コバヤシ

えずか〜!

鬼瓦殿

こんばんは。高校時代の友人・元福岡のコバヤシです。少しご無沙汰です。

色々大変そうですが、良いことも色々あったようですね。こちらは何の変わりも無く普通にやってます。

先程、貴君のブログを読んでいたら「えずい」という言葉が出てきましたが、ご推察の通り福岡でもこの言葉は使われています。使われていた、という方が適切かもしれませんが。

福岡勤務時代に、社内報告資料を作成中に7つか8つ上の福岡出身の上司が突然、「えずか〜!」と言ったので、「どういう意味ですか?」と聞いたところ、近くに居た1つ上の佐賀県の鳥栖出身の先輩が、「俺も久しぶりに聞いたよ!辛いとかそんな感じの意味かなぁ。でも、我々の世代はこんな古い言葉はもう使わないけどね。」と言っていました。

貴君のブログには、京都の言葉が同心円上に広がったというのが有りましたが、確かに他にも心当たりがあり、やはり福岡時代にに同僚の女性が「パソコンをなおさなきゃ」と言うので、「パソコン壊れちゃったの?」と聞き返したら、「壊れてませんよ。帰るからパソコンなおすのよ!」と言うので「?」となったのですが、よくよく聞くと「片付ける」という意味だったので驚いた記憶があります。この「なおす」という言葉も、関西以西では一般的に使われている言葉のようですね。うちの会社でも関西以西に居たことがある人達は皆、当然のように「なおす=片付ける」という意味を知っていました。

他に福岡で現地の友人がよく使っていて「?」となった言葉には「せからしか!」「しゃあしい!」(どちらも鬱陶しい、腹立たしい、みたいに使ってたと思う)とか、やはり同じような意味で「しろしい」なんて言葉が有り、なんだかよく分からなかった記憶が有りますが、この辺も関西から伝播したのでしょうか?

余談ですが、うちの会社では「たちまちは」という言葉を使う人がやたらに多いのですが、この言葉は若い頃に岡山の工場のオッチャン達が「たちまちは、これで何とかしてくれ!」みたいに使うので、どうやら我々関東人が考える「すぐに」という意味では無いらしいと思い、何度か聞いているうちに漸く「取り敢えずは」という意味と分かり驚いたものです。

数年前に福岡から東京の本社に戻って来たら、何故かこの「たちまちは=取り敢えずは」を使う人がやたらに多く、もしかして「たちまちは=取り敢えずは」というのは標準語だったのか?としばし混乱をきたしていたのですが、最近、ネットかなんかでたまたま、「たちまちは=取り敢えずは」は広島の方言でもあると知り、成る程、うちの会社は新入社員の時に広島と岡山の工場に配属される人達が多いので、みんなその時に使い慣れてしまい、今でも普通に使ってしまうのかと独り合点したものです。

「えずい」は京の都の人達が地方に伝えたのでしょうが、うちの会社では「たちまちは=取り敢えずは」が地方から東京に伝播されるという現象が起こっていたわけです。

言葉というのは面白いものですね。

ということで、今回も長くなってしまいましたが、この辺で。

大分寒くなって来たので、くれぐれも身体には気をつけてください。

では、またそのうち。良いお年を!

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森繁の鯖

「高校時代の友人・元福岡のコバヤシ」が、このところメールをよくくれている。

僕は、それをほとんど編集せずにこのブログに転載しているのだが、それを意識しているのか、あるときからコバヤシのメールは、ブログ用の文章に整えて送ってくれるようになった。

僕の経験したことのない、サラリーマンの悲喜こもごもが僕にとっては新鮮なのだが、なんとなく山口瞳の小説『江分利満氏の優雅な生活』をも連想させる。もっとも僕は小説よりも岡本喜八の映画の方をよく覚えているのだが。

