職場の出来事

打てど響かぬオンライン会合

12月7日(火)

我ながら、よく働くねえ。

朝6時前に起床。6時半に家を出て、9時半からの会議に間に合うように職場に向かう。火曜日は会議日で、とくに第1週は僕が仕切る会議があるのだ。

会議が炎上しないように、事前に周到な準備をする。

僕は会議の時間を、1時間半以内が理想と決めていて、せいぜい延びても2時間は越えないことを目標にしている。

長いなあ、と思うでしょう?そもそもうちの職場は、会議が長いのだ。

今日は会議が一斉に行われる日なのだが、他の部署では会議が午後1時から午後5時まで、4時間もかかったというところもあった。

「気が触れそうになりましたよ」

と、その会議に参加した人が、言っていた。

「どこの会議も長いんですかね?」

「いえ、僕が仕切る会議はいつも1時間半以内をめざしてますよ」

「1時間半ですか。僕が参加した会議は、4時間のうち1時間半は一人の人が喋ってましたから」

どんな会議だったんだ?

さて、自分が仕切る会議が午前中で終わり、お昼休みの後は、別の打合せである。

こちらは、約1年後に僕が代表をつとめるイベントに関する打合せである。コロナを理由にいままでサボっていたが、もうすぐ1年前を迎えるということで、ついにお尻に火がついていろいろと準備をしなければならなくなった。こちらも、僕が責任者なので、手を抜くわけにはいかない。

午後の打合せは、1時間半程度で終わり、その後、夕方にちょっとした作業をした。

ふつうはこれで終わりなのだが、というかもうこの時点でヘトヘトなんだが、さらに夜7時から、某国のプロジェクトに関するオンラインミーティングをすることになっていた。

もともと引き受けたのが間違いだったのだが、いまさら降りるわけにはいかない。自分だけならば自分が恥をかけばすむ話なのだが、いろいろな人を巻き込んでしまった負い目もある。しかもこのプロジェクトでも班長みたいなことをやらされているので、よけいに重圧がのしかかる。

…というかさー。みんな、何で俺みたいなぼんくらに期待してるわけ???俺なんか何もできない人間なのだ!!!リーダーとか責任者とか代表者に、いっちばん向いていない性格だぞ!

気が重いままに、オンラインミーティングに参加した。

以前もひどい会合だったと書いたが、今回は、少人数の打合せ、正確には、某国側のプロジェクトリーダーが一人、通訳がふたり、そして僕の4人といった構成なので、今度は腹を割って話せるかなと少しは期待していたのだが、それがまったくの間違いだと気づいたのは、オンラインミーティングがはじまってからほどなくしてのことだった。

通訳がふたりもいるのに、僕のいいたいことが、なにひとつ伝わらないのだ。

通訳の力量もちょっとアレだな、と思ったのだが、それはまあ仕方がない。有能なプロジェクトリーダーならば、多少の通訳の不備も、自分の頭の中で補った上で理解してくれるものなのではないかと思うのだが、どうやらそうではないらしい。

まったく手応えのない反応ばかり返ってくるのだ。

こっちは忙しい身体をやりくりして参加しているのに、どういうこっちゃ!と言いたいところなのだが、それを言うと国際問題になりかねないので、グッとこらえた。ああ引き受けなければよかった。

それで思い出したのだが、ちょっと前にテレビを観ていたら、ブラックジャックみたいな髪型をした、どっかの大学の医学部の先生が、密着取材とやらで情報番組に出演していた。

そのブラックジャックみたいな医学部の先生は、どうやら現代のオピニオンリーダーらしくて、そのときのテレビ番組によれば、「いま200くらいのプロジェクトを掛け持ちして、それをすべてこなしている」みたいな紹介のされ方をしていて、ひどく驚いた。

いくら何でも、200くらいのプロジェクトを掛け持ちするなんて、ありえない!!!

