名優列伝

ご縁があれば

4月30日(木)

病院行脚。午前は自宅から1時間半以上かかる総合病院。いつもは電車とバスを乗り継いで行くのだが、新型コロナウィルスの感染のリスクを少しでも減らすため、自家用車で行くことに。午後に家に戻り、夕方は自宅近くのかかりつけの病院にいつもの薬をもらいに行く。まったく、面倒な身体である。

午前中、病院に行く道すがら、TBSラジオ「伊集院光とラジオと」を聴いていた。10時台のゲストコーナーに、俳優の篠井英介さんが出演していた。

篠井英介さんだ!!!

僕は、大人になってから、面と向かってサインをもらった有名人が3人いる。俳優でエッセイストの室井滋さん(初エッセイ集のサイン会に並んでサインをもらった)、映画監督の大林宣彦さん(以前このブログに書いた)、そして篠井英介さんである。

篠井英介さんにサインをもらったときの話は、過去にこのブログに書いた。

ミーハー講師控え室」(2012年6月30日の出来事)

このとき篠井さんは都内の巨大カルチャースクールで、泉鏡花の小説を朗読する、という講座を開いていて、僕はたまたま同じ講師控え室にいたというご縁で、大学ノートの切れ端にサインをもらい、握手してもらったのであった。僕はそのときの篠井さんのオーラと人柄に、すっかり魅了されてしまった。いまもそのサインは、職場の仕事部屋に飾ってある。

返す返すも、篠井さんによる泉鏡花の朗読を聴きたかったものである。

…そんなことを思い返しながら、篠井さんと、パーソナリティーの伊集院光氏、柴田理恵さんの鼎談を聴いていた。篠井さんの人柄が表れた、とてもよい鼎談だった。

途中、こんなやりとりがあった。

篠井さんが若い頃、ほんの短い期間だったが、ポール牧師匠の付き人をやっていた。その話を聞いた伊集院光氏が、

「僕も落語家時代、ポール牧師匠と何度か仕事場でご一緒したことがあるんですよ」

と言うと、篠井さんは、

「じゃあ、ご縁があったんですね」

と返した。

ほかにも、「ご縁があって…」という言い回しが何回か出てきた。

僕はそのとき、篠井さんにサインをもらったあとに、、

「またご縁がありましたら、お会いしましょう」

と言われたことを思い出したのである。そのときの言葉の響きがとても美しく、僕もそれからというもの、「ご縁があったらまたお会いしましょう」という言葉を、よく使うようになったのだった。

近く、大型連休中に、篠井英介さんが朗読する三島由紀夫の『サド公爵夫人』がインターネットで配信されるそうである。ご縁があれば、拝聴しましょう。

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僕の町のコメディアン

3月30日(月)

僕の住んでいる町に、一人のコメディアンが住んでいた。

僕がいまの町に引っ越してきたのは、いまから2年ほど前のことで、引っ越してからほどなくして、同じ町内に、そのコメディアンが住んでいることを知った。

僕の住んでいるマンションから、おそらく歩いて10分ほどのところに、そのコメディアンの家はある。僕が中学生とか高校生だったなら、そのコメディアンの家を探しに行ったかもしれないが、50歳を超えた僕には、わざわざ家を探しに行くほどの無邪気さはもうなく、だいたいの場所を知るのみだった。そのうち、町を歩いていたらどこかでひょっこりすれ違ったりして、という淡い期待を抱きながら。

そのコメディアンが、新型コロナウィルスに感染し、重度の肺炎のため入院したというニュースを聞いたとき、

(もう、戻ってこないだろうなあ)

という予感がした。

僕の父は、2年半ほど前に肺炎で亡くなった。もともと肺に持病を持ち、晩年は酸素吸入器が手放せなかったほどだった。ある日突然、肺炎が重症化し、入院してから4日目で亡くなったのである。76歳であった。

重症化した肺炎の苦しみを傍らで見てきた僕は、そのコメディアンもおそらく、そのように苦しんでいるのだろうと想像した。そのコメディアンは70歳。高齢者が重症化した肺炎にかかったという点では、父と同じだった。父よりも若いそのコメディアンは、父よりも幾分は持ちこたえるだろうというのが、僕の予感だった。そのコメディアンが3月20日に入院して1週間ほどたったあたりから、どうにも胸騒ぎがして仕方がなかったのである。