そういえば高校時代、コバヤシと二人で、山口瞳の家を探しに行ったことがある。コバヤシ、覚えているかなあ。

通っている高校と同じ市内に、山口瞳の家があるとコバヤシが聞きつけ、「じゃあ探しに行ってみよう」と、二人で、自転車を走らせて探しに行ったのだった。その当時僕は、山口瞳の名前は知っていたが、小説は読んだことがなかったので、たぶんコバヤシの提案でそういうことになったのだと思う。家を見つけて、「なるほど、ここか…」といって帰っただけだったのだが。

まあそんなことはともかく。

前回の「ゴルフの憂鬱」を読み返してみて、次の記述に引っかかった。最初読んだときには気づかなかったのだが。

アニサキスって何?一体何食ったの?森繁みたいに生の鯖食って当たっちゃたの?ここは福岡じゃないんだよ!と独りボケとツッコミを繰り返すばかりです」

この「森繁みたいに生の鯖食って当たっちゃったの?」って、当然わかるだろ?みたいなトーンで書いているけど、どういうこっちゃ??

「森繁」は言わずと知れた森繁久彌のことである。それくらいはわかる。

じゃあ、森繁久彌って、生の鯖を食べてあたってしまったことがあるのか?というか、たとえに出すほど有名な出来事なのか?

…と思って、「森繁 鯖」で検索してみたら、あるホームページに次のように書いてあった。

「日本人の食習慣からアニサキス症は古くからあったが、このアニサキス症を有名にしたのは俳優の森繁久弥さんであった。昭和62年11月、名古屋の御園座で舞台公演中、森繁さんがさばの押しずし(ばってら)を食べ、腹部の激痛を訴えて腸閉塞の診断で緊急手術を受けた。あまりの激痛から開腹手術となったが、激痛は腸アニサキス症によるものであった。この森繁久弥事件を、NHKが特別報道番組として取り上げたことから、アニサキスが有名になった」

なんと!「アニサキス症」が知られるようになったのは、森繁久彌が鯖の押し寿司を食べてあたったことがきっかけだったのか。しかもNHKが特別報道番組で取り上げるほどの大事件だったとはね。

だとしたら、この事件は誰もが知っている常識なのか???「アニサキス」といえば「森繁」なのか???

しかし僕には、この事件についての記憶がまったくない。昭和62年11月というと、僕が高校を3月に卒業して、受験浪人をしていたときである。コバヤシも同じく浪人中だった。彼はこの事件のことを覚えていたということだろうか?

と、つらつら考えていくと、そういえばコバヤシが一浪した理由が、「食あたり」だったということを思い出した!!

高校3年の時、コバヤシは第一志望の大学を受験する直前に、鯖だか蠣だかを食べたか何かで、ひどい食あたりになり、試験を休まざるを得なくなり、それで1年を棒に振ったのだった。

当時そのことを電話で僕に知らせてきたので、よく覚えている。

ここからは僕の推理。

食あたりで1年を棒に振ったコバヤシは、人並み以上に食あたりに対して敏感になっていたに違いない。そんなときに森繁の鯖事件が起こり、食あたりに対して人一倍気にしていたコバヤシは、そのニュースが鮮烈な印象となって残ったのではないだろうか。そしてこの年齢に至るまで、森繁の鯖事件は、コバヤシの深層心理に影を落としていたのである。

一方僕は、当時食あたりのことなんぞ気にもとめていなかったので、森繁の鯖事件はさほど印象には残らなかったのである。

この仮説がはたして正しいのか?それとも間違っているのか?

それは、「森繁みたいに生の鯖食って当たっちゃったの?」のくだりを読んで、「そうそう、そんなことあったね~」と多くの読者が共感するかどうかにかかっている。

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ゴルフの憂鬱

鬼瓦殿

コバヤシです。こんばんは。

体調はいかがですか?