そんなこといったら、僕だっていま、20くらいのプロジェクトを掛け持ちしているぞ!!!でもぜんぜんこなせていない。そのプロジェクトひとつひとつに関して、1つでもいいから成果を出さなければいけないのだが、苦労して苦労して、1つずつ成果を出すだけでも精一杯である。

だいたい今日1日だけで、3つのプロジェクトを掛け持ちして1日が潰れたのである。朝6時半に家を出て、夜11時半に帰宅したのだ。こんなことをやっていたら、いい仕事なんてできるはずはない。

あ~、また愚痴になってしまった。「オンライン会合」というカテゴリーが作れそうだな。

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こっちがほんとの「オンラインオフ会議」

11月4日(木)

午前中に会議室に集められる。最近はもう、会議やら打合せが多くて、いったい何についての会議なのかも、わからなくなることがある。

午前の会議は、「オンライン新システム」に関するデモンストレーションをやる、というのがテーマらしい。

少し遅れて会議室に入ると、すでに会議が始まっていた。

オンライン会議が苦手な人でも、そしてその人がどこにいても(どんな離島にいても)、ボタンを1つ押せば、会議に参加できる画期的な仕組みであるという。

システムはまだ開発途上なのだが、開発を担当している人が、デモンストレーションをはじめていた。その人の目の前には、僕から見たら、ずいぶんと複雑に線がつながっているいくつかの機械が並んでいる。まず、その機械群を把握することが難しい。

「ほら、ボタンを二つ押すだけで、Zoomが立ち上がり、会議に参加できます」

「画面共有をしたいときはどうするのですか?」

「その場合は、別のパソコンをこちらの端末のHDMI端子につなげていただいて、パワポを立ち上げていただくだけで…」

と、なにやらその説明じたいが難しい。操作が簡単そうに見えて、実はかえって手間がかかるんじゃないだろうか?

会議室の前のスクリーンに、デモ画像が映った。それを、会議参加者が見つめている。

…て、これ、何の会議だろう?オンラインに関する画期的なシステムに関する会議なのだとしたら、その会議を対面で行うというのは、どこか矛盾していないだろうか?

たとえば、どこか別の場所から、そのオンライン新システムにつないで、リモートで参加する、といったような実験も必要なんじゃないだろうか?どうもよくわからない。

会議の最後で、僕はたまらず発言してしまった。

「オンラインのデモなのに全員が対面の会議に参加しているというのは、いかがなもんでしょう。次回は、オンラインでも参加できるような会議にしていただけると…」

担当者は、一瞬、それはちょっと難しいかも、という顔をしたが、

「考えましょう」

といって、会議は終了した。

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久しぶりに旅の空

10月26日(火)

午前中のオンライン会議の後、午後に家を出て、出張に向かう。久しぶりの新幹線である。

東京駅はそれなりに人が多く、新幹線も想像以上に席が埋まっていた。新型コロナウィルスの感染が落ち着いたので、このままかつての日常を取り戻す方向に進むのだろうか。この1年半ですっかり出不精になってしまった身としては、複雑な心境である。

使っている手帳は、見開きで各月の予定を書き込むことができるのだが、10月の欄を見返してみると、真っ黒なくらいに、予定が書かれていることに、あらためて驚く。

先日の日曜日は、午前10時から17時まで、うちの職場がホスト役になり大規模なオンラインイベントが行われた。僕自身はこのイベントにまったく関係していないのだが、いちおう中間管理職なので、一人でも多く参加人数を増やさなければいけないとのことで、参加登録をした。

ところが、まじめに聞いている暇がない。ずーっと先送りに先送りを重ねていた、僕が代表のイベントについて、先週金曜日に職場から「オマエ、早く動き出さないと、いい加減、間に合わねーぞ!」とひどく脅され、「わかりました。月曜日までに原案を作ります」と約束してしまったのである。

ところが土曜日は、前回書いたように、娘と一日遊んでいたので何もできなかった。残されたのは日曜日の1日だけである。

なので、職場がホスト役の大規模イベントは、いちおうウェビナーで参加したけれども、作業用BGMていどに聞き流しながら(時には映像だけ流して音声を切りながら)、必死に打合せ資料を作るために格闘していたわけである。

結局、オンライン大規模イベントは、最初と最後の挨拶しかまじめに聴かず、どうやら滞りなく終わったということを確認しただけだった。

翌月曜日。僕が代表となってしまったイベントについての打合せは、何とか乗り越えた。といっても、何一つ問題は解決はしていないのだが。

で、今日(火曜日)の午前中はオンラインの会議、それが終わってすぐに家を出て、新幹線に乗ったと、こういうわけである。

こんなドタバタが、どうやら年内ずっと続くらしい。すでに手帳の11月と12月の欄も真っ黒になりつつある。しかも感染状況が落ち着いたので、出張も増えそうな勢いである。