そして今日のニュースで、昨日、そのコメディアンが亡くなったことを知ったのである。

僕の町のコメディアンは、もういない。

泣ける映画

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日本のソル・ギョング

河瀬直美監督の映画「あん」(2015年)が、BSで放送されていたので、録画して観てみた。河瀬監督の映画を見るのは、これが初めてである。

河瀬監督の映画って、好き嫌いがはっきりと分かれるのではないだろうか。作風が苦手、と思う人もいるのかも知れない。僕は、嫌いではない。

映画を見るとき、純粋にストーリーを楽しめばいいのだろうが、僕の場合、どうしても、スクリーンの外の、役者の実人生のことも考えてしまう。

虚にして虚にあらず、実にして実にあらず。虚実皮膜の間を彷徨うが如し。

樹木希林が世を去った後、その後を追うように市原悦子も世を去ったが、映画の中の二人の関係はまるで、その実人生をなぞるかのようである。

樹木希林と孫娘・内田伽羅は、映画の中では他人同士だが、まるで本当の家族のような絆を見せる。

もちろん、そんな余計なことを考えなくても、この映画の描く世界にどっぷりと浸ることができる。だが映画と実人生とは、時にシンクロすることがあり、それが、映画を見るときの僕の楽しみ方にもなっている。

この映画での樹木希林の演技が素晴らしいことはいうまでもない。僕にとってはこれまでどちらかといえば「怪優」というイメージが強いこともあり、むかしからあんなにいい俳優さんだっただろうか、と、この映画を見て思うことがある。

全然違う話だが、先日あるラジオで、亡くなった桂歌丸師匠についてある落語家が語っていた。「昔は、同世代の談志や円楽たちの中に埋もれて、どちらかといえば平凡な噺家だったが、晩年、病気になってからの落語は、自身の落語と向き合い、その噺は気迫に満ちていた」と。僕も以前、歌丸師匠の「竹水仙」を生の舞台で聴いて、歌丸師匠ってこんなすごい噺をする人だったのかと、感動したことがある。

心身共に健康の時の方が、もちろんいい仕事ができるのかも知れないけれど、病気に侵され、残りの人生について考えるようになった人間のほうが、それまでにない飛躍を遂げることもあるのではないだろうか。

僕が2年前に大病を患ったときも、人生の残りの時間というものを意識するようになったのだが、この年は不思議なことに、健康だったとき以上にたくさんの原稿を書いたのである。

樹木希林の演技を見て、そんなことを思った。

さて、ここまで書いてきたことは、タイトルの「日本のソル・ギョング」とは、まったく関係のない話。

この映画の永瀬正敏の演技もまた、素晴らしい。

彼こそは、日本のソル・ギョングである。そのことを書きたかったのである。

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求道者

映画「桐島、部活辞めるってよ」の中で、映画部の男子高校生二人が会話している中に、

「昨日、満島ひかりに夢の中で逢った」

「まじでー!!」

みたいなやりとりがあった。

その映画を見たとき、私は満島ひかりというのがどういう人なのかわからなかったのだが、しばらくして、何かのテレビドラマを見ていると、満島ひかりという女優が出ていて、ようやく認識したのであった。

それからというもの、別に意識して満島ひかりの出ているドラマを見ているわけではないのだが、たまたま見ているドラマに満島ひかりが出ていると、

(達者な人だなあ)

と感心した。「達者な人」というのが、いちばんしっくりくる言い方である。

それ以来、なんとなく満島ひかりが気になって仕方がない。

一時期、どんなドラマや映画を見ても、そこに出てくる女優を見ては、

(あれ、満島ひかりでないのか?)

と、何でも満島ひかりに見える病にかかってしまったのである。

聞くと、満島ひかりは沖縄出身で、Folderというグループのメンバーだったというではないか。20年くらい前に活躍した、小中学生によるグループである。

そういえば、いたなあ、Folder。

バカ売れした、というわけではないが、妙に印象に残るグループだった。

あのリードボーカルの男の子、やたら歌とダンスがうまかったが、たしか声変わりしてから、あんまり見なくなっちゃったな。

…と思ったら、いま、三浦大知として活躍していると聞いてびっくりした。

そうか、あの三浦大知が、Folderのリードボーカルだった少年だったのか…。

満島ひかりも三浦大知も、求道者、というイメージに近い。Folderという過去にとらわれず、女優の道を究めようとする求道者、歌やダンスの道を究めようとする求道者…。

Folderとして世に出たことを貯金として使い果たすことなく、その後も研鑽して、芝居の世界や音楽の世界で「本物」として活躍し続けている、という感じがする。

たしか同じ頃、やはり沖縄出身で、小中学生から構成された4人組のメンバーが大ブレイクしていた。

こちらの方は、バカ売れして、国民的なアイドルグループになった。

そういえば、あのグループの人たちは、いま何をしているんだろう…。

知っている人がいたら教えて下さい。

この二つのグループのその後を比較すると、人生をどう生きるかによって、人間の運命はいかようにも変わるものだと、しみじみと考えさせられる。

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史上最強の薄幸ヒロインは誰か?

