ともあれ、宿題の例文に好きな女の子の名前を使うなんて、なんとなくプラトニックな感じがして、よいではないか。タン・シャオエイ君、意外と純情なんじゃないか?

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ニセのあんパン

5月4日(月)

今日の授業では、命令形の間接話法を学ぶ。

これが、けっこうややこしくて難しい。とくに難しかったのは、「○○してください」を、間接話法で表現する場合である。

「私に連絡してください」を間接話法にする場合と、「○○さんに連絡してください」を間接話法にする場合とでは、使う表現が異なる。

つまり、「Aさんが私(B)に、連絡してくださいと言った」という、当事者に連絡する場合と、「Aさんが私(B)に、Cさんに連絡してくださいと言った」という、第三者に連絡する場合とでは、「ください」という表現が異なる、というのである。

ややこしいので、休み時間にノートに整理していると、私の右隣に座っている素直で明るいポン・チョンチョンさんが、じっとのぞき込んでいる。

ノートに書き終わると、「すごいですね」と手をたたいた。

なにもすごいことでもなんでもないのだが、ポン・チョンチョンさんの目には、2つの用法の違いが、わかりやすく整理されている、と思ったらしい。

「ちょっとノート貸してください。写しますので」

とポン・チョンチョンさんが言うと、いまノートに書いたものを、自分の教科書の余白に写しはじめた。

くり返すが、私のノートはきれいに整理されたノートでもなんでもない。殴り書きのようなものである。最近、「東大生のノートはきれいである」という都市伝説めいたものが広まっているそうだが、私のノートは、お世辞にも、きれいなものとはいえないのである。

しかも、韓国語の実力は、ポン・チョンチョンさんの方が私よりはるかに高い。なのになぜそんな小汚いノートを写したのだろう。

中国人留学生たちを見ていると、ノートをとる、という習慣がない。これは、中国人学生全体にいえることなのか、それともこの語学堂に通っている留学生たちだけにいえることなのかわからない。

彼らは文法の先生の授業内容を、ノートに整理しようとせず、教科書に書き込むか、さもなくば聞き流すかのどちらかである。以前、愛嬌のある赤ら顔のリ・ポン君の教科書をのぞいたことがあったが、私以上の殴り書きが余白に随所に書き込まれていて、「これでは何を書いているのかまったくわからないな…」と思ったことがある。本人だけがわかっているのだろうか。

ノートをとる、というのは、思考を整理する、という作業であるが、ひょっとして、彼らはその思考整理のトレーニングを受けていないのではないか。

もしそうだとすれば、まずノートの取り方を教えるべきではないだろうか、と思う。もしノートの取り方をマスターすれば、彼らの語学の点数は、飛躍的に上がるようにも思うのだが。

余計なお世話かも知れない。これも「優等生の発想」だ、といわれるのかなあ。

優等生の発想、といえば、私が「授業中にやらない」と誓っていることが2つほどある。

1つめは、授業中に、宿題を内職しない、ということ。

2つめは、授業中に食べ物を食べたりしない、ということ。

どちらも当たり前ではないか、と言われそうだが、中国人留学生たちは、この2つを授業中によくやっている。

いつも不思議に思うのだが、16人しか学生がいない狭い教室で、彼らはよく平然と宿題を内職できるな、と思う。いま先生が話している内容の方がよっぽど重要なのにもかかわらず、彼らはそれを聞かず、宿題の内職に必死である。そこまでして、家で宿題をやりたくないのかよ、といいたくなる。

あの、まじめ美人のル・ルさんも、平然と宿題を内職している。いや、いつもいちばん注意されているのは、ル・ルさんなのである。こうなると、まじめなのかふまじめなのかわからない。

「宿題は家でやりなさい!いまは先生のお話を聞きなさい!」とよっぽど言ってやりたいのだが、険悪な雰囲気になると困るので、いつもグッとこらえている。

2つめの「食べ物」は、1つめの「宿題」ほどひどくはない。先生の目を盗んで、授業中にお菓子を食べる学生が何人かいる、という程度である。

さて、今日の後半の授業。

大柄の先生が、私の右隣のポン・チョンチョンさんの席に近づく。何か発見したようだ。

ポン・チョンチョンさんのカバンの上に、あんパンが1つ置いてある。大柄の先生はそれを見ながらおっしゃった。

「美味しそうなあんパンですね。授業中に食べてはダメですよ……。うわっ!」

突然、先生が驚いたような声を上げた。大柄の先生の声は大きいので、私はむしろその声にビックリする。

「あら、これは、本物のあんパンじゃないですね!本物かと思ったわ」

見ると、大きさといい色の具合といい、どこから見ても本物のあんパンに見える。だが、先生は本物ではないとおっしゃる。

「ちょっと貸して」

といってそのあんパンを手に取る。手触りもたしかにあんパンである。それだけではない。においも、あんパンのにおいがする。だが、本物ではない。ニセ物の、食べられないあんパンである。