職場のオンラインシステムには、各人が手帳代わりに予定を書き込むことのできるスケジュール表があって、職場の人間ならば誰でも見ることができる。職員たちは、それを見ながら、今日はあの人は何時から何時まで会議があるのか、とか、今日はこの人は出張なのか、と確認することができるしくみである。

僕は以前は、なんか管理されているようでイヤだったので、オンラインのスケジュール帳に何も書き込まなかった。実際、同僚たちのほとんどは何も書き込んでおらず、書き込んでいるのは管理職だけである。管理職は、「いつだったらその人を職場でつかまえることができるか?」ということが職員たちにとっての関心事なので、職員たちのためにも書き込まざるを得ないのである。

で、僕も昨年から中間管理職になったので仕方なく書き込むことにしたのだが、最近は、それが快感になって、いまや誰よりも細かく、自分の予定を書き込んでいる。仕事だけではなく、この日は何時から何時まで病院で診察を受ける、とか、週末の同業者寄合が何時から何時まである、とか、そんなことまでいちいち書き込むことにした。見たところ誰よりもびっちりと予定が書き込まれたスケジュール帳になった。

僕が宗旨替えをして、職場のオンラインスケジュール帳に書き込むことにした理由は、ただ一つしかない。それは自分の忙しさを職場にアピールするためである。職場のいろいろな人に、同情を買ってほしいという、ただそれだけの理由である。

書き込むとそれなりに反応があり、先日もある職員から「いつも見ています」と言われた。たんに会議の予定とか、出張の場所とか、外部委員会の予定とか、項目と時間だけを書いた無味乾燥な記述なのだが、それだけでも、目を離すことのできない、なにがしかの想像がかき立てられるのだろうか。あるいは僕がたんに「空欄恐怖症」なだけかも知れない。

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怒濤のオンライン会合

10月22日(金)

よくぞ、よくぞ、金曜日までたどり着きました!ぜんぜん無事ではないけれど。

先日、「ひどい会合」という記事を書いたが、あのあと、某国との橋渡しの係をしている方から、丁寧なお詫びのメールが送られてきた。

その人も、当日まで、某国主催の会議がどのような内容になるのかわからなかったようで、当日の思わぬ展開に、かなり驚いている様子だった。

先日の記事で、こんなことを書いた。

「そのうち、主会場にいるプロジェクトのリーダーを含めた数名が部屋を出ていってしまった。残されたおっさんたち数人で、何か話をしている。

(え?いまこれは会議の最中なの?それとも雑談なの?)

まったく説明もないまま、僕はひたすらその無意味な画面を見つめていたのだった。

(この状況がいつまで続くんだろう?)

チャットで聞いてみたが、何の反応もない。おそらく、日本語のわかる方も、プロジェクトリーダーと一緒に部屋を一次退室しているのかもしれない。

それからしばらくして、プロジェクトリーダーほか数名が会議室に戻ってきた。

何かを喋って、一同が拍手をした。」

この謎が解けた。

「プロジェクトのリーダーを含めた数名が部屋を出て行った」というのは、このプロジェクトに関わるメンバーを除外して、残されたおじさんたちで、このプロジェクトが実施に値するかどうかを評価していたのだという。つまり第三者である有識者により審査を行っていたのだ。

ということは、あれは雑談ではなく、審査をしていたのだな。

で、しばらくしてプロジェクトリーダーほか数名が会議室に戻り、誰かが何かを喋って、一同が拍手をしたというのは、プロジェクトに対して「いろいろ問題はあるが、可とする」という評価が下された、ということらしい。

ということはですよ、僕が10分ほど日本語で喋った「超」いいかげんなプレゼン(しかも会議が始まってから作ったパワポ)が、このプロジェクトの命運を左右する重要なプレゼンだったということなのだ。

先に言ってくれよ!…ま、もっともそのことを先に知っていたとしても、プレゼンのクオリティを高めようとも思わなかったのだが。

このプロジェクト、不安しかない。

さて、今週の月曜日(18日)の午後には、また別のプロジェクトのオンライン会合があった。このプロジェクトにはしばらくご無沙汰していたので、申し訳ないなあと思い、せめて今回だけでもと参加した。