8月12日(土)

インターネットのニュースを見ていたら、

「かつて人気を博した薄幸系ドラマが減少の一途、“薄幸ヒロイン”も不在」

というタイトルのニュース(ニュースか?)を見つけた。

なんとも偶然なことに、私もこの数日、「薄幸ヒロイン」についてあれやこれや考えていたところだったのだ。

…俺はヒマか?

その記事によれば、かつては人気があった薄幸系ドラマが、最近では人気がなくなり、それにともなって、薄幸ヒロインの需要が減ってきたというのである。

では、薄幸ヒロインとはどういう女優か?

その記事によれば、「赤いシリーズ」の山口百恵とか、「高校教師」の桜井幸子とか、さらには裕木奈江とか奥貫薫とか、果ては「家なき子」の安達祐実とか「1リットルの涙」の沢尻エリカの名前まで出ていた。

そしてぶっちぎりなのは、木村多江であり、今は木村多江の1強支配だと、、そのニュースは伝えていた。

木村多江や奥貫薫はまだわかるとしても、そのほかの女優が「薄幸ヒロイン」とは、とうてい呼べない。

私なりの「薄幸ヒロイン」の定義は、

「どんなドラマに出ていても、いつも薄幸そうである」

というものである。

この記事を書いた人は、全然わかってないなあ。

「薄幸系ドラマ」の主役を演じたからといって、その女優が「薄幸ヒロイン」とは呼べないのである!

この点を強く主張したい!

むしろ、主役ではなく、脇役としていろいろなドラマに出て、その女優が出たら、

「ああ、この女優はまた薄幸な人の役だな…)

と思わせるような女優でなければならないのである!

つまり、その女優が出れば「薄幸ヒロイン」であるという、記号化した存在でなければならないのだ!

その意味で、木村多江は、現代の「薄幸ヒロイン」と呼ぶにふさわしいかも知れない。

しかし、私が考える「史上最強の薄幸ヒロイン」は、別の女優である。

それは…

竹井みどりである!

Images1970年代後半から80年代前半にかけて、竹井みどりがいろいろなドラマ(たとえば刑事ドラマとか)の単発ゲストで出るのをよく見たのだが、いつも薄幸な役柄だった。見ている私も、竹井みどりが出ると、

(ああ、かわいそう…)

と反射的に思ったものである。私にとって竹井みどりは、「薄幸ヒロイン」の記号化した存在だった。

というわけでいまのところ、私の中での「史上最強の薄幸ヒロイン」は、1970年代後半~80年代前半の頃の竹井みどりである!

異論は認める。

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キム・ジンギュ最強説

このところ、古い韓国映画ばかり見ているのだが、まったく予備知識のないままに見ていくと、たまたまここ最近私が見た作品では映画監督や主演俳優が偏っていることに、後になって気がついた。

一人は、ユ・ヒョンモク監督である。

「誤発弾」(1961年)主演:キム・ジンギュ

「カインの後裔」(1968年)主演:キム・ジンギュ

もう一人は、イ・マニ監督。

Photo「帰路」(1967年)主演:主演:キム・ジンギュ

「森浦(サンポ)への道」(1975年)主演:キム・ジンギュ

ユ・ヒョンモク監督と、イ・マニ監督は、1960年代の韓国映画を代表する名匠だったのだ、ということが、だんだんわかってきた。

Photo_2それよりも驚きなのが、これらの作品の多くに、キム・ジンギュという俳優が主演しているということである。

上にあげた作品だけではない。これも60年代の韓国映画の傑作といわれているキム・ギヨン監督の「下女」にもまた、キム・ジンギュが主演しているのである。

こうなるともう、60年代の映画はキム・ジンギュのひとり勝ちだな。

…とまあ、他人様にはどうでもいいことなのだが、せっかく何本もの古い韓国映画を見たので、気づいたことを記録としてとどめておく。

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天知茂「ウルトラの父」説

4月10日(月)

毎日、1日があっという間に終わる。

めちゃくちゃ忙しいので、誰にもわからない話を書く。

現実逃避でドラマ「森村誠一シリーズ 野性の証明」(1979年、林隆三主演)を見た。

先日、ドラマ「森村誠一シリーズ 人間の証明」を全13回見てしまったことで、「昔のドラマ」熱に火がつき、今度は「野性の証明」を見ることにしたのである。こちらも全13回。