私の左隣のパンジャンニム(班長殿)のス・オンイ君も俄然興味を示し、そのあんパンを手にする。あまりの美味しそうな手触りとにおいに、思わず口の中に入れようとする。

「ダメですよ。食べられないんですから」と先生。

それにしてもよくできたアクセサリーだ。ジョークグッズというべきか。「どこで買ったの?」と聞くと、「大学の北門の前の大通りを渡って左に行ったところにある店です」と答えた。今度買いに行こう。

さて、このニセのあんパンが、まるまると太ったパンジャンニムの食欲に火をつけた。

パンジャンニムは、カバンから、小さな大福餅が4つはいった袋を取り出し、そのうちの1つをモリモリと食べはじめた。いてもたってもいられなくなったのであろう。

かくいう私も、食欲に火がついた。

そのことに気づいたのか、パンジャンニムは私に「1つどうぞ」と大福餅を勧めてきた。

「授業中だからダメだよ」と私。

「大丈夫ですよ。1つくらい」とパンジャンニムは言ったが、それでも断った。

すると、パンジャンニムは、大柄の先生に大福餅を勧める。

「ソンセンニム!1つどうぞ」

「あら、ありがとう」と、先生はあっさりと受け取る。

「ほら、先生も受け取りましたから大丈夫ですよ」

と、パンジャンニムはもう一度私に大福餅を勧めた。

パンジャンニムの機転に感謝しつつ、大福餅を受けとる。そして先生が後ろを向いている間にそれを口の中に入れた。

罪の意識を感じながら食べる禁断の味。ニセのあんパンで刺激された食欲を満足させるに十分な味である。

さて、先生の名誉のために言っておくが、先生は、受け取った大福餅を口にしなかった。

それを、中国語で私語ばかりしている「孫悟空」ことチャン・イチャウ君の口の中に放り込んだ。

大福餅を食べさせられたチャン・イチャウ君は、その時だけ、静かになったのであった。

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パンジャンニムの底力

5月1日(金)

わが班のパンジャンニム(班長殿)ことス・オンイ君は、頼りになる班長である。

まるまると太っているその体格に加え、人なつっこい顔には、人のよさがにじみ出ている。班長の仕事をちゃんとこなす一方、独特の話術でわが班の人たちを笑わせる。

以前、2級4班でノレバン(カラオケ)に行ったときも、班長が全部支払ったという。なんともかっこいいやつではないか。

いつも不思議に思うことがあった。

読解の時間、彼は韓国語の文章をものすごく早く読み終わる。私がまだ半分くらいしか読み終わっていないのに、彼は全部読み終わって、問題を解き終わっている。

もちろん、私の読解のスピードが遅いことも関係しているのだが、それにしても早すぎる。

今週、彼の隣に座ったので、彼に聞いてみた。「どうしてそんなに早く読めるの?」

すると彼は、「韓国に来る前に中国で韓国語を6カ月勉強したんです」と答えた。

たしかに、彼は韓国語がスラスラと出てくる。「韓国語も上手だよね」

「でも発音が悪いですから」と謙遜する。

正直なところ、彼の発音はそれほどきれいなものではない。だが、韓国語に関する反射神経は、抜群のものがある。

今日、その理由の一端がわかった。

休み時間、トイレから戻ると、大柄の先生が私に興奮して話しかけてきた。

「知ってました?パンジャンニムは、『スピードオーバー・スキャンダル』を、7回も見たんですって!」

「スピードオーバー・スキャンダル」は、チャ・テヒョン主演のコメディ映画である。昨年末に公開され、私も見た。私が、韓国へ来てはじめて映画館で見た映画である。

「え?そうなの」と、パンジャンニムの方を見ると、

「だって、面白かったですから」と言って、映画の1シーンを忠実に再現して、周りを笑わせる。

たしかに面白い映画だったが、くり返し見ようというエネルギーまではなかった。ところがどうだ。パンジャンニムは、好きなものに対して徹底してのめり込んでいるではないか。この執着心こそが、彼の底力になっているのではないか、と、あらためて気づかされる。

(…俺はそこまで執着しているか?)