参加人数は意外と少なかった。絶対当てられると思い、今度はあらかじめコメント用のパワポを準備してのぞんだ。

すると今度は、パワポを使って説明する人など誰一人いない。議論はひたすら空中戦で、空中戦につきあうのが苦手な僕は、どうしたらよいかわからない。

やがて予想していたとおり、僕にもコメントが求められ、僕は準備していたパワポを使いながら若干のコメントを言った。しかし概して会合のほとんどは空中戦であり、僕は、こんなことなら締め切りが近い原稿を書く時間に充てればよかったと、少し後悔した。

水曜日の午後は、某自治体主催のオンライン会議である。長年この自治体の会議に参加しているが、会議がオンラインで行われるのは、初めてである。

自治体の職員さんたちは、初めてのオンライン会議らしく、もう最初からドキドキの様子である。

会議が始まると、いきなり自治体の配信会場からの音声が途切れ途切れになっていて、何を言っているかわからない。

「あのう…音声が途切れ途切れになって聞こえないんですが」

「そうですか。じゃあマスクをはずしましょうか」

「いえ、そういう問題じゃないと思います」

とか、紙の資料をカメラに近づけて、

「会議資料のこの部分です。見えますか~?」

「見えませ~ん」

とかいったやりとりが微笑ましい。配信会場にはベテランの職員が3名ほどいるのだが、どなたも「画面共有」という機能をご存じないらしい。

誤解のないように言っておくが、僕はオンライン会議のやり方に慣れていないことを馬鹿にしているわけでは決してない。これまでの僕の経験では、自治体との会議では、使い慣れていないためか、例外なくオンライン会議がぎこちないのである。それはつまり、このコロナ禍においても、多くの自治体では、対面会議信仰が強く、オンライン会議がほとんど行われていなかったことを意味しているのではないか。つまりこれは、この国の社会全体の構造的問題なのである。自治体が対面主義の呪縛から逃れることができれば、この国のIT環境は飛躍的に進むのではないだろうか。

さて、今度の日曜日は、ウェビナーを使った、職場主催のオンライン大規模会合があり、まったく興味がないのだが、立場上、義務的に参加しなければならない。何人参加したかというのが重要なのだろう。仕方がないのでひとまず登録をしたが、来月は、ほぼ毎週末オンライン会合があることを考えると、勘弁してくれよ、という気になってしまう。

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金曜日は終わらない

10月15日(金)

ひとり合宿が終わったのが水曜日。翌日の朝からさっそく仕事である。

車で2時間かけて出勤し、午前と午後の長時間会議に出席、その合間を縫って、炎上案件についての火消しにまわり、ひとまず、まるくおさまったのではないかと思う。

途中、すれ違った同僚に、

「あの件、どうなりました?」

と、別件について聞かれる。

「まだ何も動いていません」

「早いところ動いた方がいいですよ。言ってくれたらなんぼでも手伝いますから」

「ありがとうございます。そのときはお願いします」

と答えたが、「あの件」に取りかかるまでには、解決しなければならない案件が山ほどあるのだ。

もうだめかもわからんね。

今日も朝から会議と打合せ。午後は2時間ほど若者の前で喋る。若者の前で喋るのは実に久しぶりで、なかなか楽しかった。またそういう仕事に戻りたいなあ…。

書類を作ったり、プレゼンの資料を作ったりしていたら、あっという間に夜になった。

帰宅した頃には、TBSラジオ「アシタノカレッジ 金曜日」がすでにはじまっていた。

やれやれ、これで無事に週末を迎えられる、と思ったのだが、不思議なことに、ラジオのトークの内容が一向に入ってこない。

こういうときは、コンディションが悪いときである。ふつうならば、リラックスしてラジオを聴けるのだが、今日はそれができないということなのだ。

陰々滅々たる気持ちになっている理由は簡単である。明日、土曜日の午前に、オンラインによる国際的な会合の初打合せがあるのだ。そこで僕は、少し喋らなければならないのだ(もちろん日本語で)。

