職場の出来事

汗だく取材2時間半

6月28日(火)

先週だったか、あるローカルテレビ局から、取材依頼のメールが来た。

取材内容は、昨年の夏に、キー局で放送された内容と、ほぼ同じである。

あまりはっきりとは言えないが…二番煎じなんじゃないの?という考えが頭をよぎった。

しかしまあ、この依頼はお断りするわけにはいかない。しかもこのテーマにゆかりの深い地元のテレビ局からの依頼である。

そして今日がその取材日であった。

ディレクターは、思っていたよりもかなり若い方だった。もう一人は、カメラマン。二人組の取材クルーである。

昨年の、キー局の取材クルーはディレクター、レポーター、カメラ、カメラアシスタントの4人体制だった。

カメラ機材が重そうである。

「暑い中ご苦労様です」外は猛暑日の気温である。「車で来られたのですか?」

「いえ、新幹線と在来線とタクシーを乗り継いで来ました」

なんと!ローカル局ゆえか、スタッフの人数といい、交通手段といい、予算を切り詰めているのだな。

さっそく撮影場所に移動する。

「この場所、見たことあります」とディレクター。

そりゃあそうだろう。昨年のキー局が取材に訪れた場所と同じなんだから。

撮影場所となる部屋は、冷房が効いているのだが、セッティングをしているうちに、汗が止めどなく流れてきた。

そういえば、前回の取材の時も、汗だくだった。

「では撮影を始めます」

カメラに撮られながら喋っている僕の顔には、大粒の汗がダラダラと流れている。もしこの場面が使われたら、視聴者は、

「この人、なんで大汗かいてるんだろう?」

と、僕の話している内容なんぞ、頭に入ってこないに違いない。そう考えはじめると、ますます汗が噴き出してくる。

あ、そういえば昨年の取材の時も、喋りながら同じことを考えていたのだった

昨年の場合は、結局それが取り越し苦労で、数十秒しか使われなかったこともあり、噴き出す汗にうまく気づかれないように編集されていた。

今回もうまく編集してくれるだろう、とは思うのだが、そもそもこれが、どれくらいの長さの、どんな枠の番組なのか、よくわかっていない。

若いディレクターは、まだ若いゆえなのか、明確なディレクションがある様子もなく、僕も、どのようにふるまっていいのか、よくわからない。しかも、そのディレクターも僕も、基本的に饒舌ではないので、しばしば沈黙が続く。カメラマンの方がむしろ、気を利かして指示を出してくれたりする。

しかし、そんなことはどうでもよく、若きディレクターが誠実な人柄に思えたことだけで十分だった。

あとは、編集でなんとかしてくれるだろう。

こうして、2時間半におよぶ取材が終わった。

「ところで、これ、なんの番組なんです?」僕は最後にたずねた。

「ローカル局が持ち回りで制作して、キー局が深夜に放送するドキュメンタリー番組がよくあるでしょう?」

「ああ、ありますね」

「その枠で放送される予定です」

「そうですか?」

僕はてっきり、夕方のローカルニュースのワンコーナーで放送されるものとばかり思っていた。

…ということは、全国で放送されるのだろうか?

「8月の上旬ぐらいに放送する予定です。放送日が決まりましたらまたお知らせします」

「わかりました」

ドキュメンタリー番組ならば、もっとちゃんとカメラ映りとかを気にしておけばよかった。

細かい字が見えなくて、メガネを上に持ち上げるしぐさを、カメラの前で2,3度してしまったが、まさか、その場面が使われることはないだろうな。

僕は大汗よりも、そのことのほうが心配になった。

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プロットづくり

6月20日(月)

今日は午前中から職場で、来年度のイベントのための集中作業である。

映画製作で言えば、粗(あら)編集といったところか。もっとも、映画を作ったことがないのでわからない。

イメージとしては、撮影した映像をつなぎ合わせて、「ここはもう少し長く」とか「ここはもう少し短く」みたいな作業とダブらせてみたのだが、よく考えてみれば、撮影した映像の素材がまだ全然揃っていない。というか、映画で言えば、まだ撮影前なのだ。そう考えると、編集ではなくて、むしろプロットづくり、といった方が適切である。