さて、相変わらずわが班は、授業中も休み時間も騒がしいのであるが、今日は少し様子がおかしい。

私の右隣に座っている、いつも素直で元気なポン・チョンチョンさんが、まったく元気がないのである。

いつもなら、授業で先生が問いかけた質問に真っ先に答えるのに、今日はまったく答えようとしない。周りの人たちの話にも加わろうとはしない。

どうも落ち込むことがあったようである。

そのことを察したのか、休み時間、パンジャンニムが、黙って座っているポン・チョンチョンさんの席までやってきた。そして、韓国語でひっそりと話しかける。

「ケンチャナヨ(大丈夫)?」

ポン・チョンチョンさんが静かにうなずく。

「シガニ イスミョン カッチ チョニョク モグルカヨ(もし時間があったら、今日、一緒に晩ご飯でもどう?)」

ポン・チョンチョンさんは、少し微笑んで、「チョアヨ(いいわよ)」と答えた。

パンジャンニムらしい心遣いである。どこまでも優しいやつだ。それでポン・チョンチョンさんがどのくらい癒されたのかはわからないけど。

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韓国語で詩を作ろう

4月30日(木)

やはり若いというのは恐ろしい。

「交際宣言」から一夜明けた今日、キザなタン・シャオエイ君とまじめ美人のル・ルさんが、一緒に教室に入ってくる。並んで席に座り、ル・ルさんが、タン・シャオエイ君にお菓子を食べさせてあげたり、タン・シャオエイ君の髪の毛をいじったりと、もはや完璧な恋人どうしである。

しかも、最初にアタックをかけたのがタン・シャオエイ君であったのにも関わらず、いまは、ル・ルさんが、タン・シャオエイ君の完全な虜である。

2人の真っ正面に座っている私は、目のやり場に困り、下を向いたり、教科書を目の高さに持って見ないようにする。

なんとなく、調子が狂って、今日のパダスギ(書き取り試験)は9点だった。

ル・ルさんはここ最近、10点を連発。恋をして、ノリに乗っている、という感じである。

韓国の大学で感じるのは、男女仲がきわめてよいということである。大学の構内でも、カップルが手をつないで歩いているのはあたりまえであるし、大学生の交際率(こんな言葉があるのかわからないが)は、きわめて高い、といえるだろう。

同じことは、中国人留学生たちにもいえる。留学生同士がつきあっている場合がきわめて多く、しかもそれをかなりおおっぴらに公表している。

以前、うちの学部の広報誌に、韓国人留学生が「日本の大学生は男女の間に距離があることを知って意外に感じた。韓国より性が開放的だと思っていたが、意外に保守的なところがあると思った」といったようなことを書いていたが、私も全く同じ感想である。

そんな「恋愛文化論」は、性に合わないのでこれくらいにして、今日の授業の話である。

リスニングの授業で、「詩」を学ぶ。

リスニングがひととおり終わり、時間が少し余る。

「みなさーん。今日は詩を作ってもらいますよ。詩ですよ。詩、詩」と「粗忽者の先生」。

「粗忽者の先生」が言うと、最近は大喜利のお題のように聞こえてくる。先生は、私たちの珍奇な詩を聞いて楽しむ気満々である。

おとなしいホ・ヤオロン君は、「猟奇的な先生」に片思いしている。詩の中で、その思いを、切々と綴った。

「いい詩ですね。その詩をキム先生に渡しますから、その紙をこっちにちょうだい」と先生。

ホ・ヤオロン君はかたくなに拒否した。

愛嬌のある赤ら顔のリ・ポン君は、相変わらず訳の分からない詩を作っている。どこが面白いのかよくわからないが、リ・ポン君が笑いのツボである「粗忽者の先生」は、その詩を聞いて、ひとり爆笑する。