その喋りの原稿も、時間の合間をぬって、必死に作って昨日先方に送信した。もうこの時点で限界である。

もともと不本意のままうっかり引き受けてしまったので、僕にとっては苦痛でしかない会合である。やめちゃおうかなあ。でもやめると国際問題になるかなあ。なんとかフェイドアウトできる方法はないだろうかと、そればかりを考えている。

なんで引き受けちゃったんだろう?せっかくの土曜日なのに暗い気持ちで過ごすことになる。後悔すること頻りである。

「よくぞ、よくぞ金曜日までたどり着きました!」というジェーン・スーさんの決まり文句や、「来週金曜日までご無事でお過ごしください」という武田砂鉄さんの締めの言葉は、いまの僕には意味がない。なぜなら金曜日はまだ自分のなかで終わっていないからである。

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歯車が回転し始める

9月17日(金)

職場に出勤するたびに自暴自棄になってしまうような感覚に襲われるが、それでも、たまには心が震えるような出来事がある。

1年ほど前から定期的に、数人の仲間と、80年前の小学生が書いた日記を読み進めている。それも、近畿以西に住んでいた小学生の日記である。

内容が小学生とは思えないほどとても立派でおもしろいので、読んでいて飽きない。だから1年半も続いているのだ。

ただ、いささか気になることがある。

その日記の書き手の名前や、大まかな経歴はわかるのだが、80年前に小学生だった方なので、いまでもご存命なのかどうかもわからない。

もしご存命だとしたら、ご本人の知らないところで、赤の他人の僕たちがむかしの日記を読んでいるというのは、なんとも後ろめたくて仕方がない。一刻も早くそのことをお知らせしなければと思っていたのだが、お知らせする手立てがわからないまま、1年が過ぎた。

ところが去る7月、ふとしたことでその方の住所がわかった。ただその住所もかなり古いものなので、はたしてご存命だとしても、いまもそこに住んでおられるかはわからない。しかし、手がかりはその住所しかない。僕は、その住所に宛てて、手紙を書くことにした。

めぐりめぐって、あなたが小学生の頃に書かれた日記を読んでいます、ということを手紙では率直に伝えた。その日記が、当時書かれたものとしてはとても素晴らしいものであること、その当時を知らない私たちにとっては、いろいろなことを知ることができる貴重なものであること、などを誠心誠意書いたつもりである。

宛先不明で戻ってくるだろうな…、とダメ元で投函したのだが、1週間経っても2週間経っても、僕が出した手紙は戻ってこなかった。

(戻ってこない、ということは、いまでもその住所に住んでおられる、ということだろうか?)

1か月たっても手紙は戻ってこない。

実は7月の時点で判明した住所とともに、電話番号もわかっていた。思い切って、その電話番号に電話をかけることにした。

「おかけになった電話番号は、現在使われておりません…」

イヤな予感がした。もう打つ手はないのか。こうなったら、あとは直接現地に行くしか手はない。しかし新型コロナウィルス感染拡大の影響で、おいそれと新幹線に乗って訪ねていくわけにもいかない。

諦めかけていたところ、今日、急展開があった。

今日は午前と午後に1つずつオンライン会議がある。僕が主体的に関わらなくてもよい会議なので、気を張る必要はなかったのだが、それでも、毎日会議だの打ち合わせだのと、そればかりで、憂鬱な気分は最高潮に達していた。ああ、消えたい…。

午前のオンライン会議中に1通のメールが届いた。日記を一緒に読んでいる仲間の一人が、たまたまその方面に用事があったので、せっかくだからと、その方の住所をたどって行ったところ、該当するマンションの一室にその方のお名前が書かれた表札があったというのである。メールにはその表札の写真が添えられていた。

「ご本人がいらっしゃる可能性がある!」

とその仲間は伝えてくれた。

サプライズ情報である!僕はその情報だけでも浮き足立ち、会議どころではなかったのだが、さらに驚くべき展開を見せる。

午後のオンライン会議にまた1通のメールが届く。職場内のある部署からで、ある年配の女性から僕宛てに電話があったことを伝えるメールである。電話を受けた同僚は、僕が会議中だと思ったので僕に取り次ぐのをためらったのであろう。その代わりに詳細な電話の内容を教えてくれた。