経験豊富な同僚と担当職員と僕の3人で、会議室のスクリーンに映し出された画像を前に、ああでもない、こうでもない、と、全体の構成を考える。

「そこ、もうちょっと右に動かしましょう」

「それは、そっちではなくて反対側に置けませんか?」

僕がアイデアを出し、経験豊富な同僚と担当職員が、パソコンの作画ソフトを動かしながら、それを形にしていく。

途中、1時間のお昼休みをはさんで、午後も作業は続く。

経験豊富な同僚が、

「以前、○○のイベントの時は、そこには何も置かなかったんですよ」

と言ったら、

「そうや」

と後ろから声が聞こえた。

ビックリして振り向くと、社長がいた。会議室の扉は、換気のために開け放っていたので、いつの間にか部屋に入ってきたようである。

「どや、調子は」

と言いながら、社長はひとしきり自分の体験を話した後、

「邪魔してスマン」

といって部屋を出て行った。

しばらくすると、こんどは管理職の同僚が会議室入ってきた。

「進んでますか?」

僕たちが作業をしていることを、社長に聞いたのか、ほかの職員に聞いたのか、とにかく、今日ここで、僕がまる1日作業をしていることが、社内にダダ漏れらしい。

「なかなか大変です」

と答えると、

「でも鬼瓦さん、楽しそうですよ」

と言う。そこには、ふだんは楽しくなさそうに仕事をしているのに、というニュアンスが含まれていた。僕は、

「まあ、楽しいか楽しくないかでいえば、楽しいほうの部類に入ると思います」

と、三谷幸喜脚本の舞台『笑の大学』のセリフを引用して、仏頂面で答えた。だが、このセリフが『笑の大学』からの引用であることは、おそらくだれにもわからないだろう。

結局、6時間以上かかって、作業は一段落した。経験豊富な同僚は、

「この作業をやっておけば、なんかもう、できた、という気になるでしょう。でもここからが大変です」

と言った。たしかに、やっとプロットができたところで、まだ何も始まってはいない。

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めざせ完パケ

6月17日(金)

今週も、よくぞ、よくぞ「アシタノカレッジ金曜日」のアフタートークまでたどり着きました!

体調があまりよくない上に、来年のイベントのための準備作業を、ひたすら行っている。

僕は映画を製作した経験も、舞台を演出した経験もないのだが、イベント全体の構成を考え、キャスティングをし、出演交渉をし、それをふまえてさらに構成を練り直し、いろいろな人の意見を聞き、それをExcelに入力していき、それをふまえて尺を考え、尺が長すぎれば削り、短すぎれば足す…という作業をくり返すのは、監督兼プロデューサーみたいな仕事なのではないかと、勝手に想像している。

パソコンに向かってひたすら孤独な作業を続けているのだが、僕が仮に、嫌気がさしてやめてしまうと、そこから先は一歩も進まず、たくさんの人に迷惑をかけてしまうので、作業を放り出してしまうわけにはいかない。

唯一の息抜きは、往復4時間ほどかかる通勤の車の中で、ラジオを聴いたりポッドキャストコンテンツを聴いたりすることなのだ。

数年前まで在京キー局のラジオ番組のレギュラーを長い間つとめ、いまは、ローカル局の30分番組とポッドキャストコンテンツなどでトークを発信している、ベテランMCの声を、最近聴くことが多くなったという話は、前に書いた

そのMCは、下ネタをよく言ったりするので、なかなかそのノリにはいまだに慣れてはいないのだが、そうしたことを差し引いても、なぜかそのMCの独り言を、延々と聞いていられるから不思議である。

その人は、まったく別の名前で、YouTubeをひっそりはじめたというので、そのYouTubeを見てみることにした。まだ初めたばかりで、動画が数回アップされているだけなのだが、その中で、興味を引く動画があった。

それは、自分のラジオ番組を、ふだんどのように編集しているのかを、10数分でまとめた動画である。

ラジオ番組って、ラジオ局のブースに入って、ディレクターと放送作家がいて、パーソナリティーはその場でお喋りしさえすればなんとかなる、とばかり思っていたが、その人は、まるで違っていた。

地方のローカル局の30分番組を、ローカル局に行って収録しているのかと思ったら、そうではないのだ。都内にスタジオを借りて、そのスタジオで、フリートークをしたり、メールの紹介をしたりと、まず、みずからトークの素材を作る。フリートークとメールの紹介の間に、音楽を流すのだが、その音楽の選曲も行う。

そうやって録った音源を、あとはひたすらパソコンを使って、30分の番組になるように編集をする。無言のまま、パソコンのキーボードをカタカタ打つ音が、スタジオ内に鳴り響く。

もちろん、聞きやすさも考慮して、音にムラができないように調整をすることも必要である。

フリートークから、曲に移行するタイミングも大事である。

そんな、いろいろなことを考えながら、30分の番組を、たったひとりで編集する。見ていて、気が遠くなるような作業である。

こうして、30分のラジオ番組が完成し、完成した番組を放送局にそのまま納品する。こういうのをおそらく「完パケ」というのだろう。

完成した番組だけではなく、完成した番組から逆算して作成した「キューシート」も合わせて納品する。フリートークが何分から何分までで、曲が何分から何分まで、CMが何分から何分まで、みたいな、秒単位の進行を記録したものである。これをあらかじめ示しておくことで、放送局側は前もってその番組の進行を知ることができるのである。