何度も見返しているドラマだが、好きなドラマは、つい、くり返し見てしまう。

やはり「人間の証明」とくらべると、ちょっと脚本が弱いかなあ、と思う。無理やり13回に話を伸ばしてしまっている観がある。それに、ご都合主義的な展開が目立つ。そう考えると、やはり「人間の証明」の脚本を書いた早坂暁はすばらしかったのだ。

それでも、荒唐無稽な展開にしてしまった映画「野性の証明」よりははるかに完成度は高い。

ではドラマ版は原作に忠実なのかといえば、全然そうではない。映画版もドラマ版も、原作とはまったく異なる作品となっている。

このドラマでは、たたき上げの刑事役の小池朝雄が、実にいい味を出している

というか、小池朝雄は、刑事コロンボそのものである。

たとえば、小池演じる村長刑事に対して、味沢(林隆三)がついに自分の罪を告白する場面。

味沢が罪を告白した後、村長刑事は味沢を見つめ、味沢にこう言う。

「あたしはねえ。商売柄、いろんな人間の、いろんな顔を見てきているが、罪を犯した人間が自白をしたときの顔ほど美しいものはないと思ってるよ。」

しばらくの沈黙の後、

「さてと…、自白だけでは証拠にならんのだよ。目撃者の証言がないとね。ところがその目撃者が記憶をなくしちまったときている…。ままならないもんだ」

そう言って煙草に火をつける。

文章では伝わりにくいが、この場面の小池のセリフ回しは、完全にコロンボである。

…いや、今回書きたいのは、小池朝雄の話ではない。

全13回のうちの,第10回に一度だけ登場する、天知茂の話である!

ドラマ「野性の証明」は、主人公の味沢岳史(林隆三)が、羽代市(架空の町)を牛耳る大場一族に一人で戦いに挑む、というストーリーである。

大場一族は、反対派を次々と粛正し、さらには中央政官界ともつながり、羽代市で大きな権力を握っている。誰も逆らえないような強大な権力を手にするのである。

味沢は大場一族の不正を暴こうと奮闘するが、かえって大場一族の罠にはまり、身に覚えのない罪を着せられてしまう。なにしろ、相手はこの町の最高権力者、大場一族なのだ。

大場一族の仮面を何度となく剥がそうとしても、それが権力により隠蔽されてしまうのだ。

もはや味沢も万事休すか??

さて、そこにあらわれたのが、天知茂である!

天知茂は、東京地検特捜部の検事として羽代市にやって来て、大場一族の悪事を次々と露見させてゆくのである。

いよっ!待ってました!

大場一族に追い詰められてピンチになった味沢を、天知茂が助けに来たのだ!

そのたたずまいはまるで、M78星雲から駆けつけた「ウルトラの父」のごとくである。

たしか天知茂は、同じ時間帯のドラマ「高木彬光シリーズ 白昼の死角」でも検事役で出演していた。

天知茂は、ほとんどそのたたずまいのみで、敵の悪事を露見させ、懲らしめてしまう。

これこそが、天知茂の真骨頂なのだ。「明智小五郎シリーズ」しかり、である。

ドラマの中で、天知茂が言う。

「味沢君、聞くところによると、あんた、大場を敵にまわして闘っているそうだな。たとえどんなに死力を尽くしても、巨大な悪の牙城を切り崩すことはできまい。たった一人の力では…。私はそれを悟ったときから、この職業を選んだ。しかしそれでもなお、巨大な悪は裁けん場合が多い。だからこそ私は死力を尽くしても闘わなきゃならんと思ってる。」

心を閉ざしていた味沢は、次第に検事に心を開いていく。

このあたり、実にかっこいいねえ。

天知茂みたいな検事、どこかにいないもんかねえ。

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めざせ!映画プロデューサー

町山智浩さんのラジオで知ったんだが、韓国で今年、「コクソン(哭聲)」という映画が大ヒットしたという。

この映画を監督したナ・ホンジンは、「チェイサー」とか「哀しき獣」といった、ぶっ飛んだ映画を次々とヒットさせた監督として知られている。この映画も、かなりぶっ飛んだ映画らしい。

Movie_imageqttso0se_2驚いたことに、この映画に國村隼がかなり重要な役で出ているというのだ!

いまや國村隼は、韓国でもたいへん有名な俳優になっているという。

ずっと以前に、こんな記事を書いた。

國村隼はソンガンホだ

まったく誰にも相手にされなかった記事だったが、見よ!私の予言は的中した!

やはり國村隼は、韓国映画で抜群の存在感を示したのだ!