つづいて私。

詩のタイトルは「海の恐怖」。

「夏になると、たくさんの人びとが海に集まって、楽しげに泳いでいる。

しかし、海の中には、恐ろしい魚がたくさん住んでいるのだ」

「……」

自分でもなんでこんな詩を書いたのかわからない。語彙の貧困さがなせる業である。

パンジャンニムの詩。

「世界地図を見てみよう」

先生と学生が、いっせいに壁に貼ってある世界地図に目をやる。

「中国は、チキン(鶏)の形をしている。

チキンが食べたくなった」

たしかに、地図を見ると中国は鶏の形をしている。まるまると太ったパンジャンニムの、「チキン好き」というキャラクターを存分に活かした詩である。

つづいて白縁眼鏡の好青年、ル・タオ君の詩。

「安い!辛い!旨い!安東チムタク!」

「それは詩ではないでしょう。広告よ、広告」と先生。

「安東チムタク」とは、安東地方で名物の、辛い鶏料理のこと。案の定、詩と言いつつ、単に面白いフレーズを言うだけになってしまっている。

珍奇なフレーズをひととおり聞き終えた「粗忽者の先生」は、満足そうな顔で、「はい、休み時間ですよー」と、授業を終えた。

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カップルTシャツ

4月29日(水)

文法の授業で、「○○しながら○○する」という表現を学ぶ。

「リ・ポン!前に出て歌って踊りなさい」

突然、「粗忽者の先生」が、愛嬌のある赤ら顔のリ・ポン君を指名する。

え?なんで?という顔をするリ・ポン君。

「いいから早く歌って踊りなさいよ。でないと文法の勉強ができないでしょ」

意味がわからないが、リ・ポン君はかたくなに拒否する。

「ソンセンニム(先生)、腰が痛くて踊れないんです」

リ・ポン君は、本当はみんなの前で踊るのが恥ずかしいようである。

「いいから踊りなさい。踊らないと0点にするわよ」

先生も、今回ばかりはなぜかしつこい。

まわりの学生たちも拍手する。当然私も大きな拍手。

それでもリ・ポン君はいやがるが、先生も引き下がらない。

リ・ポン君は仕方なく立ち上がって、歌を歌い始める。

「歌だけではダメよ。踊りも踊りなさい」

「待ってください。歌が盛り上がったところで踊るんですから」

そういうと、例の、キモチワルイ腰つきの珍奇な踊りを、歌に合わせて踊り始める。

その瞬間、「粗忽者の先生」は本気で大笑いする。よっぽどツボらしい。

歌と踊りが終わると、リ・ポン君は後悔に満ちた顔で席に戻る。

「さあ、いいですか。今のを韓国語で言ってみてください。『歌を歌いながら、踊りを踊る』ですねー」と先生。

この一文を説明するために、わざわざリ・ポン君に歌と踊りをさせたのか。本当は、先生自身が単にリ・ポン君の踊りを見たかっただけじゃないのか?

ここ最近、「粗忽者の先生」も、わが班を完全に楽しんでいる。

後半の授業、3時間目。

「教科書の練習問題をやってくださーい。終わったら当てますからねー」と大柄の先生。

必死になって練習問題をやっていると、まわりがどうもうるさい。先生も一緒になって大騒ぎしている。

うるさいなあ、と思いつつも、いつものことだ、と思いなおし、下を向いたまま練習問題を解き続ける。

終わって顔を上げると、大柄の先生が私におっしゃる。

「いま、何があったか気づきましたか?」

「いえ、練習問題をやっていたので…」

何があったんだろう?

すると横にいるパンジャンニム(班長殿)こと、ス・オンイ君が、

「前の2人の服を見てください」と言う。

ちょうど私の正面に座っている、キザなタン・シャオエイ君と、まじめ美人のル・ルさんの2人を見て驚いた。

「あ、ペア・ルックだ」

目の前に座っていたのに、いまのいままで全然気がつかなかった。

いまごろ気づいたのか、と言わんばかりに、教室は爆笑。

「まさか、…2人は、…つきあってるの?」

パンジャンニムがうなずく。

「先生も驚いたんですよ」と大柄の先生。だから一緒になって騒いでいたのか。

だけどおかしい。美人のル・ルさんには、たしか大学生のナムジャ・チング(ボーイ・フレンド)がいたはず。韓国に2年も暮らしているキザなタン・シャオエイ君には、ヨジャ・チングがいなかったのだろうか。