興味深かったのは、フリートークとメール紹介の間に、必ず曲が入ることについてである。

そのMCいわく、むかしは、トークとトークの間に曲をかけるのは、それだけトークの時間が短くなると言うことだから、なるべく曲をかけないようにしていたのだが、東日本大震災以降、突発的な災害を伝えるニュース速報を伝えるための対策が必要になってきた。収録した番組が30分ずっとトークばかりだと、トークにかぶせてニュース速報をアナウンサーが読まなければならず、それはあまりほめられたものではない。トークが終わり、曲がかかったタイミングで、曲の音量を下げて、ニュース速報を伝える方が、リスナーにとっても聴きやすい。だから東日本大震災以降は、曲をかけるタイミングを作ることになった。番組の完パケに合わせてキューシートも納品するのは、あらかじめ曲のタイミングがいつなのかを放送局側に知らせるためである。…と、こういうことらしい。

なるほど、よく考えられている。そこまで神経を使いつつ、30分番組の編集をひとりで厭わずに行っていることに、僕は感動した。僕はそのMCが、おちゃらけた感じのキャラクターであるにもかかわらず、なぜこの業界で長く重宝されてきたのか、その理由が、わかった気がしたのである。満足がいくまでみずからが音源を編集し、納得のいく完パケに仕上げるまで責任を持つラジオパーソナリティーは、そうそういるものではない。最近安易に使われる「ラジオ愛」ってなんだろう、と考えさせられる。

そういえば、大林宣彦監督の映画のメイキング映像でも、撮影の細部に徹底的なこだわりをみせ、編集も、部屋にこもって納得がいくまで孤独な作業を続ける、という姿をよく見てきた。ものづくりというのは、元来そういうものなのだろう。好きではないと、続かないな。

してみると、いまの僕の仕事は、僕ができる精一杯の力量で、納得がいくまで作業を進めるしかない。ま、あたりまえの結論なのだが。

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気分はミュージックプレゼント

6月10日(金)

今週も、よくぞ、よくぞ「アシタノカレッジ金曜日」のアフタートークまでたどり着きました!

たぶん関東ローカルの番組だと思うんだけれど、ひとつの町をベストテン形式で1時間かけて紹介する長寿番組があるでしょう?

少し前に、うちの職場がある町が紹介されたそうだ。

あの町に、ベストテン形式で紹介するほどの名所があったかな?と、失礼なことを考えたのだが、なんとうちの職場が2位だったか3位だったかにランクインされていた。

それを見た実家の母の友人が、

「その町に行きたい」

と言ったそうだ。

母は、いまだに中学時代の友人たちと仲がよい。たまに、友人たちみんなでいろいろなところに出かけているようだ。

いまだに中学時代の友だちと一緒に出かけるなんて、すごくない?俺なんか、中学時代の友だちとは完全に音信不通なんだぜ。

母は、その友人たちに、その町にある職場に僕がつとめているということを言ってしまったのだろう。それがよけいにみんなを盛り上げたようだ。

「…というわけで、6月10日にあんたの職場を見学に行くことになっちゃったのよ」

「何人くらい?」

「7人」

「7人!?ずいぶん多いな」

「できれば説明もしてほしいんだけど」

「いまはコロナ禍なので、狭いスペースの中で説明することができないんだ。ほかのお客さんもいるしね。広いエントランスのところで、簡単に説明して、あとは自由に見学してもらうことで勘弁してよ」

「わかった」

自分の職場に母親が来る、という話で思い出したけれど。

むかし、ラジオで伊集院光氏が話していたことなんだけど、伊集院さんが10代の頃、スーパーの食肉売り場でアルバイトしていたら、たまに母親が肉を買いに来たんだそうだ。

10代の伊集院光少年からしてみたら、

「クソババァ、来んじゃねえよ!」

という心境である。

で、実際に母親が来ると、母親は息子に対して、

「あら、店員さん、今日はどの肉がお安いのかしら?」

みたいな口をきき方をしてくるので、よけいに腹が立った、という。

母親が息子の職場に来るというのは、若い頃だったらたしかに耐えがたいことだったが、もうこの年齢になれば、なんとも思わない。

同じ「クソババァ」でも、いまはもう、マムシさんのような心境である。

実際、7人の「ジジイ」と「ババア」が職場のエントランスに集まってきたとき、「ミュージックプレゼント」かと思ったもの。

あらかじめこの7人には無料で入れるように手配しておいた。そのことを告げると、そのうちの1人が、

「あら、私たち、招待されちゃったの?」

とか言って、軽口を叩いている。

僕が簡単な説明をはじめると、「ジジイ」と「ババア」の特性なのか、思ったことがつい口をついて出ちゃう。それが、つまんないギャグだったりする。

いよいよ僕は、「ミュージックプレゼント」をやっているマムシさんの心境になり、

「この、くたばりぞこないのジジイとババア、つまらねえ冗談ばかり言いやがって、なかなかくたばりそうにねえなあ。アッハッハ!」

と、危うく言いそうになった。

…と、ここで僕は気づいた。

恥ずかしいのは僕と母の、どっちだろう?