ところで、先日、メールしてしまったので、この際ネタをもう一つ。つまらなかったらゴメンなさい。

貴君のブログでもゴルフをする奴の気が知れない的なことを書いていたと思いますが、私も同じくゴルフなんて...という人間の一人です。ただ残念ながらサラリーマン人生、逃げ切れるわけでも無く、数年前から葬り去ったはずのゴルフを再開せざるを得ない立場となってしまいました。

それでも年数回の苦行を耐えればという程度だったのですが、先日のメールにも書いたようにこの四月からグループが異動となり、年数回では済まない状況に陥ってしまいました。

と書きながらもこのコロナ騒ぎの中、接待ゴルフは自粛となり、半年ほどは無事やり過ごすことが出来、しめしめという思っていたのですが、そんな期間がいつまでも続く訳では無く、先週末ついに遠く茨城の大洗までゴルフで行かされる羽目となってしまいました。

トーナメント会場にもなるような所謂名門コースというやつに行ったのですが、私には迷悶コースでしか有りません。上ったり下ったりとどう打てば分からないグリーンの上で迷い、何度打っても遠くてグリーンに届かないコースに悶えるばかりです。一緒に廻った皆さんとはおよそかけ離れたスコアでヘトヘトになって漸く上がり、失意のうちに帰宅した次第です。

昨日の祝日を経て漸く立ち直り、また来週も取手までゴルフに行かねばならないので、せめて今週末は好きなことをして楽しく過ごそうと会社で夢想していたところ、定期健診の胃腸の内視鏡検査で会社を休んでいた部長からメールが入り、「検査で引っかかってしまい、今週末のゴルフが無理そうです。コバヤシ、スケジュール空いてる?代打頼める?」とあるではないですか!週末のゴルフって、ウチの役員と大手取引先の副社長と役員と廻るやつだろ!それはちょっと勘弁してよ〜、アンタ先週末に一緒にゴルフ行ったから俺のスコア知ってるでしょ!役員怒るよ!アンタも一緒に怒られるよ、思わず叫んでしまいました。

更に追い討ちをかけるように部長からまたメールが入り、「週末のゴルフはドクターストップがかかりました。ポリープを取ったのと、胃にアニサキスが居てこれも取って貰ったので。」

ちょっと待て、ポリープは分かったけど、アニサキスって何?一体何食ったの?森繁みたいに生の鯖食って当たっちゃたの?ここは福岡じゃないんだよ!と独りボケとツッコミを繰り返すばかりです。

しかもメールをよく読むと「週末に一緒に行った居酒屋で食べたお刺身で当たったようです。コバヤシも気をつけてください。」とあるでは無いですか。おいおい確かに一緒に刺身食ったけど、今更何をどう気をつけろって〜の?俺もアニサキスに当たったらゴルフ行けないじゃん!意味分かんないし〜、とひたすら独りボケとツッコミを繰り返すばかり。

何とか気を取り直し、「スケジュールは空いてますが、私のスコアでは代打は務まらないのでは。。。」と返信しましたが、「明日、役員に相談しましょう。」とそっけない返信。

あ〜、ゴルフの憂鬱!

イマイチでしたかね。まあ、この狼狽ぶりを少しでも楽しんで頂けたら幸いです。

では、またそのうち!

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Re: パンデイロのカピバラ

「どうも、返信ありがとう。

これだけ付き合いが長いと今更?絶縁などすることもないですし、自分が重病になったら大騒ぎすると思うので、まあ貴君の書いてる通り、便りの無いのが元気なしるしと思って貰って結構です。ただ、面倒だと当分いいかと思ったりすることはありますかね。

仕事の方も偉くなると忙しくなってくるのは、働く人間の常として仕方がないですかね。

サラリーマンなども重役はガミガミと鬱陶しいですが、それだけ責任が重くなっているということで、やはり偉くなるとあれもこれも判断しなければいけないし、夜も休みも自由な時間がなくなってしまい本当に割に合わないと思います。