電話の主は、「その方」の姪御さんだという。その姪御さんの話は、次のようなものであった。

「その方」(つまり電話の主にとっての「伯母さん」)はいま92歳だが、ふるさとの施設に入居している。身寄りがないので、姪である自分とその姉、つまり姪姉妹が定期的に会いに行き(いまはオンライン画面でしか会えないが)、お元気に過ごしている。

伯母が施設に入居したので、もと住んでいたマンションの名義は残しているが、いまは空き家で、姪姉妹がときどき様子を見に行っている。

先日の9月9日に久しぶりにマンションに行ったところ、僕が出した手紙が届いていることを発見した。

僕はその手紙の中に、自分の名刺を入れておいたので、その名刺を見て電話をかけてきた、というわけである。なるほど、それで手紙が戻ってこなかったことや、電話が使われていない理由がわかった。

まずは、ご本人がご健在だったということに安堵した。それにしても、仲間の一人が住所をたどってその方の表札を見つけたその日に、それを裏付けるかのように、身内の方からお電話をいただくというのは、何という偶然だろう。

そうなるともう、いてもたってもいられない。午後の憂鬱なオンライン会議が終わった後、最初に電話を受けてくれた同僚が書きとめてくれた姪御さんの電話番号に、こんどはこちらから電話をかけてみることにした。

最初の2回は空振り、3回目でようやくつながり、直接お話しすることができた。

その姪御さんは、とても明朗な方で、電話の向こうでおしゃべりが止まらない。お電話の様子から、姪御さんは伯母さんのことが大好きで、とても慕っている様子がうかがえた。

伯母はご高齢なので、直接にお返事を出すことができず、代わりに姪御さんの姉の方が、つい昨日、僕に返信のお手紙を投函したそうである。

僕は電話口で感謝の気持ちを伝え、コロナが落ち着いたらお会いして直接お話をうかがいたいです、と申し上げた。

一筋の光明。これで胸のつかえが取れた。今日は会議どころではなかった。歯車が一気に回転した1日となった。

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打合せ栄えて国滅ぶ

今週は、絶望的なほどに無駄な打合せが多かった。

問題をややこしくする打合せ、何のための打合せかよくわからない打合せ、打合せのための打合せ、など、打合せを減らしたらどれだけストレスが解消されるかわからないほどである。

つかみ所のないテーマで打合せをすることで、仕事をした気になっているんだな。きっと。

そういえば、ちょっと前に、厚生労働省の健康局長がNHKの取材に答えていて、その中で、局長の1日のスケジュールというのが公開されていた。それは、次のような驚くべき内容だった。

前日の24:00 退庁 終電で帰宅

翌日5:45 始発で登庁

5:50 国会対応

9:30 国会へ移動

10:00~12:00 厚生労働委員会で答弁

12:15~12:45 医療機関とのWEB会議

12:45~13:30 省内の幹部で打合せ

13:50~14:10 大臣打合せ

14:30~15:00 官邸会議に同席

15:10~16:00 局内に戻る。協議案件や報告案件の対応

16:00 厚労省アドバイザリーボード(途中抜け)

17:00 政党のコロナ本部対策会議に出席

18:00~21:00 厚生科学審議会(コロナ関係検討部会、調査会)

21:00 局内に戻る。協議案件や報告案件の対応

23:00 メールチェック

23:30 退庁

…ご覧の通り、ほとんど打合せばっかりである。こんなスケジュールでは、どんな超人でも思考停止してしまうのではないだろうか。これでは新型コロナウィルス対策について落ち着いて判断することなど、望むべくもない。

しかし本人にとっては、仕事をした気になっているのだろうな。

いまのこの国の社会、とりわけ官公庁では、多かれ少なかれこのようなことが常態化しているのだと思う。「1億総打合せ社会」、「打合せ地獄」、「打合せ栄えて国滅ぶ」。

よし!無駄な打合せを減らすためにはどうしたらいいかについての打合せをしよう。

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汗だく取材3時間半

7月18日(日)