若い頃の僕だったら、自分の職場に母親が来たら恥ずかしくて仕方ないと思っただろうが、いまの僕は、とくにそんなことは思わない。

むしろ、自分の友人たちがしょうもないギャグを自分の息子(である俺)に向けて言っていることに、母親のほうが恥ずかしさを感じていたのではないだろうか。母親にしてみたら、自分の友人たちのことを息子に知られることになるのだから。

仕事部屋に戻って仕事を再開すると、1時間半くらいたった頃か、母から電話があった。

「いま、見学が終わって、みんなでお茶を飲んで、帰るところ。今日はありがとうね」

お茶を飲んで休憩するのを込みで1時間半とは、なんとも短い滞在時間である。さすがに「ジジイ」と「ババア」は疲れちゃったんだね。

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渋谷駅の受難

6月8日(水)

今日は、都内某所で写真撮影である。

…と言っても、僕が被写体になるわけではない。うちの職場のカメラマンが、都内某所で写真撮影をするのに立ち会うという仕事である。

僕にはカメラについてまったくの素人なので、アシスタントとしても役に立たない。文字通り、ただ立ち会うというだけである。

「ひとつ、お願いしてもいいですか」

前日に、その若いカメラマンが僕に言った。

「なんでしょう?」

「明日の撮影、カメラの機材が多すぎて、ひとりでは運べないので、機材の一部を運んでいただけないでしょうか」

「わかりました」

僕の仕事といえば、先方に挨拶をして、あとは撮影にボーッと立ち会うというていどだったので、機材の運搬を手伝えば、少しは「仕事をした感」を味わえるというものだ。

「何を運べばいいんでしょう」

「これです。すでに荷物は詰めています」

見ると、ゴルフバッグ状の長いかばんである。持ち上げてみると、けっこう重い。

「明日、現場まで持ってきてください」

撮影現場には駐車場がなく、公共交通機関でたどり着くよりほかに方法がないので、その若いカメラマンも機材を車で運ぶことができず、分担して機材を運ばざるをえないと、こういうわけである。

そして今日。

目的の場所に行くためには、渋谷駅で私鉄に乗り換えなくてはいけない。

僕は、何がイヤだといって、渋谷駅で乗り換えをすることほどイヤなことはない。渋谷駅が複雑すぎて、いつも迷うのである。しかも今回は、重い機材を運びながら乗り換えなければならないときている。

僕は憂鬱な気持ちで自宅を出て、最寄りの駅から電車に乗った。

渋谷駅に到着すると、案の定、乗り換えの駅の場所がわからない。若いときの記憶を頼りに、私鉄の乗り換え口をめざすのだが、ハタと気がついた。

(そうか、いまは乗り換え口が高架ではなく、地下だったんだ…)

階段でえっちらおっちら高架下に降り、いったん駅舎の外に出て、さらに地下の入り口に入る。

下りのエスカレーターなどというものはなく、ひたすら階段を使って地下深くに降りていく。まったく、人間工学を考えていない作りになっている。

渋谷駅が再開発されてきれいになったとはいうけれど、乗り換えがとても不便になったと感じるのは、僕だけだろうか。

ただでさえ体調が悪くてしんどいのに、そのうえリュックを背負い、さらには右肩にゴルフバッグ状の重いかばんをかけている。

歩いているうちに、右肩にかけている長いかばんが、重さでどんどん肩にのめり込んでいく。そのうち肩がとれるんじゃないか、と思ったところで、ようやく私鉄の改札口に着いた。

無事に私鉄に乗ることができたのだが、まだ安心はできない。

撮影現場に行くためには、途中の駅で私鉄の別の路線に乗り換えなければならないのである。

荷物が軽ければ、どうってことはないのだろうが、重い荷物を抱えての乗り換えというのは、地味にきつい。

乗換駅のホームに降りて、愕然とした。

別の路線に乗り換えるためには、いったん階段を降りて、また階段を上らなければならないのである。考えてみればあたりまえなのだが、それにしても、エスカレーターがないというのは、どういうわけだろう?

渋谷駅からその私鉄の乗換駅まで移動していたときからなんとなく気づいていたが、この私鉄は、エスカレーターを作らない方針なのか?というくらいにエスカレーターがない。いや、さがせばあるのかもしれないが、さがして見つかったとしても、そこまで移動するのにまた時間がかかる。

いろいろな事情で階段を使うのが困難な人にとっては、その私鉄を乗りこなすのは、至難の業なのではないだろうか?