私も四月に部内で異動があり仕事内容が変わり少し暇になりましたが、前職は中間管理職として、あーだこーだ言ってくる他部署に半ばキレながら対応しつつ、何を言っているか分からない部下の資料を読み解きながらああ直せこう直せと指示し、あれこれしょうもないことを言ってくる上司を跳ね除けと、本当にウンザリでした。

最近、思うのですがサラリーマンも学者も音楽家も、お金を稼ぐ為には面倒で嫌なことをしなければならないのは一緒なのではないかと思います。私なども、どこでサラリーマンを引退するかというのが最近の課題です。遅くとも60歳では辞めたいものです。

書き出したら終わらず、あれこれ長々とすいませんでした。

難しいとは思いますが、あまり気に病まないようにしてください。

気が向いたら何時でも声をかけてください。

それでは、また。」

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パンデイロのカピバラ

このブログのヘビー読者にはおなじみだと思うが、「高校時代の友人・元福岡のコバヤシ」から、じつに久しぶりにメールが来た。

実はこの1年以上ばかり、音信不通になっていて、何か俺の発言のせいで絶縁されてしまったのではないか、とか、ことによると重篤な病に罹ってしまったのではないか、と心配して、こちらから連絡をするのもはばかっていた。だが、下記のメール内容を読めばわかるように、ちっともそうではなかったことがわかり、ひとまず安心した。

そしてその内容は、このブログにふさわしい内容だったので、以下に紹介する。

「鬼瓦殿

こんばんは。ご無沙汰してます。

コバヤシです。お元気ですか?

などと書きつつ、こちらは貴君のプログをごまめに読んでいるので、貴君の心持ちも含めそちらの状況は手に取るようにわかるのですが。

本当は貴君にメールをしたところで、どうせ返信もないしバカバカしいので向こう数年は貴君にメールをするのは止めるつもりだったのですが、今日、会社の取引先との会食で、どうしてもネタとして話さないわけにはいかない出来事があったので不本意ながら止む無くメールをする次第です。

ということで、今日の出来事ですが、

実は、私はこの四月に部内で異動があり、輸出出荷の仕事をするようになったのですが、この十月ぐらいからコロナも小康状態で取引先との会食が入るようになりました。

そんな中、今日、取引先の会社の方と懇親会をしたところ、たまたま私が楽器をやってます、という話になったところ、その取引先の方が、実は私も少し楽器をやってましてマイナーなんですがパンデイロという楽器をやってます、と語り出しました。

その人曰く、パンデイロというのは所謂タンバリンのことで、ブラジルではタンバリンをパンデイロと呼ぶのですが、私は父親が商社マンだったので子供の頃をブラジルで過ごしたのです、そこで何かの縁でパンデイロの巨匠と言われる当時九十近い方に師事したのです、それで社会人になっても暫くはパンデイロ奏者として演奏していたのです、と話してくれるのです。

その話を聞いてアサカワのことを思い出し、

実は私の高校の後輩で日本唯一のブラジル音楽専門のサックス奏者のアサカワという変な奴がいるのですが、ご存知ですか?と聞いたところ、その方が、もしかしてヒロキーニョさんのことですか?もう十数年ご無沙汰してますが良く知ってます、私はパンデイロのカピバラと呼ばれていたので、アサカワさんにそう言って貰えたら覚えてくれているかも、というではないですか。

懇親会の後、早速、アサカワに、パンデイロのカピバラさんて知ってる?と久しぶりにメールしたところ、良く知ってます、でも十数年前に突然いなくなっちゃったんでどうしてるんだろうと思ってたんです、でもカピバラさんはお元気だったんですね、宜しくお伝えください、とすぐに返信がありました。

なぜ仕事上の付き合いの中で、あのアサカワの知り合いがいるんだろうと驚き、貴君にメールしてしまった次第です。

貴君も書いていましたが、人の縁というのは本当に不思議なもので、何故こんなところでという思わぬ出会いがあったりします。

前段で書きましたが、本当は貴君には向こう数年は連絡しないつもりだったのに、何故かたまさかのご縁で、貴君にメールしてしまうということになってしまったわけです。

ということで、またそのうち。

貴君の気が向いたら、茶でも飲みながらゆっくり話しましょう。

では、あまり無理はしないで、ご自愛ください。」

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東京のお祭り続編

鬼瓦殿

高校時代の友人・元福岡のコバヤシです。こんばんは。

大分お疲れのようですが大丈夫ですか?