2週間ほど前だったか、テレビ局から取材の依頼があった。

僕は以前に一度、テレビの取材を受けたことがきっかけで、テレビの取材はお断りすることにしているのだが、今回は断れない事情があった。

3年ほど前から、あることがきっかけで、僕は父と同じ年に生まれたある方ー仮にSさんと呼ぶーの人生と関わることになった。そのSさんが、8月に放送される特別番組の中で、インタビューを受けることになったという。で、そのSさんが、たっての希望で、ぜひ鬼瓦さんのことも取材してほしいという話になり、そうなるともう、断ることはできない。

お電話でそのディレクターに話を聞いてみると、8月15日の敗戦の日に放送する特別番組だということと、そのディレクターの誠実な対応にほだされて、お引き受けすることにした。

問題は、取材の日程である。

僕はこのところ体調が思わしくなく、ひとり合宿も予定されていたので、体力的にも日程的にも、とくに平日は、なかなか難しい状況にあった。

「むしろ休日にしていただくとありがたいです」とディレクター。

理由を聞いてみると、

「実は、鬼瓦さんの職場まで、リポーターが同行する予定でして、そのリポーターが、平日の夕方にニュース番組を担当している者なのです」

テレビ局の名前から、平日夕方のニュース番組の出演者の顔はすぐに思い浮かんだ。

まさか、あの人が???

たしかメインキャスターは、アナウンサーではなく、タレントとして活躍している人だったよな。

しかしどう考えても、その売れっ子タレントが、休日に半日かけて、うちの職場くんだりに来るはずはない。

そうこうしているうちに、当日を迎えた。

前日まで、体調が今ひとつで、どうなるか心配したが、今日は昨日にくらべると、体調はいくらかはマシである。

この日は、首都高速値上げ前の最後の日だった。車で職場に着くと、案の定、休日なので職場には同僚は1人も来ていない。

取材の時間は午後2時からだったが、午前中から、取材の時に映してもらう機械の設営などをしこしことおこなった。機械の調子もよく、準備も万端である。

午後2時、時間通りに取材陣が到着した。ディレクターと、リポーターと、カメラマンと、カメラアシスタントの4名である。

リポーターは、あの人ではなく、横にいる局アナの方だった。局アナの方も、平日、毎日ニュース番組に出て、休日にはうちの職場くんだりまで来るとは、たいへんだなあ、と僕は同情した。

僕はてっきり、少しばかり話をしたりデモンストレーションをしたりして終わるのかと思っていたが、リポーターの局アナとからんだり、ディレクターの求めに応じていろいろとお話ししたり、実際に作業をやって見せたりと、取材時間はじつに3時間半におよんだ。

話をしながらも、次から次へと汗が噴き出してくる。カメラはどうやらその様子をずっととらえているので、途中で汗を拭うタイミングもわからない。

ということで僕はずっと額に玉のような汗を浮かべながら、カメラの前で喋っていた。もし汗だくの僕が映っていたら、視聴者はそればかりが気になって、話の中身は入ってこないだろうな。

といっても、僕はカメラをまったく意識せず、レポーターに向かって喋ったり、ひとり語りをしたりしていたので、はたして僕自身の姿が写っているのかすら、わからなかった。まあ、3時間半も撮って、実際に流れるのは数十秒なのだろう。

夕方5時半過ぎに取材陣は撤収作業を始めた。

「今日は長時間にわたってありがとうございました」

「いえいえ」

「この番組は、8月15日の午後に放送されます」

「そうですか」

「ただ、まことに申し訳ないのですが」

「はぁ」

「この番組、関東ローカルなんです」

なんと!全国放送じゃなかったんだ。

というわけで残念ながら、こぶぎさんは見ることができない。それよりも、この番組の主人公の一人となるであろうSさんも、お住まいが関東以外なので、やはり見ることができないのだ。

僕は全国に恥をさらさなくてよかったと思う反面、関東以外で見てもらいたい人に見てもらえないのが残念で、じつに複雑な気持ちである。

さて取材陣が帰った後、僕は、その番組で使ってくれるかもしれないと思う資料をまた1人でしこしこと作成した。ま、僕がよかれと思って勝手に作っているだけなので、それが番組で使われるかどうかはわからない。