渋谷駅も含めて、もともと、そういう人を想定しない設計になっているのかもしれない。

自宅の最寄りの駅から3つの路線を乗り継いで、なんとか目的の場所に着くと、すでにカメラマンは到着していた。見ると、僕よりはるかに重そうなかばんをいくつも抱えていた。彼の大変さは、僕なんかの比ではなかっただろう。

撮影は無事に終わり、また同じかばんを肩にかけて帰途についた。帰り道が行きよりもツラく感じなかったのは、慣れてしまったからだろうか。

雨が降らなくてよかった。

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貧すれば鈍するということか

6月2日(木)

昨日の日帰り出張は、予定を詰め込みすぎて、さすがに疲れてしまった。翌朝、薬の副作用も相俟ってか、起き上がることができなかった。

それでも、今日は職場で午前に一つ、午後に一つ、打合せがある。

午前の打合せは、「ご相談があります」とメールにあっただけで、どんなことなのかわからなかった。ま、「ご相談がある」といった場合は、悪い予感しかしないものである。思った通り、些細なトラブルに関するもので、それを僕のほうでやんわりと解決してほしい、ということだった。良くも悪くも、僕はトラブルをやんわりと解決することに長けている、と思われているようで、まあいつものことだと思いつつ、なんとか一件落着したのだった。

午後の打合せは、来年のイベントに関するもので、こちらも2時間以上かかった。やるべきことが多すぎて、頭を抱えたくなる。

昨日の疲労の上にさらに今日、打合せが続くと、さすがに何も考えられなくなる、というか、気持ちがカリカリしてくる。

こういうときは、愚痴しか出てこないね。

この仕事をやっていてよかったと思うことの一つは、あまり他人が経験しないことを経験できる、ということである。ま、どの仕事も、そういう側面はあるのだとは思うが。

具体例をあげると、いま僕は、図鑑の監修、という仕事をしている。子どもの頃に心をときめかせながら読んだ、「図鑑」である。

昨年の夏ごろだったか、断れないルートからこの仕事が振ってきて、引き受けるよりほかに選択肢がなかったのだが、子どもの頃に好きだった図鑑というジャンルの仕事にかかわれるというのは、悪い気はしない。しかもその図鑑が完成する頃には、娘がその図鑑を手にするかもしれないと思うと、少しは力が入るというものである。

最初は、「図鑑に描くイラストの監修をお願いします」といわれ、イラストの原案がどんどん送られてきた。自分の判断でイラストのタッチが決定されてしまうのかと思うと、責任は重大である。かといって時間をかけて検討することもできないし、ある程度のところで妥協しながら、OKを出していくほかない。

そのうち、そのイラストをはめ込んだページのレイアウトが出てきた。そこには当然、ライターが書いたと思われる解説文が書かれているのだが、その解説文の内容が、ちょっとおかしい。イラストよりも、むしろ解説文のほうが気になるのである。「仮の原稿ですから」と言われてはいたが、明らかにおかしい表現については修正を提案することにした。

昨年の夏から秋にかけては、そんなやりとりを頻繁にしていたのだが、冬になり、年を越し、春がすぎても、何の音沙汰もなかった。図鑑のことなどほとんど忘れかけていたが、そういえば、あの図鑑はその後どうなったのだろう?と気にしていたところ、先日、その出版社から封書が送られてきた。再校ができましたので、確認をお願いしますとあり、その修正期限はかなり切羽詰まった日程だった。

僕はここ数日忙しくて、なかなか中身を見る時間がなかったのだけれど、今日、諸々の打合せが終わったあとに中身を読み始めて、ちょっと驚いた。

解説文が、ひっどい悪文なのである。

以前に読んだときにはそこまでひどいとは感じなかったのだが、最初の段階もこんな悪文だったっけ?

疲労しているときに悪文を読むことほどツラいことはないのだが、しかし修正の締め切りが迫っているので、少しでも作業を進めなくてはならない。ときには手の施しようのない悪文もあり、これをどうやったら最小限の修正で済ませることができるかに、頭を悩ませた。

たとえば、問いかけがあり、それに対する答えの文章というのがあるのだが、それが、問いに対する答えになっていなかったりするのである。

それにしても、これを書いたのはだれだろう?プロのライターなのだろうか?いや、もしそうだとしたら、その人はプロと名乗る資格はない!と思うほどの、ひっどい、ひっどい悪文なのだ。

子ども向けの図鑑だと思ってバカにして書いているのではないか、と疑いたくなるほどである。もし真剣に子ども向けに書いているというつもりなのなら、才能がないと断ぜざるをえない。

コンプライアンスの時代なんだぞ。もう少し表現に注意しろよ、と言いたくなる箇所もある。

いや、ライターの責任に帰してよいのだろうか?「貧すれば鈍する」「安かろう悪かろう」で、思うとおりの予算が投入できないという構造的な問題が関わっているのだろうか?

そんな考察はともかく、全面的に書き直したい心境なのだが、そんな時間も体力もない。だいいちギャラがもらえるのかどうかもわからない。仕方がないので、これだけは絶対にダメだ、というところだけを修正することにした。それでも、残された多くの「不本意な箇所」には、目をつぶるしかなかった。

これが世に出たときのことを考えて、「これでもがんばって直したんですよ」と、いまから予防線を張っておく。

…ひっどい愚痴だったと、反省。

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韓国○○○○の呪縛

5月27日(金)

今週も、よくぞ、よくぞ、「アシタノカレッジ金曜日」のアフタートークまでたどり着きました!