あまり無理はするな、と言っても難しいのでしょうが。

ところで、大分前に鳥越神社のお祭りについて少しメールしましたが、昨晩、その氏子のお鮨屋さんに行った際に、大将からお祭りの行事についてまた少し話を聞いたので、貴君には興味深いのではと思い、メールする次第です。

あまり興味がなかったら失礼。

何時だったのか、言ったか言わなかったのかも忘れましたが、私は地方のお祭りは曜日に関係無く日にちは決まっているが、東京は休みに合わせて開催される、と貴君に言ったように思いますが、どうでしょうか?

言ったか言わないかは、もうどうでも良いのですが、どうやらそうではないらしい、ということで、今回の報告です。

東京の鳥越神社のお祭りでも、最初の行事は6月9日と決まっていて、一番最初の儀式(名前は失念)と御霊(みたま)入れの儀式を行うそうです。お宮入り等の一般的に我々が「お祭り」として見る行事は、9日に一番近い土日にするとのこと。

ちなみに御霊入れは、メインのお神輿に神様が降臨する儀式だそうで、これ以降、各町内で持っているものも含め、お神輿を担いで良いそうです。

浅学な私は大分前に、浅草寺のお祭りでお神輿の上に上がる不逞な輩がいるというニュースを見て、まあそうだなぁ、とぐらいにしか考えていませんでしたが、成る程と得心した次第です。前にメールした進水式もそうでしたが、日本の神様というのは、やたらに呼び出されるようですね。

それから日曜の朝(だったと思う)6時半から初輿(よ)式、お昼に昼輿式、最後に終輿式(だったと思う)と続くそうです。

昼輿式では、メインのお神輿はお宮の中に一旦戻って、結界を張った中に入れられて休ませる?そうです。その間は、誰かが結界の中に入らないように、毎年当番になった町の人が4人、結界の四隅に立ってずっと見張っているそうです。

それから、前に書いた7月1日に行う人形流しですが、正式には「夏越し(なごし)のお祓い」と言うそうです。

ということで、東京の鳥越神社のお祭りも、6月9日に始まり、7月1日に終わるというのは、実は昔から変わらずに決まっていたのでした。ただ、お神輿を担いだりするお祭りらしい行事は、時代に合わせて休日に変わっている、ということのようです。

ちょっと面白かったのでメールしてみましたが、いかがでしょうか?

つまらなかったらごめんなさい。

それでは、またそのうち。

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サラリーマンあるある、いやあったら困る!アーバンジプシー編(その4・最終回)

(その3)からのつづき。

それから暫くして、仕事が忙しくなり、我々は毎日のように午前様です。

そんなある日、O君は、夕方の6時を過ぎたところで職場から居なくなり、10時前に会社に戻って来るという行動を繰り返すようになります。私が不審に思って「お前、会社抜け出して何処行ってんだよ?」と問い質すと、O君は例の如く勿体ぶって「いや〜、コバヤシ君、実は...」と語り出します。「いや〜、実はさあ、仕事ばかりじゃあ身体に悪いんで、新木場の公営プールに泳ぎに行ってるんだよ。その後、腹拵えも兼ねて軽く飲んでから会社に戻って来てるんだよ。」、ちょっと驚いて改めてO君に聞きます「え〜!泳いで来た上に飲んで来てるの!そう言えば、皆んなが帰る時、まだ仕事してるけど、何時頃に帰ってるの?」、するとO君はごく当然という顔をして答えます。「え、何時に帰るって?やあ、大体いつも2時ぐらいまで仕事してるから、寮には帰れないよ。2時になったら応接室のソファて寝てるよ。大体、わざわざ帰ったら往復3時間ぐらいかかるから時間の無駄じゃん!」、コイツ何言ってんの!と思いながら、再度聞き返します「えっ、お前、寮に帰ってないの?着替えとかどうしてるの?」、O君が答えます「プールで泳いだら、シャワーを浴びて着替えるから清潔だよ!その後、飲んでリフレッシュするから、仕事もはかどるしね。合理的だろ!」と、さも当たり前のように話ます。そのうち、O君は会社に寝袋まで持ち込み、毎日のルーティンをきちんとこなしながら、数ヶ月に渡って会社に住むことになります。私が、お前おかしくないか?と何度いっても、こんなに合理的な生活は無い!と言って、取り付く島も有りません。