すべての作業が終わったのが午後10時頃である。明日からは、体調の問題もあり、しばらくはテレワークである。

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出典が思い出せない

昨年の後半から今年の初頭にかけて、社長の提案で、職場の今後の将来について構成員全員と意見交換をする、という試みが行われた。

構成員全員といっても、一堂に会することは、昨今の感染症の事情を考えると不可能である。なので、数名ずつ、何回かに分けて、1回2時間くらいかけて行うことになった。

気の遠くなるような回数なのだが、僕は立場上、その会合に毎回立ち会わなければならず、それだけでかなりの体力を消耗した。

そんなことはともかく。

その意見交換会の最初の回に、僕はこんなことを言った。

「働く上で大切なことは、建物だと、むかし吉本隆明が言っていました。建物が人間の思考や発想を決定づけるのだと」

その言葉を社長がえらく気に入ったらしく、意見交換会をするたびに、構成員の前で、その話を披露していた。

「鬼瓦君が言っていたけれど、働く上で大切なのは建物なのだと。建物が人間の思考や発想を決定づけるのだと。…えっと、誰の言葉やったっけ?」

「吉本隆明です」

「そうそう、吉本隆明」

これを、その意見交換会のたびに、入れ替わり立ち替わり参加する構成員たちの前で言うものだから、僕もいささか決まりが悪い。まるで僕が、そのことを強く主張しているみたいである。僕はただたんに、話の流れで吉本隆明の言葉を思い出したに過ぎないのである。

…とここで、僕は急に不安になった。

この言葉の出典は、どこだっただろうか?こういった内容の言葉を、吉本隆明が本の中で語っていたことは、僕の記憶の中に鮮明に残っているのだが、出典がどうしても思い出せない。

というかそもそも僕は、吉本隆明の本をほとんど持っていないのである。

数少ない蔵書の中から、その言葉が語られていた箇所を探そうとしたが、見つからなかった。

うーむ。あの言葉の出典は、いったい何だったのだろう?

 

 

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虎の尾を踏む

怒る人、というのが、どうも苦手である。

僕も気が短い方なのであるが、人前では怒らないと決めている。

怒る人にも、いろいろなタイプがあって、瞬間湯沸かし器のように、何かに反応するとたちまち怒る人もいれば、喋っているうちに(あるいはメールを書いているうちに)だんだん怒りの感情が沸いてきて、最後は人をすごく不愉快にさせる言辞を吐いて終わる人もいる。

どっちがいいかと言えば、どっちもイヤだ。

始末に負えないのは、後者の人が前者の人にメールを送った場合である。僕もメールの受け手の一人だったりすることがある。

メールを送った人は、例によってものすごく怒っている。

(あ~あ、ものすごく怒ってるよ。どう返信したらいいかな…)

僕はその人の怒りをなだめるために、あたりさわりのない返信を書く。

問題は、同じくそのメールを読んだ、瞬間湯沸かし器の方である。

どういうことだ!と僕に問い詰めるのだが、僕は関係がない。だがその人は、僕に愚痴を言いたいようだ。

愚痴を聞きながら、まあまあと言いつつ、なだめなければならない。

「宮藤さんに言ってもしょうがないんですけど」(by TBSラジオ)ならぬ、「鬼瓦さんに言ってもしょうがないんですけど」状態なのである。

どうやら見ていると、よく怒る人というのは、感情を抑えることができず、副作用として、冷静な判断ができなくなってしまうらしい。いわゆる「頭に血が上る」というやつである。

つまり、所詮は感情の発露に過ぎず、怒ったところで問題の解決にはならないのである。

怒って問題が解決することなど、世の中に何一つないのだ、と僕は怒っている。

僕は、怒られることが多い。それは、僕自身の未熟さに起因するものなのだが、職場だけでなく、業界からもよく怒られる、というか叩かれる。

若い頃、業界の重鎮からひどく叩かれたことがあり(叩かれる、というのはもちろん比喩表現で、「非難」とか「罵倒」という意味である)、どうやら虎の尾を踏んでしまったと、そのときはひどく反省したのだった。

最近も、やはり業界の重鎮からこっぴどく叩かれることがよくあり、この場合もまた、どうやら虎の尾を踏んでしまったらしい。若い頃は、そういう「非難」を正直に受け取ってしまったが、いまはもうツラの皮が厚くなったのか、もうどうでもいいや、という気になっている。

そんなことより、僕にとって何よりありがたいのは、いろいろあっても、いまだにほそぼそとこの業界で生き残っていることなのである。

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