水曜、木曜の1泊2日の出張も、なんとか無事に終えた。

1日目の様子については前々回に書いたが、2日目は、朝10時から夕方4時半過ぎまで、寸分の隙もないスケジュールだった。

この日は、3カ所での挨拶回り。午前中は1カ所だったが、30分程度で終わるかなと思っていたら、思いのほか時間がかかり、2時間ほど滞在することになった。

気がついたら昼の12時。同行の人に、

「これから会食ですよ!」

と急かされ、急いで車に乗り込み、地元の人たち数名で会食。これもまた、イベント準備を円滑に進めるための仕事である。

1時になったので、2カ所目の打合せ場所に移動。そこで、1時間半ほど打合せをした。

次の約束は3時で、そこに行くまでには車で30分ほどかかる。2カ所目の打合せを急いで切り上げ、車に乗せてもらい、3カ所目の場所に移動する。

3カ所目がいちばん緊張する。前日の体験を思い出した。

そこでもやはり、決してアヤシいものではありませんよ、とばかり、噛んで含めるように説明をした。

前日に訪れたところと同じような意見が出されたが、もはや想定内。なんとかまるくおさまった。

気がついたら1時間半が経っていた。同行の人に、車で最寄りの駅まで送ってもらい、ようやく解放された。

…とここで気づいた。朝から全然トイレに行ってない。朝10時から夕方4時半過ぎまで、まったくトイレに行く暇がなかったのだ。

あまり水分をとっていなかったからかもしれないが、それはそれで身体に悪い。急いで駅のトイレで小用を済ませ、水分を補給した。

新幹線の中では放心状態になり、5時間近くかけて帰宅して、昨晩はグッタリしたのである。

…いや、そんなことを書きたいのではない。

数日前、ずっとお世話になっている目上の方から、丁寧なメールをいただいた。

「25日(水)に、用事があってあなたの職場に行くのだが、30分ほど時間がとれないだろうか。韓国○○○○の件で相談があるので」

要約するとそういう内容なのだが、実際のところは、目上の方にもかかわらず、じつに丁寧な表現にあふれていた。

これほど下手(したて)に出た表現でメールをいただくということは、その「相談」というのは、よっぽど無茶なものに違いない。

それより何より、「韓国○○○○の件での相談」というだけで、悪い予感しかしないのである。なぜなら、これまでずっと振り回されてきたから。

しかし、先方が指定してきた25日は、朝から出張なので、職場には出勤しないのである。

僕は、この日が出張で不在となることをメールで返信して、金曜日の午前中にオンラインで打合せをしませんか、と提案した。

で、本日、オンラインによる打合せを行った。

「相談」というのは、韓国で行う国際会合に僕に登壇してほしいという内容だった。

またですか!と、心の中で思った。

「韓国のメンバーは、みんなあなたを頼りにしているんです」とおっしゃるのだが、そんなものはお世辞で、断れないようにするための方便であることは、すぐに理解できた。

国際会合というと聞こえがいいかもしれないけれど、実際のところは、もうここ10年以上、同じようなメンバーが入れ替わり立ち替わり登壇している。言ってみれば、小劇団が、あの手この手で脚本や配役を変えて芝居をするようなものである。そこに僕を使い続けるということは、そのていどの国際会合だ、ということである。

10年以上も続けてきて、さすがにもう、僕には喋るネタがないのだ。俺は打ち出の小槌ではないんだぞ。

しかし、そのお世話になっている方の顔を潰すわけにはいかないので、断る、という選択肢はない。引き受けます、と伝えると、その方は、安堵の表情を浮かべた。

うーむ、またこれでひとつ、エネルギーを奪われるのか、と憂鬱になるばかりだが、愛想を尽かされないだけでもありがたいことだと思い直し、前向きにとらえるしかない。しかし、いつになったらこの呪縛から逃れることができるのか。

午後は、入れ替わり立ち替わり、打合せやらメール対応やら書類作成やらがあり、あっという間に夜になってしまった。家に着いた頃には、「アシタノカレッジ金曜日」が始まっていた。

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ブルシット・ジョブ

4月19日(火)

僕がけっこう頼りにしていた人たちが3月末で人事異動になったり、任期満了を待たずして辞めていったりした。ようやくあうんの呼吸で物事が進むようになった矢先に人が変わってしまっては、調子が狂ってしまう。新人さんはまだ全然慣れていないので、いきなり仕事を頼むわけにいかず、なかなか仕事が回らない。最近はこんなことが続いている。

先日、あるオンライン会合で、「5年後の未来はどうなっているでしょうね」という意見交換の企画があったけれど、5年後の未来は、夢を語るほど明るくはないだろう。「仕事の回らない社会」と答えたい。

それはともかく。

本社の、面識のない社員から、メールが送られてきた。

「このたびの資料について、下記ストレージにアップロードいたしましたので、ご確認をお願いいたします。」

どうやら重要な書類である。リンクが貼ってあり、そこをクリックして、ストレージからダウンロードすることにした。

(ずいぶん大量にあるなぁ…)

書類の数が多すぎる。

まとめてダウンロードすると、zipという形式で保存される。それを解凍すると各ファイルがあらわれる。それくらいはわかる。日常的に、zipという形式で保存されたものを、解凍するというのは、いままでなんとなくできていたので、同じやり方で解凍した。

そしたらあーた、ファイル名がすべて文字化けしているではないか。

いままでも、稀にそんなことはあったが、たいていはうまくいっていた。それにしてもこんな重要な書類、しかもこんなにも数の多い書類に限って、なぜすべてのファイル名が文字化けしているのか?