さすがアーバンジプシーのO君、と言う他有りません。それにしても、今思い返すと、当時、会社で暮らすO君を咎める人は誰もいなかったように思います。20年以上前のことでは有りますが、まだおおらかな時代だったのでしょうか。

そんなO君は、今、グループ会社に出向して博多で働いています(ちなみにO君は、東北、福島の出身なので念の為)。この数年、O君には殆ど会うことは有りませんが、たまには2人で飲みに行きたいような気もします。多分、途中で面倒くさくなるのは目に見えていますが。

かなり長くなってしまい、すいませんでしたが、今回のサラリーマンあるある、いや、あったら困る、アーバンジプシー編、いかがでしたでしょうか?

まあ世の中にはこんな奴も何食わぬ顔をして働いているんだなあ、と思って貰えれば。

ということで、あまり無理はしないように、くれぐれもご自愛下さい。

それでは、またそのうち。

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サラリーマンあるある、いやあったら困る!アーバンジプシー編(その3)

(その2)からの続き。

少し話しは変わりますが、とある年にO君は長年のベルギービール好きが高じて、ついにベルギーにビールを飲みに行く決意を固めました。会社を1週間休んでベルギー全土のビール醸造所を廻る計画です。車で廻るのが一番と、O君は早速、国際免許証の手続きを取りました。

ここでもまたO君は私の想像をはるかに超える奇行を取ります。当時、O君は父親の払い下げの左ハンドルのアメ車、ムスタングに乗っていました。ヨーロッパの車線は日本と反対の右車線なので、ベルギーに行く前に右車線通行に慣れておきたかったのだと後に語っていましたが、O君はある日の早朝、右車線通行の練習ということで、なんと自分が住んでいた蘇我の街をムスタングで逆走したのです。O君曰く、そんな早朝に蘇我の街を車で走っている奴はいないから、全く問題無く練習出来たと語ります。お前、絶対に頭おかしいよ!と私が怒ったところで、O君は馬耳東風、やはり全く意に介しませんでした。

そうこうするうちに、彼はベルギーに旅立って行きましたが、ベルギーでも日本同様、O君独特のマイペースぶりを発揮します。

フランス語はおろか英語もままならないのに、ベルギーの片田舎のジモティーしか来ないような居酒屋に独りで入ってビールを飲み地元のオッチャン達と盛り上がっただとか、酔っ払ってアウトバーンを車で飛ばしていたら国境を越えてスイスに入ってしまい検問に引っかかって大変だったとか、色々な体験をしたようです。

中でも、私を呆れさせたのは、O君が語ってくれた次のような話です。「ベルギーのとある修道院のビール醸造所を訪ねたんだけど、ホテルが全然無くてさあ、結局醸造所が経営する居酒屋で飲んだ後、車の中で寝ることにしたんだよね。」、私が「えっ、お前、ホテルも予約せずに行ったの!しかも、ベルギーでも野宿したの?」と驚いて聞くと、「最初と最後の日はホテルを予約して行ったんだけど、後は何とかなるだろうと思って予約なんかしなかったんだよ。それに野宿というか車の中だから大丈夫だよ。車を停めた場所も醸造所の入り口の近くだし安全だよ。ただ、朝寝てたら人の気配がするんで薄眼を開けて見たら、醸造所に出勤する人達が皆んなオレの車の中を覗いてくんだよね。死んでると勘違いされて警察でも呼ばれたら大変だと思って、ワザと寝返りを打って生きていることをアピールしたから、全然問題なかったけどね。」と答えます。「なんか違わないか?そういう問題じゃないと思うんだけれど...」と私が言ったところで、これまた全く意に介しません。