なぜ國村隼がキャスティングされたかというと、ナ・ホンジン監督が、俳優の顔写真をぱらぱら見ていて、

(この人がいい)

と直感的に選んだのだという。日本人だとか韓国人だとか関係なく、である。

つまり、「國村隼は韓国映画のなかで抜群の存在感を発揮する」ことを見抜いたのは、私と、ナ・ホンジン監督の二人だけだった、ということになる。

どうだい。

ひょっとして俺には、映画プロデューサーの素質があるんじゃないだろうか?

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究極の一人芝居

朝のラジオで、伊集院光とイッセー尾形が対談していたのを聴いて、久しぶりにイッセー尾形の一人芝居が見たくなった。

一番好きなネタは、「アトムおじさん」である。深夜のフジテレビで、「イッセー尾形が見たい!」というライブが放送されたとき、あまりに可笑しくて笑い死にするかと思った。

ストリップ劇場の幕間に出てくる老芸人を演じる。喋ろうとすると痰がからんでしまい、ちっともネタが受けない。

このキャラクターは、山田洋次監督の映画「男はつらいよ ぼくのおじさん」に受け継がれている。山田監督もこのネタを気に入っていたのだろう。

「移住作家」というネタも好きである。ハクをつけるために海外に移住する作家の話だが、結局、誰もかまってくれない。たまたま取材に来た記者に対して、作家としての威厳をたもちながら、それでいてかまってもらおうと必死になる。いまでいう「かまってちゃん」である。

さまざまな人間を演じてきた彼が、究極の一人芝居を演じたのが、アレクサンドル・ソクーロフ監督のロシア・イタリア・フランス・スイス合作映画「太陽」(2005年)だと思う。

ここで彼は、日本の「やんごとなき」人物を演じる。もちろん、この映画には多くの共演者はいるが、事実上、イッセー尾形の一人芝居といってよい。

有名俳優に断られた結果、イッセー尾形が演じることになったともいわれているが、逆にイッセー尾形以外に、誰がこの役を演じることができただろうか、とさえ思えてくる。

そのテーマ性から、日本での公開は不可能ではないか、と当初はいわれていたが、翌年の2006年8月に日本でも公開された。いまからちょうど10年前である。

ひとりの人間としての「孤独とおかしみと悲哀」を描き出している。「人間の孤独とおかしみと悲哀」を見事に演じることのできるイッセー尾形であればこそ、この役にふさわしい。

この映画で提起されているひとりの人間としての内面は、10年たったいまでも変わっていないのではないだろうか、と、ふと想像してしまう。

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中国のソン・ガンホ

12月23日(水)

休日だったので、近くの映画館でやっている「新・午前10時の映画祭」というものに行ってきた。

いま上映しているのは、「宋家の三姉妹」という、中国、香港、日本の合作映画で、いまから17年前の1998年に公開された映画である。

公開された当時、神田の岩波ホールでみた記憶があるのだが、内容もキャストもまったく覚えていなかった。

中国近現代史を動かした三姉妹の物語。長女は中国の大財閥と結婚、次女は中国革命の父・孫文と結婚、三女は中華民国総統の蒋介石と結婚した。

映画の内容自体は、史実というよりもドラマ性を重視したご都合主義的な展開で、また、大人になったいまになって見ると、政治的にもさまざまな方面に配慮した映画だな、と思う。

1368325945758013461_2この映画の中で、三姉妹の父親役が姜文(チアン・ウェン)という俳優なのだが、映画の中ではこの姜文の演技が、ひときわすばらしかった。

というか、私の乏しい中国映画鑑賞歴の中で、そのほとんどに、姜文が出ていることに気づいたのである。

「芙蓉鎮」(1986)、「赤いコーリャン」(1987)、「鬼が来た!」(2000)など。

そして、「宋家の三姉妹」にも出演していたことを、17年ぶりに見た映画で、あらためて知ったのであった。

あとで調べてみると映画出演はそれほど多くはないのだが、印象の強い作品に出演していたことがわかる。

たしかに、姜文は名優である。

で、調べてみると、この役者は1963年生まれで、まだ52歳なんだな。

20年ほど前に映画を見たときは、ずいぶんと年上の役者だと思っていたのだが、年齢は私とほとんど変わらないことにビックリした。「宋家の三姉妹」の父親役を演じていたときは、まだ30代に入ったばかりだったのだ!

名優は若い頃から、たしかな存在感を示していたのだ。

6d9a3_1215_300x409x9a3c2f224344d980韓国でいえば、ソン・ガンホのような存在感のある名優である(また始まった)。

姜文とかソン・ガンホとか、イケメンではなく「味のある顔」っていうのが、名優の条件なのではないだろうか。

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