このクソ忙しいのに、めんどくせえなあ。僕はさっそく返信した。

「書類、ダウンロードできたと思うのですが、ファイル名の文字化けがヒドくて、どれがどれに対応しているのかがよくわかりません。ファイル名の特定に時間がかかっております。もし可能であれば、ファイル名を文字化けしない形で工夫してお送りいただけますと幸いですが、もし難しい場合は、このままで何とかしようとは思います。」

するとその社員から、さっそく返信が来た。

「ご連絡くださり、誠にありがとうございます。文字化けについて詳しくお聞かせいただければと思いますが、特定のファイル形式(PDFのみ、またはWordのみ)にかかわらず、すべてのファイルが文字化けという状態でしょうか。普段お使いのOSについてもご教示いただけると幸いです。また、代替手段について確認させていただきたいのですが、先生は当社のポータルサイトのメッセージ機能はご覧になれますでしょうか。書類一式はファイルサイズが大きいので、メール添付というわけにもいかず、なんらかのファイル転送の手段でお送りしたいと思っております。」

ますますめんどくせえなあ。だいたい「当社のポータルサイトのメッセージ機能」ってなんだよ?!使ったことないぞ。それに、使っているOSを教えなければならないのか。どうもこちらに原因があると言いたいらしい。

僕は返信した。

「早速のお返事ありがとうございます。すべてのファイル名が文字化けしております。私が使っているのはWindows10です。ノートパソコンは、P社のLという機種です。もし原因がわからないようでしたら、ファイルの中身を見ながらファイル名をこちらで書き換えますので、問題ないかと思います。お騒がせいたしました」

僕はもう、この問題を終わりにしたかった。てっきり、向こうが解決してくれるもんだと思っていたのだが、どうもその気はないらしい。

さっそく返信が来た。

「ご連絡いただきまして、ありがとうございます。ストレージの設定上、UTF-8エンコードに対応していない圧縮解凍ソフト(Lhaplusなど)で、文字化けが発生するようです。7-Zipなど、UTF-8エンコードに対応している圧縮解凍ソフトウェアや、Windowsエクスプローラーの書庫解凍機能を利用することで、文字化けなく解凍できるとのことです。すべて内容を確認いただくのはお手間かと思いますので、お試しいただけると幸いです」

はあ???

ちょっと何言ってるんだかわかんない(byサンドウィッチマンの富澤)。

何で俺の方で手間をかけなければならないのだ?それに「Windowsエクスプローラの書庫解凍機能」と言われても、何のことかわからないぞ。俺のことを買いかぶるんじゃないぜ!

あくまでも、おまえのほうでなんとかしろとの一点張りである。

僕はちまちまと、ひとつひとつのファイルの内容を確認しながら、それにふさわしいファイル名をつけていった。

こういうのを、「ブルシット・ジョブ(クソどうでもいい仕事)」と言うのだろうな。

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気分は黒澤明

3月3日(木)

昨日は都内で、1年後に控えたイベントの打合せを5時間かけて行い、今日はその打合せにもとづいてプロットを整理してみようとしたのだが、あまりにやることが多く、すっかり途方に暮れた。

本来ならばもっと早くから準備すべきだったのだが、この2年間は職場の仕事に忙殺され、おまけに新型コロナウィルスの感染拡大の影響でロケハンもできず、先延ばしにしていたのである。いよいよお尻に火がついたのだった。

イベントをするためには、プロットを練って、脚本を書いて、キャスティングをして、出演者のスケジュールをおさえて、セットを作り、演出をし、編集をする、という、まるで映画を製作するのと同じ過程をふまなければならない。

僕が思い出したのは、黒澤明監督である。

黒澤明監督は、映画の脚本を書くとき、複数の脚本家を集めて旅館にこもって、一斉に脚本を書く。誰が、どこの場面を書くというような役割分担ではなく、同じ場面をヨーイドン!で書き始めるのである。それをいっせいのせ!で持ち寄って、細部を煮詰めていく。

この複数脚本家体制は、なかなかよいアイデアである。そもそも僕は、ひとりでは何もできないので、それぞれのエキスパートに、プロットを考えてもらい、それを持ち寄って脚本を作り上げていくという手法でしか、イベントを仕上げることは到底無理なので、そうするしか方法がない。