(つづく)

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サラリーマンあるある、いやあったら困る!アーバンジプシー編(その2)

(その1)からの続き。

また別の晩に先程の神保町のベルギービール屋で飲んだ時は、終電近くになって店を出て帰ろうとすると、泥酔したO君が訳も無く走り出して電柱の陰に隠れたり、まとわりついて来るので、鬱陶しくなり、そのまま捨て置いて帰ってしまったことがあったのですが、翌朝、不味かったかなあと思いながら出社すると、またもやO君が既に会社にいます。驚いて「昨日は大丈夫だったの?」と尋ねると、O君は、いつものように勿体ぶって「いや〜コバヤシ君、今日はちょっとまだ語れないな。」と宣います。

数日後、また、いつものベルギービール屋に行ってO君と話していると、数日前の出来事を話してくれました。「いやあ、コバヤシ君、実はあの後さあ、地下鉄に乗って駅を降りたら板橋だったんだよ。気付いたらもう終電は出た後だったんで、仕方無く眠れそうな場所を探したんだよ。」O君の語るところによると、暫く街中を歩いて行くと、「マンションの脇に駐車場があって、そこに停まっている車とマンションの壁の間に丁度人1人寝るのに良い空間があったんだよ。」とのこと。O!お前ちょっとおかしく無いか?と思いながら聴いていると、「いや〜、良い場所を見つけたなあと思って、折角だから少し飲み直そうと思って、コンビニにビールとつまみを買いに行ったんだよね。」思わず「お前、頭がおかしくないか?」と突っ込みを入れたものの、O君は全く気にする事無く話を続けます。「戻って独り宴会をした後、寝てたら、今度は雨が降って来たんだよ。仕方がないから、どこか屋根のあるところで寝ようと思って歩いていたら、たまたまマンションの入り口のドアが開いてたんで中に入ったら物置があったんだよね。その物置の扉を開けたら、これまたちょうど1人座るのに良い空間があったんだよ。」お前それってただの不法侵入だろ!と突っ込んだところで、別におかしく無いじゃんと、O君は平然としています。更にO君がおかしいのは、「また折角良い場所を見つけたんで、コレは独り宴会をせねばと、コンビニに買い出しに行ったんだよ。」とのこと。もうこちらは絶句するしか有りませんでした。

こうして、O君はその後も野宿を重ねて行きます。ある時は日比谷公園のベンチで、ある時は静岡駅のコンコースに雑誌を敷いて、またある時は渋谷駅のコンコースで、更には夜更けのコンビニのトイレ(数時間トイレを占拠して寝ていたのに、店にはバレていないと言い張ります)でと、どんどんエスカレートして行きます。ちなみに渋谷駅では、朝起きたら身体中が痛く、財布からお金が無くなっていたそうで、それって明らかに襲われたんだろ〜!と言ったところで、「酔っ払ってたんで、全然覚えて無いよ。」という始末。

そんなO君の行動を聞いた会社のとある先輩は「O君、君、凄いね!アーバンジプシーじゃん!」と言いました。O君は、そのアーバンジプシーという言葉を聞いて、満更でもなさそうな顔をしています。

(つづく)

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サラリーマンあるある、いやあったら困る!アーバンジプシー編(その1)

鬼瓦殿

高校時代の友人・元福岡のコバヤシです。こんばんは。

少しご無沙汰です。

あいも変わらず忙しそうで、また倒れないか正直心配です。しかも、また何時ものようにマイナス思考に陥っているようですし。

ということで、また下らない小噺を一つ。

前にも書いた、

サラリーマンあるある、いやあったら困る!