「2人はいつからつきあっているの?」と、大柄の先生が根掘り葉掘り聞き始める。

「先週の土曜日からです」とタン・シャオエイ君。

電光石火、とはこのことである。

パンジャンニムも、「きっとその時、2人の目から火花が出たんでしょう」と、目から火をふくジェスチャーをして笑いをとる。

当の2人は、みんなの知るところとなって、まんざらでもない、という顔をしている。

さて、わからないのがペア・ルックである。韓国では「カップルTシャツ」というらしいが、町を歩いていると、カップルがやたらこの「カップルTシャツ」を着て歩いている。いい年齢をした夫婦でも着ている場合がある。日本では考えられないことだろう。中国人留学生も、「カップルTシャツ」を臆面もなく着られるのだな。

キザでおしゃれで大人びたタン・シャオエイ君と、美人でまじめでお菓子好きのル・ルさんは、たしかに絵になるカップルではある。

わが班でのカップル誕生、ということもあって、他のみんなも心なしかウキウキしている。休み時間の間も、2人に関する話題は尽きない。

不思議なもので、彼らの話す言葉が全然わからないにもかかわらず、何を話しているかが、なんとなく想像できるようになってくる。

リ・ポン君が、「孫悟空」ことチャン・イチャウ君を指さして、みんなに何か提案をしている。他の人びともそれに賛同する。

「なあなあ、2人の結婚式に、チャン・イチャウが司会したらよくねえ?」

「いいね、それは」

「やだよ、俺は」

そう言っているように聞こえる。

チャン・イチャウ君が、隣に座っているチエさんに何かヒソヒソと話しかけて、それを聞いたチエさんがチャン・イチャウ君をひっぱたいている。

「なあなあ、俺たちもつきあわねえか?」

「バカ!」

そう言っているように聞こえる。

休み時間が終わり、4時間目の会話練習。いつも以上に明るい雰囲気の授業風景。私も、今週のパートナー、パンジャンニムと韓国語の会話が弾む。

そんな2級4班の授業も、来週の金曜日で終わりである。

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ヤン・シニャン君の謎

4月28日(火)

孤高の美青年、ヤン・シニャン君が久しぶりに授業にあらわれる。

休み時間、わが班のパンジャンニム(班長殿)ことス・オンイ君が、ヤン・シニャン君に近づき、財布からお金を取り出す。1万ウォン札や1000ウォン札などである。

そしてそれを、ヤン・シニャン君に渡して、深々とお辞儀をした。

ヤン・シニャン君は、これではもらいすぎだよ、とばかりに、1000ウォン札をパンジャンニムに返そうとするが、「まあまあ、受け取ってください」とばかりに、パンジャンニンがその手を押し戻す。

何度かそのやりとりがあったあと、結局ヤン・シニャン君はパンジャンニムのさしだしたお金を、すべて受けとり、自分の財布にしまう。

この光景は、今日に限ったことではない。今までも、何度となく見てきた光景である。パンジャンニムの渡したお金が、韓国のウォン紙幣の場合もあるし、中国の元紙幣の場合もあった。パンジャンニムは、お金を渡すたびに、深々とお辞儀をする。

パンジャンニムだけではない。コンピューターゲーム好きのオタク風青年、リ・ペイシャン君もまた、ヤン・シニャン君に1万ウォン札を数枚、渡していた。

そしてときおり、ヤン・シニャン君が1万ウォン札の札束を数えては、財布にしまっている光景も見かける。

いったいこの一連の光景は、何を意味しているのだろう。わが班をとりしきる、パンジャンニムが、授業にほとんどあらわれないヤン・シニャン君に、頭を深々と下げてお金を渡しているのは、どういうことなのだろう。

といって、ヤン・シニャン君は、べつに脅して金を巻き上げているわけでは決してない。むしろ、色をつけてお金を渡しているパンジャンニムに対して、「これはもらいすぎだよ」とばかりに、もらいすぎた分を返そうとまでしているのである。

うーむ。これはどういうことなのか。

ヤン・シニャン君が、妖しげな雰囲気を漂わせる美青年なだけに、何かあらぬ想像をかき立てられてしまう。何かとんでもない商売でもしているのだろうか。怪しい。怪しすぎる。

めったに授業に来ないことも、その怪しさに拍車をかけている。

…ま、単に飲み会の精算をしているに過ぎないのかも知れないが。それにしても、パンジャンニムの、お金を渡したときの恐縮した態度には、それ以上の何かを感じるのである。

考え過ぎかも知れない。これも妄想というべきか。

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