黒澤明監督のもうひとつの真骨頂は、「編集」である。演出にもとづく俳優の演技や、それを撮影したフィルムは、あくまでも素材であり、「編集」こそが映画の生命である、と、黒澤明監督は信じて疑わなかった。映画を生かすも殺すも、編集の仕方如何なのである。だから黒澤監督は、編集作業に徹底的にこだわり、全部自分でそれを行ったのである。

米国資本の映画「トラ!トラ!トラ!」で監督降板の憂き目に遭ったのは、米国の映画界では監督に編集権がないことが、黒澤監督を憤慨させたからだと、読んだことがある。映画監督が自分で編集までしていたのはヒッチコック監督ぐらいじゃないかな(いいかげんな知識)。

黒澤明監督から編集権を奪うことは、映画を奪うことに等しいのだ。

「映画は編集こそが命」という黒澤監督の信念に倣えば、イベントに際しては編集に力を入れることが、僕が最もやらなければならないことだ、ということが、なんとなくわかってきた。

プロットや脚本を共同作業で行い、キャスティングやスケジューリングは予算の都合上、なるようにしかならない、ということになれば、あとは編集でなんとかするしかない。それが僕の役目である。

つまりこのイベントを作り上げることは、黒澤明になったつもりで映画を作ることと同じだと考えれば(大きく出たねぇ)、映画製作に憧れていた僕にとって、いくらか士気が上がろうというものである。…こんなこと書いても、ナンダカワカンナイね。

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腐心

2月25日(金)

今週も、よくぞ、よくぞ、金曜日までたどり着きました。

決して無事ではなかったが、「アシタノカレッジ 金曜日」を聴くと、ホッとする。

職場の仕事で、昨日から頭を悩ませている案件があり、いつもの職員たちとあれこれと考えながら、ひとまず解決策を出したのだが、どうもしっくりこない。

今日、職場に行くと、「昨日の件で…」と呼ばれ、事務室に行く。

「こんな資料がありました」

という。6年前の会議資料である。6年前もまったく同じ案件を抱えていた。

「ここに解決策が書いてありますよ」

見ると、すでに大事なところにマーカーが引かれており、今回もこの通りに行えば、難しいことを考えずに解決できることがわかった。

「これは?」

「先生ご自身が書いた会議資料ですよ。会議の議事要旨にも、先生がこれを説明した旨、書かれています」

なんと!すっかり忘れていたが、だんだん思い出してきた。入社2年目で当時平社員だった僕は、上司の指示で、その案件についての段取りを考え、それをA4用紙2枚ほどの書類にまとめ、会議資料としたのである。

「こういう文章は、事務屋には書けません。だからこれは明らかに先生の文章です」

たしかにこれは、どうみても僕の文体である。それにしても、我ながらよく考え抜いた文章である。

「よし、じゃあ、この資料を根拠に、今回もこの段取りで行きましょう」

「わかりました。では、この段取りに従ってスケジュールを組み直します」

というわけで、この案件の解決策に悩んでいた僕は、過去に自分が書いた文章によって救われたのである。

「やっぱり、公文書の保管ってのは、大事だねえ」

「そうですねえ」

僕は6年前の自分が、いまよりもちゃんと仕事をしていたことに、やや忸怩たるものを感じた。

毎日いろいろな案件が持ち上がり、その解決のために腐心する。そう、「腐心」という言葉がいちばんしっくりくる。

しかしすっきりと解決することはまれで、夕方はある件に関して、僕を含めたメーリングリストを通じて「悪意あるメール」が来た。

先日の一件の続きで、そのときは、「まるくおさまったかどうかは、まだわからない」と書いたが、どうやらまるくおさまらなかった様子である。間に入った人の提案がむしろ相手を逆上させたようで、よくもまあこんな嫌みなメールが書けるものだ、と、さすがの僕も堪忍袋の緒が切れるほどの悪意にあふれた攻撃メールだった。

この先も一緒にプロジェクトを続けていかなければならないのに、こんな悪意メールを書いたら、メールを受け取った人たちに「あのメールを書いた人」と思われ、しこりがずっと残りつづけると思うのだが、その想像力がはたらいていないのか、それともわざとなのか。

ここまで書いていて気づいたのだが、その人が怒ったその一件は、怒りを発露するきっかけに過ぎず、実はずっと前から、小さな不満がくすぶっていたのだろう。しかし、そんな感情をぶつけられても、それを僕が引き受けるほど、僕の心には余裕などない。「僕には考えなければならない問題が山ほどあるのだ」(映画「十二人の優しい日本人」より)。しかし解決に腐心しなければどうにもならないので、まことに困ったことである。

僕はいま、いくつものプロジェクトを抱えており、職場も思考様式も性格も違う、多くの人に助けられている。だがいつ何時、僕のふがいなさに腹を立てて降板してもおかしくない。だからそうならないように、僕自身が誠実でなければならないし、一人ひとりが気持ちよく参加できるように腐心しなければならない。しかし至らないことだらけである。器用ではないので、まことにくたびれる。

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