の第2弾です。

少しでも気晴らしになれば幸いです。

アーバンジプシー編

私の会社の同期にO君という人がいます。

彼とは会社に入社してからの数年間を同じ職場で過ごし、20代だった若い頃は週に3度は呑みに行く仲で、後に私が福岡に転勤になった時も数年間一緒に仕事をすることになる、会社の中では唯一の親しい友人です。

ただ彼は非常に変わった人間で、かつ典型的な酒に呑まれるタイプでもあり、結婚した今でこそ大分まともに(といっても、普通の人にとってはダメなレベル)になりましたが、若い頃は本当に色々な奇行を繰り返していました(呑むと特に)。当時の私は、コイツはいつか事故かなんかで死ぬのではと思うくらいの酷いレベルでした。

彼が、初めて私を驚かせる奇行を取ったのは、確か入社3年目ぐらいで、会社の忘年会の後だったように思います。宴会では、かなり酔っ払っているなあという感じはあったのですが、その時は何ごとも無くO君も帰途に着いたように見えました。翌日、9時前に会社に行くと、いつもは9時半ぐらいにならないと会社に来ないO君が既に会社にいます。不思議に思った私が「今日は早いけど、どうしたの?」と尋ねると、O君は「いや〜、ちょっと〜」と少し勿体ぶって(O君は何かと勿体ぶる癖が有ります)多くを語ろうとしません。結局、何も聞かないまま夜になり、いつものように2人で呑みに行くことになったのですが、当時よく通っていた神保町のベルギービール屋で飲みながら、早速、私から「今朝は勿体ぶってたけど、結局何かあったの?」とO君に聞くと「いや〜実は...」と、また勿体ぶりながらも、ようやく語ってくれました。「いや〜、実はさあ、昨日の宴会の後、酔っ払って電車を乗り過ごしてさあ、気付いたら成東(千葉の奥地、因みにO君は当時、千葉の蘇我にある独身寮に住んでいました)に居たんだよ。もう終電が無くてさあ、泊まるところもなさそうなんで、酔っ払いながらも何とか寮に帰ろうと考えたんだけどね。暫く駅の周りをウロウロ歩いてたら、たまたま自転車があったんだよ。これは良いと思って乗って帰ろうとしたら、パンクしててダメだったんだよ。」すかさず私が「ちょっと待てO!それじゃあ犯罪だよ。」と言うと、O君は私の発言などは聞き流して喋り続けます。「それでさあ、仕方が無いからまたウロウロ歩いていると、たまたま車が停まってて、ドアを開けたら鍵がかかってなかったんだよ」、ちょっと待て、もっとマズイじゃん!と心の中で叫びながら聴き続けると「そんで車に乗り込んだんだけど、鍵が無くてエンジンがかけられないんで、仕方無く車を降りたんだよ。」ホット胸を撫で下ろしながら「その後どうしたの?」と聞くと、「しょうがないから、どこか寝る場所を探そうと明るい方に向かって歩いて行くと、また駅に戻っちゃったんだけど、ふと駅の構内を見ると電車が停まってたんで、これは良いと思って駅のホームに入って電車のドアを開けようとしたら、コレがちゃんと開いてくれたんで、良かったあ!と思って電車の座席で一晩寝て、翌朝向かいのホームに来た始発に飛び乗って寮に戻って着替えて会社に来たんだよ。いやあ、あんな寒い中、外で寝てたら死んじゃうとこだったよ。」いや、ちょっと待てO!電車の中も不法侵入なんじゃないか?と心の中で叫びながら、その夜は更けて行きました。思えば、その時からO君の野宿癖(正確に言うと電車の中は野宿では無いかもしれませんが...)が始まったのです。

(つづく)

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